母は愛夫家
「秋生、明日も編み物教えに行くんだろ?」
「うん」
「お父さん、お母さんはおばあちゃんにもう3回教えたのに、ちょびっとしか編んでないんだって」
柊永の実家へ行く前日の夕食時、今日も秋生にしっかり確認した柊永は、望生から母親の成果を教えられる。
「仕方ねえだろ。ばあちゃんは料理上手いけど不器用なんだ」
「ぼくとお姉ちゃんのマフラー、いつできるのかな……」
「いつかできる。ばあちゃんにはお母さんがいるから大丈夫だ」
「そうだよ望生、おばあちゃんは私と望生の為に頑張ってるから、また次の冬まで待とうね」
「……また次の冬?」
「そう、また次の冬」
すでに1月半ばの今冬は祖母のマフラーを自然と諦めた凜生は、次の冬まで待つよう望生を明るく説得する。
「……ぼくがマフラー編んだら、おばあちゃんよりずっと早くできるかも」
「そんなことねえぞ望生、マフラーは難しいんだ。子供の望生は5年かかる。ばあちゃんに任せとけ」
手先が器用な望生の呟きはおそらく当たっていて家族みんなギクリとしたが、柊永は素早く否定した。
「うーん……じゃあ私、土曜日もお義母さんに教えようかな」
「土曜日?」
「うん、どうせ凜生と望生がお義母さんのお昼ご飯食べるし、私も……」
「土曜日はだめだ。秋生、あんまり甘やかすな」
秋生は編み物が一向にはかどらない義母の為に、子供達が剣道場へ行く前に祖父母宅で昼食を食べる土曜日も手伝おうと考えたが、柊永は一転して母親を甘やかせない。
土曜日は元々子供達だけで剣道場へ行くので、その間秋生を独占してる柊永はどうにも調子が良く、水曜日は必ず実家へ通うよう仕向けられた秋生は当然呆れてしまった。
「着替えておいで」
「「「はーい」」」
今日は柊永の実家へ行った後ひと月ぶりに道場を訪れた秋生は、稽古を終えた子供達を着替えへ促す。
再びリキと共に道場外で待ち始めると、ひと月ぶりに義叔父の姿を探した。
「秋生ちゃん」
秋生が道場内を覗く前に、洸斉がいつものように傍へ近付いてくれた。
「義叔父さん、お久しぶりです。しばらくリキを連れて来れなくて、すみませんでした」
「いや、今日会わせてくれたから許すよ。リキ、元気だったか?」
「ふふ」
洸斉はひと月ぶりに会ったリキを思いきり撫で始め、秋生は今日も洸斉に腹を見せ喜ぶリキに笑った。
秋生もひと月ぶりに洸斉と一緒にリキを撫で始めると、向かい合う洸斉からさっそく視線をもらう。
「秋生ちゃん、姉に編み物を教えてくれてるんだって?」
「私が教えさせてもらってるんですよ。お義母さんが編み物を始めたのは、凜生と望生の為ですから」
「姉は不器用だから、秋生ちゃんは大変だろ」
「いえ、私も一緒に編み物してるんですよ。今日なんてお義父さんも一緒に始めたから、すごく楽しかったです。ふふ」
洸斉に尋ねられるまま教えた秋生は、義母より遥かに編み物が上手だった今日の義父を思い出し、つい笑ってしまった。
「秋生ちゃんは本当に楽しそうだ。私はこれからもリキと会わせてもらえなくなりそうだな」
「義叔父さん、本当にごめんなさい。でもこれからはまたリキを連れて来ますよ。お義母さんとお義父さんに編み物教えたら、帰りに必ず来ます」
秋生はこれからも洸斉にリキを可愛がってもらえるよう、また毎週道場へ来る約束をする。
「秋生ちゃん、せっかくひと月柊永を喜ばせたのに、私にまたリキを会わせていいのかい?」
「え?」
「柊永は私に無駄な嫉妬をしてるから、このままずっと秋生ちゃんを道場に来させたくないはずだ」
やはり洸斉は甥の意図も気持ちもしっかり把握していて、秋生は申し訳なさではなく笑顔を滲ませてしまった。
「義叔父さん、毎週リキと会うことは柊永に内緒にして下さい」
「え?」
「私も内緒にします」
「でも凜生と望生は素直だから、父親に喋ってしまうよ」
「凜生と望生にもお願いしてみます。お父さんには内緒ねって」
「……夫への内緒事を子供にも一緒に守らせる秋生ちゃんは、私が思ってたより潔い女性だ」
「私は潔いんじゃなくて、狡賢いんですよ」
