92.狙撃ポイント
「あそこは?」
「目立ちます」
倉庫の屋根。そりゃダメでしょう。
「ここは警備がうるさそうだな」
「教会じゃないですか。無理無理」
朝昼兼用の昼食をレストランで食べまして、僕らはまだ街をうろうろしているわけで。
闘技場をグルグル回り、めぼしい場所を観察します。適当な場所が無くてどんどん直径が広がっていきますわ。
「あれ、あれがいいな」
「え、ちょっとちょっとシン君!」
僕がレーザー測長計で距離を測ってから、ずんずん歩いて行ったのは、闘技場からだいぶ離れた時計塔。
「この塔はなにかの建物の一部ってわけじゃなくて、独立してますね」
「そうだな、でも遠くない?」
「都合がいいです。ブランさんあの上の時計の周りの足場にジャンプできます?」
「ああ、じゃ、手をどうぞ」
路地裏に行き、三人で転移!
「伏せて!」
高さ60mはあろうかという石造りの巨大な時計塔。
その高い時計の周りの足場に三人ですぐに伏せます。
街中の人が見上げて時間を見る時計塔ですから、立ってたらすぐに誰かに見られちゃいます。
そのまま這って時計塔の内部に入る扉に接近。開きます。
こんな高い所から侵入する者がいるわけもなくカギもかかっていません。
素早く三人で入り、扉を閉めます。
大時計内部。
巨大な歯車、特大の機械たちがガッチン……、ガッチン……、ガッチン……、と一定のリズムで小さく細かく動いています。
時計が東西南北、四方向を向いた大時計の内部です。
5m四方ぐらいの小部屋になっていて、歯車と軸でいっぱいです。鉄と油のにおいがします。
まわりには時計の整備のための工具が壁にかけてあり、油の缶やぼろきれや歯車やネジの部品が積んであって無人。
部屋の真ん中に大きな穴が開いており、見下ろすとその穴からぶら下がって巨大な振り子が左右にゆっくり揺れています。なるほどね、振り子時計。
見上げると上には鐘があり、複雑な機械が自動的に時を打つようになっています。
動力は分銅ですね。数日に一度、時計職人さんが下に来て、これを巻き上げて、その重さで時計を動かしているわけですか。
「いいですね。銃眼になりそうな小窓もたくさんありますし、銃を備え付けるスペースもあります。それに誰も入ってこない」
ブランさんが小窓を開けて見下ろします。
「ええええええ――――!」
僕もレーザー測長計を片手に小窓を開いて見下ろします。
闘技場のリングが見下ろせます。距離は……521mですね。
「ちょ、ちょちょちょっとシン君、こんな距離から?」
「はい」
「500ナールぐらいない?」
「それ以上です」
「大丈夫なの?」
「大丈夫です」
「信用していいんだよね?」
「一緒にダイノドラゴンを倒した仲じゃないですか」
「……わかった」
その後、三人で明日の段取りをいろいろ相談し、闘技場を見下ろしては位置を確認、多少のリハーサルを……。
カチカチカチカチッシャ――――ッ。
突然の機械音にビクッとします!
なにごと?
ごおおおおおおんんん!!!!、ジーカチカチ、ごおおおおおおおんんん!!!!、ジーカチカチ、ごおおおおおおんんんん!!!!、ジーカチカチ、ごおおおおおおんんんん!!!!
「うひゃああああああ――――っ!」
「ぎゃああああああ――――っ!」
「キャ――――ッ!」
丁度四時になりました!
頭の真上で時計の鐘が鳴っておりますううううううっ。
耳をふさいで全員床に伏せます!
大音響の音波攻撃です!
