93. 338ラプア・マグナム
いやあこれ買った時はサランに怒られたね!
「そんなもの買ったらまたシンが余計なことに巻き込まれちゃう!!」
サランが言った通りになりました。
マジックバッグも、なんかいろいろ融通が利くようになりまして。
さすがにティラノサウルス相手にH&Hマグナムはちょっと無理があるなあと、それで、「レミントンM700で一番強力な弾薬!」って頼んだら出てきた弾が、338ラプア・マグナムという弾でした。
なんか上手に頼めばちゃんとやってくれるどっかの龍みたいですマジックバッグ。
これ、先が丸いラウンドノーズじゃないんですよ。
先が尖ったフルメタルジャケットなんです。つまり、パワーでゴリ押しの弾じゃなくて、ちゃんと狙って撃つ狙撃弾です。
なのに薬莢の全長も、太さも、375H&Hマグナムより大きい!
口径は338だから8.58mmとちょっと小さいですが、パワーが凄い。
4900ft・lbfと、H&Hマグナムより強力です。
こんな口径でそのパワー出すって、どんだけ弾速あるんですか。
見ると秒速900m超えてるじゃないですか。
パッケージに弾薬の解説があるんですが、驚きました。
弾道表が1200yd先まで書いてあるんです。
つまり1キロ以上先まで当たるってことです!
20発入り80ドル、一発4ドル!
なんで、思い切ってこれを使うライフルも買っちゃいました。
買うしかないでしょう!
レミントンM700・XCR 338ラプア・マグナム。
着脱弾倉、装填数5連発。金貨十五枚ですわ。
もう銃口にでっかいマズルブレーキついていていかにも強力そう。
で、これも思い切りましてスコープも最高級品、買いました。
マーチX、口径56mm、8-80倍!
長野ディオン光学技研製。
今や世界中のトップシューターがこれを使っているというベンチレスト競技界の王者に君臨する日本製スコープです!
いやもう1km先を狙うんですから、これぐらい倍率無いとダメダメですわ。
いろいろ奮発しすぎたあ……。
さてここまでで何が一番高かったと思います?
スコープなんです!
金貨32枚もするんです! 32万円!
「銃より高いスコープを買わなきゃ当たらないぞ」
猟協会の先輩、出番です。
言う通りにしましたよ。
これをサランに内緒でこっそりそろえてですね、エルフ村のすごい山奥で一人でドカンドカンと撃っておりますと、本当に1km当たります。
1km先の弾丸のばらつきが30cm以下なんです。
人間にも鹿にもちゃんと当たるグルーピングが出せるんです。
驚きです。
「シィイイイイイインンンンン――――!!」
いやあこのとき振り向いて後ろにいたサランの顔のおっかなかったことったらなかったですね。結婚して一番怖かったです。
持って来たお弁当を投げつけられました。
「なっなんでこの場所がわかったの!」
「あんなバカでかい音ドカンドカンとさせといてわからないわけないでしょうが! 村中に響いて子供泣いてるよ!」
うあああああ。
「……あのねえシン。お金はいいの。何に使っても、何を買っても、それはいい。だってシン、一生懸命お金稼いでくれて、村の人たちにも惜しげもなく使ってるのちゃんと知ってる。でもね、新しい鉄砲で、もっと危ないことをするのはダメ。それはやめて。シン、なにかに巻き込まれたら簡単に死んじゃう。誰かの恨みを買ったら簡単に殺されちゃう。私ひとりになっちゃう。耐えられない。だからやめて」
サランに泣かれたのも、サランに土下座したのも、あれが初めてでしたね。
サランにだけは勝てません。
そんなラプア・マグナムでしたが、とうとう出番が来てしまいました……。
「昨日も見せてもらったけど、やっぱり凄いなあそれ」
ブランさんが半あきれですね。
米国価格でも総額七十万円のセットですから。
