80.台風の目
「こいつは面白いぞ。今年は何を出すかな」
「出す?」
「召喚士さ」
召喚士VS両手剣士さんですね。
うわっトリケラトプス!
トリケラトプスですよトリケラトプス! あの額に二本、鼻に一本のでっかい角が生えてて、首の後ろが全部襟巻状に硬いプロテクターになってる大型恐竜です!
ずしんずしんずしん。
でか!
牛の三倍ぐらいあります!
ゾウより大きいですね。
どうすんですかこんなやつ。
剣士さんと正対して、ドラが鳴ると同時にゴオオオオオオ――――ッと喉を鳴らして咆哮します。
恐竜には声帯がありませんので、吠えたりしませんね。文字通り喉笛という感じですか。映画のティラノサウルスはアオ――――ンとか吠えますけど、あれウソなんだそうですよ。なんかガッカリです。
トリケラトプスはティラノサウルスに食べられる側なので、威嚇に吠えたりすることはできるんでしょう。いつも群れを作って仲間を守っていたらしいです。
あの咆哮だけで剣士さん降参です。
いやこれは……。パーティーで倒すような魔物ですよね。剣士さん一人でどうにかなる相手じゃないでしょう。幸いトリケラトプスは草食獣ですので、用もないのに相手を襲ったりはしませんが、ティラノサウルスに食われてたまるかと数百万年も闘ってきた草食獣一番の戦士といっていい恐竜でしょう。あの強力そうな三本の角と弱点の首を守る強力な盾は攻略のしようがありません。
「……ミドルドラゴンかよ。こりゃもう誰も勝てないかもしれないな」
ドさんもあきれてます。
「召喚士無双じゃないですか。どうすんですこれ」
「召喚士のキーリス、去年はリトルドラゴンだった。準決勝で勇者のレンチに一撃で首を折られたんで今年は召喚獣を変えて来たな。あれはすげえよ。優勝するかもしれねえな」
「対戦相手は殺しちゃダメなんじゃ?」
「だからキーリスは生きてるだろ。召喚獣は武器と同じだから殺してもかまわねえよ」
シビアです。
リトルドラゴンってディノニクスでしたっけ。映画やゲームではなぜかヴェロキラプトルとして有名です。人間大のすばしっこい肉食獣。集団戦を仕掛けてくるのでめちゃめちゃ強いイメージですが体重は人間より軽く、武器を持った人間と一対一なら互角の戦闘になるかもしれません。勇者はアレを一撃で倒せるわけですか……。
僕、勇者と闘うことにならなくてよかったです。
一回目は隠れて遠距離射撃。二回目はゾンビ化した勇者に先制攻撃でしたから。
まともにやり合ってたらたぶん殺されてました。
「召喚士に直接攻撃するってのは?」
……サラン、そりゃあいい方法だとは思うけどさ。それやっちゃあ……。
「ま、それはやらないのが騎士様ってやつだ。お客だって喜ばねえ」
ここまで一回戦、三十二人が出場し、十六人が勝ち残りました。
今日は二回戦まで進みます。八人が残ります。
「どうだ兄ちゃん。誰が勝ち残ると思う?」
「優勝候補の通り、バルドラート公爵様の剣士さん。魔法使いギルドの人、それに召喚士さんですかね。どう当たるかわからないですけど、組み合わせによっては勝てたり勝てなかったりするでしょうから、僕にはもう全然わかんないです」
「私はあの全身鎧の槍に一人結構やるのがいたと思うけど」
「教会騎士のバルドスだな。姉ちゃん見るところが渋いな」
「アレが一番人間離れしてなくて普通だったから応援したいよ」
「あっはっは。そういう見方もあるか!」
うんわかるよサラン。つまりアレならサランも勝てそうだと思ったわけですね。
ははははは……。
「で、シンは?」
「僕どの人にも2秒で殺されちゃう」
「当たり前だ阿呆。おかしなこと考えるな兄ちゃん」
実は僕はどの出場者にも、銃でならどう戦うかを考えながら見てたんですけどね。