おおおおおおおんんんんん…………。
鐘がまだ唸っております。
「……宿さがそっか」
「……そうしようか」
「……賛成ッス」
頭がクラクラします。
「この部屋は覚えた。もう外に出なくていいからさ」
ブランさんがそう言います。助かった……あんな踏み外したら真っ逆さまに落ちそうな足場這って歩くのもう遠慮したいです。
それから僕たちは街の目立たない隅っこにジャンプし、そこから宿屋街に向かって歩き出しました。
「じゃ、また明日!」
「え、この後相談は?」
「もう十分したよ。明日はここの噴水広場で落ち合おう」
「大丈夫なんですかー?」
「平気平気。じゃ、またね!」
そう言って、ブランさんは街の街灯を背中に浴びて行ってしまいました。
「じゃ、せっかくだからゆっくりしようか」
「そうだね」
だいぶいい宿屋をとりましたよ。
一泊金貨四枚。ダブルのふかふかベッドがあってちっちゃいバスタブ付き。
食事は宿屋のレストラン。
ブランさんに滞在費って金貨十枚もらっちゃいましたからね。
さすが勇者気前いいです。
「うーん……いまいち」
食事たいしたことないです。なんかどれも物足りない感じがします。
「街の屋台で売ってた物もあんまりおいしくなかったよね」
「きっと流通が発達してなくて孤立してるんだよ。街も活気が無かったし。」
「ひどい国だね……」
「うん……」
サランに気になってたことを聞きます。
「サランさあ」
「ん」
「あの、ドウルさんが言ってたエルフを斬ったら死ぬって呪い、ウソでしょ」
「ウソだよ」
「あっはっは!」
やっぱりかー。
「そんなのあったら、みんな、真っ先に僕の銃にかけてるよね」
「勇者には内緒だよ? なにがどうなるかなんてわかんないんだからさ」
「もちろんさ」
バスタブにお湯を張って、ゆっくり浸かります。
お湯をかけてもらって頭を洗い、
サランにもお湯をかけて、きれいにします。
「早く休まなくっちゃ」
「んー、じゃ、ゆっくり」
「ゆっくり、ゆっくりね、シン……」
そのうちどっちが先ともなく寝ちゃいました。
サラン、ふかふか……。
けっこう遅めに目を覚ましまして、あわててバスタブでもう一度体を洗い、朝食を取って宿を出ました。
噴水広場に行くともう勇者ブランバーシュさんがまるっきり昨日の通り平民の服を着て噴水の横に腰かけております。
「おはよっ!」
「……今日ダイノドラゴンと闘う勇者さんとは思えませんねまったく」
「あっはっは。じゃ、行こうか」
街は騒がしいです。
大勢の人たちが闘技場に向かって列を作っています。
入れるの三千人ぐらいでしたっけ? なんかそれ以上いない? 入れるの?
こんな街では数少ないイベントなんでしょう。みんな笑顔で楽しそうです。
「これはいい試合をしないとお客に恨まれちゃうな」
「そういうサービス精神はフラグになりますよ」
「ふらぐって?」
「自ら死を呼び寄せてるってことです」
「おお、こわこわ」
あいかわらず余裕でひょうひょうとしておりますなあ。
ゴーン……、 ゴーン……、 ゴーン……、 ゴーン……、
十一時の鐘が鳴りました。
あと一時間。
三人で路地裏で手をつなぎ、時計塔内部にジャンプします。
まず着替え。
僕とサランはハンター服にハンターブーツ。
サランは腰に自慢のバール剣。
ブランさんは黒服にラメの刺繍の黒いシャツ、細身のズボンにこれはゴツいブーツに手袋、黒いつば広帽に黒の、裏地が赤い例のマント。
そして、エルフのトコル村のドウルさんから借りたバールの剣を装着します。
ブランさんに無線を持たせてセッティングし、ロックをかけ腰のベルトに。
ガムテープでワイヤーを固定し、耳からイヤホンが落ちないように、絆創膏で耳の上から押さえます。これから激しいアクションするんですから、こうしておかないとね。
「これ凄いね、ベタベタしてる。便利だ」
うん、絆創膏もガムテープも、なにげにこの世界ではすごいよね。マジックバッグから買った僕らの常備品です。
僕とサランも無線を装備。
「テストテスト、本日は晴天なり」
「テストテスト、本日は晴天なり」
「テストテスト、見事な晴れっぷりだ!」
うん、最高の天気です。
なにより無風。
三人の無線がそれぞれVOXで音声で自動的に送信になることを確認します。
「三脚」
マジックバッグからごっつい三脚、引っ張り出します。
要するに銃座です。
パチンパチンと高さを合わせて床に置きます。重たいやつですよ。
「マシンレスト」
銃を載せる台です。通常のベンチレストと違うのは、大きな握りが付いたレバーが伸びていてそのレバーを上下左右に大きく動かすと銃口が小さく精密に上下左右できるようになっていることです。銃はコレに任せて狙撃手はレバーで微調整操作をして照準するんです。ベンチレスト競技でプロが使う本物です。
「レミントンM700、338ラプア・マグナム!」
こういうこともあろうかと買っておいた超長距離狙撃用ライフルです!
次回「338ラプア・マグナム」




