父と母は恋人
「あ、トンカツだ。大好き」
「ぼくもトンカツだーい好き」
「ふふ、よかったね」
凜生と望生は母が時々作る唐揚げも大好きだが、たまに作るトンカツが夕食に出てとても喜んだ。
そんな凜生と望生に笑った母の前にはトンカツがなかった。
「秋生、トンカツ食わねえのか?」
母だけ焼き魚なことに凜生と望生はすぐ気付いたが、父はもっと早く気付く。
母が今度は恥ずかしそうに笑った。
「実はお昼にトンカツの衣付けした時、我慢できなくて食べちゃったの」
「じゃあお母さんのお昼ご飯、トンカツだったの?」
「ううん、もっと豪華なカツ丼」
「「いいなー」」
「凜生と望生はカツ丼よりトンカツが好きじゃない。サクサクだから」
「あ、そうだった」
「でもぼく、カツ丼も食べたーい」
「じゃあ今度はカツ丼にしようね。ほら凜生、望生、トンカツ冷めちゃうよ。柊永も食べて」
「秋生、俺のトンカツ食え」
今日の昼についカツ丼を食べてしまった秋生は、結局柊永のトンカツを譲られる。
「だめだよ。太っちゃう」
「体重なんか気にすんな。秋生はデブでも可愛いぞ」
「やだよ、もうポッチャリなのに」
「凜生、望生、お母さんはもっとデブでも好きだよな?」
「お父さん、お母さんのことデブって言わないで。お母さんはちょっとポッチャリなだけ」
「お母さん、ちょっとポッチャリ」
「ほら秋生、凜生と望生が秋生はちょっとしかデブじゃねえって言ってるぞ。トンカツ食え」
柊永なりに秋生は太ってないと安心させてくれたらしく、秋生も初めて目の前に置かれたトンカツの誘惑に負けた。
「……じゃあ半分だけ」
「全部食え」
「半分でいいの。ありがとう柊永。はい、私の魚食べて」
「それじゃ秋生の腹が満足しねえだろ。魚も食え」
「……じゃあ半分こしよ」
結局秋生と柊永はトンカツと焼き魚を半分ずつ食べることにした。
「お父さんとお母さん、新婚さんみたい」
「え?」
「舞衣子ちゃんが教えてくれたんだけど、ずっと前結婚したのに仲良しのお父さんとお母さんは、新婚さんみたいって言うんだって。舞衣子ちゃんのお父さんとお母さんも時々新婚さんみたいなんだって」
「……そうなんだ」
「私のお父さんとお母さんはいつも新婚さんみたい」
「違うぞ凜生、俺とお母さんはまだ恋人だ」
「え?」
「そうだよな? 秋生」
新婚さんみたいではなく恋人とはっきり凜生に訂正した柊永は、秋生にも同意を求める。
「……うん、恋人」
秋生は1週間ぶりに柊永から積極的に話し掛けられ、心の中は安堵が押し寄せながら同意した。
今夜の秋生は凜生と望生を一緒に寝かせたあとリビングに戻り、ゲージでリキを寝かせながらテレビの天気予報を確認する。
「柊永、明日は氷点下だって。コート着ていってね」
「コート? 車なのにいらねえよ」
ソファに腰掛けていた柊永に明日は真冬日になることをわざと教えると、柊永もおそらくわざと秋生の傍に近付きながら答えてくれた。
「……ねえ、そんな恰好で寒くないの?」
「別に」
車通勤の柊永はどんなに寒い日でもコートの着用を億劫がるが、秋生が家でも年中半袖Tシャツ姿の柊永を心配しても全く気にされない。
「俺は裸でも平気だぞ」
「いくら暑がりでも身体は冷えてるかもしれないよ。冷えは万病の元」
「俺の平均体温は37度だぞ。それに俺は一日一食だから長生きする」
