81.三角竜
準決勝一戦目。
両手剣ブランバーシュさんとサランいち推しの槍さん。
うーん相変わらず魅せるいい勝負です。でも明らかに両手剣ブランバーシュさんが上手に試合運びしてますね。狙いは槍です。
十数度の打ち合いの末、槍の穂先を折り飛ばしてしまいました。
うまい!
さすがです。これは槍さんも降参です。
準決勝二戦目。
魔法使いギルドのエース、ピトールさんと召喚士キーリスですね。
キーリス、まだ若いです。フードかぶってますけど棍みたいなシンプルな杖を使います。調教用ですか。
もう登場時から会場のブーイング凄いです。
ドラが鳴り試合開始。
トリケラトプスから攻撃仕掛けては来ませんので、たっぷり時間かけて魔法詠唱してトリケラトプスを炎で包みます!
これはいける?
トリケ、炎を踏み越えて輪の外に出ました……。
全然平気みたいです。
古代の地球は空気中の酸素濃度が高かったらしいですから、大規模な山火事が起こりやすかったらしく、恐竜は火ぐらいは恐れないという説がありました。
アフリカも乾燥地帯で山火事が多いですから火を恐れない動物は多いですよ。特にサイは火を見つけると踏み踏みして消してしまう習性があるサバンナの消防士です。
次に氷水攻撃!
トリケの周りを氷の山が覆い、埋められます。
恐竜は熱帯に近い環境で生きてました。巨大隕石による氷河期で絶滅しましたからこれはいい手かもしれません!!
どおん! バリバリ!
一瞬で氷山が砕かれ、トリケラトプスが暴れます!
これもダメか!
トリケ、足踏みしてフッフウ――――って鼻息も荒く突撃の構えです!
これにはたまらず魔法使いさん場外に逃げ出してしまいました。
降参ですね。
……これで決勝戦はバルドラート公爵様お抱え騎士のブランバーシュさんVSトリケラトプスに決まりです。
どうやって戦うんでしょう……。
普通に考えれば降参して召喚士優勝です。勇者教会としては最悪のシナリオですね。
「決勝戦、中止になるかもしれねえな」
「そうだよねー。いくらなんでもアレはずるいと思うし、私も」
「あれの優勝を認めちゃって勇者制度ってもんが今後も存続していけるもんですかね」
「うーん……まあ決勝まで来てるやつを失格にするのも、恥さらしだしな。グダグダやってるうちに決勝戦始まっちまうぜ」
三人でうんうんと頷きます。
とりあえず決勝戦は午後からです。
お昼にしましょうか。
「うめえなあこの肉! なんの肉だ?」
「シカ肉とシシ肉の合い挽き肉」
「へー。シカ肉って脂っ気が無くてパサパサしてると思ったが、こうしてひき肉にして焼くといけるもんだな!」
要するにハンバーガーですね。エルフ流特製ですよ。
シカ肉は野生の肉ですから、脂っ気が全然なくて普通に焼いたり煮たりするとパサパサしてておいしくないです。
なのでカツにして油で揚げると食べやすくなります。ビーフシチューでビーフの代わりに使うのもおいしいです。クリームシチューはダメです。まったく合いません。
エルフ村では植物油が貴重ですから、カツなんてこちらに来てもまだ作ったこと無いですが。
シカ肉はハンバーグにするとパサパサで真黒に焼けてしまって最悪です。
脂身の多い肉と合わせましょう。なんとか食えるようになります。
サランがポットに水を入れて火魔法でこぽこぽとお茶を煮出ししてカップに注いて配ってくれます。
「いやあ姉ちゃんいい嫁になるわ。このお茶も旨いよ。昼は食堂か屋台に行こうかと思ってたけど混むからなあ。隣の席になってよかったよ」
「いえいえ、僕らもいろいろわからないことだらけで、解説聞けて嬉しいです」
「そうだろそうだろ。何しろ俺は観戦歴二十年だからな!」
あっはっは。
「いい嫁になるってなにさ。私はいい嫁だよ」
「嫁って……。もしかしてアンタたち夫婦か?」
「そうです」
「……人は見た目でわかんねえもんだな」
どういう関係だと思われていたんでしょうね……。
さあ! 注目の決勝戦です!
召喚士キーリスとトリケラトプスが上がってきました。
ぶーぶーぶー。
会場のブーイング凄いです。異世界でもこの辺は同じですね。
騎士ブランバーシュ、上がってきました!
