89.勇者、再襲来
長らく読んでいただいてありがとうございました。
今回が事実上の最終章となります。
最後まで、ぜひお付き合いください。
「やあっ! 二人とも元気だった?」
……。
僕らの家の前でなにしてんすかブランバーシュさん。
あなた勇者でしょ?
サランが半目です。凄い怖い顔してますね。
「勇者さん、アンタ、もうシンにかかわらない約束でしょ?」
えっそんな約束いつしたの?
「……まあ入ってよ。せっかくだし」
「シン!」
「いいからいいから、遠くから来てくれたんだし」
「この人、転移魔法でどこにもいけんのよ?」
「知ってるよ。まあしょうがないじゃない。さ、どうぞ」
「ありがとう!」
そう言って実にさわやかに入ってきましたよ勇者さん。
もうなんだかなあ……。
勇者さん先日コポリ村に来てまだ二週間です。
二週間目でもう用事ですか。なんなんですかねえまったく。
「あのさ、僕にかかわらない約束って?」
「いやあ、実は前に来た時に帰る前、サランさんに勝負しろって挑まれちゃって」
「そんなことしてたの――――!!」
アレですかあの夜のことですか僕が櫓に上ってオークの監視してた時ですか。
「『私が勝ったらもう二度とシンにかかわらないで!』ってさ。もちろん俺はそんなつもりは無いし、サランさんと闘いたくもない。でも勝負を挑まれて逃げるわけにもいかないし、数回剣を打ち合わせて、引き分けか、適当な所で負ければいいやと思ってそれ受けたんだ」
「……サラン、いくらなんでも勇者さんには勝てないだろ。なんでそんなことを」
「いや、負けた。負けた負けた。たまげたよ。これ見て」
そう言ってブランバーシュさんが腰の剣を鞘ごと抜いてテーブルに置きます。
あの王室の紋章が焼き印された勇者剣です。
「一回打ち合わせただけでこれさ……」
勇者さんが鞘から剣を抜いて見せると真っ二つに折れています。
うわあ……。
「エルフの剣って凄いんだね。これでも王国一番の鍛冶師に作ってもらった特製の剣なのに、こうもあっさりと。驚いたよ」
「サラン……」
「ゴメン。でもまた勇者がシン連れだして危ない目にあわせようとか考えてるならやめさせたくて」
「村をオークから守ってくれた恩人になにしてんの?」
「ゴメン……」
サランしょんぼり。
サランは僕が怒るとちゃんと反省するんですよね。
かわいいです。大好きですよ。
「約束は守る。だから今日はシン君への頼みじゃない。サランさんへの頼みなんだ」
「頼み?」
「剣を貸してほしい。いや、俺の剣を打ってほしい。なんとか俺もあの剣を手に入れたいんだ。誰が作ったのか、その鍛冶師に頼めないか!」
「ダメよ。私の剣はシんむむむむ~~~〜っ!」
面倒なことになるのでサランの口をふさぎます。
釘抜きから作ったバール剣ですとは、さすがにちょっと……。
「シン? シン君が作ったの?」
「違います」
「教えてよ」
「王国の鍛冶師にまた作ってもらえばいいじゃないですか」
「これ以上いい剣はもう王国にもない。作ってもらうには時間が無い」
「時間って?」
「実は俺、またダイノドラゴンと闘わなきゃいけなくってさ」
「なんですかそれ――!!」
……もうなんだかなあ。
勇者さんてほんと大変なんだな。
話を聞きますと、あの、決勝戦で負けたというか、トリケラトプスとティラノサウルス出して大惨事起こした召喚士、キーリスといいますが、あれがラルトラン正教国という国の出身でしてね。
で、その正教国が次期勇者にと送り込んできたのがアレだったんだそうです。
その勇者候補が決勝戦で負けた上に不祥事を起こして処刑されたことに正教国がおおいに腹を立てまして、これはジュリアール王国の陰謀だ、ペテンだ、不正行為だと猛抗議してきているそうですよ。
「自分で自分のことを『正教国』って名乗っちゃうってどういうこと?」
「自称、初代勇者の国」
「自称?」
「つまり聖書にある最初の勇者の前に、本当の勇者がいて魔王が討伐されたことがあると。それこそがわが国から現れた初代の勇者であり、正当な勇者の起源があるのはわが国だとずーっと主張している国でね」
あー……。ありますね。似たような話どこの世界にもあるんですねえ。自分が元祖だ起源だとか。
「その国が正当性を証明するために満を持して送った勇者が負けるわけがない。勝敗を不正に操作してその事実をもみ消した上にわが国の勇者を殺害したと、因縁をつけてきてるわけ」
うーん、闘技会の様子は衛星で国際中継されてるわけでもなく、ビデオに撮られてるわけでもないからまあインネンは付け放題ですな。
「召喚士さんて確か自分で出したティラ……ダイノドラゴンに食べられちゃったんじゃ?」
「その通りさ」
「事実を伝えても事件の混乱ぶりをいいことに全部ウソだと決して認めず、捏造だ改ざんだ不正だとゴネ放題と」
「まあその通り。よくわかるねシン君」
うーん……。どこの世界にもあるんですねえ。オリンピックやワールドカップが終わってからもずーっと抗議してたりねえ。
「で、勇者さんにはなんて言ってきてるんです?」
「再戦しろ」
「あー……」
「ラルトラン正教国で」
「アウェーですね……」
「ダイノドラゴンを倒せるなら倒してみろと」
「トリケ……ミドルドラゴンよりハードル上がってません?」
