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零れ落ち、流れるまま息を吐く  作者: emi・K
第一章 始まりの公園
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日 常




 秋生はアルバイトの終わり際、立て続けに客の対応に追われたせいで迎えの時間が15分ほど遅れた。

 近くの保育園まで走って辿り着くと、今日も陽大は保育園の入口近くで秋生の迎えを待っていた。

 頬を膨らませ怒ってる陽大に、息を切らしながら遅れてごめんねと謝る。

 今度は早く帰ろうと騒がれたので、慌てて担任の保育士に挨拶を済ませ保育園を後にした。

 


 帰り道、先を急ぐ陽大と手を繋ぐ秋生は再び走らされる。


「陽大、走ると危ないよ」


 後ろから注意しても、とても急ぐ陽大の耳にはまったく届かない。

 今日は秋生の迎えが遅れたから、少しだけ不安なのかもしれない。


「あきちゃん、はやく、はやく」


 普段の運動不足を自覚している秋生は陽大に急がされても、付いていくのがやっとだ。

 背丈の低い陽大と手を繋ぎ走るから、バランス悪くて余計に走りにくい。

 ようやく視界に公園が見え始めたので、もう大丈夫だろうと陽大の手を離した。



「おにいちゃん!」


 公園に着いた陽大は今日も元気いっぱいの笑顔で柊永に飛びつく。

 今日もちゃんと待っていてくれた彼が嬉しくて、彼の足に纏わりつき中々離れようとしない。


「おにいちゃん、いーっぱい、いたの?」


 いつもより公園に来るのが遅れたことを小さいながらも気にしてるらしい、陽大は彼の足を抱きしめたまま心配そうに見上げた。


「急いで来たんだろ。気にすんな」


 いつものように陽大の頭を乱暴に撫でる彼の表情は柔らかかった。


 陽大より少し遅れた秋生が息を切らしながら2人の傍に近付くと、陽大を見下ろす柊永も気付いた。


「よう」


 いつものように短い挨拶で秋生の存在を認めた彼はしっかり目を合わせる。 

 秋生は今でも彼の強い目に慣れることができない。


「こんにちは」


 ようやく息も落ち着くと、わずかに緊張を含んだ声で挨拶を返した。



 おにいちゃんと今日も遊ぶ。

 柊永を絶対的に信じてる陽大は、今日も彼の不在などわずかも信じない。

 柊永が今まで一度も陽大の期待を裏切らなかったからだ。

 

