9.サランのヒミツと結婚式
「サランはな、我らとは種族が少し違う」
……ですよねー……。
明らかに浮いてるもんな。身長とか、おっぱいとか……。
「別の血が混じっておる。なので、エルフとしては寿命が短い。人間と大して変わらんはずだ。エルフにも種族の差はある。亡くなったサランの両親とサランは我らとは違うのだ」
「そうでしたか」
「もちろん差別などしておらぬぞ。あれは村人みんなに好かれておる。頼りにもされておる。我らの大切な仲間だ。そこは誤解しないでほしい」
「わかってます。見てればわかります」
うんうんと村長が頷きます。
「ただ、このままではサランは一生一人身だな。嫁入りの話はまるでなしだ。普通二~三百年は生きるエルフで早死にするだろうサランを嫁に取りたいという男がいるわけもなし、そんな血を入れることも論外だろう。体もあの通りゴツくて、顔もあの通り……。あれでは求婚する男もおらん」
「あの通りって……そんなことないですよ! 可愛いじゃないですか! 美人さんですよ? 体だって……いや、あの」
……エルフってどんだけ理想が高いんですかねえ……。
……まああの美男美女揃いの一族じゃ、そうなるか。
「やはり、人間から見たらそうなるか」
にやにやと村長が笑います。
「……僕から見たら他のエルフがみんな美男美女すぎますよ」
「……下世話なことを言う。無礼であると承知している。許してほしい」
「はい」
「エルフと人間の間には子ができぬ。つまり貴殿がサランを嫁にとってもそこで血は絶える」
「……はい」
「異世界から来た貴殿、種族が違うエルフのサラン、添い遂げてくれれば我らにとっても憂いが無くなるという事情もある」
「……理解できます」
「これはわかってほしい。私はサランに幸せになってもらいたい。普通に嫁入りして人並みの幸せをと思っておる。ただ、ふさわしい伴侶がどうしても現れぬ。サランに申し訳ないと思っておる」
「それもわかります」
いろんな事情があるんだなあ……。
村長もいろいろ考えてくれているんだ。
「ま、本音を言うとな、貴殿、人間の街に帰ってしまっては、もう戻ってきてくれないかもしれぬ。サランを嫁に押し付けてしまえば、また戻ってきてくれると思うのだ。私も村も万々歳だ! なーんてことをな、考えておる!」
ぶっちゃけすぎです村長。
ミもフタもありません。
「そんなわけでな! 街に行くなら、サランを嫁に取ってからだ! サランを一緒に連れて行け! と、なるのだが……。どうか?」
「いやそんなこと今ここで決断しろとか言われてもですねえ」
「私はなにもかも正直に話したぞ!」
「はい!」
「おぬしサランを好いておるか!」
「はっはい! それはもちろん!」
ニタア――。
村長その端麗でハンサムなそのお顔で、その悪人顔はどうかと思います。
「よし! よう言うた! お主、漢だ!」
両肩を掴んでぶんぶん揺さぶるのをやめてください。フラフラします。
「一番大事なのはサランさんの気持ちでは?」
「それはまかせておけ!」
だだだだだだ――――!
走ってサランの家に行っちゃいましたよ。
うわあ――――!
それっきりサランには会えなくなりました。
婚礼前の男女は同衾せず。どういう掟ですか。
僕は村長の家に寝泊まりすることになりまして、婚礼の準備がトントン拍子で決まっております。断じて逃がしてなるものかという雰囲気がビシバシ伝わってまいります。物凄いプレッシャーです。
「夜伽の儀は誰にする? さあ選べ!」
「お断りいたします」
婚礼が決まった殿御は、経験豊かなご婦人に愛の手ほどきを受けるそうな。いや、それはさすがにですね……。
「そんな覚悟で大丈夫か? これから戦場に向かう男子に一輪の手向けだぞ!? なんの戦術も無しに挑める相手と思うのか!?」
どういう価値観ですか。
みなさん物凄い美人さんばかりだったので断腸の思いでしたが。
でも百歳以上年上なんですよねっとはさすがに言えませんでした。
新郎新婦不在のまま朝から村でお祝いの宴が行われ、村人たちが浮かれております。エルフ総勢二百五十人の過疎、限界集落寸前の村の数少ない明るいイベントなんですね。中央で大きく火が焚かれ、歌や踊りで盛り上がっておりますな。
夕暮れ、湖にしずしずと入っていきます。
なんかそれっぽい衣装着せられて、先に村長が腰まで水に浸かって待っております。
サランが来ました。
あの日以来初めて顔を合わせます。
顔だけ出して、全身にすっぽり、薄いベールをかぶっております。
湖にぽちゃぽちゃと進んで、村長の前、僕の横に並びます。
ベールが水にぬれて、ピッタリと体に張りついて。
下は全裸じゃないですか……。うわあ……。
身ひとつで嫁に行く、そんな意味があるんだそうですね。
「汝、シンよ。この女を妻とし、病めるときも健やかなるときも、喜びも悲しみも共に、生涯をかけて愛することをこの聖なる湖に誓うか」
「はい」
「汝、サランよ。この男を夫とし、病めるときも健やかなるときも、喜びも悲しみも共に、生涯をかけて愛することをこの聖なる湖に誓うか」
「はい、誓います」
「では、誓いのキスを」
二人で向き合う。
いやー……照れちゃうな……。
サランそんなに嬉しそうな顔して、ホントに僕でいいのかい?
