最終回 四十歳の僕
「父ちゃん、ハルローさんのキツネどうする?」
「うーん、まずは罠からやってみるか」
「オレやってみていい?」
「いいよ。でも誰か踏んだらケガするからちゃんと立札してね」
「わかってるって!」
そう言ってスタンが家を出て行きました。
スタン……。
スタン君はエルフ村の子供。
早くに父親を亡くし、お母さんと二人で暮らしてたんですけど、そのお母さんも二年前に亡くなってしまって、一人になったスタン君を僕とサランが養子として引き取りました。
もうすっかり僕たちの子供です。十二歳です。 かわいいですね!
僕は四十歳になりました。
先日頭に白髪見つけて大ショックです。
僕がこの世界に来てもう十九年になりました。
勇者、ブランバーシュさんはあれ以来本当に僕らの前に現れなくなりました。
未だ勇者の座を守って世界を飛び回っています。
最近は息子さんも一緒に修行でついてくるんだとか。
祠の監視は、年に一度、転移で勝手にきてるみたいです。
顔を出してくれてもいいのに。
勇者はお忙しいのですね。
勇者さん、もうどこにでも現れるそうでして、おかげで僕が大事件に巻き込まれるなんてことはすっかりなくなって平和そのものです。僕はエルフ村でハンターやって、街に毛皮を納めて、行くたびに数件の害獣駆除も引き受けて、そんな普通のハンターそのものって感じです。
例の正教国もあの事件以来なんにも言ってこなくなりまして、ブランさんは世界に認められた歴史に残る勇者になりそうです。いや、もうなってるかな。
なにか大事件があってもブランさんがたちまち解決してしまいますから、もう僕らの出番は無いんです。
僕らが提供したバール剣のおかげですか。
さすがはこの世界の主人公です。
僕らがヘンなことに巻き込まれないように、穏やかに暮らせるように、ブランバーシュさんは、約束を守ってくれたんですね……。
しかもですよ、ブランバーシュさん、あれからずっと、貸したアライグマの帽子ずっとかぶっててくれましてね! そういや返してもらうの忘れてたと思ってたんですが、もうどこに現れてもあれかぶってるもんですから「勇者の帽子」「ブランハット」として大流行しまして、すごい高値が付くようになりました!
いやあ、やることがニクいですねえ。最初から狙いすましてそれをやるんですから。
毛皮なのでそう量産はできませんが、おかげでどこのエルフ村でもちょっと大儲けできました。ま、エルフにしてみれば長い人生の中での、ひとときのボーナス気分みたいなもので、そのせいでみんなが質素な生活を変えたりはしませんけど。
とにかくブランさんには感謝しかありません。ありがとうございます。
「あとでちゃんと見に行ってよシン」
「わかってるって」
サランももう笑うと目じりにしわが。でもまだまだ馬力もあるし若いけどねっ!
スタンが十二歳になったので、村の習いで少しずつ狩りを教えてます。
銃は使わず、今はサランが弓と剣、僕が罠を教えてます。
エルフ流の罠を僕が改良したりして、なかなか強力にはなってますが、やっぱりトラばさみが一番なんですよね……。
これ、トープルスの鍛冶屋に見せたら同じもの作れるようになりまして、今ではエルフ村だけでなくジュリアール王国全土で使われるようになりました。
ハンターだけでなく農家の方でも害獣駆除が手軽にできるようになりまして、農業被害の削減に役立ってくれてます。
僕ら夫婦が順調に年を取っていく中、村のみんなは若いまま。僕が初めてこの村に来た時のまんまなんだからなんだかいやんなっちゃうねえ。
サランはエルフでもちょっとだけ種族が違う。年のとり方が僕に近い。
ま、それもしょうがないかな。
僕は嬉しいけど。みんなみたいに若いまんまの奥さんなんてなんかヤダよ。
村長はあいかわらず。
最近はいつも帽子かぶってます。
ハゲたの?
もしかしたらハゲたんでしょう?
ハゲてもカッコいい人はいっぱいいます。いさぎよくしましょうよ村長……。
僕が来た時小さかった子供たちも、今ではりっぱな青年です。
エルフの子は十六歳ぐらいまでは人間と同じぐらいの成長をしますが、その後は寿命を二百年に引き延ばしたみたいにすこーしずつ、年を取ります。
スタンも、十六歳になったら僕の鉄砲を教える約束をしています。
エルフは十六歳が成人ですから。
あと四年。
僕は四十四歳になってます。
エルフのみんなは僕の鉄砲を欲しがりません。
「それ持ってるといろいろやらされるからなー」と言って笑います。
エルフ村に来た時、女神ナノテスさんが”百年ぐらいしたら魔王が復活する”って言ってました。
僕は魔王を見ることなく死ぬでしょうが、スタンも、このエルフの村の人たちもいつか魔王とその配下の魔物たちと対峙することになります。
その時に、村を守れるように。
スタンには立派な鉄砲使いになってもらいたい。
ナノテスさんとの通信に使っていたデジタル無線機は壊れてしまって、もう使えません。もう十年以上通信していませんね。
マジックバッグは、まだ使えるけど。
買い物もできるけど。
稼いだお金で二万発の弾薬と、銃器を十丁以上、備蓄していたりもしていますけど、マジックバッグ、いつまで使えるのかは、わかりません。
鉄砲の弾って、何年ぐらい保管できるのかな。
百年は無理だよね。マジックバッグにも大量に保管してるけど、どうなるんだろう。
僕が死ぬ前にバッグを出しっぱなしにしておけば、スタンもいろいろ備蓄してた弾薬を取り出せるようになるから案外保管が効くのかもしれません。
ナノテスさんが気を利かせてくれればですけどね。
僕がおじいちゃんに鉄砲を習ったのは二十歳の時。
おじいちゃんは七十歳でした。
七十歳まで猟協会で現役で、引退したその年に亡くなったおじいちゃん。
年寄りには大変きつい、つらい仕事だったと思います。
でもなり手がいなくて、がんばっていた。
僕もおじいちゃんみたいに、スタンに鉄砲の撃ち方をいっぱい教えないといけません。
そして、エルフらしく、弓や剣も身につけて、自分の身も守れるように。
そろそろ狩りにも連れて行こうか。
まだ早いかな?
