みんなで眠る
「啓斗」
「よう、先に飲んでたぞ」
今夜はいつもより少し遅く帰宅した柊永は、すでにダイニングテーブルで酒を飲む友人の瀬名を見つける。
いつも瀬名が遊びに来る時は休日だが、今日は珍しく仕事帰りに訪れた。
「昨日お義母さんからカニもらったから、私が誘ったの。瀬名君、カニ好きだもんね?」
「カニ大好き。ありがとう水本さん」
「お父さん、早くカニ食べようよ」
「ぼく、このカニがいい」
秋生は昨日柊永の実家で昼食をご馳走になった際、大きなカニを2杯も頂いたので、その夜のうちにこっそり瀬名を誘っておいた。
テーブルにはすでに大盛りの茹でカニが置かれ、カニ好きの瀬名と共に凜生と望生もワクワクとスタンバイしてる。
「よし、カニ食うか」
「おー!」
「お父さん、カニむいて」
凜生と望生に急かされスーツの上だけ脱いだ柊永もテーブルに揃うと、今夜は瀬名も含めた5人でカニを食べ始めた。
「いやーやっぱりカニはいいね。俺はカニならいくらでも食える」
「そうか? 俺は昔毎年カニ食わされて、すっかり飽きたぞ」
「毎年? やっぱお前の実家は小金持ちだな…………俺なんて小さい頃はカニカマがカニだって誤魔化されたぞ」
「啓斗君、ぼくもカニカマ好きだよ」
「私もカニカマ好き。啓斗君と一緒だよ」
「おい凜生、望生、啓斗は小さい頃カニカマしか食えなかっただけで、毎年正月にカニ食うお前達とは違うんだぞ。そんな慰めは必要ねえ」
「くそー……実家が小金持ちなだけで蔑みやがって」
子供時代は豪華なカニと無縁だった瀬名は、すでに子供時代カニにうんざりした柊永を羨んだせいで凜生と望生に同情されたが、結局柊永に馬鹿にされ悔しがる。
「瀬名君、大丈夫だよ。私なんて小さい頃、カニカマも知らなかったんだから」
「……水本さん、そうだったんだ」
「お母さん、カニカマ初めて食べたの、いつ?」
「うーん……多分高校生になってからかなぁ。カニカマって美味しいなって思ったのは覚えてる。陽大も感動してたよ」
「お母さん、高校生の時カニカマ食べられてよかったね」
「お母さん、どうして高校生になるまでカニカマ食べられなかったの?」
「望生、そんなの決まってるだろ。お母さんはカニカマ食えねえほど貧乏だったんだ」
「ちょっと柊永、違うよ。私はただカニカマ知らなかっただけで、カニカマくらい買えた」
「お父さん、ひどい。またお母さんのこと貧乏って言った」
口が悪い正直者の柊永は小さい頃の秋生がカニカマを食べなかった理由を貧乏だからと決めつけ、秋生と凜生に怒られる。
「カニカマの話は終わりだ。ほら、カニ食え」
「お父さん、すごーい」
「お父さん、カニむき名人」
カニなど見るのもうんざりな柊永は1人食べずカニを剥き続けたお蔭で、無事名誉挽回した。
凜生と望生は父が剥いてくれたカニにさっそく手を伸ばし、秋生も有難く食べ始める。
「柊永、俺にも剥いてくれ」
「勝手に剥け。ほら」
瀬名の分のカニ剥きを拒否した柊永は殻付きカニを瀬名の皿に大量に乗せてあげると、また家族に食べさせるカニを剥き始めた。
「今日は私も一緒に寝るー」
「お姉ちゃん、せまーい」
今夜両親のベットに飛び込んだのは望生だけでなく、凜生も飛び込んだ。
父と母に挟まった凜生と望生は窮屈でも嬉しい。
凜生と望生が2人で一緒に眠る夜より、父と母に挟まれるとずっと嬉しい。
「これじゃ寝れねえぞ」
「お父さん、大丈夫大丈夫」
「ぼくも大丈夫」
「ふふ、お母さんも大丈夫。じゃあ寝ようか」
「「おやすみなさーい」」
今夜は凜生も増えたお蔭でベットから落ちそうな父以外、みんな安心しながら眠り始めた。
「お父さん、何で昨日二階に行ったの?」
「お前らに追い出されたからだ」
昨夜両親のベットでぐっすり眠った凜生と望生は朝早く目覚めたとき母しか傍におらず、父が二階の部屋へ移動したことに気付いた。
朝食時、望生はそんな父に不思議がるが、もっともな答えを返される。
「ねえお父さん、私のベット運んで」
「凜生のベットを運ぶ? どこに?」
「お父さんとお母さんの部屋。私のベットをくっつければ、みんなで寝ても狭くないよ」
「え? じゃあこれからはずっとみんなで寝れるの? やったぁ」
「ねえ凜生、凜生のベット運ぶのは大変だから、客間に布団引いて寝よう」
秋生はさすがに凜生のベットを寝室に運ばせるわけにもいかず、慌てて無難な提案をする。
「布団?」
「うん。そしたらお父さんもベットから落ちないから、みんなで朝まで寝れるよ」
「そうする! 望生、今日から客間で布団だって。やったね」
「お姉ちゃん、やったね」
今まで2日に一度両親と一緒に眠るのは望生だけだったが凜生も加わり、凜生と望生はこれから毎夜家族みんなで眠れることにとても喜んだ。
「ふとーん、ゴロゴロ」
「ふふ、望生はベットより布団が好きみたいだね」
「だって落ちないもん」
夜の就寝前、父が客間に敷いた2組の布団で転がる望生はベットで寝るより安心らしい。
「ぼく、お母さんの隣」
「いいよ」
いつも母の隣を独占する望生が今夜もしっかり母にくっつくと、今夜もあっさり姉に譲られる。
望生はどんな時も母の隣を譲ってくれる姉に初めて気が付いた。
「ぼく、お父さんの隣」
「え? 望生いいの?」
「うん」
初めて姉を可哀想に思った望生が今夜は父の隣で眠りたくなった。
今夜は母の隣を譲られた凜生も嬉しそうだったので、望生も嬉しくなったまま父の隣に転がった。
「じゃあ電気消すぞ」
「「キャ―――! 真っ暗!」」
「うるせえなぁ……間違っただけだろ」
客間の電気をすべて消してしまった柊永は凜生と望生から大袈裟に怖がられ、豆電球だけ点け直す。
「「おやすみなさーい」」
「おやすみ」
今夜も両親に挟まれた凜生と望生は安心して眠り始めた。
翌朝、秋生はいつものように凜生の長い髪をポニーテールに結う。
「ありがとうお母さん、行ってきまーす」
凜生がポニーテールを揺らしながら元気に登校すると、今度は望生と一緒に家の前で幼稚園バスを待ち始めた。
「お母さん、バイバーイ」
最近すっかり泣かなくなった望生がすんなり乗った幼稚園バスを、いつものように手を振り見送った。
家の中へ戻るといつものように背後からずっしり抱き締められ、ネクタイを渡される。
ネクタイをわざときつく結ぶとわざと苦しまれ、笑いながらキスした。
「いってらっしゃい」
秋生は出勤する柊永の車を見送ると、いつものように家族がいなくなったばかりの家を掃除し始めた。