88.勇者さんに謎の一勝
夕方。
勇者ブランバーシュさんが湖畔で黄昏ております。
そばに寄ってみると……。
きゃーっ。あはははっ。ぱしゃぱしゃっ。あーん。うひゃー……。
ギンギンギンッ!
湖で水浴びしているエルフたちをガン見しております。
「ブランバーシュさん……」
「ここは天国か」
「いやそれは」
「パラダイスか、楽園か、桃源郷か」
全部同じ意味でしょ。
「エルフは水と近しい種族です。こうしてお風呂の代わりに一日の終わりに水浴するのはごく普通の風習ですよ」
「さっ、さっ、サランさんは? サランさんも水浴するの!」
「前はね。今は僕の家にお風呂作りましたからそちらで入ってることのほうが多いかな」
「なっなんという……。君はあの彼女を独り占めにしているのか!」
「はい」
「くっくっそう――――! こ、この野郎!」
あっはっは。サランの体つきはもう迷彩のハンター服の上からでもまるわかりなぐらい凄いですからね。
「君はこれを見て何も感じないのか! 悩ましすぎるだろ!」
勇者、前かがみで立てません。
こんな美男美女で男も女も子供たちもいる、ルノワールの絵か宗教画みたいな美しい光景見てなんでそうなるんです。僕がそうなるのはサランだけですよ。まったく……。
「我慢できん……。この村に、あの、そういうお店は?」
「ありません」
「その、その方面に達者な御夫人とか夜這いとかの風習は……」
「エルフは長生きです。なので恋愛とか性とかに淡白です。無いですよ」
「……」
「ここでは恥ずかしがるほうが恥ずかしいんです。おおらかなものですね。ブランバーシュさんも全部脱いで入ってきたら?」
「そうする!」
さすが勇者思い切りがいいですね。
ぱっぱ、ぱっぱと服を脱いで股間をオークのようにしたまま湖に飛び込んでいきました。
エルフたちが悲鳴を上げて逃げ出しております。
全員岸に向かって走り出しております。
一人、夕暮れの湖に取り残された勇者さん。
ほうっておきましょう。
一人になりたいこともあるでしょうから。
夜、櫓の上で一人、熱源探査スコープで時々周辺を眺めながら、女神ナノテスさんと交信します。
「そういうわけで、先日オークたちを駆除しましてね」
”よかったです。私も気が付きませんでね、次にそんなことがあったらすぐにお知らせしますね。でも勇者さんがいたのはラッキーでした”
「仕込みは無かったんですね?」
”……私をなんだと思ってるんです?”
「いえ、なんだか僕のいる周囲で大事件が発生する確率が高すぎるような気がしまして」
”この世界で大事件が起こるなんてどこの街や村でも一緒です。中島さんが知らないところで同じようなことあちこちでいっぱい起きてます。中島さんが勝手に首を突っ込んでるんだという自覚は無いんですか?”
「そう言われたら返す言葉がありませんが……」
確かに。別に関わる必要のなかった事件のほうが多いです。
人がいっぱい死んでただけで、事件そのものはちゃんと解決していたでしょう。
僕がこの世界でできることなんて、そんな大したことありません。
僕、主人公じゃないですし。
でも、僕は目の前で事件が起こってるのに、知らん顔して後悔するようなことは、したくないんだな。
なんでかな。ま、それが人間ってやつなのかもしれませんけどね。
”とにかくですね、あのオークたちははぐれオークのグループですからあれで全滅してます。コポリ村はもう安全ですよ”
「ありがとうございます。でも村長が心配しますから今週いっぱいは監視を続けますよ」
”はい。そういうことでしたら”
「前から疑問なんですけど、あの祠ってなんなんですか? 本当に魔王の封印って、あれでできてるんですか?」
”それはもう。私が初代勇者さんが魔王倒したときにこっそり神託して作らせたものですから。それが代々引き継がれていることになります”
「前に魔女さんが封印を解こうとしてた時も邪魔させようとしてましたもんね」
”ええ、地脈のあふれるところ、ワームホールの繋がるところ。そこを押さえつけておくわけです”
「でも押さえつけることでパンパンに膨らんだ地脈がいつかどこからか別の場所で吹き出すと。数百年ごとに」
”……わかりやすい表現ですね。確かにそんな感じです”
「僕が生きている間は無いんですね?」
”はい。たぶん”
一応信じておきますか。
「今年、新しく勇者さんが決まりました。その能力の加護を与えてるのって、ナノテスさんなんですか?」
”いいえ。それは人々の希望の力なんです。勇者が現れてほしいっていう願いが力になって勇者さんに宿るんです”
「ファンタジーですね……」
”そうでもないです。言ってしまえば勇者ってね、人間が魔王と戦うために作り出した自然発生的な集団魔法と言えますね”
へえー……。
「女神さんはかかわっていないんですか」
”はい。人間は自覚は無いと思うんですけど、少しずつ魔力を集めて、その触媒として中心にいるのが勇者なんです。教会ってのは勇者信仰を集める手助けをしているだけで、実際は教会が勇者をどうこうしているわけじゃないんです”
「なるほど」
”だから勇者さんは人気があって正しい人である必要があるんです。特に魔王が現れている時なんかは人々の魔王を倒してほしいって願いが集中しますから強くなりますよ。平和な時の勇者さんが凡庸なのはそのせいなのもありますが”
「前に国王暗殺しようとした教会の召喚勇者がいましたが」
”ああいうのはダメですね。教会だけで召喚したから教会の上層部の欲が具現化した邪悪な勇者になっちゃったでしょう。そういうのがたまに出るから苦労させられますよ私も”
「ブランバーシュさんは人間離れして強かったですね」
”前の勇者がひどかったですからね。その分希望も集まったし、実際にティラノサウルス倒しちゃったりしましたから、なおさら力が集まってます。本人はレベルアップしたーって思ってるかもしれませんが。案外歴史に残る勇者さんになってくれるかもしれません”
「そっか、よかった。僕が出る幕はもう無いですね」
”教会でも勇者を召喚したり、召喚士が他の大陸から恐竜を召喚したり、この世界の召喚術の発達がどうも斜め上な方向に行ってるなーって気はします。今後も注意が必要ですね”
「ちょっとちょっとちょっと! って、なにそのイヤなフラグ! また召喚士がなんかやる動きがあるんですか!」
”でも、中島さん勇者さんに謎の一勝おめでとうございます”
「どこが勝ったっていうんですか!」
”勝利の女神が下に来てますよ。じゃ、通信終了!”
「シーン!」
下でサランが呼んでます。
「お弁当!」
そういって櫓を登ってきます。
「あ、ありがとう」
「勇者帰ったよ」
「帰った?」
「うん、なんか転移魔法で、みんなの前でお別れの挨拶してしゅって消えた」
「すごいね勇者」
そう言って、櫓に上ってきたサランから夜食のお弁当を受け取ります。
「勇者がこれ、シンにって」
手紙です。
「じゃね、がんばってね」
「うん」
サランが降りていきました。
深夜に、村の若い人と交代する予定です。それまでは僕の担当。
封筒を開いて、ハンドライトで照らして読みます。
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今度はサランさんより素敵なパートナーを連れて来る。
次は負けないぞ。
ブランバーシュ
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……。
なんなんですか僕の謎の一勝。
そういうことですか。
女はやめといたほうがいいですよブランバーシュさん。勇者のハーレムがどうなったか先代勇者のこと考えればわかりそうなものじゃないですか。トラブルの元ですって。
第一サランよりいい女なんて、いるわけないしね。
――――――――第十章 END――――――――
次回「第十一章 ハンターVS奥さん」