そこはサランと相談してみないとわかりませんね。
「いやーまだまだだよ」とかサランは言いますが。
サランは子供大好きだから、ホントは親バカで危ない目に合わせたくないんでしょ。
そこは心を鬼にして鍛えないとダメだと思うなあ。
僕もおじいちゃんにはいっぱい怒られましたからねえ。
『猟協会のやつらは若けえやつには甘え。いいかこういうのはちゃんとしないと事故になるんだ。よく見とけ』
……。
おじいちゃん。今度は僕が若いやつを鍛える番になりましたよ。
この世界の人間の寿命はまだまだ短いです。
王国の平均寿命は五十歳だそうですわ。おじいちゃんみたいに七十歳まで生きられたら長老ですね。
僕の人生もあと十年ちょっとか……。
そんな気がします。
あと十年で教えられることを全部スタンに教えて。
できればスタンがお嫁さんをもらって、孫の顔も見たいかも。
でも、エルフはみんなそういうことに淡白だからなあ……。
僕が生きてるうちに孫の顔を見るってのは、ちょっと難しいかな。
「どうしたのシン、ヘンな顔して」
言い方。
サラン言い方。
そんなミもフタも無い言い方はちょっとですね……。
「いや、その。ちょっとね」
「なあに?」
「その、僕、孫の顔見て死ねるかなあって思って」
「だいじょーぶよそんなの。ほら、カノちゃんとこの五人姉妹っ!」
僕がこの村に来た年に結婚したミルノ君とカノちゃん、今では五人の子持ちです。
いくらなんでも夫婦で覗きに来るのはやめてほしかったです……。
五人が全員女の子なんですよ。
「みんなスタンが大好きだからねー」
「そうなの!?」
「だってスタンいい男だし猟師だし剣も弓ももう子供の中じゃ一番よ」
……そうだったんだ。
僕は未だにエルフの美男美女の区別がよくわかりません。
みんなそれぞれすごい美男美女に美少年に美少女だし。
サランが嫁の貰い手が無かったってことがまだ理解できないぐらいです。
「でもカノちゃんとこの娘さんて下はスタンと同じだけど上のマノちゃんはもう大人じゃない」
「エルフじゃそれぐらいの齢の差関係ないし」
「そりゃそうだけどさあ……」
「誰が婚約するか競争になってんのよ?」
エルフって成人した十六歳にはもう婚約者が決まってるのは珍しくないそうで、サランにはその婚約者がずーっといなかったんだそうです。
「スタンが結婚ねえ……今からそんな心配してどうすんのよ」
「成人するまであと四年。結婚するまで八年、子供ができるまであと十年?」
「そうよー。それぐらいかかるよきっと」
サランが後ろから抱き着いてきて、スリスリしてくれます。
「だから大丈夫。なんにも心配いらない。長生きしてね、シン……」
――――北海道の現役ハンターが異世界に放り込まれてみた END――――
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
長らく作品を読み支えてくださった方々に感謝を申し上げます。
日間の総合ランキングで初めて一位を取ったり、この作品のおかげで底辺をウロウロしてた過去作が再評価されたりといろいろあった作品となりました。
たくさんの感想をいただきまして、そのお返事に凝る楽しみも教えてもらえました。
底辺をウロウロして気ままに書いてきた作品が、評価され、ランキングに載る。
驚きです。
作品が面白ければ順位はちゃんと上がるのです。私が一番びっくりしました。「無名の底辺作品が上がることなどあり得ない」と思ってる方。そんなことないんです。いや、なかったです。あきらめずに面白いものを書きましょう。きっと評価されます。なにが評価されるのかは、まったく予測ができませんが。
おかげさまでこの作品、書籍化できました!
「北海道の現役ハンターが異世界に放り込まれてみた」一巻~三巻完結で発売中。
マグコミ様からカルトマ様作画でコミカライズも連載、発売中です。
シリーズ第二弾、「北海道に魔物が出たので地元ハンターが出動してみた」完結しました!
舞台は現代、北海道! あのときシン君が死なずに異世界に行かなかったもんだから、今度は異世界が北海道に来ちゃった……。このままじゃ町営牧場の牛が食べられちゃう!
役場職員のシン君が地元猟協会の皆さんと協力し、警察、政府、自衛隊まで巻き込んで異世界の魔物を駆除するお話。スピンオフ風の完全新作です。
※鬼の巫女さんが異世界で、今度は古武具を振るって妖怪退治! 新連載の「鬼姫、異世界へ参る!」もよろしくお願いいたします。(2024/3/1~)