「……じゃあ平均体温が36.3度で一日三食の私は、あんまり長生きできないかな」
「秋生は風邪1つ引かねえし、何食っても腹壊さねえから大丈夫だ」
「大雑把…………柊永、1週間ごめんね」
今秋生が柊永に謝ったのは、1週間前に柊永を諦めさせたせいだった。
1週間前、優の恋を心に残した秋生は代りに柊永を諦めさせ、柊永は秋生を二度と失くせないせいで秋生に嫉妬をぶつけることも諦めさせられた。
すべて諦めさせられた柊永は、そんな秋生から1週間逃げ続けた。
この1週間、2人は子供達の前で必要最低限の会話はしたが、秋生は子供達が眠ったあと二階へ行ってしまう柊永がいずれ戻るのを待つだけだった。
秋生に諦めさせられてから1週間経った今日、柊永は以前通りに戻り、秋生は1週間で以前通りに戻ってくれた柊永にようやく言葉にして謝る。
「何のことか知らねえよ」
「………………」
「俺は覚えてねえし、何も変わってねえ。1週間離れたのは秋生を振り回しただけだ。結婚前わざと俺が無視したら、秋生はめちゃくちゃ俺のこと気にしたからな。久々に試したくなった。でも1週間で飽きた」
柊永はこの1週間秋生から必死に逃げたのに、すべて忘れたフリをしてくれた。
秋生を2度と失わない為だけに秋生に嫉妬1つぶつけず、1週間自分1人で嫉妬と戦った。
1週間経て戦い終えた柊永の横顔は、本人も自覚してないだろう疲れを滲ませていた。
秋生は柊永の疲れた横顔に済まなさでも有難さでもなく、愛しさだけが込み上げる。
秋生の心が柊永への愛しさで溢れてしまうと、半袖姿の柊永にすごくすごく触れたくなった。
秋生はまるで甘えるように柊永の暖かい胸に埋まり、1週間ぶりに柊永の匂いをクンと嗅ぐ。
「……秋生、それはマジでやべえぞ」
「だめ?」
「1週間してねえから、朝までやめられないかもしれねえ」
「え? 朝まで何がやめられないの?」
「決まってんだろ。セックスだ」
「……柊永、リキの前ではっきり言わないで」
「秋生、愛し合うぞ」
最後はとりあえず言葉を和らげた柊永は焦るまま秋生を抱き上げ、寝室へ駆け込む。
「柊永、お願い。そんなに興奮しないで」
「無理だ。襲う」
すでに興奮が最高潮の柊永は1週間の疲れなど一気に吹き飛ばし、ベットに横たわらせた秋生から必死に宥められても勢いよく襲い掛った。
「秋生、ごめんな」
昨夜はほぼ一睡もできず朝から欠伸を連発した秋生は子供達にしっかり笑われ、子供達がいなくなると柊永に謝られる。
「反省するなら、ちゃんとして」
「ちゃんと反省してるだろ」
「柊永は全然反省してないから、朝から私のおっぱい触るんでしょ」
「はあ……今日こそ会社行きたくねえ」
出勤前の柊永は背後から抱き締める秋生の胸を触りながら、至極本気の口調で出勤拒否発言をする。
1週間ぶりだったせいで朝方まで秋生を愛したのに、まだ全然足りないらしい。
「柊永は怪獣みたい。柊永モンスターの餌は私」
「俺が怪獣なのは、餌の秋生が美味すぎるからだ」
「私は無味だよ」
「こんなに柔らけえだろ。特に胸と尻は極上の美味さだ」
「エッチ」
「エッチな怪獣はだめか?」
「ううん、私は柊永モンスターに食べられるのが好き」
「……秋生は朝からマジでやべえ」
「夜ね。いってらっしゃい」
朝から柊永の興奮を煽ってしまった秋生は、それでも出勤し始めた柊永を無事見送る。
家族皆いなくなり、再び欠伸をしながら今日も掃除に取り掛かった。