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みんなで社員旅行




「眠い…………はあ、社員旅行面倒くさ」

「よお糠沢」

「木野さん、おはようございまーす…………ん? き、木野さん! 隣にいる目が覚めるような少女は誰ですか!?」

「俺の娘だ」


 社員旅行当日の朝、集合場所のバスターミナルに半分寝ながら現れた糠沢は、親しい同僚の柊永から紹介された小学生の娘に一瞬で目覚めさせられる。


「糠沢さん、初めまして。私は木野凜生です。今日はよろしくお願いします」

「はい、よろしく…………凜生ちゃんすげえ。写真よりずっと超絶美少女」


 凜生から丁寧に挨拶された糠沢はどうにか答えたが、今まで写真でしか会ったことがなかった凜生の美少女ぶりにとにかく圧倒させられる。


「木野さん! よかったですね!」

「は? 何がだ?」

「もちろんこんな可愛い凜生ちゃんに恵まれたことですよ! しかも上手い具合に木野さんに似ず、とっても礼儀正しいし! 凜生ちゃん! おじさんいっぱいお菓子持ってきたから、バスの中で一緒に食べようね!」

「糠沢さん、ありがとうございます…………あ、でもお菓子食べると、お昼ご飯食べられなくなっちゃう。どうしよう」

「凜生、お菓子はほんの少しだけ食えば大丈夫だ」

「うん。糠沢さん、お菓子はほんの少しだけいただきます」

「凜生ちゃん、超絶美少女で礼儀正しい上、全然すれてないなんて…………マジ天使。あれ? そういえば木野さん、天使を生んだ秋生さんは? もしかしてやっぱり嫌がられちゃいました?」

「……おい糠沢、今の言葉どういう意味だ?」

「ヒイ! き、木野さん! 娘の凜生ちゃんに俺への暴力行為を見られてもいいんですか!? パパ怖いって一生嫌われてもいいっていうなら、どうぞ煮るなり焼くなりご自由に!」


 柊永はただ糠沢の発言がよく理解できず聞き直しただけなのに、なぜか脅えた糠沢はバスの下に潜り込みながら必死に威嚇し始めた。


「あ、お父さん、お母さんと望生が帰ってきたよ」

「待たせてごめんね。トイレが思ってたより遠くて」

「よし、じゃあバス乗るか」

「バース、バース」


 駅構内にあるトイレに行っていた秋生と望生が再びバスターミナルに戻ると、家族4人は揃ってバスに乗り込んだ。




「毎年社員旅行は部署別で日程が違う上、今年は自由参加だからバスの中も余裕ね」

「え?……重宮さん、今年は自由参加なんですか?」

「うん、去年まで義務だったけど、今年から自由。あ、でも木野君は課長だから義務だけどね」

「え?……重宮さん、うちの夫って課長だったんですか?」

「……秋生ちゃん、知らなかったの? 木野君はもう5年前から課長だよ」


 社員旅行のバスが目的地の温泉旅館に向かって出発すると、望生と隣同士で座る秋生は通路を挟んで隣に座る重宮と喋り始めた。

 重宮は柊永と親しい女性同僚で、昔珈琲店に勤めていた秋生も常連になってくれた重宮と親しく喋らせてもらっていた。

 そんな重宮から今年の社員旅行は自由参加と教えられ、それでも柊永が参加した理由は課長という役職ゆえ仕方なかったことはわかったが、秋生は柊永が5年前から課長だった事実にとても驚く。


「木野君はうちの会社の宝だから、あと2、3年したら部長よ」

「……宝?」

「そう、宝。元々木野君は27歳まで中小企業で働いてたんだけど、うちの社長が木野君の稀な優秀さに偶然惚れこんで、社長直々にヘッドハンティングしたの。でも木野君は転職を面倒くさがったらしいんだけど、社長がストーカー並に付きまとって木野君を辟易させたんだって。だからうちの社長も頭が上がらない木野君は、うちの会社の宝ってわけ…………秋生ちゃん、もしかして木野君が元々別の会社にいた事も聞いてなかったの?」

「はあ…………すみません」

「秋生ちゃんに何も話さない木野君が悪いのよ。木野君、いくら何でも家庭に仕事を持ち込まなさすぎよ。これからは必要最低限の情報くらい、妻の秋生ちゃんにちゃんと報告すること。いい?」

