79.闘技場
「さてみんな、こういう時に一番気を付けないといけないことはなんだ?」
闘技場に近づいて、人がぎっしりになってきたところでバーティールさんが声をかけます。
「スリ」
「かっぱらい」
「ひったくりですかね」
「その通りだ」
確かにこれだけの人込みだと危ないですね。
僕ら、貴重品は全部マジックバッグに突っ込んで消してますから安心かな。
防犯対策としてこれ以上のものはないでしょうね。
バリステスのメンバー、チケットを調整した結果今日は三人だけです。魔法使いのおネエさんと回復のニートンさんはお休み。決勝戦のほうがより高度な魔法が見られるそうだからです。
片手剣と盾の副リーダーのミルドさんと弓のラントさんは決勝より予選が見たいようですね。
予選のほうがいろんな武器を使った戦い方が見られるんだそうです。
当然、リーダーのバーティールさんは両方見ます。
「俺たちは四階席だな。シンは?」
「二階席」
「指定席じゃねえか。いいなあ……」
「じゃ、また後で」
バリステスのメンバーと別れて二階席へ。
二階席の入り口でチケット出して見せて入れてもらいました。
なかなかいい席です。
会場が見渡せます。四角いリングが見えます。40m四方ぐらいでしょうか。
大きく壁で囲まれています。魔法とか飛び道具とか飛んでも一応防げるぐらいでしょうか。
すごいですね。ローマのコロシアムって感じです。
僕らから見て反対側が貴賓席になってますね。
椅子が階段状の石造り。長時間直接座ってるとお尻が冷えそうです。
直接石に番号が刻んであって指定席になっていました。
背負ってるバックパックから布を取り出し、折りたたんで二人で敷きます。
席がぎっしり埋まっていきます。王都で一番のイベントで、大人気ですね。
ゴーンゴーンゴーン。
鐘が鳴り、開始時間です。
うおおお――――。歓声が上がります!
「す、すごいね」
サランも僕もびっくりです。
僕も田舎者ですから、こういう大きなイベントって札幌まで見に行った雪まつりぐらいしか経験がありません。
「なんだアンタたち、武闘会は初めてか」
となりのオジサンに声をかけられます。
「あ、はい」
「そうかそうか。よく見ておけよ。そっちのデカい姉ちゃんもな。わかんないことがあったら俺に聞け。なんでも教えてやるからよ!」
解説大好きオジサンですね!
こういう人がいてくれるってラッキーですね!
「よろしくお願いします!」
ここはノッておきましょう。
「おう、大臣だ」
ラッパが鳴って、大臣さんが入場です。
貴賓席最前列。綺麗なご婦人連れてます。
奥さんかな。
手を振ってます。
大臣さんが着席して、観衆の皆さんも全員座ります。
開催の挨拶とかは別に無しですか。
ただ見に来ただけの立場なんですね。主催じゃないってわけですか。
それとも勇者から距離を置きたいってことですかね。
勇者制度やめたがってるらしいですから。
「国王陛下は予選は見ないんですか?」
「そりゃあそうだろ。ザコなんか見てもしょうがねえよ」
しょうがないですね。
中央のリングで誰か挨拶してますけど会場がでかいので全く聞こえません。
この世界マイクとかスピーカーとか無いですからねえ。
「さあ一回戦だぜ。魔法使いと、剣士だな」
二人、向かい合います。
魔法使いと言っても全身甲冑で防御はバッチリ。杖持ってます。
剣士は片手剣と盾。
ゴーンッ!
ドラが鳴って試合開始です!
魔法使いさん、杖を前に構えて詠唱開始!
そこを剣士さんが突っ込んでいきます!
斬りつけそうになったところで、魔法発動! 杖から火の玉飛んでいきます。
ボワッと盾で火の玉が爆散し、剣士さん少し後退。
そこへ魔法使いさんが次から次へと火の玉を飛ばして追いすがりますが、剣士さん盾を構えなおして突っ込んで、そのままタックル。
魔法使いさん後ろにコケて、覆いかぶさった剣士さんが剣を振りあげたところでドラが鳴り、勝負が決まりました。
……盾やっかいですね。
僕は銃を使いますから、銃弾を防げる盾を相手が持ってたらアウトです。
ただ、全身をすっぽり隠すような盾はさすがに登場しません。相手の攻撃を見ないといけないからです。
想定されている飛び道具の魔法、それを見て避けるという使い方ですね。
魔法の飛ぶ速度が遅いからそれでかわせますが、銃弾だと無理でしょう。
つまり足とか頭とか盾で隠せてないところを撃てばいいです。
その分射撃は難しくなります。接近戦は避けるべき相手になりますね。
魔法は、まあ先手必勝ということになりますか。
詠唱魔法とかダラダラやってくれるなら楽勝ですけど、無詠唱でいきなりだったら僕もひとたまりもありませんね。防弾チョッキでも装着しますか。マジックバッグで買えますかね?
ぱちぱちぱち~。
拍手もまばら。まあ予選ですから。
「凡戦だったな。まあ両方無名だからな」
「魔法って盾で防げるんですね」
「防げねえ魔法もあるぜ。電撃とか盾関係ないからな」
そりゃあ怖いな! 僕の鉄砲もビリビリしちゃうかも!
