85.勇者、襲来
ぷわっぷわ――――っ。
「……あれ? 招集?」
サランがぴこっと耳を立てます。
山で狩りして、今イノシシを獲ったところですね。
久しぶりですよイノシシ、村のみんなが喜びます。
そんなわけで解体してたんですけど、村の方からホルンの音がしてます。
ぷわっぷわ――――っ。
村人みんなに集まれって合図です。
なにかあったんでしょうか。緊急ではないですが。
「じゃ、これ大急ぎでやっちゃおう!」
「うん」
いつもより手荒くざっくざっくと皮を剥ぎまして、お肉にします。
ビニール袋に入れて、さっさとマジックバッグに収納しまして、山を下りました。
「おうお前たち遅かったな」
村人がみんな広場に集まってます。中心には村長さん。
「どうかしたんですか?」
「シンに客だ」
「?」
「君がシン君か」
……驚きました。
エルフたちに囲まれた中から出てきた人物。
勇者さんです。
ほら、前回の、王都で開催された勇者決定戦。あれで優勝したブランバーシュさんです!
黒いシャツ、タイに細身のスーツ、つば広帽子に裏地が赤い黒のマント!
西部劇の保安官か、マスクの無い怪傑ゾロみたいな。
中年というにはまだまだ若いか、髭もカッコいいあの伊達男の勇者さん!
「あ、初めまして。シンと言います」
「……」
僕の後ろでサランが不審そうに勇者をにらみつけていますね。
なにか厄介ごとを持ってきたに決まってるからでしょう。
「まあそう邪険にしないで。後ろのお嬢さんはサランさんだね。聞いてるよ。先日勇者になったばかりのブランバーシュです。よろしく」
「よろしくお願いします……。あの、僕に何か」
「会って礼が言いたかった」
なにを――――!?
なにかバレてるんですかね!
王都で勇者さんがあのティラ……ダイノドラゴンと対峙してた時、こっそり後ろからドラゴンの足を撃ったこととか!
「なるほど。シン、このお方、勇者ということで間違いないのだな?」
「はい、先日王都で行われた勇者決定戦で優勝してました。間違いないです」
ふむふむと村長さんが頷きます。
「村長様、国王陛下からの親書があります。お受け取り下さい」
うわあなに書いてあるんだろう。
召集令状だったりしたらどうしましょう。
丸い筒に入って封をされたものを勇者さんが村長に渡します。
「国王陛下か……。ジュリアール王国からの親書となると三十年ぶりになるか。正式なものなのだね?」
「はい」
「ここで読んでもかまわないかね」
「どうぞ」
村長が封を切って筒から親書を取り出します。
長いロールになってます。それを村長が村人全員の前で読み上げます。
「……かつての我が国の盟友、エルフの長、コポリ村の村長殿。長らく友好の便りを失念し無礼の数々をここに詫びる。また、人間族の野盗、誘拐等の犯罪行為が絶え間なくエルフ村を苦しめたことをここに謝罪する。わが国はかつての盟友、誇り高きエルフ族へ寛大なる許しを請う。
古の魔王討伐におけるエルフの恩義忘るることなく我らは相互不可侵の条約をここに新たに確認させていただき、また、長らく途絶えていた友好、通商の条約についても従来通りとし、さらなる友好を深めたい。
我が国においては五年前より、奴隷の完全撤廃と、異種族への犯罪行為の厳罰化を法制化し、今は完全に禁止していることを御承知願う。
さらなる友好と交流を切に希望し、使者を送る。
これからも嘘偽りなく昵懇に願うことをここに記す。
エルドラン・ルルス・ドリスパース」
……。
「現王はエルドランとな」
「御意」
「あの小童がな。ははは」
そこまで読んで、村長が僕に親書を渡してくれました。
「シン、どう思うね」
「……ここに書かれていることは本当ですね。ハンターギルドで王国が奴隷制度を五年前に撤廃し、今は奴隷や異種族の誘拐、人買いなどは全部違法とは聞きました。厳罰にされているのもそうで、僕らが誘拐犯を全部捕殺したときもおとがめはありませんでした」
「シンは……国王に会ったことがあるんだったな」
「はい」
「いいだろう。詳しく聞こう。使者の役目ご苦労。これは返す」
そう言って、村長が勇者ブランバーシュさんに剣を渡します。
「いえ、村にいる間は預かっていてもらいたいのですが」
「私の器が知れる。信頼の証とさせていただこう」
勇者さんの剣です。
鞘に王家の焼き印が押してあります。僕の鉄砲と同じですね。
敵意無きことを示すために村に来た時にまず剣を渡したということですか。
なかなかデキる方のようですね。
ま、僕は勇者さんの実力見てますから、剣など無くてもエルフ村全員の総攻撃をいなしてしまうなど簡単でしょうが……。
そんなわけで村長宅で、勇者さんを歓迎することになりました。
僕とサランも同席しろってことでちょっと面倒です。
「三十年途絶えていた王家の便りが、今になって復活とはまずどういうことかな?」
お茶などが配られて和やかに話が進みます。
「シン君とサランさんが王国にたびたび来てくれていろいろ仕事をしてくれているということがまずあります。農民たちの畑を守るための害獣駆除、商人たちの護衛といったハンター仕事だけでなく、国内で起こりそうになった大規模な犯罪行為の阻止などにも手を借りることがあったと聞きます」
「お前たちそんなことしてたのか」
村長が僕を見て驚きますね。
「まあ、なりゆきで。ハンター仕事の一つとして引き受けたわけですが」
「ふーむ……」
「一番大きな手柄は国王の暗殺阻止、そしてダイノドラゴンの討伐の手助けです」
うわ――――バレてるうううううっ――――!