僕ねえ動物園に行っても登別のクマ牧場に行っても、まわりの観光客が「かわいー!」とか言いながら餌投げてる横で、急所はどこだ。撃つならどこだ、あの大きさを狙えるかとか殺気丸出しで眺めてましたから。ハンターの性ですね。そう考えると物騒で危ない客ですねえ僕。出場者全員をどうやって殺すか考えながら観てるんですから。
二回戦。予想通り有力者が順調に勝ち上がり、その日のトーナメントは終わりました。
「兄ちゃん姉ちゃん明日も見に来るのか?」
「はい、この席です」
「俺もだ。楽しみにしてるぞ。また明日な!」
面白い人と同席出来て良かったですね。
夜になって、バリステスメンバーと合流して、今夜も宴会です。
「王都の酒場高えよ!」
「おう! ここで酒持ち寄って飲んだくれてるほうがいいわ!」
いやみなさんサランの料理さんざん飲み食いしてなに言ってんすか。
ごめんねサラン、僕も手伝うからね。
炭火でじゃんじゃん肉焼きます。バーベキューソース付けちゃいますよ。
美味い美味いって大好評です。
「どうだったシン。勇者クラスの戦い見て」
「驚きました。人間って凄い、あそこまで強くなれるんだなって思いましたね」
「だろうー。お前てっぽう使いだから俺らでも驚くぐらい強いわけだが、だからってお前自身は別に強えわけじゃねえ。そこは俺らもわかってる」
「はい」
「万能じゃねえんだよな。お前の能力はとんがりすぎてる。うまく使ってやらねえと戦力になんねえ」
「その通りです」
「俺らもおんなじさ。2級ハンターになったぐらいじゃまだまだ勝てねえ相手のほうが多い。身の程を知るためにもこういうの見とくのは大事っちゃあ大事だな」
僕、鉄砲振り回していい気になってました。反省です。
この世界で生き残ることができたのは全部サランのおかげです。
つくづくそんな気がします。
僕はこの世界で主人公になろうとしないで、辺境のちょっと変わった魔道具使いで一生を終えるのが分相応でしょうね。見に来てよかったです。
「いいんだよシン。私はシンが今のままで」
そう言ってサランがサラダ渡してくれます。
「野菜も食べてね」
「うん」
サランはいつも僕に長生き長生きって言うんですよね。
よっぽど僕、早死にしそうに見えるんでしょうねえ。
野菜ちゃんと食べてあげれば安心してくれるんだからちょろいですが。
「やっぱり弓は一人も出てこねえな――!」
弓使いのラントさん、ヤケ酒ですね。
「はっはっは、しょうがねえよ! タイマン勝負だからな闘技場は!」
「魔法使い相変わらず弱いわねー。誰か残ってた?」
「一人。魔法使いギルドの人が」
「あー、あれは特別ね。でもアイツ相手が自分より強いとみるとすぐ降参しちゃうからね。今日見に行ったほうが良かったかも。失敗だったわ」
おネエさんちょっとがっかりです。確かに予選のほうが多彩な出場者は見られますが、たぶんまだ本気出していなかった人も多いはずです。決勝は決勝できっと見ものですよ。
「剣と盾は一人も残らなかった。実戦だと弱えなあ……」
副リーダーミルドさんガックリです。
「魔物相手には有効で防御がキモだ。俺らハンターには一人いないと困るんだからよ。ガックリすんなって」
「その通りですよ。魔物相手なら断然盾です。僕はミルドさんがヒドラ相手に一歩も引かずに戦ってたの見てましたし、オオカミ男の時も心強かったです」
そう言うとミルドさんニコニコして機嫌治りました。よかったです。
「で、初見のシンは誰が優勝すると思う?」
リーダーのバーティールさんは大槍使いです。
チーム・バリステスの最大火力がバーティールさんなわけですが、今日の戦いはあんまり参考にならなかったかもしれないですね。
防御を全身鎧に任せて攻撃だけって、単調に見えました。
