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母の手編み手袋




「「お父さん、お帰りなさーい」」

「……お前ら、今日はやけに機嫌いいな」


 今夜も仕事から帰った父を出迎えた凜生と望生はいつもより笑顔だったので、ただ訝しがられた。


「お父さん、ぼくとお姉ちゃんをよーく見て」

「何でだ?」

「いいからお父さん、私と望生をよーく見て」

「面倒くせえな、さっさと中に入れさせろ」


 柊永は意味もわからず足止めを食らったせいで、玄関で苛立ち始める。


「ふふ、お帰り」

「秋生、こいつら何なんだ」

「凜生と望生をよーく見ればわかるよ」


 後から玄関に来た秋生にも笑って勧められた柊永はようやく諦め、目の前の凜生と望生をしっかり見つめる。

 

「俺はまったくわからねえぞ」

「お父さん、鈍感」

「お父さん、目見えないの?」

「凜生、望生、お父さんは鈍感だけど目はすごくいいから、お父さんの目の前で見せてあげて。せーの」

「「じゃーん」」

「何だ、手袋かよ。俺はお前らの顔だけしっかり見ちまったぞ」


 柊永は鈍感扱いされたせいで、凜生と望生の手にはめられた真新しい手袋を見せられても全く感動しなかった。


「お姉ちゃん、お父さんに見せてもつまんないね」

「うん、せっかくお母さんの手作りなのにね」

「……お母さんの手作り? マジか、よく見せろ」


 反応悪い父にガッカリした凜生と望生が母お手製と明かした途端、今度は食いつかれた。

 凜生と望生の手を掴み秋生の編んだ手袋をマジマジと見つめた柊永は、傍に佇む秋生にも視線を向ける。


「秋生、すげえな。売り物みたいだぞ」

「そう? 褒めてくれてありがとう」

「でも凜生と望生は色が逆じゃねえか?」

「お父さん、いいの。私は青がよかったの。ランドセルが赤だから」

「僕は幼稚園のバックが青だから、赤がよかったの」

「ふーん……お前らは単純で天邪鬼だな」


 凜生の青い手袋と望生の赤い手袋に笑った柊永は、再び秋生を見つめる。


「秋生、俺のは?」

「え? だって柊永は手袋しないでしょ? 暑がりだし」

「俺だって手くらい冷えるぞ」

「そう? いつも温かいけど…………じゃあ今度、買いに行く?」

「何でこいつらには手作りで、俺には買うんだよ。俺のも編め」

「わかったよ。でも会社にはしてかないでね」

「何でだ? それじゃ自慢できねえだろ」

「やめて。自慢するなら編まないから」


 秋生は手編みの手袋など会社の社員に見られるのも恥ずかしいのに、自慢までする気だった柊永を本気で止める。


「柊永はリキの散歩以外、手袋禁止」

「ケチくせえな…………じゃあ秋生、お揃いな」

「え?」

「俺と秋生は同じ色だ」

「お父さんとお母さん、同じ色いいなあ」

「お父さん、ずるーい」

「お前らは諦めろ。お父さんとお母さんは夫婦だから特別なんだ」

「ふふ、じゃあ中入ろうか。玄関寒い」


 いつまでも玄関で手袋談義に花を咲かせていた家族はようやく家の中へ入った。





「あ、今日はカツ丼だ!」

「カツ丼美味しそう!」


 先週の昼間一人でカツ丼を食べてしまった秋生は、その日の夜トンカツを食べた凜生と望生に今度カツ丼も作ると約束した。

 凜生と望生は母と約束していたカツ丼が今夜の夕食に出て、さっそく喜ぶ。


「秋生、何でカツ丼食わねえんだ?」


 柊永は秋生だけ野菜サラダのみの夕食にさっそく気付いた。

 家族皆から不思議そうに見つめられた秋生は観念して照れ笑いを浮かべる。


「これから週に二日だけ、夕ご飯は軽く食べようと思って」

「お母さん、何で?」

「お母さん、もしかしてダイエット?」


 秋生はこれから週二日野菜サラダのみの理由を、凜生には簡単に当てられてしまう。


「うん、お母さんちょっとポッチャリだから五キロくらい痩せなきゃ」

「お母さん、五キロ痩せたら何キロになるの?」

「え?」

「おい望生、お母さんは五キロ痩せても今と変わらず可愛いままだぞ。秋生も五キロくらい気にすんな。全然太ってねえよ」

「……ありがとう、でも」

「ほら秋生、俺のカツ丼食え」

「だめだよ」

「じゃあ半分こだ」

「ありがとう柊永…………じゃあいただきます」


 やっと少し太めの体重を気にし始めた秋生は柊永にフォローされ、結局カツ丼を半分わけてもらった。


「今日のお父さん、お母さんにすごく優しい」

「凜生、お父さんは昔からずっとお母さんに優しかったでしょ?」

「そうだけど…………だってお父さん、前はお母さんのことデブって言ってた」


 確かに凜生が気まずげに指摘した通り、柊永は正直な口のせいで悪気もなく秋生にデブと言う表現を使っていた。

 秋生は全然気に留めなかったが、凜生は父が母にデブと言うのは嫌だったらしい。


「でも今日のお父さんはお母さんのこと、可愛いってだけ言った。お母さん、よかったね」

「そうだね、嬉しい」

「……秋生、悪かったな。無神経だった」

「ううん、今日で帳消し。ほら皆、カツ丼食べよ」

「「いただきまーす」」


 凜生と望生は結局ダイエットをやめた母に安心し、カツ丼を食べ始める。

 秋生も柊永に分けてもらったカツ丼を美味しく食べ始めた。


「あ、お母さん、親子活動来れる?」

「もちろん」


 明日小学校で行われる親子活動を思い出した凜生は、明日来てくれる母と笑い合う。


「お姉ちゃん、おやこかつどうって何?」

「お母さんが学校に来て、私と一緒に色んな事やるんだよ。私が一年生の時は、お母さんと一緒にカレーライス作ったんだ」

「凜生、明日の親子活動は何やるんだ?」

「明日はミニ運動会だよ。ドッチボールと綱引きやるんだって。あと玉入れも」


 凜生は望生の質問に答えたあと、父の質問にも楽しみな笑顔で答える。


「ねえお母さん、明日は動きやすい服で来てね」

「うん、ジャージ着てく。お母さんもいっぱい頑張るよ」

「お母さんはあんまり頑張らなくていいよ。疲れちゃうから」

「大丈夫だよ。でも筋肉痛にはなるかも」

「舞衣子ちゃんのお母さんは筋肉痛になりたくないから、明日はお父さんが来るんだって」

「そうなんだ」

「瑠南ちゃんも陸君もお父さんが来るって言ってた。明日は半分くらいお父さんかも」

「凜生、冬休みも楽しみだね」

「あ、そうだった。冬休みももうすぐだ」


 明日の親子活動を楽しみにする凜生にもうすぐ始まる冬休みも楽しみにさせた秋生は、それでも向かいの柊永に苛立ちの目で見つめられた。




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