002 ガルド村と魔法と
ガルド村に着くと、すぐに宿に案内された。
「すまないが、私はこの後予定があるのでこれで失礼する。今日はゆっくりするといい。」
そう言うなり、ゲイルさんは慌ただしく出て行ってしまった。
「あ、お礼を言う間もなかったな。」
今日は疲れた。兎に角疲れた。何が起きたのか未だに解らない。ただ、見知らぬ世界に確実に私はいる。それだけは事実だ。これが夢だったらどんなに嬉しいか。だが、残念ながらこれは現実だ。
ベッドの上でそんな事を考えていたら、いつのまにか寝てしまった。
・・・夜中に喉が渇いて目が覚めた。
「水飲みたい・・・」
部屋を出て宿ね中を歩いてみるが、水道らしきものは見当たらない。もしかして、この世界は水道ではなくて、井戸なのかもしれない。
外へでて散策していると、数人の村人が井戸端会議をしている。夜中にもかかわらずだ。
その異様な光景にプリシアはじっと身を潜め、村人の会話を盗み聞く。
「で、ゲイル様はなんて?」
「ああ、このまま様子見だとよ。」
「様子見だぁ?せっかくここまできて、術師も集まって今がチャンスじゃないのか?」
「それに、例のお告げの答えもわかったんだろう?」
「ああ、ほれ、昼間ゲイル様が連れてきた不思議な格好した娘がいただろう?あれが答えらしい。」
プリシアはビクッとした。不意に自分の話しがでてきたのだ。
わたしの話し!?
「あの小娘がか?あんな小娘に何ができる?」
「そうは言うがな、ゲイル様が連れてきたんだぞ?何かあるんじゃないか?」
「当たり前だ。せめてこれくらいできなくては困る。」
そう言った男は詠唱を唱え右手に拳大の炎の塊を出した。
「!?」
なにあれ?魔法?この世界はそういう世界なの?
「ばか!こんな所で、出すんじゃねーよ。帝国騎士団の奴に見られたら即刻殺されるぞ。」
「わ、わりぃ」
「全く。お前はすぐ興奮するんじゃない。」
魔法がバレると騎士団に殺される?
何?どういう事?そもそもそんな事がありえるの?
プリシアはなんの根拠もないのに、自分にも出来る気がした。それは確信にも似た自信があった。右手に集中してみた。すると、熱を帯びて来て温かくなってきたが、けっして熱い訳ではない。
・・・ほんとに出来た!!
でも、収めかたが解らない。
「やばっ!どーしよ。これ。出来たのはいいけど、どう処理すればいいの?」
どうにかして、収めようと試みるが上手くいかない。
とその時、手の中の火球が男達をめがけて飛んで行った。
「え!?ちょっと待って!!」
「ダメぇ!みんなよけてぇぇぇ!!」
プリシアは大声で叫ぶが、間に合わない。
その声に気づいた村人達は何事かと振り向くとそこには火球が迫ってくる。
「何?ちょっ。」
「うげっ」
「・・・?」
しかし、火球は村人達を間一髪の所で逸れて凄い衝撃波とともに空の彼方へと飛んで行った。
「危ねぇ!誰だ?」
「何しやがる?」
「何者だ!」
プリシアは、ばつの悪そうな顔で出てくる。
「ごめんなさい。」
「ごめんなさいじゃねーよ。バカヤロウ。死んじまう所だったろうが」
「・・・お前は、昼間ゲイル様と一緒にいた小娘じゃねぇか」
「はい。プリシアと申します。」
「んで、そのプリシアちゃんが、こんな時間にこんな所で何しているんだ?」
「喉が渇いたので、水を飲みにきたんです。」
「だから、井戸の前に居た俺たちが邪魔で攻撃したってか?」
「いいえ。それは誤解です。実は皆さんが私の話しをしていたのが聞こえてきたので、出づらくなってしまって、皆さんの話しを聞いていたんです。」
「それがなんでファイヤーボールをぶっ放す事になるんだ?」
「それは、その。・・・その方がファイヤーボールを出したのを見たら、私にも出来る気がして、見様見真似でしてみたら・・・」
「出来たってのか?」
「そんなバカな。」
「そもそも詠唱を知っていたのか?」
「あのぅ。詠唱ってなんですか? 」
「「「・・・」」」
「ほんと、何者だよ?お前。」
「何者と言われても、私が知りたいですぅ。」
プリシアは涙目になって訴えた。
と、そこへ騒ぎを聞きつけてゲイルが駆け込んできた。
「何があった。何の騒ぎだ・・・プリシア?なんでこんな所に」
「うぅ。・・・ゲイルさん」
プリシアはゲイルに駆け寄った。
「すみません。実は・・・。」
これまでの事を聞いたゲイルはなんとも言えない顔になった。
「それはまた。驚いたな。」