「ダ……ダイノってなんです?」
「とぼけなくても結構。あのときダイノドラゴンが大きな音とともに足を砕かれたのを俺は見ている。あとで死体を調べた時にあまりにおかしな傷跡だったのでいろいろ聞いてみたが、陛下が『それをやったのは多分シンだ』って言って笑ってたよ。調べてもらったら君らちょうどアレが暴れた時、入国してたよね。記録が残ってるし、武闘会も見に来てたってさっき言っただろ」
「ダイノドラゴンが王都に出たのか!」
村長が驚愕します。
そりゃそうですよね!
「御心配には及びません。魔王じゃなかったんです。バカな召喚士が死に際にヤケになって出した野生種です。既に討伐されました。シン君のおかげでね」
「……ならいいが、シン、それを撃ったのか」
うーんうーんうーん……。
「白状します。あの夜みんなで飲み食いしてましたらアレが出てこりゃまずいなって思って、ちょうど勇者さんが足止めしてくれたので後ろから撃ちました。二本足だし足を撃てば暴れられないだろうと思いまして……。面倒になると困るのでそのあとすぐ逃げだしましたが」
勇者さんがゲラゲラ笑います。
「あっはっは。やっぱりそうか! いや、助かったよ。俺だけじゃかなりきつかったさ。国王陛下もシンに礼を言っておいてくれってさ。絶対とぼけて白状しないだろうとも言ってたけど。とにかくありがとう」
バレバレですか――――っ。
うわあもう泣きたいです。
「いや、これはここだけの話。無かったことになってるよ。陛下もそうしろってさ。なんでも向こうが名乗り出るつもりが無いんだから不問にせよとね」
はーはーはー……。よかったです。もうさっきから心臓がバクバクしています。
「じゃあ、アンタはシンを連れて行こうとか思ってこっちに来たわけじゃないのね?」
サラン、相変わらず怖い顔でにらみつけてます。
ずっと半目ですからね。
「……強いメンバーを集めるのも勇者の務め。自分のパーティーを持つのが勇者さ。シン君をパーティーに招待するのはぜひやりたいが、その前にまず会って礼を言って、その人となりを俺が見るのが先だろう」
「いや、そういうのはダメです。もう絶対お断りします。無理です。僕そういうの全然ダメですから。弱いですから。すぐ死にますから。田舎者で勇者のパーティーとかもう全然無理ですから。僕はエルフの村で静かに暮らすのが望みですし他の生き方とか全く考えられませんから」
ぶんぶん手を振りながらそこまで一気にしゃべりました。
「陛下にもそう言われたよ。アレを利用しようとするなって」
ブランバーシュさんが苦笑いします。
「シンを利用しようとすればエルフ全員を敵に回すと。シン自身は普通の人間でなにより善人だから脅威にはならぬと。そしてハンターとして働いてくれる分には国にはありがたいことばかりだと。なにより王の恩人に仇成すなとね」
ほっとします。
ちゃんとわかってくれてるんですね王様は。
「王家は未だエルフの恩義を忘れずにいると言うことか……」
村長がそんなことを言います。
「昔、なにかあったんでしょうか」
「悪いがこれはさすがに勇者の前では話せないな」
そういって意地悪く村長が笑います。
「聞かないほうがいいこともあるのだ、勇者殿」
「うーん、惜しい気がしますがそういうことなら」
勇者さんが肩をすくめます。
「とにかく勇者になった俺は世界を見て回るのも仕事のうち。魔王が封印されている祠も見なくてはいけませんし、二、三日こちらに滞在させていただきたいのですが」
「では私の家に寝泊まりするとよい。客人として歓迎しよう。帰るときは陛下への返書を預かってもらえるか?」
「了解しました」
屋敷の人が勇者さんを部屋に案内します。
「シン、いろいろわかったことがあるかな?」
村長さんが僕にそんなことを聞いてきます。
「はい……。人間の街に行ってわかったことですが、人間はエルフの数千倍の規模を持つ大国です。普通ならエルフの村などたちまち属国にして税を取るなり奴隷を差し出させるなどしそうなものですが、そんなことはしてません。本気で攻め滅ぼそうとしたら簡単にできそうなものなのにそれもやらない。昔になにか因縁があったのかということは考えました」
「ほう」
「僕がいた世界では、大国という物はそうするものなんです」
「だろうな」
「僕みたいな者がいれば、死ぬまで利用してやろうとか、危険だから殺してやろうとか考えるのも普通です。それをしない国王の態度も不思議と言えば不思議です」
「シン……。あんたどういう国から来たの」
サランが不思議がりますね。
第二次世界大戦の前ぐらいまで、地球ってそんな感じだったんですよ。