「……はい」


 柊永の渋々小さい返答が背後の席から届いた秋生は、柊永が重宮には頭が上がらないことを知る。


「りーおちゃん。はい、女の子が大好きなつぶつぶ苺ポッキー」

「糠沢さん、ありがとうございます」

「望生くーん。はい、男の子が大好きなうまい棒」

「糠沢さん、ぼくは苺ポッキーが好きです」

「あ、そうなの?」

「お姉ちゃんはうまい棒が好きだから、交換してもいいですか?」

「交換なんてする必要ないよ! はい望生君、苺ポッキーとうまい棒どっちもあげる。凜生ちゃんもはい、うまい棒」

「糠沢さん、ぼくとお姉ちゃんはお菓子食べすぎるとご飯食べられないから、1個だけでいいです」

「……あ、そう。じゃあ凜生ちゃんはうまい棒で、望生君は苺ポッキーだね」

「「糠沢さん、ありがとうございます」」


 いつの間にか姉に似てしっかりしてしまった望生は重宮の隣に座る糠沢からお菓子を貰うと、姉と共にしっかりお礼する。


「凜生ちゃんも望生君もまだ小さいのに、本当に礼儀正しいね。そういう所は2人とも秋生ちゃんに似たのね」

「重宮さん当たり前じゃないですか! 凜生ちゃんと望生君には、いっつも仏頂面で睨みきかせるだけの木野さん要素は微塵もありません! 100%秋生さん似です!」

「いえ糠沢さん、凜生と望生は剣道やってるからですよ。私は小さい頃、ただボーっとしてる子供でしたから」

「でも秋生ちゃん、剣道やってるからって子供の素質は変わらないわよ。ほら、バスに乗ってる他の子供を見てみなさいよ。せっかくの家族旅行なのにゲーム三昧じゃない。その点、純粋に家族旅行を楽しんでる凜生ちゃんと望生君はそれだけで出来た子供達。そんな凜生ちゃんと望生君を産んだ秋生ちゃんはすごいってことよ」

「そうですよ秋生さん、可愛い子供達を素直に喜んじゃえばいいんですって。あーあ、俺はいつになったら可愛い子供が持てるんだろ……」

「あら糠沢君、あんたまだ子供なのに、子供欲しかったの?」

「俺はもう大人だから、悪妻に捕まっちゃったんですよ。でもうちの悪妻はまだ子供産む気ないし、社員旅行にも興味ない………はあ、悪妻持ちの俺って不幸で孤独」

「ちょっと糠沢君! まだ独身の私に喧嘩売ってんの!? 悪妻だっていないよりマシじゃない!」


 隣同士の重宮と糠沢が今日も騒がしく会話し始めると、望生はさっき糠沢に貰った苺ポッキーを食べながら隣の母に視線を向けた。


「ねえお母さん、あくさいってなーに?」

「……さあ、お母さんもわからない」

「お父さん、あくさいってなーに?」

「奥さんの種類だ。糠沢の奥さんは悪妻なんだと」

「奥さんの種類? じゃあお母さんはどんな種類?」

「もちろんお母さんは良妻だ」

「りょーさい?」

「望生、良妻は良い奥さんって意味だよ。お母さんはお父さんの良い奥さん」


 父から母は良妻だと教えられた望生は、良妻の意味を姉から教えられる。


「お母さんはりょーさい、糠沢さんの奥さんはあくさい。ねえお姉ちゃん、あくさいはどんな意味?」

「悪妻は…………私もよくわからない」


 凜生は望生に悪妻の意味を問われても糠沢を気にし、知らないフリをした。


「凜生ちゃん……悪妻持ちの俺に気遣ってくれるなんて、やっぱマジ天使」

「こんなマヌケな糠沢君まで気遣う優しい凜生ちゃんは、結婚すれば良妻賢母間違いないわね。凜生ちゃん、好きな男の子いるの?」

「……いません」

「あれ? 私余計なこと聞いちゃった?」

「重宮さん、凜生が気まずそうなのは、凜生に好きな男の子ができたら大変なことになるからですよ」

「え? 秋生ちゃん、どういうこと?」

「凜生はおじいちゃんと伯父さんにとっても愛されてるんです。凜生はただおじいちゃんと伯父さんを悲しませたくないんですよ」

「あーそういうこと! でも凜生ちゃんに好きな男の子ができて一番悲しむのは、木野君でしょ?」

「重宮さん、お父さんは大丈夫です。一番大好きなお母さんがいるから」


 好きな男子ができて祖父と伯父を悲しませたくない凜生は一度落ち込んだが、母が一番大好きな父の気持ちは自信持って重宮に教えると、父の隣で糠沢に貰ったうまい棒を食べ始めた。