「でも詠唱しないと出せない魔法って実戦で使えるのかねえ」
「厳しいな姉ちゃん。ま、魔法は詠唱したほうが威力は高い。タメが大きければ大きいほど強力な魔法が出せる。普通はそうだ。だからその隙をどうやって作るかが魔法使いの戦い方のポイントになる」
「それじゃ剣士さんとか圧倒的に有利じゃないですか?」
「そう。だから過去魔法使いは勇者になったことはねえな。ま、ここで名前が売れれば勇者がパーティーメンバーに入れてくれることもあるってことよ。勇者パーティーに入れたら、魔法撃つ時間は勇者が作ってくれるからな」
なるほどねえ。
実力を測って、仲間集めの場でもあるんですね。
「勝負って、どうやって決まるんですか?」
「審判がいてドラが鳴ったところで試合終了。さっきの通りさ。相手が戦闘不能になっても同じ」
「武器はホンモノの剣なんですか?」
「一応刃引き剣だ。それに相手を殺したら失格ってルールもある。なにも殺し合いさせたいわけじゃないからな」
「それだと魔法使いさんもだいぶ手加減しなきゃいけないような」
「人をぶち殺せるような強力な魔法使えるやつはそんなにいねえよ。勇者なんかにならずに王宮抱えになるやつのほうが多いな」
「なるほど、仕官アピールの場でもあるわけですか」
「そうそう」
いやーおじさん解説助かりますね。
「いろいろありがとうございます。僕らシンとサランって言います」
「おう、俺はドだ。観戦歴二十年はダテじゃねえぞ。はっはっは!」
ドさんですか。
短い名前ですね。覚えやすいですけど。
考えてみれば本格的な戦闘って見るの僕コレが初めてですね。
いつも先手必勝で銃弾撃ち込んで勝負決めてますから、闘ったことさえありません。
さ、次は全身鎧の槍さんと……。
全身鎧の槍さんですね。
「……これトーナメントの組み合わせってどうなってるんでしょう」
「くじ引きだな。組み合わせの運ってやつはある。運も実力のうちだろう」
「シビアですねえ」
ドラが鳴って、ガッツンガッツン槍でぶん殴り合ってますけど勝負がつきませんね。
「全身鎧ってやつは厄介だな。なかなか勝負が決まらねえ。どうしても凡戦になっちまう」
「タフなほうが勝ちですか」
「そうさ。全身鎧なんて着てる奴はヘタレとしか思えねえな」
頭の上でぶんぶん回転させてその勢いのまま相手の胴に槍をぶつけたほうが勝ちました。
鎧へこんでますね。
叩き出しの鉄板か。矢は弾きそうだけどライフルで撃ち抜けそうです。
先ほどの魔法使いさんも盾の剣士さんも、バックショット撃ち込めば倒せそうです。今のところ先手を打てればなんとか僕でも勝てそうです。
槍は距離を取って攻撃できる点が有利です。
でも距離なら銃が断然有利なんで、相手も距離を取ってくる槍はそう脅威にはなりませんね。
接近戦を仕掛けてくる剣のほうが断然怖いような気がします。
ここまで、銃弾が効かないような選手はまだ出てきていないです。
防御魔法なんてもので全身銃弾が効かない、なんてのはまだありません。
ほら魔法使いさんも全身甲冑でしたから、甲冑で防げる攻撃しか想定していないということになります。あのヒモビキニの魔女さんがいかに凄かったかがわかります。ナノテスさんの加護で突破できましたが。
いちいち、これは勝てる、これは難しいとか考えてる僕ですが、武器構えて「さあやれっ」って状況ならなんとかなるとして、不意打ちで急に襲われたり多勢に無勢だと僕、簡単に死にますね……。
誰も武器なんか持って歩いてない平和の日本がどんなにありがたい世界かがわかります。いくら先進国でも「みんなが銃持って歩けば乱射事件も起こらない!」なんて考え方してる人がいっぱいいる国とかやっぱり怖いですよ。
「せっかくの槍なのに刺さないのね」
怖いこと言わないでくださいサランさん。
「いや姉ちゃん殺し合いじゃないって……。魔物相手なら刺したりするけどこれ人間相手だからな」
解説おじさんもあきれ顔です。
「姉ちゃん手見せて見ろ」
「手?」
サランが手のひらを広げて見せます。
「……相当使うな。姉ちゃん出る側じゃねえの?」
さすがですねおじさん。よくわかりますねそれだけで。
「兄ちゃんはダメダメだがな。お前剣も持ったこと無いだろ。あっはっは」
簡単に見破られてしまいました。僕ってどこ行っても弱そうだよね。
銃なんていくら撃ってもタコもできません。
拳銃なら指にタコでもできそうですが。
サランがなにか言いたそうですけど、口の前に指立てて黙っておいてもらいます。
僕はチャンバラの国から来ました。外国にも剣術は膨大な数があるとは思いますが、世界でスポーツとして生き残った剣術は日本の剣道と西洋のフェンシングぐらいでしょうか。日本人の僕はそれなりに見る目はあると思います。
