表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師と約束
107/122

その4

少しその後の日常を書き足します

 窓の戸板を開けると、うーんと大きく伸びをする。

 朝日が寝不足の目に染みる。

 昨晩は大変だった。

 なにが大変って狒々神の角を砕くのと、ラグナルに待ったをかけるのが……


 伊達に一年間ジーニーの元で学んではいない。狒々神の角から魔力回復薬を作る方法は知っている。しかし知識として知っているのと実際にやってみるのは大違い。

 狒々神の角は超レア素材である。いかにホルトンで名高い調剤師ジーニーといえど、狒々神の角を素材として扱うことなど極めて稀だ。

 そんなわけで昨晩は初めての狒々神の角加工だったのだが、これがとんでもなく硬い。なんとか砕いて欠けらにはできた。お次はそれを粉末にせねばならないのだがこれがどうにもこうにも粉にならないのだ。

 少年姿のラグナルに見つめられながらごりごりと薬研をひくものの遅々として進まない。

 焦れたラグナルが


「俺が黒魔法でやる」


 と言い出す始末である。

 魔力回復のための薬をつくってるんだけどな! 


「絶対だめ」と睨みつけ、ごーりごりと地道な作業を続け、気づいたら夜が白み始めていた。


「あとはサールスペーリの皮と煮詰めるだけ!」


 顔をあげて、ラグナルに話しかける。


「……そうか」


 低い声。ラグナルはいつのまにか青年の姿に戻っていた。漆黒の目が据わっている。


「あれ……。もしかしてもう魔力戻った?」


 ラグナルが頷く。


「印を抑え込む量は充分に。俺は何度も、もういらないと声をかけたんだがな……」

「ごめん、夢中になってた」


 なにせ全調剤師の垂涎の的、狒々神の角である。超レア素材である。

 途中でタンホホの液で柔らかくできないかと思いついて実行してみたり、ケジケジ青虫の汁を足してみたりと、試行錯誤についのめり込んでしまった。


「気が済んだか?」

「え、いやー。まだサールスぺーリと煮てないし。このままだと効果が強すぎて人間には使えないし……」

「人間には強すぎても俺には関係ない」


 そう言うとラグナルは出来たばかりの粉を指ですくって舐める。


「ええ!? ちょっと、いきなりそんな……大丈夫?」


 ダークエルフが無尽蔵な魔力を誇るということはそれだけでかい器があるということだ。その器の上限と薬剤の効果を擦り合わせて少しずつ試していかなければいけないのに……

 はらはらしながらラグナルの様子を見守る。

 ラグナルはかすかに首を傾けた。銀の髪がさらりと首筋に流れる。ラグナルの髪は以前より少しばかり長くなっている。この一年間、切っていないのかもしれない。


「問題ない九割がた戻った」


 なんでもないように、さらりと言うラグナル。人間なら容量オーバーもいいところなのに……。こんなところでも、しみじみと種族が違うのだと感じる。


「やっぱり、ダークエルフなんだねえ……」


 ラグナルは座った目をさらに眇めた。


「昨晩の約束を取り消す、などと言いださないだろうな?」


 一瞬ぎくりとした。

 全く少しもそんな気持ちがないといえば嘘になるから。

 多分、私はこれからも幾度も迷うのだろう。寿命の違う種族と結ばれることが残される者にとって良かったのかどうか。

 それに先に歳をとることに不安を感じないわけではない。

 しわしわのおばあちゃんになった私を若いままのラグナルはどう思うだろう?

 考えれば考えるほど悩みは尽きない。

 でも、それでももう決めたのだ。


「言わない。覚悟は決めたから」


 ラグナルの目を見てきっぱりと告げる。ラグナルが表情を緩めた。ほっとしたのだとわかった。それから口のはしを持ち上げて、少し意地悪な笑みを浮かべる。


「その覚悟とやらを示してもらおうか」


 ラグナルは私の右手を取ると指先に唇を寄せた。

 感じるのは柔らかい唇と、それよりもさらに柔らかい舌の感触。

 背筋がぞわりと粟立つ。

 指先に落とされたキスは少しずつ上にあがり、手首に。そこから皮膚の柔らかい内側を辿り徐々に上へ上へと移動する。


「あ、の、ラグナル?」


 声がかすれる。

 その声に導かれるようにラグナルが顔を上げた。


「イーリス……」


 右手を引かれ距離が近づく。

 鼻先が擦れ、ラグナルが顔を傾けた。

 扉の隙間から入る光が銀の髪に美しい輪をつくる。

 それを見て我に返った。


「ま、ままって、あ、朝! 朝だよ?」

「それが?」

「も、もうすぐ皆起きるよ!?」

「だからなんだ」


 ラグナルが喋るたび呼気が肌をくすぐる。ラグナルは鼻を擦り合わせて、間近で話すのを楽しんでいるようだった。一方、私はもういっぱいいっぱいである。


「だからもなにも……壁が薄いって気にしてたよね!」


 そのせいで黒魔法を使い逆行したじゃないか。

 ラグナルは「ああ」と笑った。


「ずっと口を塞いでいればいい」


 言って顔の傾きを深くする。

 そうか、それなら声は漏れない? じゃあいいかーーって、


「いいわけあるかーーーーーーーー!!」


 唇が触れ合う間際、私は力一杯ラグナルを押しのけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 加筆!終わってしまって寂しかったのですが、もう少し二人の様子が見れそうでとても嬉しいです! 早速イチャイチャし出して大変ニヤニヤします。
2021/01/13 06:27 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