86.主人公って強引だ
「さ、いこう!」
……。
朝、家の玄関を開けると勇者、ブランバーシュさんが立ってました。
「……行くってどこへ」
「決まってるじゃないか。狩りにだよ。君らの仕事だろ? 今日は一日付き合うからね」
「いえ王国の勇者様にそんなことをさせるわけには……」
「全然かまわないさ。それに魔王の祠の案内も頼みたい」
「ブランバーシュさんてもしかして貴族の出身ですかね?」
「いや、俺は騎士の家系さ」
この強引さ、自分勝手さ、空気の読まなさ、そして爽やかな嫌味のなさ。
トープルスの領主ファアルさんを思い出します。悪気が無いのがわかるから余計厄介です。
「つまり、僕がどうやって狩りをしてるか、どういう能力で攻撃をしているのかを一つ残らず見たいということで」
「当然だろう。ダイノドラゴンの足を折って動けなくしちゃうんだからさ。他に何があるっての?」
「ハンターでは自分の手の内というのは秘密です。他人には見せないものです。他のハンターと組んでもそれを詮索したり他言したりするのはルール違反です」
「おかしな風習だな。俺ら騎士や勇者は闘っているところを見てもらってこそ意味がある。でなきゃ武闘会になんて出られやしない。隠れてコソコソ戦うなんて何の意味も無いよ」
「その隠れてコソコソ戦うのがまさに僕ら猟師というやつでしてね……」
これほど価値観が違うとは……勇者手ごわいです。
「そうかあ。だからハンターは武闘会に出ないんだね」
「ハンターみたいな下賤の者はそもそも出場ができません」
「そうだったのか」
うーんとブランバーシュさんが首をかしげます。
「ハンターも強い人が多いと思うけどな」
「……チーム・ジャスティスを見たでしょう? あれでも1級ハンターなんですよ?」
「……彼らには悪いが物凄く納得いく説明だ」
ふうー。
サランを振り返って見ます。
半目です。
「いいでしょう。どうせ僕は隠し事をしたり嘘をついたりがまるでヘタです。一緒に狩りしてもらえれば僕が使えないこともわかるでしょう。ご一緒してください」
「よろしく!」
うん、この明るさ、爽やかさ。これも勇者の大事な資質でしょうね。
サラン、僕、ブランバーシュさんの順で並んで歩きます。
「しかしその服凄いね。葉っぱの模様が染めてある。それなら獲物に見つかることも少ないだろうね」
「はい。迷彩ってやつですね」
「俺ら思い切り目立つ格好で戦うからそういう発想は無かったよ。それにサランさんの弓も凄い。そんな大型の弓持ってる人初めて見たよ」
「腕もいいですよ」
「でも私も旦那にはかなわないね」
サランがそう言うとブランバーシュさんが驚きます。
「君ら夫婦なの!!」
……もう何度目ですかこの反応。どうしてそういうふうにしか見てもらえないんですか。
「僕たちねえ毎回そう驚かれるんですけど、どう思われていたのか一度ちゃんと聞いてみたいですね」
「王都ではね、エルフに捕まった人間の男が奴隷にされてるってウワサ」
「そんなわけあるかい!」
サラン激怒です。
「俺も信じちゃいないって。国王陛下もあれは姉御と舎弟だぞと……」
「陛下の目も節穴ですか……」
「悪かった。ゴメン。いやほんっとゴメン」
サランの機嫌が最悪です。
どうフォローするんですか勇者さん。
「300ナール(273m)先に鹿」
「わかるのサランさん」
「いや見えてるし」
「あっホントだ! すごいねサランさん」
二人とも凄いです。この辺の感覚はまだ僕かないませんね。
藪や木立の間から獲物を発見するのはもうこれはベテランの技です。猟協会でも先輩たちにこれはまったく僕かないませんでした。若いから僕のほうがずっと目がいいはずなんですけどね。
「サラン、後にしよう。荷物になったら面倒だし、先に祠に行こうよ」
「そうだねえ」
「うーん惜しい、シン君の腕が見られると思ったのに」
そうして、祠に向かう参道を進みます。
これを見て回るのも勇者の仕事の一つです。
祠が封印の力で魔王の復活を抑えている。その封印の力が弱まってはいないかを確認するのは勇者の大切な仕事、ということですが、村長さんの話を聞いた限りじゃそれも怪しいですねえ。
勇者教会の権威付けにこんなものをわざわざ作って置いてるだけで、実際には魔王と呼ばれる魔物は単なる自然発生のような気がします。
今度、女神ナノテスさんにちゃんと聞いてみましょうかね。
……そういえば魔女さんが封印解除しようとしてナノテスさんに止めるように頼まれたことがありましたっけ。やっぱり意味ちゃんとあるわけですか。
「おかしい。様子へン」
「ああ、これはなにかいるな……」
よりによって……なんで勇者さんが来てる時に……。
いや勇者さんなんか仕込みとかしてませんか?
ないですよね?
