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父と母のお揃いマフラー




「あれ? 真由」


 午前中リキの散歩に出掛けた秋生は再び帰ると、玄関前で飼い猫のマオを抱いた真由の姿を見つけた。


「真由どうしたの? 仕事は?」

「まあいいから中入れて。寒い」


 幼稚園で働く保育士の真由が平日の午前中に訪れた理由を当然尋ねても、真由に背中を押され家の中へ促される。



「幼稚園辞めた?」

「うん、クビ」


 秋生はリビングの床で仲良しのリキとマオを遊ばせながら、真由の報告に心底驚かされる。

 真由は18年勤務した幼稚園を突然辞めさせられたらしい。


「……真由、何で?」

「セクハラだよ」

「え?」

「この前園長がとうとう引退しちゃってさ、その息子が幼稚園継いだんだよ。前のおじいちゃん園長と違って、息子は手癖が悪いんだ。若い保育士だけじゃなく私にまでセクハラするから、股間に蹴り入れてやった。クビは予想外だったけど、あースッキリした」

「真由、幼稚園の電話番号教えて」

「……は? 何で?」

「私が抗議する。真由の暴力は新しい園長にセクハラされたせいだから、正当防衛だって」

「やめてよ今更。私はこんなにスッキリしてるのに」

「真由、今までずっと勤めた幼稚園をセクハラされてクビになったなんて、悔しくないの? いつもの真由なら絶対納得しないはずだよ」

「いいんだよ。ちゃんと退職金もらえるし、私も子供の相手は辛い年になったから丁度よかったんだ。セクハラされてあっぱれあっぱれ」


 真由から最後まで明るい口調で幼稚園を辞めて後悔はないと教えられた秋生は、幼稚園への抗議を諦めさせられる。

 最後は真由の代りに落胆してしまうと、真由は増々晴れやかな表情を浮かべた。


「まあ、どうせすぐ働くよ。私は子供いないしね」

「……どこで? 別の幼稚園?」

「いや、そこのファミレス。パート募集してたから、明日面接行ってくる」

「ファミレス……パート…………私でも働けるかな」

「秋生、一緒に働く?」


 セクハラ被害で職を失った真由が不憫でつい一緒に働きたくなった秋生は思いの外喜ばせたが、どうせ柊永に反対されることを思い出す。


「……ごめん真由、無理だった」

「何だよ…………あーあ、秋生と働きたかった」

「ごめんね、ファミレスいっぱい遊びに行く」

「まあ一緒に働けないことはわかってたけどね。あんたには怖がりの木野君がいるんだから…………もしあんたがまた誰かに奪われたら、木野君は狂っちゃうよ」


 一度他の男に奪われた前科のある秋生を外に出させたくない柊永の脅えは真由にも痛いほどわかるせいで、秋生と一緒に働くことはすんなり諦めるしかない。


「あんたは自由な私と違って一生働けないなら、趣味くらい見つけなよ」

「趣味?」

「ずっと家でぼんやりしてるだけなんて、いずれストレス溜まっちゃうよ」

「ずっとぼんやりしてないよ。去年から編み物始めたし、午前中はリキといっぱい散歩するし…………ねえ、真由は毎日働くの?」

「ううん、週4くらいかな」

「じゃあ仕事が休みの日は、一緒にお昼ご飯食べようよ」

「いいね! じゃあ一緒に弁当作って、リキの散歩ついでに公園で食べたりしよう」

「ふふ、うん」


 秋生は今までフルタイムで働き続けた真由に初めて余裕ができたので、平日の昼間一緒に過ごす提案をすると、今度こそ真由をとても喜ばせた。






「おーい真由ちゃん、来たよ」

「何だよ陽大、わざわざ来るな」

「真由ちゃん、私達も来たよー」

「ワオ! 凜生、望生、いらっしゃーい!」


 日曜日のおやつ時、真由が先週から働き始めたファミレスへ訪れた陽大は露骨に嫌がられるが、一緒に遊びに来た凜生と望生は露骨に大歓迎された。


「あれ? 秋生は?」

「お父さんとお母さんもいるよ。ほら」

「何だよ、木野君も一緒に来たのかよ」


 凜生と望生の後から姿を見せた秋生と柊永は真由から露骨に不満がられたが、さっそく広い客席に案内され始めた。


「スカート穿いてる真由ちゃん、初めて見た」

「凜生どう? 真由ちゃんのファミレス制服姿、似合うでしょ?」

「……うん」

「ん? 凜生にしちゃずいぶん歯切れ悪い肯定だね」

「谷口、凜生は俺に似て正直だけど、俺に似ず気遣い屋なんだ。許してやれ」

「……木野君、つまり正直なだけの木野君は何が言いたいわけ?」

「つまりスカート穿いた谷口は微妙ってことだ」

「もう柊永、ファミレスでまで真由に喧嘩売らないで。凜生はただスカート穿いてる真由を初めて見たから、違和感を感じただけ。真由、私はけっこう見慣れたから似合ってるよ」