大歓声!
ブランバーシュさん、黒いマントで体をすっぽり覆っております。
なにか勝算があるのでしょうか。
いいかな?
両者頷いて、審判がドラを鳴らします。
ゴーン! 試合開始!
ブランバーシュさん、マントをばっと取りますと、腰に剣を六本も下げています!
うおおおお――――!
会場大歓声!
そのまま、マントをひるがえしますと裏地が鮮やかな赤です!
その裏返した赤いマントを抜いた剣の鞘に巻き付け、片手に剣を持ってヒラヒラと振ります。
こ、これは、闘牛士!
闘牛士スタイルで闘いますかブランバーシュさん、なんという伊達男っぷりですか。
ひらっひら!
ひらっひらっひら!!
ゴフッゴフッ!
トリケラトプスが興奮気味。
足を踏み鳴らして突撃してきます。
それをブランバーシュさん、ひらりとかわしてマントを翻し、避けてしまいました。
うおおおお――――!
会場がゆらぎます。大歓声! 大迫力です!
ドドドドドドドドッ!
方向を変えて突撃してきたトリケラトプスをさらにもう一度ひらりとかわす。
グオオオオ――――ッ!
喉を鳴らしてトリケが咆哮!
五回ほどトリケラトプスをかわしていたブランバーシュさん、ついに攻撃開始です。
ひらり、かわしつつ走り抜けるトリケラトプスの横っ腹に剣を突き立てます!
グワァアアアアアアア――――!
悲鳴をあげるトリケラトプス、激怒してさらに向かってきます。
ですが向かってくるのはヒラヒラしたマントの方。
簡単にかわして二本目の剣を突きたてるブランバーシュさん!
か……かっこいい!
「あれ刃引きでない本物の剣だな。人間相手じゃねえから違反じゃねえ。なるほど考えたな」
噛みついたり引っ掻いたりしてくる恐竜相手に刃引き剣も無いですよね。
ルールよくわかりませんがとにかくすごいです。
闘牛は野蛮だ、動物虐待だと批判も多いです。やめろと言う声も多いです。
でもこうして実際に見ると凄いとしか言いようないです。
しかも相手は牛じゃなくてトリケラトプス相手にやるんですからね。なんという勇気です。
牛の三倍はある大きさのトリケラトプスですよ?
観客は大喜びです。ブランバーシュさんへものすごい声援です。
ブラン! ブラン! ブラン! ブラン! 大変なブランコール!
走ってきたトリケラトプスに四本目の剣を刺したところで、トリケラトプスがリングから転がり落ちました。
うおおおおおお――――!
大声援!
「……やばっ。様子ヘン」
サランが僕に抱き着きます。
ぶるぅゎああああああ!
リングの外に転がり落ちたトリケラトプス、妙な雄たけびを上げて走り出しました!
リングの外を!
うわっ通路にいた人がみんな跳ね飛ばされています。踏みつぶされています!
係員とか、審判とか、出場が終わった選手とか!
「こりゃ……ひどっ」
「なんてこった!」
解説おじさんことドさんが頭を抱えます。
あんなでかいのが暴走始めたら誰も止められませんて。
「サラン放して!」
「ダメッ!」
サランが僕に抱き着いたまま離れません。
会場悲鳴が飛び交って最前列の客から逃げ出し始めています。
リング上の召喚士、キーリスが杖を持って走り回り、トリケラトプスに魔法かけようとしていますが間に合いません。
暴走するトリケラトプスから逃れようと通路からリングに這い上がる人、観客席によじ登る係員、兵士でパニック状態です。
ぐるぐるリング外を駆け回るトリケラトプス。被害は拡大する一方ですね。
「サラン、なんとかしなきゃ!」
「だからダメ――――ッ! シンはこんなことにかかわっちゃダメ!」
確かに。こんなところで銃を使ったら後で大問題になるに決まってます。
でも、なにか僕にもできるんじゃ。
王宮の魔法使いたちが攻撃魔法をトリケラトプスにぶつけます。
爆発が続いています。
観客はわれ先に逃げ出して大混乱です。
「サラン、わかった。わかったから。なにもしないから。放して」
僕をかかえた腕をぱんぱんと叩くと、サランが僕を放してくれました。
「……見届けよう」
「……うん」
「こりゃあ観戦歴二十年の俺もびっくりだぜ。見逃す手はねえぞ」
何言ってんすかドさん……。
どう見たって大勢の人が次々に死んでますよコレ。
警備兵たちが投げ槍を客席、関係者通路などから投げつけてます。
この時代これがやっぱり最大の攻撃力のある武器です。
投げ槍って、物語とかにさっぱり出てこないんですけど、実際には原始時代から近代まで人間がマンモスやゾウやサイとかの猛獣を倒し、一番長く君臨してきた最強武器です。
矢も次々に刺さります。
さすが恐竜。物凄いタフですね。動きこそ鈍くなりましたがリングの上によじ登ろうとしています。
召喚士のキーリスがリングに上がった警備兵たちによって拘束されています。
なにか叫んでいます。
マントをひるがえした対戦相手のブランバーシュさん、五本目の剣をリングによじ登ろうとしたトリケラトプスの目に突き刺しました!