 社員旅行のバスは目的地の温泉旅館へ向かう前、観光名所に寄り道した。

 家族は重宮や糠沢と一緒に大きな城を観光した。

 凜生は虫が好きだが望生は城が大好きなので、城の中を歩く望生は一番元気だった。

 城の一番上から景色を楽しんだ後は昼食となり、城の近くで名物の醤油ラーメンを食べた。

 凜生と望生もラーメンは好きだが、醤油ラーメンが特に好きな母は一番美味しそうに食べた。

 城を離れた後も酒造工場と歴史博物館を見学し、社員旅行のバスは夕方に温泉旅館へ無事到着した。



「お母さん、私ご飯食べる前に温泉入りたーい」

「そうだね。じゃあ行こうか」


 家族は温泉旅館の豪華な部屋で少し寛いだ後、秋生と凜生だけ夕食前の温泉を楽しむことにする。


「ねえお母さん、重宮さんも誘おうよ」

「え? でも重宮さんは社員の人達と一緒に温泉行くんじゃないかな」

「秋生、重宮さんもとりあえず誘ってやれよ」

「え?……うん、わかった」


 秋生は凜生と柊永から希望され、重宮も温泉に誘うことにする。


「秋生ちゃーん、凜生ちゃーん、一緒に温泉行かなーい?」


 結局秋生と凜生は重宮の方から部屋を訪ねられ、3人揃って温泉へ向かった。





「私、女子社員に嫌われてるのよね」

「え?」

「相部屋の子も、私と一言も喋らないのよ」

「……どうしてですか? 重宮さんは気さくで、とても優しいのに」

「本当にそうよね。何でも私は独身時代の木野君と親しく喋ってたから女の子全員に目を付けられて、今でもその名残が残ってるみたい」

「重宮さん、お父さんと仲良くしたから、女の人と仲良くなれないんですか?」

「凜生ちゃん、そうだけど心配しないで。私は女の子より、木野君や糠沢君と喋った方が楽しいから」


 秋生と凜生は露天風呂に浸かりながら、昔から柊永と親しい為に女子社員に避けられ続けてる重宮を心配するが、あまり深く考えない性格らしい彼女は実にあっけらかんとしている。

 けれどさっき柊永が重宮を気遣ったように、おそらく重宮も寂しい気持ちがあるから、秋生と凜生の3人で露天風呂に浸かる重宮は楽しそうだ。


「実は今年の社員旅行は自由参加だからパスしようとしたんだけど、初めて秋生ちゃんも来るって言うから勝手に楽しみにしちゃった。凜生ちゃんと望生君にも初めて会いたかったしね」

「私も重宮さんがいるって思ったから、初めて社員旅行に付いていくことも気楽だったんですよ」

「本当?」

「はい。もちろん糠沢さんとも一緒に楽しめて、よかったです」

「……秋生ちゃんってすごいよね。私のついでに糠沢君にも自然と気遣える。やっぱり凜生ちゃんはお父さんとお母さん、どっちにも似たんだね。凜生ちゃんは秋生ちゃんと同じく気遣い屋さんだけど、木野君に似て正直だから表情まで気遣えない」


 重宮が見抜いた通り、凜生は母親のように自然と気遣うことができず、表情はいつもぎこちない。

 もちろんそんな不器用な凜生をわかってる秋生は重宮と共に露天風呂で笑い声を響かせ、2人に笑われた凜生だけが露天風呂に浸かりながらキョトンとした。


「あーお腹空いた。早く豪華な夕ご飯食べたーい」

「お母さん、重宮さんはすごいね。お昼ご飯はラーメン2杯食べたのに、もうお腹空いたって」

「本当にすごいね。それに重宮さんはいっぱい食べても、全然太ってない」

「秋生ちゃん、凜生ちゃん、私は痩せの大食いなのよ。羨ましいでしょ?」

「はい、本当に…………私は今まで一度も痩せた時がないから。いつもしっかり食べちゃうし」


 痩せの大食い体質だった重宮は本当にスレンダーで、生まれつき華奢とは無縁な体質の秋生は本気で羨ましがる。


「秋生ちゃんだって、別に気にするほど太ってないじゃない」

「そうだよお母さん、お母さんはちょっとポッチャリなだけ。気にしないで」

「うん…………凜生、いつもそう言ってくれてありがとう」

「……ん? ちょっと秋生ちゃん、お胸見せて」

「え?」

「いいからちょっとだけ。ね?」


 まるでセクハラ上司のように突然変身した重宮は、今まで秋生がさり気なく隠していた胸を強引に見つめる。


「秋生ちゃんは完全に着痩せタイプだね…………私は今まで気付かなかった」

「……何がですか?」

「決まってるじゃない。そのふくよかなお・む・ね」

「いえ、私は痩せてないから普通です。凜生、身体洗おうか」

「うん」


 秋生は重宮のからかいに否定すると、凜生を連れてそそくさと露天風呂から離れる。


「秋生ちゃん、お尻もふくよかね…………木野君が羨ましい」


 背中を向けた秋生と凜生を見送る重宮は露天風呂に浸かりながら、やはりセクハラ上司のように秋生の尻だけをじっと見つめた。




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