その7
「鳥成功! 鼠もいけた!」
私は頭上を旋回する小鳥と足元でチュウと可愛らしい鳴き声をあげる鼠を見て高らかに成功を宣言した。
「素晴らしいです」
「おめでとー」
ルツが目を輝かせて拍手をし、ノアが心のこもっていない口調でお祝いの言葉を述べる。
そんな二人を見るラグナルの表情は、なぜお前らがついてくるんだと如実に語っていた。
ロフォカレを始めとしたギルドでは、数日かけて遺跡の崩落による周辺への被害の調査にあたることになった。
しかし魔力が戻ったばかりである私は、まずその使い方と限界を知ることが急務だと言われて、連日コールの森に来ている。
ルツとノアは教師役だそうだ。
すでに火の作り方と魔力の制御を教えてもらい、今は印術の実践中である。
「それにしても見れば見るほど不思議な印ですね。異なる言語を混ぜるなんて……従来の印術にはない発想です。ああ、これは研究しがいがありそう」
こと印術のこととなるとルツはちょっとおかしい。いつもならノアの暴走を止める役であるが……
「もうちょっと大物に挑戦しようよ」
「そうですね! 是非ともそうしましょう!」
今日は一事が万事この調子である。
「私の感覚だと、多分小型の魔獣ぐらいならいける……かな?」
「へー、じゃあもう少し奥に行こうか」
「本当ですか!? 早く行きましょう!」
うん、いつものルツさん、どこいっちゃったの?
「クロシバーとかいないかな」
「いいですね。クロシバーなら額の目さえ閉じていれば犬に見えますし、街でも飼えますよ。番犬になりますね」
「もういるじゃん、でかくて凶暴なのが」
「黙れ」
そんなのほほんとした会話を交わしながら私たちは森を進んだ。
コールの森と私は余程相性がいいらしい。
記憶をなくしたダークエルフを拾い、狒々神に遭遇し、魔女に出会った。
世界は広しといえど、こうまで一つの森でレアな出会いをしたのは私ぐらいでだろう。
二度あることは三度ある、とはよく言うが、三度あれば当然四度目もあるらしい。
「……白狐ですね」
「嘘でしょ」
下草を揺らして私たちの前に姿を現したのは真っ白な狐だった。
神話級に珍しい魔獣の一種だが狒々神のように凶暴でもなければ強い力があるわけでもない。
ただ、別のある一点において恐れられている。
白狐は中央の一本の尾を除いた本数の分だけ人の言葉を喋り、発せられた言葉は絶対に真実になる……と伝えられているからだ。
目の前の白狐の尾の数は二つ。伝承どおりなら、一度だけ言葉を真実にする力を持つ。
「あいつに支配かけて、願い事言わせれば叶うんじゃない?」
「ただの教訓混じりの言い伝えではないのですか? 欲をかけば破滅を招くという」
ノアの提案にルツが返したときだった。白狐がその赤い口を歪めてにぃと笑うのを私は見た。
白い狐が口を開ける。甲高いざらざらとした耳障りな声を上げて。
「近くお前たちのうち一人に不幸が訪れ――」
「言わせるか!」
私はノアから借りていた短杖を掲げ、力を込める。魔力の制御の仕方を習ってからは格段に印を刻むのが早くなった。東の大陸の古語とこの大陸の文字が混じるのは変わらないけれど。
「――ない」
そう狐が言い終えると、二本あった尾のうち一本が風に溶け消えた。と同時に白狐の色が変わる。
純白の毛並みが茶色く。異質な魔獣の気配がそうと分からぬほどに薄くなる。
「ねえ、そこらへんにいる狐が全部、尾を使い終わった白狐だなんてことないよね?」
ノアがそう心配するほど、力を使い終わった白狐はただの狐だった。
「とりあえず、限界は分かったかも」
やはり小型の魔獣が精一杯だ。
「番犬ならぬ番狐ですね……」
「これじゃただの狐じゃん。もう一本ぐらい生やせないの?」
ルツとノアの言いようを聞いてか、狐は不満げにコーンと鳴いた。
「……連れて帰るのか?」
こちらも不満げだ。
元白狐の首にはいつのまに抜いたのか、ラグナルの黒剣の刃がぴたりと当てられていた。
私は狐の命の恩人かもしれない。
「いや、餌とか分かんないし……」
「では普段は森においておくといいですよ。必要なときだけ呼び出せばいいのです」
そう言ってルツが手を掲げる。するとその指先に美しい鳥が止まった。
「こんな風に」
にっこりと笑うルツ。動物の使役の仕方を知り尽くしている。さすがモーシェである。
その日の夜、私はルツと二人でロフォカレの隣にある酒場で飲んでいた。
ラグナルは何やらオーガスタスに相談があるといってロフォカレにいる。キーランとウォーレスは調査にでたまま、まだ戻っていない。
ラグナルを待つ間たまには女二人で飲みましょうと、ルツに誘われ、暇そうなノアを置いてきたのだ。
肉汁したたるイペルコ豚のステーキはアクセントの香草がよく効いている。ほくほくのシャカ芋の煮物はとても美味しいのになぜか男性陣には不評な一品だ。好物の川魚はシンプルな塩焼きを頼んだ。苔を食べるアユーはほろ苦いはらわたが酒に良く合う。
「実のところこの一年……ノアにも勝機があるのではないかと思っていたのです」
とろんとした目でルツは空になった杯を置いた。決して弱くないそれをすでに十杯近くあけている。
「正気? あるんじゃないかな、一応」
対して私は食い気に走っていた。アユーの旬は今なのだ。
「本当ですか!?」
「正気がなきゃ、キーランあたりが説教しているでしょ。ノア、実は結構真面目だし」
「このやり取り……既視感があります……」
ちょっと覚えがない。
ルツはおかわりを一気に煽ると、はあとため息をついた。
「イーリスがノアとモーシェに来てくれたら、モーシェは安泰でしたのに」
そうとう酔ってる。ノアはともかくなぜ私が……
「そうしたら、私は好きなだけ研究に打ち込め、兄も重責から解き放たれたんです」
そういえばいつだったか、後継ができないのが悩みだって聞いたっけ。
「もういっそルツが継いだらいいんじゃない。婿をとって」
「人ごとだと思って……」
恨めしげに睨まれたが、とろんとした目は普段は隠されている色気が醸し出されるばかりで全く迫力がない。
私は素知らぬふりをして続ける。
「キーランとか?」
「なぜキーランなんですか。キーランを引き抜いてはオーガスタスに恨まれます。ここだけの話ですが次期ロフォカレのギルドマスターと見込んでるらしいですよ」
「ゼイヴィアじゃなくて?」
「ギルマスなどお断りです。私は二番手タイプですので……ってご自分でおっしゃってました」
とても納得である。
見事なゼイヴィアのモノマネを披露して、シャカ芋をフォークに刺すルツ。私は本命の名前を出すことにした。
「じゃあ……ウォーレスとか?」
「なっ、何を言ってるんですか!?
ガシャンと音を立てて芋の刺さったフォークが皿の上に落ちる。
――おや
「ウォーレスは……いっぱいいるんじゃないですか。好きな女性が」
自業自得の極みである。
けど、朗報だ。脈がないわけじゃなかった。むしろありありだ。