「僕はあの召喚士が優勝じゃないかと思います。あのトリケ……ミドルドラゴンに一対一で勝てる人間がいるとは思えません」
「ミドルドラゴン!!」
今日見てなかったおネエさんとニートンさんが驚愕します。
「召喚士がな、ミドルドラゴン使ってたんだよ。全員戦う前から降参してたな」
「いやいやいやいや、それってダメでしょ。魔王ってドラゴンの場合もあるのよ? ドラゴンにドラゴン戦わせるってそれ勇者の勝ち方じゃないでしょ!?」
「賛成です」
「だよなー……」
おネエさんとニートンさんの抗議にバーティールさんが頷きます。
「明日の決勝、誰があのミドルドラゴン倒せるかがキモだな」
「召喚士が勝ち残っても王宮が勇者として認めるかねえ」
「そうなったら画期的だな。面白いことになりそうだ」
「いやあ俺は魔物を使う勇者なんて反則だと思うな。絶対反対」
「反対です」
「サランちゃんは?」
「もう私はなんでもいいよ……あれ見たらバカバカしくなっちゃった」
「ちげえねえ」
あっはっは。みんなで大爆笑になりましたね。
王都三日目。
今日は決勝戦です。
すでに会場はぎっしりですね。
ぱっぱらぷあ――とラッパが鳴りまして、国王陛下のご入場です。
久しぶりですね陛下。お元気そうで何よりです。
今日も王様のお言葉とかありません。これって誰が主催してるんでしょうねえ。
「おう、今日もよく見ておけよ。わからんことがあったら俺に聞け」
今日もドさんが隣です。解説役、よろしくお願いしますね。
「ありがとうございます。あの、この大会って誰が主催してるんですか?」
「勇者教会」
「教会があ……なるほど王様が冷たいわけですね」
「今年はお言葉も無しだからな。やっぱり去年の事件が影響してるな」
そうでしょうねえ。
前の勇者が縛り首になったことも、連続貴族暗殺事件が勇者教会の企みだったことも、もう国民にバレてますから。
今度こそまともな奴を勇者にしないと、国民の信頼はガタ落ちになりますわ。
「教会の一押しは誰になるんでしょうか」
「まあバルドラート公爵様のお抱えブランバーシュだろうな。公爵様の権威が教会の後ろ盾になる。教会としては一番いいシナリオになるだろうが……」
僕は前の勇者ちょっとだけ知ってます。
妨害工作したことありますからね。
「疑問なんですけど、ブランバーシュさんかなり強いですよね? なんで今まで名が知れてないんでしょう」
「そりゃあお前、前の勇者が教会騎士団出身の勇者だったからだよ。教会の勇者に勝つとだな、教会が『教会の勇者に勝てる者がいるわけがない。悪魔の力を借りているに違いない』とか難癖付けてきて面倒だ。実力があっても教会勇者には負けてやるってのが出場者の不文律さ」
うわあそりゃひどいや……。
「ま、今年はその教会勇者がいねえからな。今年こそ本当の勇者が決まるぜ」
それならいいんですが。
「ブランバーシュさん、あの召喚士に勝てるかどうかですね」
「だな。本来魔王として倒すべき相手のドラゴンを、勇者が使役して使うなんて勇者教会からしたら悪夢だぜ。今回は教会もブランバーシュに優勝してほしいんじゃねえかな」
やっぱり召喚士が今日の台風の目になりそうです。
準々決勝第一戦。
優勝候補ブランバーシュさんと同じく両手剣の剣士さん。
これは実力差がはっきりしましたね。
いい勝負しつつ、ブランバーシュさんが圧倒しました。
魅せる試合です。お客さんに喜んでもらうってのをよくわかってる感じがします。
二戦目。
全身鎧の槍さんと両手剣です。槍さんの方はサランが推してます。
槍さんが上手に両手剣をあしらって勝ってました。さすがです。
実力が同程度なら槍が有利ってのをそのまんま見せてもらった気がします。
三戦目。
魔法使いさんと両手剣士さん。
開始と同時に両手剣士さんの周りが炎で包まれます!