その僕から見て、みんなやっぱり荒っぽいなと思います。力づくって感じでパワー勝負です。つまり洋画で俳優さんがやる剣の殴り合いです。
日本の一流の時代劇役者さんだと必ず刀に斬る動作が入っていますからね。日本の剣術とは一味違う感じがして物足りないかな。
凡戦が続きますが、ちょっと面白い組み合わせ来ましたよ。
両手剣VS片手剣と盾です。
「これどっちが強いと思う?」
おじさんがニヤニヤして聞きます。
「両手剣だと思いますけど?」
「ほう」
僕チャンバラの国から来ましたので。
両手剣の人、片手剣を簡単に跳ね上げて盾に体当たりして体勢を崩した後腕に斬りつけました。あれは骨が折れたんじゃないでしょうか。ドラが鳴って試合終了です。
「な、片手で使う武器ってのはどうやったって両手で使う武器にはかなわねえ。二刀流もなんだかんだ言っても片手剣さ。俺はこの二十年片手剣が両手剣に勝ったところなんて数えるぐらいしか見たことねえな」
対人だったらそうかもしれません。でも魔物だったらそうはいきませんよ。
僕はバリステスの副リーダーミルドさんがヒドラの攻撃盾で上手に防いでいたのを知ってます。オオカミ男の時もバーティールさんが盾で防いでくれてなかったら僕らやられてました。
魔物戦では盾、いてくれないと困ります。
でもやっぱり剣撃戦なら両手剣は強いですね。
タフな人だと撃たれてもそのまま僕に斬りつけてくるでしょう。
鉄砲持ってりゃ勝てると言うほど簡単じゃありませんね。
次は両手剣VS槍です。
「槍と剣なら圧倒的に槍が強いのが普通ってのは知ってるな?」
「確か三倍は実力差が無いと槍には勝てないとか」
「おう、たしかにそれぐらいだな。でもこいつは違う。まあ見てろ」
両手剣の剣士、身を低くして槍の懐に飛び込み、一瞬で勝負をつけてしまいました。
「すごい……」
「王都バルドラート公爵様のお抱え、ブランバーシュだ。優勝候補だぜ、覚えとけ」
「うーん……。あれは怖いね」
サランから見ても凄いですか。僕サランが苦戦してるとこなんて見たこと無いのでどれぐらい強いのか正直わからないんですけど、さすがに優勝候補となるとサランよりずっと強いようです。
敵対しないように、というか、関わらないようにしましょうね。
魔法使い来ました!
僕なんといっても魔法見たかったので、これは楽しみです!
どんな魔法があるのか、銃で対抗できるのか、これは知っておかなければなりません。
開始と同時に物凄い氷水浴びせて槍の人を足止めします!
すご!
下半身を凍らされて身動きできなくなった槍の人に杖突き付けて……。
これは降参ですね。
槍の人が槍を手放して勝負が決まりました。
「あんな魔法もあるんですね」
銃というのは遠距離攻撃ができる相手とは相性悪いです。
要するにただの銃撃戦になるわけですから互角の戦いになります。有利な点がありません。
それに範囲がやたら広い魔法だと簡単にやられちゃいますね。
やはり魔法には先手必勝しかありません。
「魔法使いギルドのエース、ピトールだ。準決勝ぐらいの常連さ」
「準決勝止まりなんですか?」
「決勝戦とか準決勝で闘わずに降参しちまう。格下には強いが、格上とは戦わねえ。利口な奴さ」
まあそれも一つの戦法ですね。僕だってケガさせられるぐらいならそうします。
しかし、実戦ってポンポンと勝負決まってしまうものですね。
本当の殺し合いって、そういうものなんでしょうね。
実力が近くても勝負は一瞬です。長々と斬り合ったりはしません。
なんですかねこの感じは。覚えあります……。
相撲ですね!
二人出てきて、数秒で勝負が決まって、さあ次、さあ次!
あのイメージです!
勝負は一瞬ですので、観るほうにも高い見識が要求されます。
横で解説おじさんが思う存分解説しまくってくれてますけど、僕一人だけで見てたら何が起こってるか半分もわからないでしょう。
「いやあ本物の戦闘用魔法って凄いね」
サランもびっくりです。サランの魔法って火を起こしたり肉を冷やしたりとか便利魔法ですからね。実戦では使ってるとこ見たこと無いです。
もうお昼の時間ですが、勝負は続きます。
「おじさん、これあげるよ」
サランがバックパックからお弁当を出して渡してあげます。
「おう、こりゃすまねえ」
昨日からキャンプしてますのでね、サラン手作り肉入りサンドです。
瓶入り天然水も。サランが冷気魔法で冷やしてますよ。
さすがにマジックバッグでペットボトルとかは大っぴらにはふるまえません。
「こりゃうめえ!」
ドさん大喜びです。
ここまでずーっと素人の僕らに解説してくれてますから、これぐらいはお礼です。
午後も一回戦が続きます。
次回「台風の目」