僕より頭一つ半大きいサランが、身をかがめて、ぷちゅっ。
ファーストキスを、奪われてしまいました……。
「夫婦となった二人に、幸いあれ」
うわああ――――っ。
村人の若い衆が一斉に湖に飛び込んできます。
「おめでと――!」
「おめでとう!」
全員が湖の水をすくってバシャバシャと水をかけてきます!
なんですか! ライスシャワーのかわりですか!
全身びしょぬれっす!!
あはははは!
ひゃ――!
逃げろ逃げろ――!
走って、二人の家まで逃げてきました。
「あはははは!!」
二人でびしょぬれのまま、顔を見合わせて笑います。
「シン……。その」
「ん?」
「ありがとね。私なんかと」
「こちらこそ。僕なんかと。過ぎた嫁さんだと思うよ」
服を脱いで、ベールを脱いで。体を拭いて。
「私、こんなんで、なんかごめん」
どこがこんなんなのか僕にはわかりません。
エルフと僕では美の基準が全然違うのだと思います。
「ショージキに言いますとね」
「……」
「僕、サランの事、すごく色っぽいと思っちゃう」
「ホント?」
「ほんと」
「ホントに?」
あはははは。ホントかどうかなんて、すぐにわかるよ。
「私、その、経験無いんで、うまくできるかわかんないけど」
「僕も、童貞なんで、でもなんとかなります」
「私たち、その、なんていうかー……」
「そんなの全然心配してませんよ僕は」
はいはい。
いつの間にか大型化してる寝床に大きなサランを座らせる。
「上手にできなくてもいいの。こういうのは毎晩しているうちに少しずつ上手になるの。ずーっと、二人で、するからね。なんにも心配しなくて、いいからね」
翌朝、家から出ると、若い衆が集まってきましたな。
「お前漢だな! 勇者だ! 尊敬するぜ!」
「すげえよ! さすがだぜ! 人間ってやるな!」
「なんと言っても回数が凄かった!」
「あのサラン相手にあそこまで……俺は感動したね!」
「うんうん、私の目に狂いはなかった」
村長まで何言ってんすか。
「……どういうことっすかね?」
えーとですね、新婚初夜はですね、村の若い衆で覗きに行く風習があるそうです。
たくさんの人が覗くほど、その夫婦は祝福されているということになるんだそうですわ。
全部見られてたんですか。
あれもこれも全部っすか。
いくら童貞でもね、予備知識はありますよ僕だって。
現代の日本生まれの僕はそう言う情報にいくらでも触れられますから。
どうしたらいいかわかんないなんてことは無いですよ。
ちゃんとできましたし、いっぱいしましたよ。悪いですかね。
AVもエロ本もないこの世界では、このような性教育を受けられる機会がまずありませんでね、そのため、そういう風習があるそうですわ。
エルフってのは長生きなもんでね、恋愛にも結婚にも性にも淡白でしてね、なかなか若い連中にその気にさせるのが難しいと。
だから、子作り支援の一環なんだと。
このような過疎の村では子作りは村の将来を左右する死活問題。若い連中にちゃんと子作りさせるのは長老の大事な務めの一つ。
なるほど、それであんなにサービス万全だったわけですか。
「いい加減にしな――――!!」
体に毛皮巻いたサランが出てきて怒鳴ると、全員逃げていきましたわ。
うん、今日は窓にカーテン付けようか、サラン。
次回「これも新婚旅行かな」