8.エルフ村のおだやかな日々
「そういうわけでして、今の仕事を続けるために現金収入が欲しいんです」
「村にはいてくれるんだよね?」
「はい」
うーん……と、村長が考え込みます。
「恥ずかしながらエルフの村では貨幣は流通しておらぬ。金がない……いや、金がいらんのだな。商人は年に三回ほどしかやってこぬし……」
「それに、そもそもその商人が皆さんと公正な取引をしているとも思えませんので」
「実はそうなのだ。我らは商人より塩や斧や刃物など鉄製品を毛皮や農産物と交換はしておるが、たぶん高いとは思っておる」
「商人はどうやってこの村に来るのですか?」
「ここは湖があるだろ。そこから大きな川が流れていてな、人間の都市までつながっておる。商人は小舟でやってくるな」
「川をさかのぼってですか?」
「ああ、川イルカにつないで船を引かせてな」
さすが異世界。動力源がファンタジーです。
「僕が川を下って人間の都市に行くとしたら?」
「カヌーで下るのがいいだろうな。帰りはどうしたらいいものかわからんが」
……。
「村を出る気かな?」
「いえ、お世話になっていて、身元もわからない怪しげな人間の僕を最初に受け入れてくれた村です。感謝していますし、定住したいとも思っています。ただ、商人との取引ももっと改善したいとも思いますし、エルフの取り扱う商品が都市でどれぐらいの価値があるかも調査したほうがいいと思うのです。街とつなぎを持っておきたい。それだけです」
「ふむ……」
エルフの村にとってもマイナスになる話ではないはずです。
「我らにとっても貴殿には恩義がある。それは覚えておいてほしい。悪いようにはせぬが、少し時間が欲しい」
「はい」
「また話をさせてくれ。バカな話をするかもしれん。その時は笑わずに聞いてくれ」
「もちろんです」
村長の家を出ます。サランがついてきます。
「あのさあ」
「うん」
「もし村を出て人間の街に行くのならさ」
「うん」
「私も一緒に行っていいのかなあ」
「うん。頼むよ」
「ホントかい!」
サラン嬉しそうだな。
一緒に来てくれたら僕も心強いしね。
湖まで行きます。
この湖が都市までつながっているのか……。
魚を捕るための小舟が浮かんでおります。丸太を削ったカヌーも陸揚げして干してありますね。
子供たちとその家族が水浴びしている。
エルフには湖が風呂がわりなんだね。冬はどうすんのかな。
地球でも昔は風呂が戸別にありませんので、ご婦人が川で水浴するというのは普通の習慣でした。ルノワールの絵なんかでもヌードはみんな水浴図でしたが、あれは当時の普通の光景だったんです。
子供たちも娘さんもお母さんも、男も女も、みんな裸で。
恥ずかしがってる人なんか誰もいない。
おおらかなものですね……。
みんなものすごい美男美女ばっかりだし子供は天使みたいだし、なんか西洋の神々の宗教画のごとく。美しすぎて、童貞の僕にもまったくムラムラきませんな。
「私たちも水浴びしよっか。ちょっとクサくなってきてるし……」
そう言ってサランがぱっぱぱっぱと服を脱いで、ザブーンと飛び込む。
サランの裸見ちゃった!
こんなにあっさりと!
子供たちから歓声と悲鳴が上がります。
「サランが来た――――!」
「逃げろ――!!」
……サラン、あなたこの村でどういう存在なんですか。
サランが子供たちを捕まえては、ゲラゲラ笑いながら一人一人ごしごし洗っております。
あっはっはっは! なるほどそういうことですか。
僕も脱いで、水浴びするとしますかね。
恥ずかしがるほうが、ここでは恥ずかしいみたいです。
こうしてみると女性がみんな女神か妖精かのごとくの美しさの中でサランが際立って異質なのがわかります……。背がでかいということもありますが、色っぽい体つきです。
大きい大きいと思ってましたが、いつも近くで見てたせいでしょうか。
こうして遠目に見ると、普通に美乳です。サランと向かい合うといつも目の前がおっぱいのどアップですから巨乳だと思ってましたけど、そんなことないです。
綺麗な大きさと形です。
「……兄ちゃん、ち〇こでっかいな!」
しまった。
「ホントだ。父ちゃんよりでっかいぞ」
「村長よりデカくね?」
まてまてまて、クソガ……お子様たち!
そんなことを大きな声で……。
……男どもが前を隠してそそくさと湖から出ていきます。
……そう言えば、やけに小さかったような気が……。
「人間って、ち〇こでかいんだな!」
エルフの男は小さいってことですかね。
いや、女性の皆さん。
その視線はやめてください。
サラン……赤くなって顔をぷいっと。
やめてください。恥ずかしくなってきちゃうじゃないですか。
ごしごしごし……。
みなさんに背中を向けて、一人体を洗う僕でありました。
今日は服も洗濯してしまったので、乾くまでお休み。
村民の方からエルフの服をもらいました。簡素な室内着ですね。
日本で言うと作務衣みたいな感じで、素肌の上に直接着て紐を縛ってとめるというもの。
エルフの村の人たちからはいろんなものがもらえます。
塩と獲物の肉、骨や角、毛皮などを提供していますのでそのお礼だそうです。
なんでも物々交換なんですね。
木を削った食器などももらえました。
僕はもらった木っ端をナイフで削っています。箸を作りたいんですよね。
やっぱり日本人は箸ですよ。
サランは掃除をしたり、洗濯物を干したり。
「あらあらあら、そうしているとまるで新婚さんみたいねえ!」
「やめてよ――!」
通りがかったおばちゃんに声をかけられて恥ずかしがるサラン。
どこの世界でもおばちゃんというやつは変わりませんな。
おばちゃんとはいっても物凄い若くて超美人さんなんで違和感すごいですが。
「もうしちゃったのかしらん?」
「してない! してないから!」
「あらあらあら。初心なこと」
「やめてよホントに――!」
「村ではとっくにお似合いだってことになってるわよお、あなたたち。サランに男ができたって。この世が亡ぶんじゃないかって」
最後の一言は余計すぎます。
まあそんなわけで、僕たちはなんとかうまくやっているわけですが……。
そんなこんなで更に一週間がたち、村の鳥獣被害もひと段落がついた頃……。
サランが夕食の準備をしている時間、外をぶらぶらしていると村長に声をかけられました。
「シン。ちと話があるのだが」
「はい」
二人で湖のほとりまで歩いてゆく。
「単刀直入に言うとだな、その、サランを嫁にもらってくれぬかな?」
ええええ――――!
「いいんですか!?」
「ほう……その反応、貴殿もまんざらではないということかな?」
「いや、その、あのー……っていうか、その、エルフ的に問題はないんですかと」
「ない。いや、そうしてもらえるとありがたい」
「はあ……」
「これから言うことは他言無用に願いたいが。まあ、村の人間なら誰でも知っていることだが、あえて言うことではないということだが」
「はい」
……どんな秘密があるんだろう?
次回「サランのヒミツと結婚式」