 家族4人と陽大は席に座りながら真由の制服姿を改めて眺めたが、正直な凜生や柊永のせいで秋生はフォローに回る。


「……ん? 見慣れた?」

「秋ちゃん、真由ちゃんの制服姿、今日初めてじゃないの?」

「うん。リキの散歩ついでに、わざとここ通るから」

「あーあ、私は秋生に監視されてたか……」


 秋生には既に働く姿を見られていたことを初めて知った真由はゲンナリしたが、凜生と望生も気付くほど本当は嬉しそうだ。 


「凜生、望生、おやつ食べに来たんでしょ? メニュー開きな」

「めにゅう?」

「望生、メニューはきっとこれだよ」


 真由からメニュー表を眺めろと促されても望生は理解できず、凜生はテーブル脇に添えられたメニュー表をどうにか見つけることができた。


「……あんた達、外食したことないの?」

「あ、そういえば凜生と望生はファミレス初めてかもね」

「マジか」


 秋生は凜生が生まれてから家族でほとんど外食しなかったことを思い出すと、真由からさすがに驚かれる。

 凜生と望生は初めて訪れたファミレスのメニュー表を興味津々と眺め始めた。



「お姉ちゃん、パフェすごいね」

「うん、ポッキー3本刺さってるよ。サクランボは5個」

「あ、ぼくのバナナに旗ささってる!」

「私のも!」


 真由が作った凜生と望生のパフェには勝手にトッピングが増やされ、お子様ランチの旗まで刺さっていた。

 凜生と望生は大興奮で喜び、秋生は陽大と共にプリンアラモードを食べ始める。


「秋ちゃん、俺達はやっぱりプリンだよね?」

「うん、私達はプリン」

「え? お母さんと陽大君、プリンなの?」

「望生、お母さんと陽大は昔プリンが一番のご馳走だったんだ。貧乏だったから」

「ちょっと柊君、俺達がプリンな理由を勝手に貧乏で片付けないでよ」

「じゃあ何でだ?」

「……柊君には教えない。ね? 秋ちゃん」

「うん」


 本当は柊永に正解された秋生と陽大は結局誤魔化し、共に一番好きなプリンを再び堪能し始める。


「ねえお父さん、何でおやつ食べないの?」

「おやつは子供の食いもんだからだ」

「お母さんと陽大君もおやつ食べてるよ。大人もおやつ食べていいんだよ。はい、あーん」


 望生はただ1人おやつを食べない父にパフェを乗せたスプーンを向けた。

 正直者な柊永は露骨に嫌な顔をするが、それでも渋々食べさせてもらった。


「お父さん、私のパフェもあげる。あーん」


 凜生も真似してパフェを向けると、父はまた嫌がりながら渋々食べた。


「ふふ。柊永、私のプリンもあげるね。あーん」


 秋生は子供達のパフェを嫌がっても渋々食べる柊永に思わず可愛さを覚え、自分のプリンも向けてしまう。

 正直者な柊永は初めて満更でもなさそうな顔で口を開けた。


「柊君は相変わらず正直だけど、秋ちゃんは前と全然変わったね」

「え? 私?」

「柊君にプリンをあーんさせる秋ちゃんは、柊君のことめちゃくちゃ愛しいって顔してたよ」

「……そんなことないよ」

「陽大、余計なこと言うな。秋生は照れ屋なんだから気にしちまうだろ」


 秋生は最近無意識に柊永に対する気持ちを全開してしまうらしいが照れ屋な性格は依然変わらず、姉をついからかった陽大は柊永に本気で怒られる。


「秋生、もっと食わせろ」


 柊永にプリンを催促されて立ち直った秋生は、口を開けて待つ柊永にまたプリンを食べさせ始めた。

 今日の陽大は姉夫婦の仲良しぶりにすっかり当てられたが、またパフェに夢中の凜生と望生は堂々と仲良くする両親にすっかり慣れてるらしい。

