その6
「別に魔法の使い方ぐらい教えるけどさ。チームの戦力も上がるわけだし」
ロフォカレに向かいながらノアが口を開く。時折、ラグナルと私の繋いだ手に視線を落としては嫌そうに眉を顰めていた。
「それよりもさ、印術を試した方がいいんじゃない? 自我がないとはいえ、狒々神を支配できたんなら、そこそこやれるでしょ」
「うーん、確かに小動物を支配できれば一人で森に行くのにいいかも」
周囲の警戒役に薬草を見つける役。役割は事欠かない。
私は狒々神の角とともに懐に忍ばせている遺跡で見つけたあの紙に思いを馳せた。あれにはきのこの栽培の様子が描かれていた。サオ茸を栽培できればジーニーと進めている傷薬の安定供給が可能になる。
「一人でねえ……」
ノアは意味ありげに呟いた。その視線の先をたどり「うっ」と変な声がでる。
ラグナルが剣呑な目で私を見下ろしていたのだ。
「一人で行かせるわけがない」
「いや、ちゃんと安全なラインは守るよ。これまでも奥に入るときは、ロフォカレの誰かに付いてきてもらってたし」
「俺と出会った場所は安全とは言い難いと思うが?」
それを持ち出されると弱い。
「あれは、ちょっとうっかりしていたというか。あの件で、もう学習しました!」
「駄目だ」
ラグナルはひたと私を見据えてきっぱりと断言する。
思えばラグナルはまだ私よりも背が低かった少年の頃から私を守ろうとしてくれた。
過保護すぎ、と呆れると同時にくすぐったい気分になる。それは一年前から度々感じる感情だった。私を必要として守ろうとしてくれる人がいる。それが嬉しくてなぜだか少し恥ずかしい。
「じゃあラグナルが忙しくなかったら、お願いします」
そう言うとラグナルはやっと表情を緩めた。
「ああ。いつでも」
注意深く見なければわからない、嬉しそうな笑み。大人になったラグナルが何度も見せた皮肉げなそれとは違う笑い方だ。新しい発見に嬉しくなる。
と、隣で大きなため息が聞こえた。
「あのさあ、所構わずいちゃつかないでくれない」
……すみません。
私はさっとラグナルから視線を外した。
「昨日の疲れも抜けてないのに、朝からさらに疲れた」
……ほんと、すみません。
私がノアの立場なら爆発しろと心中で呪うだろう。
「あーあ、それにしてもなんであの遺跡崩落しちゃったかなぁ。宝の山が地下深くに眠ってるって分かってるのに取りに行けないとか悔しいんだけど」
赤い髪をかき混ぜながらノアが言う。
「なんでって……何言ってるの?」
「だいぶ古そうだったから、そうとうガタがきてたんだろうねー。巻き込まれなくてまじでよかったよ」
私は呆然とノアを見た。
リュンヌが現れたこと。彼女が遺跡を壊そうとしていることを伝えたはずだ。
「ノアそれ本気で言ってる?」
「は? さっきから何なの」
――これは、もしかして……
ある可能性に気づいたところで、丁度ロフォカレに着く。
先にギルドに来ていたルツに遺跡とリュンヌの話を聞いた。
「魔女? まさか、そんな……。いえ、実在しているのは知ってますが人前に姿を表すはずが……え、でも、あの少女は誰?」
ルツはおろおろとし、自分の体をしきりにさする。
「すみません、誰かがいたような気がするのですが、考えると急に寒気が」
「ま、待って。無理に思い出そうとしないほうがいいと思う」
私はルツに待ったをかけた。
それからキーランやウォーレス、オーガスタス、ゼイヴィアにも聞いて回ったが、誰もリュンヌを覚えていなかった。
魔人や魔女の存在がおとぎ話のように語られるわけである。
しかし、こうなると自分の記憶のほうが疑わしく感じるから不思議だ。
「もしかして夢だったのかな」
そうぽつりと呟く。
「いや、イーリスの記憶が正しい」
「ラグナルは覚えてるの!?」
ラグナルは「ああ」と頷いた。
「だが、完璧ではないな。魔女とのやりとりは覚えているが、名前を聞いた覚えはない」
「そうなんだ……」
私の中にはリュンヌの名前がしっかりと残っている。
ラートーンの血がそうさせるのか、はたまたリュンヌが意図的に残したのか、考えても答えは出なかった。