ライフルをマシンレストに載せて固定し、5連発の着脱式マガジンを装着します。
僕は銃座の後ろに座って、構え、窓からスコープ越しに闘技場を眺め……。
うん、バッチリ。
レバーを上下左右に動かして、闘技場のリング全域をカバーできることを確認。
弾道表を見ながらスコープのターレットをカチカチカチ……と回して、これは520mに合わせます。やっぱり人間は咄嗟に一目盛り上とか二目盛り下とかできません。
一発だけならいいんですけど、相手はティラノサウルスです。何発も撃ちこむことになるでしょう。照準にスピードが必要な場合は、やっぱり十字線の真ん中が一番狙いやすいですから、狙撃距離がわかってるなら、十字線の中央で狙えば当たるようにしておいたほうがいいです。
マーチのスコープはいかにも日本製らしく正確そのものです。ターレットをいじればきちんと計算したとおりの位置にぴったり当たります。誤差はほとんどありません。
銃口を窓から突き出したりはしませんよ。
そんなことしたら発砲してるのがバレちゃいます。
こうして室内の奥、窓から2mぐらい離れて狙うのがいいでしょう。
一番はじの窓ではサランが同じように三脚を立てて、30倍のスポッティング・スコープを載せて準備完了。観測手を務めてくれます。
このライフルはマズルブレーキがありますので、真横や斜め後ろにいると発射の爆風を浴びてとんでもないことになります。銃口から弾丸と共に吹き出す発射ガスの方向を変えて斜め後ろに吹き出すようにする。それで反動を軽減させるのがマズルブレーキです。上向きにして銃口が跳ね上がるのを防ぐ役目もあります。なのでサランには十分距離を取って離れていてもらいます。
ブランさん、ぴょんぴょん跳ねたり、屈伸したり、柔軟しています。
さあ、そろそろ時間ですかね。
十二時の鐘が鳴る時間です。
合図して僕とサランはイヤープロテクターをかぶります。一見ヘッドフォン。防音のための装備ですね。
電子式ですよ。外部の音を遮断し、マイクで音を拾っています。なので普通に会話できるのですが、銃声を感知すると自動的にマイクをカットして爆音を遮断します。お金持ちに人気の射撃グッズです。
ブランさんは耳を両手でふさぎます。
かちかちかちかちっしゃああああああっ。
時計の機械が動き出しました。
ごおおおおおおんんん!
ごおおおおおおんんん!
ドッゴォオオオオ――――――――ン!!
ごおおおおおおんんん!
ごおおおおおおんんん!
十二時の鐘が鳴り続けます。
一発だけ試射しました。
サランが親指を立ててOKを出します。
狙ったのは闘技場の外周の石の塀。刻まれた文字のアルファベットのOに似た文字のド真ん中です。
バッチリです。スコープで見ても5cmもずれてません。
Oがちょっと歪んだ◎になりましたが気にしない。
500mでのこの銃のグルーピングは最大でもわずか十数cmです。
ティラノサウルス相手には十分です。
この鐘の音に合わせて試射をするのはあのバレットを使ってた召喚勇者のマネですね。うん、いい方法は敵のやり方でも取り入れる柔軟性という物が大切なことでしてね。
ごおおおおおおんんん! おおおおおおおんんんん……。
十二回の鐘が鳴り終わり、時計塔の機械室が静かになります。
ガッチン……、ガッチン……、ガッチン……。
規則正しい振り子の音だけが響いています。
闘技場の上では、僧侶さんでしょうか。僧服の人が上がってなにか大声でアナウンスをしています。
なにか喋るたびに観客が大声で盛り上がっているのがイヤープロテクターを外すとわかります。
「じゃ、行ってくる」
ブランさんが手を振ります。
「ご武運を」
「ありがとう」
そう言って勇者・ブランバーシュさんはふっと姿を消し……。
520m先の闘技場のリングの上に、登場しました!
次回「ティラノサウルスズ」