「ゲイル様、この小むす、いえ、お嬢さんは何者なんですか?」
「それは、私も知らないのだ。」
「そんな事言わずに教えて下さい。殺されかけたんですよ?」
「そうは言ってもな、事実なのだ。」
と、その時村中に轟音が鳴り響く。
「何事だ!?」
1人の村人が慌てふためいて、ゲイルに駆け寄ってきた。
「ゲイル様。帝国の兵達が攻めてきました。」
「・・・なんだと?」
「まさか、我々が魔法使いを集めている事が漏れたのか?」
「そんな筈はありません!!」
「とにかく、迎撃しながら、撤退だ。自分たちの命を最優先しろ。あとはどうでもいいと通達だ。」
「っ!わかりました。」
そうして、駆け寄ってきた村人はまた走り出した。
「我々も、いくぞ。・・・プリシアは宿に戻れ。
受付の大時計が隠し通路になっているからそのまま逃げろ。隣の村のコッカラ村で落ち合おう。」
「でも・・・」
「いいから行くのだ。」
そう言うなり、ゲイルはプリシアの背中を押した。
「どうか、ご無事で。」
プリシアはとにかく走った。走って走って、何度も転びながら走った。そりゃ、そうだろう。現代の日本にいたプリシアは命の危険に晒された事など無いのだから。
何度目かに転んだ時に、数人の帝国兵に見つかった。
「おいおい、この村にはこんな子供まで居るのか?」
「いや、報告には無かったぞ?」
「どうする?見逃すか?」
「いや、関係あろうとなかろうとこの村にいる奴は殲滅しろとの命令だ。仮に偶然この村にいたとしても、それはこのおチビちゃんに運がなかったって事だ。」
「そうか。・・・残念だったな、嬢ちゃん。運がなかったと思って諦めてくれ。」
帝国兵は剣を振り上げた。
「いやぁぁぁ。」
その時、プリシアの掌が光り突如無数の炎の針が1人の兵士を目掛けて飛んで行った。
「!?!?がはっ」
帝国兵は意味がわからないまま、絶命した。
「フレアニードル・・・?」
「娘、なぜそんな事が出来る?貴様は何者だ?」
「・・・」
プリシアも何が起きたかわからない。ペタリとでも聞こえてきそうな感じにへたりこんで、ただただ呆然としている。
「答えろ!貴様は何者で、なぜ、無詠唱でそんな事ができる?」
「私、人を殺した?殺してしまった。・・・」
「答えろと言っている!」
帝国兵はプリシアに近づき襟首を掴むとそのまま持ち上げた。
「いやぁぁぁ。私に触らないでぇぇぇ。」
こんどはプリシア自身が光りを纏って、辺り一面炎の障壁が立ち昇った。そして、周りに居た帝国兵を飲み込んだ。
「ふざけるな。今度はフレイムウォールだと?何なのだ貴様は。。」
それが、帝国兵最後の言葉だった。
「なんだ?さっきの炎は?」
新たな帝国兵たちが、駆けつけた。
「わたしは、わたしは・・・」
「おい。小娘。何があった?お前がやったのか?」
「わたしは、なにをやって・・・?」
「おい、話しを聞いているのか?こっちを見ろ。」
「わたしは、またひとを・・・ころ・・・した。なんにんも・・・ころしてしまった。」
「だめだな。焦点が定まっていない。悪いが死んでもらう。恨むなよ?」
そう言い、振り上げた剣を振り下ろす瞬間、一本の短剣が帝国兵の手首を貫いた。
「!!誰だ?」
「こんな小さな嬢ちゃんを数人がかりで襲っておいて、何者もなにも無いだろう?しかも無抵抗じゃないか。可哀相に。」
そこには、金髪ロン毛の剣士の男が立っていた。
「森で夜営していたら、突然の轟音が聞こえてね。駆けつけてみたら、か弱い女の子が襲われてるじゃないか。これを助けるのが当然じゃないか?」
「か弱い?この小娘がか?笑わせるな。仲間達を一瞬で消し炭にしたかもしれないんだぞ?」
「それこそ、笑い話しだな。現に無抵抗じゃないか?それに、この状況を見たら、大体の奴は俺と同じ事をすると思うが?」
「そうか、ならば死ね。」
「やれやれ、退くなら追うつもりは無かったんだが、仕方ないか。」
「お優しいね。だが、この人数を前に勝てるとでも?」
「人数が居ればいいと言う訳でもないさ。おたくみたいに、実力の差が見極められない奴が何人いても結果は同じだよ。」
剣を抜いた瞬間、一筋の閃光が走った。
その後に立っている者は誰も居なかった。
皆、気絶している。
「手加減してやったから感謝してくれよな。
・・・さてと、この子を安全な所に避難させなきゃな。」
いつのまにか気絶していたプリシアを優しく抱き上げると、剣士はゆっくり歩き出した。