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零れ落ち、流れるまま息を吐く  作者: emi・K
第一章 始まりの公園
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再び始まる




 名前は木野きの 柊永しゅうえい


 中学の同級生で、2年間同じクラスだった。

 隣同士の席になったことは一度もなかったし、日直や係も一度も重なったことがない。

 2年間たった一度だって話したことのない、秋生とは無関係だった人。


 ―――昨日までは。





「おにいちゃん!」


 背後から突然現れた柊永に目を輝かせた陽大は、繋がれた姉の手を振り切り彼に飛びついた。

 柊永は勢いよく自分の足にくっついた陽大に気を悪くした様子もなく、昨日と同じく陽大の頭を乱暴に撫でる。

 

「おう、今日もはりきってんな」


柊永に抱きついたまま見上げた陽大は、彼の言葉に少しだけ照れくさそうに笑った。


「おにいちゃん、あそぶの? ようだいとあそぶ?」


 さっそく一生懸命話し掛け始めた陽大は今日も突然現れた彼に夢中で、姉の存在もすっかり忘れてしまったようだ。

 昨日公園で会った柊永に初めて見下ろされた時はあんなに固まっていたのに、一緒に遊んだ僅かな時間で抱きつくほど心を許し、あっという間に懐いてしまった。


 もしかしたら陽大には時間など関係なかったのだろうか。

 初めて目の前に佇んだ柊永に対し逃げずに向き合った陽大にとって、彼は最初から特別だったのかもしれない。


 再び特別な柊永に会えて喜ぶだけの陽大とは違い、秋生は今だ状況についていけなかった。

 突然再び現れた柊永の存在に昨日以上の驚きと戸惑いを隠せず、すっかり仲良い2人の様子をすぐ傍で見つめることしかできない。


「サッカーするの?」


 期待に目を輝かせた陽大はすっかり柊永と遊ぶ気満々だ。

 彼に対し催促するような陽大の言葉に、それまで戸惑うばかりだった秋生の表情がさっと変化した。

 今度は胸の中で急速に焦りと緊張が込み上げる。

 秋生は今更ながら柊永の立場を思い出した。


 昨日偶然出会った柊永がどうして陽大と遊んでくれたのか、秋生にはわからない。

 気まぐれだったのかもしれないし、ただの暇潰しだったかもしれない。

 理由はわからないが、どうであれ昨日の話だ。

 昨日少しばかり陽大の遊び相手をしただけでこんなにも懐かれてしまうとは、彼本人も予想外だったに違いない。

 今の柊永にとって陽大の存在は、おそらく迷惑にしかならない筈だった。


 柊永は今日もサッカーで遊びたいと期待され、再び陽大の頭を乱暴に撫でる。


「俺もやってやりたいけど、一度姉ちゃんに聞いてみなきゃなんねえな」


 見下ろす陽大から視線を外した彼は初めて振り向き、迷いなく秋生を見つけた。

 昨日触れ合った彼の目に再び捉えられた秋生はひどく動揺するが、なぜか昨日と同じく彼から目を離せない。


「あきちゃん、おにいちゃんきたー!」


 柊永の視線を追って姉を見つけた陽大は、暫しすっかり忘れていた姉に向かって得意げに彼の存在を教えた。

 そんな陽大のお陰で柊永の目から逃げることができた秋生は、陽大に視線を向け直す。

 

 さっきの柊永の言葉と陽大の期待に挟まれ、どうすればよいのか困惑しながらも悩み始める。

 秋生もできることなら弟の期待に応えてあげたいのだ。

 せめて柊永と再び会えた今日だけでも、弟の願いを叶えてあげたい。

 けれどそれは柊永の立場からすれば陽大の我儘で、そして秋生の我儘だ。

 彼の気持ちはどうなのだろう。

 本当に彼の言葉だけを信じ、陽大を任せてしまってもよいのだろうか。


「あの……迷惑、じゃない?」


 秋生はこれ以上2人を待たせたまま迷ってる暇もなく、柊永に向かっておずおずと尋ねる。

 今度は自分から彼に視線を向けたせいか、再び目を合わせてもそれほど動揺しなかった。

 大した問題ではないが、内心ほっと胸を撫で下ろす。

 柊永は若干怖がりながら尋ねた秋生の態度を気にすることなく、秋生の弱々しい目をしっかり見つめ返した。

 

「時間は」


 彼の短絡的な問いかけとぶっきら棒とも言える態度に再び困惑させられ、しばし悩む。

 おそらく姉弟の都合を心配してくれているのだろう。

 秋生としては彼の本音を知りたいのだが、どうやら教えてくれる気はないらしい。


「うちは大丈夫だけど、木野君は……」

「問題ねえな」


 柊永の都合を尋ね返そうとしてもさえぎるように言葉を被せられ、思わずポカンと口を開く。

 元々性格が大人しい秋生は彼の強引さに全くついていけず、ただ驚かされるばかりだ。


「やったぁ!」


 2人の会話を傍で聞き耳立てていた陽大はついに姉の許可が下りたと理解したのか、飛び上がって喜んだ。



 じゃあ30分だけと最初に言い聞かせてから、弟を送り出す。

 しっかり頷いた陽大は柊永の大きな手を握りしめ、早く早くと公園の中へ引っ張り始めた。

 昨日遊ばせてもらった忘れ物のサッカーボールが今日もまだ公園の隅に転がっていて、目聡く発見した陽大はすぐさま拾いに走る。 

 嬉しそうに両手で抱えた陽大が柊永の前に見せると、よかったなと再び頭を撫でられた。



 陽大は昨日よりもずっと上手にサッカーボールを蹴ることができた。

 最初は蹴ることもままならなかったのに、なんて成長の早さだろう。

 いつもはすぐに飽きて他の遊びに走ってしまうのに、昨日も今日も彼を相手に夢中でサッカーボールを蹴っている。


 もし秋生が弟の相手だったらどうだろう、きっとそうはいかない。

 表面上は笑って一緒に遊んでいても頭のどこかで食事や風呂の心配をしてる、明日の不安を抱えている、そんな姉を陽大はすぐに見透かすだろう。

 陽大が夢中になってるのがあのサッカーボールじゃないことくらい、最初からわかりきってるのだから。

 

「今日はちゃんと言わなきゃ」


 ありがとう。

 今日はちゃんと彼に言えますように。


 サッカーをする弟と彼をベンチに座って見守る秋生は、心の中で同じ言葉を繰り返し唱えた。

 



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