「オーク臭い」
……サランさん。オークの匂い嗅いだことあるんですか。
「オークってどんな魔物?」
「ブタ。ブタっぽい顔に毛が無くて人間より大きくてダルンダルンの醜い体してる。大きさは私ぐらい。全身短い毛がところどころ生えてて汚い。腰に汚い毛皮とか巻いててほんと汚い」
どんだけ汚いんですか。
「……ちょうど今頃が繁殖期なんだよな。エルフ村狙ってここまで来たか」
「繁殖って?」
「オークってのはな、オスしかいないんだ。で、他種族のメスをさらって妊娠させるとオークの子供が腹を食い破って出てくるんだ。生まれる子供はどの種族のメスでも必ずオークのオスが生まれる。エルフとか人間とか獣族とかメスなら何でもいいって最悪の魔物さ」
なんですかその強力なDNA。
そんな奴ら一匹たりともエルフ村に入れるわけにはいきませんね。
「多分祠の前に集まってるね」
「さてどうするねリーダー」
「いつから僕がリーダーになったんですか」
「だって戦うところ見たいし」
「では一人大至急コポリ村に戻って報告を」
「却下だ。そんなヒマは無い」
「却下。私は絶対にシンのそばを離れないよ」
「しょうがないですね。じゃあここで倒せるだけ倒してやつら散ってから報告に戻りましょう」
「賛成」
「反対。ここで全滅させるべきだよ。俺が突っ込む。シン君たちは援護」
「大丈夫ですか?」
「なに軽い。二十匹ぐらい一人で相手したことは何度もある」
……さすが勇者。
「まずは祠を見下ろせる高い位置に移動しましょう。数を確認したいです」
「わかった」
「じゃ、私についてきて」
サランの後をついて藪だらけの山を登ります。
僕の射程、間合いをサランは知り尽くしてますから、ベストポジションに案内してくれるはずです。任せて安心な奥さんです。
「はーはーぜーぜー……」
僕情けないです。ほんとひ弱。
「水飲む?」
「お願い」
「はい」
サランがウォーターボールを手のひらの上に作って飲ませてくれます。
「サランさん俺も」
「ヤダよ」
「……なんで俺そう嫌われてるの?」
主人公ってどうしてこう鈍感でデリカシーが無いんでしょうねえ。ちょっと考えればわかるでしょうが勇者様。
さすが勇者。何もない空間からさっと水筒出して飲んでます。
アイテムボックスってやつですか。勇者ならではのスキルですね。
僕マジックバッグ見られるのイヤなんで、今日は鉄砲背負ってるんですよ。
レミントンM700の308ウィンチェスター。
それにバックパックもね。いつもより重装備なんです。
ぜえぜえぜえ。
なんとか苦労して小山の上にたどり着きました。
こっそり顔出して祠を見ます。
距離150mでしょうか。
……気持ち悪い。
ゴブリンよりもティラノサウルスよりもさらに気持ち悪い生き物です。
物凄い嫌悪感で鳥肌立ちます。
ほんとブタみたいな顔にダルンダルンの体。腰に毛皮巻きつけてますけど股間がもうすでにビンビンになってて毛皮を押し上げてます。
これから女を襲って片っ端から種付けする気満々なんですか。
こんなやつら皆殺しにしないと気が済まないような気がしてきました。
武器は斧と剣と棍棒です。
女を捕まえるんですから、あの厄介な投げ槍系の武器は持ってません。
数は……三十ぐらい。
「……これはもう戦争だな。エルフとオークの」
「まずいですね」
「これは一匹も逃すわけにはいかないぞ。全滅作戦一択だ」
僕はバックパックを前に置き、伏せの姿勢から背負ったレミントンM700の銃カバーを外し、前に置きました。ありったけの308ウィンチェスター弾を横に並べて銃に装填。もちろん狩猟用の強力なホローポイント弾。
「それがガンかい」
「まあそうです」
「この距離で攻撃できるの!?」
「はい」
「何匹ぐらい倒せると思う?」
「まあ十匹は。それ以上は逃げられると思います」
「わかった。じゃあシン君は先に何頭か撃ち殺してくれ。俺はその後やつらに飛び込んで引きつけ、一匹も逃げられないようにする」
「大丈夫なんですか?」
「軽い軽い。シン君は俺が闘ってる間もどんどん敵を撃っていいからね。俺には当てないでね」
「そりゃもちろん」
「サランさんはシン君の護衛頼む。いいかい」
「任せて」
「じゃ、攻撃どうぞ」
「大きな音します。耳塞いで」
「OK」
「どうぞ」
ドォ――――ン!!
一番でっかい奴が頭を撃ち抜かれてぶっ倒れます!
眼球飛び出して頭がグシャグシャに砕けます!
カシャッシャキッ!
第二弾!
ドォ――――ン!!
カシャッシャキッ!
続けて!
ドォ――――ン!!
カシャッシャキッ!
ドォ――――ン!!
「すげ!!」
ブランバーシュさんが驚きます。
これぐらいの速射できるようになりました。
僕だって腕が確実に上がってます。10秒で四体の頭を撃ち抜きます。
一瞬棒立ちになったオークの奴ら、あわてて周りを見回して警戒し始めました。
カチカチカチカチッ!
弾倉に弾を込めます。
更に4発立て続けに速射!
一匹も逃してなるものですか!
相手動き出したので頭はやめて的の大きい腹を撃ちます。
頭と違って腹を撃たれたら即死はしません。でも絶対に、必ず死にます。
助かる方法などありません。狩猟用ホローポイント弾なんですから!
「よくわかった。じゃ、俺突っ込むから!」
そう言ってブランバーシュさんが大きくジャンプして祠へ飛んでいきます。
いや、もうあれは飛んでるね!
ジャンプとか言う高さじゃないわ!
人間ですか!
びよーん! びよーんって感じで地面や木立を蹴りながら物凄い落下速度で山を下りていく勇者さん。凄いです!
「シン! 続けて!」
呆気に取られてる場合じゃありません。サランの声で動きます。
どんどん撃たないと。
弾倉に弾込めるの面倒です。
数発握りしめて一発ずつ排莢口に放り込みます。
ドォ――――ン!!
カシャッシャキッ!
ドォ――――ン!!
約束通り十匹は倒しましたよ。
「うおおおおおお――――!」
勇者さん雄たけび上げて抜刀しながら突っ込んでいきます!
すげえ勇気……。
僕には絶対マネできません……。
次回「勇者の戦い方」