 偶然再会して、次の日も現れて、二度も訪れた奇跡は終わるはずだった。

 陽大は終わりがあるなんて思ってない。

 まだ小さい陽大には大好きな彼と会えなくなるなんて、理解することができない。

 会いたいから会いに行く、そうすれば彼も必ず会いに来てくれると信じてる。

 そして彼は初めて会った日陽大と交わした約束をちゃんと守ってくれた人だから、陽大にとって最初から彼は会えない人ではなくなってしまった。


 秋生はそんな陽大を見るのが辛かった。

 これから先も柊永を信じ、一緒に遊んだ公園で待ち続ける陽大が可哀想だった。

 もう少し時間が経ってもう会えないことを理解し、その時悲しむ陽大を見たくなった。

 陽大を悲しませたくない秋生は公園の前を通ることも怖くなり、別の道を帰ろうと誘ってみた。

 当然、彼を信じてる陽大がそんな言葉で納得するはずがなかったけれど。


 保育園の帰り道、夕方の30分だけ一緒に遊んだ公園。

 陽大が信じる通り、彼は再び現れた。



 保育園の帰りにいつもの公園で柊永と会う。

 再会した日から、もうすでにひと月ほど経過した。

 互いの間にちゃんとした約束があるわけではない。

 帰り際、柊永はいつも陽大にまたなと一言残すだけで、それは決して約束ではないことを高校生の秋生はとっくに理解している。

 陽大だけは彼の一言が明日の約束と信じ、笑ってバイバイと手を振る。

 柊永の言葉は絶対だから、少しも疑う気持ちはない。

 秋生だけがそんな陽大を見るたび不安になった。


 秋生自身が柊永の言葉は絶対と信じ始めたのはいつだろう。

 いつの間にか彼の言葉は社交辞令でも、嘘でもないことに気付いた。

 気付いた頃には、もう信じていた。

 別れ際に柊永がまたなと言えば明日も彼は公園に来ると、秋生自身が強く確信し始めた。


 保育園の休みと雨の日以外、陽大は毎日やって来る柊永と30分だけ一緒に遊ぶ。

 最初はボール蹴りだった2人の遊びも、日によって変化していった。

 陽大がやりたいと言えば柊永は危険なことだけ避け、文句言わず付き合ってくれる。

 最初は公園の隅で見守っていただけの秋生も、陽大に誘われれば一緒に遊ぶようになった。

 3人で遊ぶようになってからは、秋生も少しずつ柊永の存在に慣れていった。

 初めて公園で会った頃は怯えながら彼と接したのに、ひと月経った今はずいぶんマシになった。

 彼と一緒に遊んでいても陽大を通し話すことがほとんどで、今でも互いの間に会話らしいものはない。

 当然秋生は自分から彼に話し掛ける勇気などなかったし、柊永も陽大以外の理由で秋生に話し掛けることはなかった。


 今まで秋生は学校やアルバイト先でも、用事以外の理由で異性と会話した経験がなかった。

 元々積極的な性格ではなく、何を話せばいいかも思いつかない。

 大人しい秋生に対し、話し掛ける男子もほとんどいなかった。

 そんな秋生にとって、一緒にいても口数少なく距離を保つ柊永の態度は正直助けられたし、決して居心地の悪いものではなかった。



 

「陽大、そろそろ帰る時間だよ」


 秋生はベンチに置いておいた陽大と自分の鞄を持ち、柊永と遊ぶ陽大に声を掛ける。

 柊永の背中にくっついていた陽大は姉に帰宅を促され、初めて不機嫌になった。


「ちがうよ、まだあそんでないもん」


 一生懸命否定する陽大は、離れることを拒むように彼の背中にしがみついた。


「今日はスーパーでお買い物する日だから、もう帰らないといけないよ」

「いや! こーえんおそいもん」


 陽大の主張通り今日は公園に来るのが少し遅れたので、遊ぶ時間もいつもの30分より短くなってしまった。

 1人納得できない陽大が駄々をこね始めたが、公園に来るのが遅れたのはアルバイトが長引いた秋生のせいなので、さすがに今日は宥めにくい。

 スーパーで買い物したかったが明日にしようか悩み始めると、陽大を背中にくっつける柊永が突然秋生にずんずんと近付いた。


「スーパーはそこだろ?」


 柊永から公園の隣にあるスーパーを顎でしゃくられた秋生は、突然近付いた柊永に動揺しながらも頷く。


「俺はまだこいつと遊んでるから、行ってこいよ」

「いいよ! 陽大も連れてくから気にしないで」

「急いでんだろ。さっさと行ってこいよ」

 

秋生はスーパーで買い物するあいだ陽大を預かると言う彼に慌てて遠慮したが、それでも強引に急がされる。


「陽大、ここで姉ちゃん待ってような」

「うん!」


 1人さっさと決めてしまった彼が背中にくっつける陽大を喜ばせてしまい、秋生もこれ以上遠慮しても時間の無駄だと潔く諦めた。


「じゃあ、よろしくお願いします」


 彼に陽大を任せると、せめて急いで帰ってくるため隣のスーパーに向かって走り出した。



 猛スピードでスーパーでの買い物を済ませると、隣の公園に向かって再び走る。

 公園に帰ったばかりの秋生をさっそく見つけた陽大は満面の笑顔で駆け寄った。

 いつもより柊永と一緒にいられたせいか、すっかり機嫌が戻っている。


「遅くなってごめんなさい。お世話になりました」


 秋生は陽大に続いて傍に来た柊永にお辞儀しながら、謝罪と共に礼を伝える。

 20分程で帰れたと思うが、いつもより陽大と遊んでくれた柊永の帰りも遅くなってしまった。

 秋生の謝罪に何も答えなかった柊永は視線だけ秋生の手元に向ける。


「それだけか?」


 彼の視線が手に持つ買い物袋だと気付いた秋生は返事する前に、さっと取り上げられてしまう。


「え! 木野君!」

「陽大、そろそろ帰るぞ」


 荷物を取られた秋生が慌てて呼び止めても、彼は陽大に声を掛け勝手に帰り始めた。


「おにいちゃん、いっしょにかえるの? ようだいと?」


 ぴょこぴょこと飛び跳ねながら付いていく陽大を一度振り返った彼は、陽大の手を握りしめ再び歩き出す。

 1人公園に置いてかれた秋生は今日も柊永の強引な行動に振り回され、諦めの思いで2人を追いかけた。




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