 結局姉夫婦の平和第一な陽大も再びプリンを美味しく食べ始めた。






「お父さん、早く、早く」

「お父さん、早くソファ座って」


 夕食後、突然凜生と望生から背中を押された柊永は、リビングのソファへ無理やり促される。

 いつもなら理由も明かされない子供達の行動に訝しがるだけの柊永も最近ご機嫌なので、素直にソファへ座った。

 もちろん最近ご機嫌な理由は、最近の秋生が夫に対して無意識に気持ちを全開してしまうお蔭だ。

 めずらしく父をすんなり座らせた凜生と望生は同じく父を挟んで座り、ワクワクと身体を弾ませ始める。

 一度寝室へ行った秋生はリビングに戻ると、ソファに座る3人の前でわずかに照れた笑顔を浮かべた。


「はい、どうぞ」


 秋生はそれまで背後に隠し持っていた紙袋を、子供達に挟まれる柊永に差し出す。


「お父さん、よかったね!」

「お父さん、早く受け取って」


 凜生に促された柊永は秋生に差し出された紙袋を受け取り、すぐ中身を取り出す。


「秋生、俺のマフラーか?」

「うん」


 2ヵ月前子供達の手袋を編んだ秋生は柊永にも催促されて、柊永の手袋も編んだ。

 そして最近義母にマフラーの編み方を教えながら、柊永のマフラーを編んだ。

 柊永はマフラーまで期待してなかったせいでまだ喜ばず、代わりに凜生と望生が父のマフラーに触れながら喜ぶ。


「お父さん、私が巻いてあげる」

「ぼくも巻いてあげる」


 凜生と望生にマフラーをくるりと巻かれた柊永は、ようやく嬉しそうな笑顔を滲ませた。


「秋生、ありがとな」

「柊永、似合ってるよ。でも会社にはしてかないでね」


 秋生の編んだグレーのマフラーは編み方が凝ってるが手作りだとわかってしまうので、手袋と同じく出勤時の着用は禁止にする。


「何だよ、また俺は自慢できねえのか」

「うん、まただめ。でもまた私とお揃いだよ」

「マジか。秋生のも見せてみろ」


 2ヵ月前編んだ手袋は柊永の希望で夫婦お揃いにし、秋生と柊永は茶色の手袋をはめて休日リキの散歩を楽しんでる。

 マフラーは秋生が勝手にお揃いにすると柊永は更に喜んでくれ、秋生も自分のマフラーを取りに行く。


 母にもマフラーをくるりと巻いてあげた凜生と望生は、ソファに父と母を並ばせる。

 凜生と望生はお揃いのマフラーをする父と母に嬉しく笑い、お揃いのマフラーでソファに座る父と母はもっと嬉しそうに笑った。


「あーあ、ぼくとお姉ちゃんのマフラーはまだないや……」


 望生は父と母のお揃いマフラーに喜んだあと現実に戻り、次の冬まで待たなければいけない祖母の編むマフラーに対して不満を呟く。


「望生、お父さんとお母さんのマフラーが先にできちゃってごめんね」

「よし、これからばあちゃんに発破かけるぞ」

「え?」

「お父さん、おばあちゃんに葉っぱかけちゃうの?」

「ばあちゃんにさっさとマフラー編めって、気合入れに行くってことだ。凜生、望生、コート着ろ」


 父はさっそく母とのお揃いマフラーで出掛けたくなったのか祖父母宅へ行くと言い出し、凜生と望生は驚きながらも急いでコートを着込む。


「よし、行くぞ」

「「おー!」」

「ふふ、リキも行こうね」


 今夜の凜生と望生は両親と共にリキを連れ、祖父母宅に向かって長い散歩を始めた。




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