「なんてやつだ。すげえ男だ!」
ドさんが感嘆します。
トリケラトプス仰向けにひっくり返りました。
そのお腹に兵たちが投げる投げ槍が次々に突き刺さります!
観客席はもう三分の一ぐらいが空席になってます。
怒声と悲鳴が響いて収拾付きません。
この世界マイクもスピーカーも無いですから、こういう混乱を静める方法がありません。
召喚士キーリスが兵たちに押さえつけられ、ロープでぐるぐる巻きにされてます。
それに憐みの目を向けるブランバーシュさん。
まるで映画のような勝者と敗者の図です。
血まみれになったトリケラトプス、さすがに動かなくなりました。
まだ呼吸していますが、このまま失血死するでしょう。
貴賓席の国王陛下、ずっとこの様子を冷静に見守っていましたが、首を振って、退席していきました。
緊急時にあれこれ命令したがるトップとはタイプが違いますね。
現代みたいに連絡網が完成してる社会じゃないです。陛下が見ている。それだけで兵の働きも違うというものなんでしょう。あわてず騒がず見守るのも王の務め。そういうことなのかもしれませんね。
それにしても大変な不祥事です。
主催の勇者教会がまた批判されそうですね……。
騒ぎが収まってざわめくコロシアム。
負傷者が次々に運び出されていきます。
パニックで将棋倒しになり観客にも多数の負傷者が出ているようです。
僕らはその場を動かなかったのが結局よかったのかもしれません。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン……。
鐘が打ち鳴らされ、武闘会の終了が宣言されました。
僕たちは客席に最後のほうまで残って、夕暮れになるまで会場にいました。
これ以上なにかあったらと不安だったんです。
離れ難かったと言いますか。
リングの外ではトリケラトプスの解体が始まってます。
アレを外に出すのはさすがに無理な大きさですものね。
「……帰ろう」
「うん」
「えらいもん見たわ……二十年で最悪の武闘会になっちまった……」
僕らに付き合って一緒にいたドさんも、闘技場の階段を降り始めました。
夜。
城壁の外の広場で、チーム・バリステスのメンバーと合流します。
静かな夜です。
大勢の人たちがそれぞれにテントを建て、屋外に野宿しているわけなんですが、今夜は誰も騒いでいません。
あまりのショックに気を落としているのか、犠牲になった人への鎮魂か。
みんなテントや馬車を取り囲んで静かに夕食にしています。
僕らもです。
今日は僕ら夫婦のテントの前で、ランプをぶら下げてみんなで火を囲んで鍋を煮ています。
「さ、食べて食べて」
サランがお椀に鍋をすくってついで配ります。
「まさか、あんなことになるとはな……」
バーティールさんがため息します。
「闘技会も、勇者制度も、これをきっかけに廃止になるかもな」
「そうですね。少なくとも召喚士はもう二度と出場できないでしょう」
トープルス領主、ファアル様も、国王陛下はやめたがってるみたいなこと言ってましたからね。国民には楽しみなイベントも、国にとっては面倒事が増え出費がかさむだけ。人気取りの道具としては使いにくいイベントかもしれません。
「こんなくだらないこと、もうやめにしたほうがいいよ。私はもう見に来る気はないね」
サランはそんなことを言います。
僕もです。
あんな光景、もう見たくありません。
「眼が冴えて眠れない……。今日は少し、夜更かしするか」
「そうだな」
さすがのバリステスメンバーも、そんなことを言います。
ま、そういうことなら、僕らも付き合いますよ。
コンロの残り火にポットをかけて、お茶でも沸かしましょうか。
次回「大惨事再び」