遅れた国、小さい国を次々に欧米諸国が植民地にして搾取して、やりたいほうだいしてました。小国は大国の言うことを聞くしかない時代が長く長く続いていたんです。
今だって大して変わらないことをやってる国はいっぱいあります。
人間ってそういうもんです。
僕は人間の国の規模を見てから、どうして人間たちがエルフの村に手も出さずに放置しておくのかずーっと不思議でしたね。
「ん、まー、さっきの話を簡単にするとだな」
村長が笑います。
「六百年前の大昔、巨大スライムの魔王が現れてな、人間たちを襲っていたのだ」
「ひええ」
「で、勇者でも倒せず、魔法協力をしろとエルフに要求してきたことがあるのだ」
「へー」
「エルフにはかかわりなき事。返答が遅くなったのだが、そうすると勇者はな、どうやったのかは知らぬがその巨大スライムを我らにけしかけてな、スライムの矛先が我らに向いたのだ」
「そりゃ腹立つ話ですね」
「我らは儀式魔法でエルフ全員でそのスライムを倒し……そのスライムがやってきた道筋があの川となり、スライムを倒した場所が湖になったと伝承されておる」
いやいやいやいくらなんでもそれは嘘でしょ。核爆発だってあんな湖はできませんて。
「ま、それはともかく、その後人間どもは、そのスライムを倒したのは勇者ということにしておいてくれと頼んできて、我らもどうでもいいことなので好きにせよと申した。そのとき結んだのが相互不可侵条約だな。つまり今後一切人間はエルフに手を出さないから頼みを聞いてくれということだ。で、人間たちはこの村にやってきて勇者の魔王討伐の物語をでっち上げたあの祠を作り、礼を言って帰っていったと。まあ私が生まれる数百年も前の話だが」
「もしかしてエルフが本気になれば人間も滅ぼせる?」
サランが物騒なことを言います。
「そんなことできるわけも無いし考えもせん。我らは森の中で静かに暮らせればそれでよい」
王都の勇者教会のステンドグラスにあったなにかわからないもの。
あれスライムだったんすか。強いですねえこの世界のスライム。
「つまりエルフは王家に一目置かれているわけですね」
「まあ簡単に言うとそういうことだ。先代王はことさら無視、無いものとしてかかわるのを避けていたようだが、現王は違うようだな」
「僕とサランがしょっちゅう出入りしているのを見て興味がわいたんでしょう」
「興味か……。ま、その程度で済んでるうちはどうということはないが」
どっちかというと村長のほうが人間のほうに興味津々でしたがね。
お酒もお菓子も紙もペンも、なにより羊毛布団大喜びしてましたよね。
「村長は人間の街に行ったことがあるんですか?」
「当然。若いときはハンターとしてお前たちと同じようにやんちゃしてたさ。修行と称してな」
わっはっは。そう言って笑います。
なるほど、バルさんがエルフのハンターは昔はいたって言ってました。
あなたでしたか。でも確実に百年以上前の話のような気がします。
「さ、私は親書の返事を書かねばならぬ。二人ともご苦労だった。下世話な話だが現王にいろいろと恩を着せてくれて礼を言う。うまく行けばこれからもエルフの村は安泰だ。なによりうまい酒が飲めるというもの。むこうから友好を持ちかけてくる手を払いのけるような愚かなことはせぬ。安心して休んでくれ」
どうやら僕らがこれ以上心配する必要はないようです。
家に戻って、出来たばっかりのお風呂に入り一日を終えます。
大変でしたよコレ。風呂場にするところに僕が毎日少しずつ潜って土を掘りあげまして、ここ湖に近いんでちゃんと地下水が出ましてね。水が出たところで石を組んでパイプをつなげて街で買ってきた手漕ぎポンプをつなげて、特製のおおきな桶に満たすんです。それから暖炉で焼いた石を沈めてお湯にしてお風呂にします。
本当はボイラーにしたいんですが、それは後で考えるってことでとりあえず。
たくさんのお湯を沸かすのは大変なんで、浅めにお湯を張りいつもサランと一緒に入ってます。
二人でいっぱいむにゅむにゅしちゃいます。
まだまだ新婚気分ですから。あっはっは。
「シン、結局全部白状しちゃったね」
あったかい羽根布団にくるまって、うとうとします。
「うん……。ほら僕って嘘ついたり隠し事したりするの苦手だし。無理だよ」
「……いいよ。私はそういうシンが好き」
「ありがと」
いろいろマズかったよねえ。
この世界でずーっとモブだったはずの僕が、ついに主人公に出会ってしまいました。
魔王を討伐するためにパーティーメンバーを集めている勇者が会いに来たのです。
これ以上のフラグがあるでしょうか。最悪です。
明日、なにかまた新しい厄介ごとが無ければいいんですが。
次回「主人公って強引だ」




