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零れ落ち、流れるまま息を吐く  作者: emi・K
第一章 始まりの公園
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約 束

 



 今春中学を卒業した秋生は、先月通信制の市立高校に進学した。

 本格的に高校受験を悩み始めた去年の秋生は自分の学力に自信があったわけでもなく、家庭事情を考慮すれば進学すら諦める選択をする必要があった。

 けれどまだ勉学を諦めきれなかった思いと弟のことも考え、その時ばかりは自分の意志で進学を希望した。

 去年母親に進学希望を伝えると、案の定嫌な顔をされた。

 無暗に反対される前に通信制だから昼間働くことができると説明を足せば、途端に顔色を変えた母親は勝手にすればと言い残し仕事に出掛けた。

 とうとう娘が稼げると知った母親がこれから先どうするか安易に勘付いてしまう秋生は、近い将来に重い溜息を吐いた。

 

 そして先月通信制高校に入学したばかりの秋生は朝弟を保育園に預けた後、保育園から近い場所にあるドラックストアでアルバイトとして働き始めた。

 レジ業務や品出し、掃除など出来ることはすべて任される上に高校入学が重なって、このひと月は心身共に今までで一番多忙な毎日を過ごしている。

 朝9時から夕方5時まで働いた後は、急いで陽大を迎えに行く。

 保育園の休園に合わせ、日曜日と週に一度ある学校の登校日は仕事を休ませてもらう。

 家に帰れば暫く陽大の世話で掛かりきりになるので、陽大が眠りに就いたあと通信制高校の勉強に取り掛かる。

 いつも就寝するのは深夜過ぎだが、朝は早起きし掃除や洗濯といった家事を済ませるので、今の秋生は休む暇がほとんどないに等しかった。


 今はアルバイトと通信制高校の勉強が増え忙しいが、中学生だった秋生の生活も今とそう大して変わらなかった。

 アルバイトの代りに毎日学校へ通い、帰宅すれば不在の母に代わって陽大の世話とすべての家事をこなさなければならなかった。

 テストや受験の為の勉強もあったし、まだアルバイトが出来ない年齢だった秋生は当時同じアパートに住んでいた親切な中年主婦の内職を半分肩代わりさせてもらった。

 母に気付かれないように内職しなければいけなかったのは、母から貰える生活費がどうしても足りなかったからだ。

 頑張っても月1万円に満たない内職を深夜過ぎまでこなし足りない分の生活費に充てていたが、月に一度母の働く店を訪ねわざわざ生活費の催促もしなくてはいけなかった。

 けれど予想外に発生する出費は本当に痛く、それを捻出するために生活が困窮した経験も一度や二度では済まなかった。

 もうあんな思いはしたくない、何より弟に生活の苦労など経験させたくなかった。






「いーや!」


 秋生は全身で拒否を訴え地団太まで踏み出す陽大に、とうとう大きな溜息を吐かされた。

 今までちゃんと言い聞かせれば渋々納得していたのに、今日は決して諦めてくれない。

 今さら後悔しても遅いが、遠回りしてでも別の道を帰ればよかった。


「今日はスーパーでお買い物しないの。まっすぐ帰る日だよ」


 さっきから何度も同じ言葉を繰り返してる秋生の声にも、いい加減疲れと苛立ちが籠り始める。


「スーパーいらないの! こーえんいく!」

「スーパーに行かない日は、まっすぐ帰るお約束だったよね?陽大はちゃんとお約束守れるいい子なのに、どうして今日は守れないのかな」


 保育園からの帰り道、昨日立ち寄った公園が視界に入った陽大は手を繋ぐ秋生から離れようと突然暴れ始めた。

 そんな陽大の態度はよくあることなので、秋生もいつもと同じ約束の言葉で言い聞かせれば諦めると思っていたが、今日に限ってこれまでのようにはいかなかった。

 約束を守らせる秋生に大きく反抗した陽大は公園の傍から梃子でも動かず、とうとう秋生も参ってしまった。

 秋生自身も陽大の希望を聞いてあげたい気持ちはあるが、今日一日でも許せば明日はそれ以上に大変になることを今までの経験上わかっていた。

 陽大が絶対に意志を曲げないように、秋生も簡単に折れるわけにはいかなかった。

 

 こんなにも公園に行きたがる弟の気持ちも、本当は秋生が一番よく理解している。

 本当は公園で遊びたいのではない弟の気持ちも、最初からわかっている。

 そんな弟の望みを叶えてあげる努力もせず、いつも通り約束を守らせようとする秋生は、おそらく弟にとって一番の悪者かもしれない。

 どんなに反抗しても結局秋生に許してもらえないままの陽大は、次第に表情を変化させ始めた。


「……おにいちゃん、またなって、おやくそくしたもん」


 大きな瞳に零れ落ちそうな涙を浮かべた陽大は、唇を尖らせ呟いた。



 約束。

 昨日弟が最後に聞かされた彼の一言は、弟にとって約束だったのだろうか。

 秋生にとってはそうではなく、そして彼にとって全く重さのない一言であっても、弟にとっては違かった。


 大切な、近い未来への希望。


 一方的に抱いた希望は、おそらくこれから先も叶うことはない。

 秋生にはそれがわかってるから、こんなにも彼に会いたがる弟が一番辛かった。


 

「約束したもんな、ようだい」


 いつも突然現れて、秋生の背中に響く昨日と同じ声。


 陽大の希望。


 決して叶わないことではなかった、ただ秋生が信じなかっただけ。

 陽大が間違っていたわけではなく、間違っていたのは秋生の方だった。


 


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