「そうでなければ勇者とは認めず、ジュリアール王国のラルトラン正教国への敵対行為とみなすと」
うわあ……。むちゃくちゃだなあ。
「ヘタしたら戦争になります?」
「そりゃ戦争になればジュリアール王国のほうが断然強いさ。そこまでやる気はないはずだ。でも奴らあのとおり今じゃダイノドラゴンを召喚できるし、もしそんなことになれば犠牲者はどれほど出るか想像もつかないね」
うーんそれはマズいですね。どこの世界にもあるんですねえ強力な兵器開発に成功して大威張りとかげふんげふん。
「ほっとけばいい話じゃないんですか?」
「そうもいかん。勇者は挑戦は受けるのが筋」
「殺す気満々ですよね向こう」
「それぐらい撥ね退けてこそ勇者」
「勝てるんですか?」
「勝ち方は君に教わったさ。弱点は足だ」
「足って言ってもアレですからね」
「ダイノドラゴンの死体の解剖に立ち会えたし、どう斬ればいいかも把握した。だが斬れる剣が無い。図々しい話なのはわかってるがサランさんの剣が欲しい」
……。
「……この剣はシンにもらったの。私の宝物。私はこれでシンを守るの。私がこれを手放すのはシンを守れなくて死んだとき」
「……だよねえ」
ブランバーシュさん。それでも、諦めきれないでしょう。
「その剣はもう一本あるはずです。エルフの鍛冶屋さんに頼んで打ってもらいました。鍛冶屋さんが自分用に作ってるはずです」
「本当かい!」
「シン!」
「……サラン。この人、たった一人で敵地に行くんだよ。あんなのと一人で闘うんだ」
サラン、目を伏せて黙ってましたけど……。
あきらめたように言いました。
「コポリ村の手前のエルフ村、トコルの鍛冶職人のドウルさん。案内するよ」
「ありがたい!」
それから川イルカくんのカヌーに乗って、トコル村に向かいました。
ブランバーシュさん、なんか謎空間から木組みに皮張りのカヤック出して一人で漕いで付いてきます。
転移魔法は行ったこと無い所には行けないそうで、なんでも最初にコポリ村に来た時はこれで漕いできたんだとか。
川、遡って来たんですか。すげえ体力。さすが勇者。
どうせならトコル村にも寄って来ていればよかったのに惜しかったですね。
こちらは川イルカくんもいるので夜にはトコルの村に到着。
まずは村長さんのところに顔を出して挨拶してから、ドウルさんの工房を訪れます。事情を話すとさすがに渋い顔ですね……。
「エルフはな、いざってときは人間とも戦わなきゃならん。今までエルフ村から何人の女がさらわれたと思ってる。そんな人間にエルフ一番の剣を貸せるわけないだろう」
「申し訳ありません……」
ブランバーシュさんがいさぎよく頭を下げます。
思い切りのいい方ですね。それほど剣が必要なのでしょう……。
「ブランバーシュさんはコポリ村がオークに襲われそうになった時、一緒に戦ってくれました。一人で戦ってくれたと言ってもいいぐらいです。僕たちはブランバーシュさんに恩があるんです。お願いできませんか」
僕もダメ元で頼んでみます。
ドウルさんちょっと驚きます。
「お前勇者だってな」
「はい」
「世界を守るのがお前の仕事だな?」
「はい」
「エルフも守ってくれるのか」
「そのために剣が必要なのです。剣が無ければ次の闘い、俺は死にます。死んだらもうなにも守れません」
「そっちの剣を見せろ」
ブランバーシュさんがサランに折られた勇者の剣を抜いて、刀身を返して柄を差し出して渡します。
「サランさんに挑まれて折られました」
受け取ったドウルさんがそれを見てニヤリと笑います。
「こんなひょろひょろ剣がサランの剣にかなうわきゃあねえよ」
「その通りでした」
ドウルさんが奥に引っ込んで、エルフ風の拵えがされた剣を持ってきました。
「これだ。俺の剣だ。貸すだけだ」
「いいんですか!!」
「俺の言うことができたらだ」
ドウルさん、折れた勇者の剣を天井からぶら下げます。
サランに折られて半分の長さになってます。
「俺の剣であんたの剣を真っ二つに折ってみな」
こっこれは意地悪い!
真っすぐぶら下がってますから、横なぎでないと斬れません。
しかも半分の長さです。通常の長さより更に斬りにくくなってます。
サランがやった時よりずっと難しそうです。
ブランバーシュさん、ドウルさんの剣を抜きます。
「……見事です。重い。でもそれがしっくりくる。バランスが最高ですね」
いや元はバールなんですけどそれ。
「世辞はいい」
「どっちが折れても恨みっこ無しで」
「やれ」
「ふんっ!」
振り向きながら回転をかけてその勢いで一閃!
カキィンッ!
半分に折れている勇者の剣が更に真っ二つに!
「……さすが勇者、やるもんだ」
「俺の剣ってなんだったんでしょうね」
バールの剣を見ます。叩きのばしたバールにハガネをかぶせてあります。
当たったところの刃がちょっと潰れましたが。
いやこれだけ研ぎあげていて潰れる程度で済むんですか!?
ドウルさんこれなにかやらかしていませんか?
「さすがにちょっと潰れたか。研いでやる。待ってろ。サランこい」
二人で奥に引っ込んで行きました。
「……認めてもらったってことなのかな?」
「たぶん」
「よかった」
勇者さん、笑顔になりました。
次回「友達」