おうー、これをここまでとっておいたということになりますか。
火の輪がどんどん狭まっていきます。
両手剣士さん、炎を飛び越えようとして火だるまになりました。
倒れてバタバタしてますので、魔法使いさんが火を消して勝負ありですね。
四戦目。
召喚士と全身鎧の槍さん。こちらは教会の騎士さんです。
まだ勇者じゃないので、これには勝っても教会が難癖付けてきたりはしないそうです。
……相手はトリケラトプスです。いや、この世界ではミドルドラゴンか。
すぐにでも降参したい所でしょうが、騎士として一撃の槍も与えずに敗れ去るというのはさすがにできないでしょうね。
全身鎧もありますし、構えて向き合います。
観客の声援凄いです。
だってここまでトリケラトプス、一戦もせずに全員相手が降参してますから。
槍をぐるぐる回して……トンボ取りですか。
トリケラトプス草食獣なせいか自分からはかかって来ません。
その行動パターンを今までの戦いで一応見てたことになりますか。
トリケラトプスがつられて穂先を見て横を向いた瞬間に思い切り顔面を突き刺します!
グアオ――――ッ!
トリケ、大口開けました!
そこへ、口の中へ槍を突き出し……!
なるほど! 確かにそこが弱点か!
と思ったのは一瞬。
その巨大な口で槍を噛みつぶし、ぶんぶん首を振って槍を奪い取ってしまいました。こ……、これは怖い!
激怒したトリケ全身鎧に突撃します!
簡単に跳ね飛ばされて全身鎧場外へ。
……担架で運ばれていきましたが死なない程度のダメージで済みましたか。
鎧着ててよかったですね……。
どうやってあんなのに勝てって言うんですか! 無理でしょー!
鉄砲だって無理ですよ。どんな銃使えばいいんですか。
大きい動物ってどうやったって即死はしません。死ぬまで時間がかかります。
その間に反撃されたらひとたまりもありませんて。
準々決勝が終わりました。
観客ざわめいております。
ブーイングも凄いです。いやアレは誰が見ても反則ですよね。
国王陛下も腕を組んで首を振っております。
あんなのが優勝しちゃったら、どうすんですかまったく……。
「どう思うね兄ちゃん」
「いや……常識で考えたらアレ優勝ですよね」
「だよなあ……ドラゴンなんてパーティーや軍隊で挑むものだぜ? 一人で勝てたら苦労はねえよ」
ぽりぽりぽり。
サランはお菓子食べてます。屋台で買ってきたみたいです。
「食べる?」
「うん……。サランはあんなのに会ったらどうする?」
「逃げる」
「だよねえ……」
「でも走るとアレ人間より速いはず。見つからないようにこっそりと逃げるしかないね」
「アレってさ、草食でしょ? こっちから攻撃しなけりゃ襲ってこないんじゃないの?」
「うんそう思うよ。放っておけば別にいいと思う」
「しかしこれは武闘会だからな。アレを倒さないと勝ちにはならんぜ」
そうなんですよねードさん。
「シンだったらどうする?」
「そりゃ隠れて遠くから攻撃するさ」
「攻撃って……兄ちゃんそんな攻撃手段があんのかよ」
「無いです。だから逃げるしかないですね」
「だよなあ……」
実際、やるとしたら遮蔽物に隠れて遠距離射撃。出血多量を狙うしかないんじゃないかな。
とんでもないものが出てきてしまいました。
どうなっちゃうんでしょう今年の勇者トーナメント。
次回「三角竜」