これからも秋生はリキと共に洸斉に会う為、子供に協力させてまで夫に内緒にすることにすると、少し驚かせてしまった洸斉と結局一緒に笑い合った。
「義叔父さんと柊永は顔が似てるけど、手はもっと似てますね」
「そうかい? 意識したことなかったな」
「大きさも同じかも」
リキを撫でる洸斉の手が柊永の手と似てることに気付いた秋生は、思わずじっと見つめた。
秋生の顔面でわざわざ手を広げられると、やはり洸斉の手は柊永の手と同じくらいの大きさだった。
「やっぱり義叔父さんと柊永は似てますね。顔も背丈も手の大きさも」
「私の甥は3つも私に似たのに、実物は大違いだ」
「え?」
「あいつはあんなにいい男なのに、私は無骨なだけ。しかもあいつは私にも優しくしてくれる秋生ちゃんに恵まれた」
洸斉は秋生の顔面で広げた手を引くと、再びリキの腹を撫で始める。
「まあ私も素っ気ない奥さんに恵まれたから、あいつを羨まないけどな」
秋生も再び一緒にリキの腹を撫でる。
「義叔父さん、大丈夫ですよ。義叔父さんは柊永の次にカッコいいです」
「……私は柊永の次かい?」
「はい。私は愛妻家の義叔父さんと同じく、愛夫家ですから」
たとえ慕う義叔父でも愛する夫には勝たせなかった秋生は、再び目を合わせた洸斉と笑い合った。
今夜の柊永は秋生が子供達と一緒に眠ってしまった為、ひとり二階のベランダに佇んだ。
今夜の秋生は子供達と一緒に眠ってしまったことに気付き、すでに布団からいない柊永を探しに行く。
「見つけた」
今夜の柊永は秋生に見つけられ、ベランダに佇む背中を抱き締められた。
「何だよ、寝てればよかっただろ」
「……邪魔しちゃった?」
「こんな寒いベランダにわざわざ出るなってことだ」
わざわざ柊永を見つけた秋生は初めて素っ気なくされて驚いたが、ただ冬の寒さを心配しただけと言い訳される。
寒さに強い柊永は秋生を中に入れる為、さっさとベランダから離れた。
「ごめんね柊永、やっぱり先寝るね」
柊永に鬱陶しがられたとしっかり気付いた秋生は彼を二階の部屋に残し、1人で戻ることにする。
「秋生、待て」
秋生は呼び止められて振り向くと、なぜかマジマジと見つめられる。
「……何?」
「秋生の顔がめちゃくちゃ寂しそうだ」
指摘されてようやく気付いた秋生に対し、さっき秋生を鬱陶しがったはずの柊永が一変して甘くなった。
「秋生、素っ気なくして悪かった」
「……ううん」
「秋生の顔が今度はめちゃくちゃ恥ずかしそうだ…………やべえ」
確かに柊永に謝られたせいでさっきの寂しさを恥じた秋生は再び指摘された途端、傍にあるベットに押し倒された。
「ちょっと柊永、これは陽大のベットだよ」
「秋生が可愛すぎて我慢できねえ。こんなに上手くいくとは思わなかった」
「……柊永、わざと?」
「当たり前だ。俺が秋生に素っ気ないわけねえだろ」
柊永にわざと鬱陶しがられてとても寂しくなり、そんな自分をとても恥ずかしがった秋生は、柊永にとって予想以上の反応だったらしい。
大興奮して喜ぶ柊永は押し倒した秋生の顔を思いきり舐め始めた。
「秋生、俺はおかしくなった。もう散々おかしくなったのに、またおかしくなった。俺はもうおかしすぎて秋生をまともに愛することもできねえ。俺はリキになるしかねえんだ」
「柊永ワンコはリキより凄すぎる…………ギブ」
今夜は秋生が可愛すぎる余りおかしくなった柊永は、秋生をグッタリさせるほど舐めつくした。
「……あれ? 柊永、ワンコやめたの?」
「ああ、やっとまた人間に目覚めた。秋生、覚悟しろ」
「え? 何を?」
「決まってんだろ。朝までセックスだ」
「もう、あからさまに言わないで。柊永ワンコの方がよかった」
やっと舐めるのをやめた柊永はあからさまな言葉を口にしたせいで、秋生に嫌がられてしまった。
「秋生、待て」
「知らない」
ベットから逃げた秋生は二階の部屋からも逃げ出し、柊永に呼び止められても階段を駆け下りる。
そのまま凜生と望生が眠る客間に駆け込もうとしたが、柊永に捕まってしまった。
本当はわざと捕まえられた秋生は抱き上げられ無事寝室に入ると、今夜は本当に朝まで柊永に愛された。