78.勇者トーナメント
さてそんなわけでやってきました。サープラスト。
長いことエルフ村で駆除を辛抱強くやってきましたので、最近は村に鹿やアライグマ、オオカミやクマなど出ることはほとんどなくなりました。
僕らはエルフ村で狩猟範囲を以前の倍以上に広げていますが、それでも猟果は以前の半分ぐらいになっています。
「毛皮の量が前より減ってないかい?」
「はい。エルフ村での駆除がうまく行ってる証拠です。いいことですよ」
そんな風に言うと、買い取りじいさんが心配しますね。
「それじゃあ君ら商売あがったりじゃないのかね」
「僕ら別に贅沢したりお金持ちになろうとしてるわけじゃないですから」
「欲のないことだね」
ま、こんな世界で欲出すとおかしなことに巻き込まれたりしますから。
「その分こちらでの活動増やしてあげられるかもしれませんよ」
「そりゃありがたい」
サープラストでも、お隣のトープルスでも来るたびに駆除けっこうやっています。
「最近はうちの若い奴らも意識が変わってね、駆除の仕事をよくやってくれるようになったよ。君らの影響が大きいな。でもやっぱりまだ危なっかしいな。オオカミの群れに襲われて一人死んだりしてるからな」
……そうですか。
ハンターってやっぱり危険と隣り合わせですね。
「今回はなにか仕事していってくれるのかい?」
「いえ、今回はこれ見に来たんです」
そう言ってギルドに貼られたポスターを指さします。
王都コロシアム 勇者トーナメント。
「おお、お前さんたちもそれが目的かい」
僕らこの世界の事なんにも知りませんからね。この世界のトップクラスの人たちがどんな闘い方をしてるのか、どんな魔法があるのか見てみたいです。
前にこのポスター見つけて、観戦するつもりで来たんですよ。
「それ、俺も見に行くぞ!」
どかどかと二階からバルさんが降りてきます。
「そうですか。よかったですね」
「言うことはそれだけかよ……。せっかくだから一緒に行こうとか言わねえのかよ」
「なんか面倒になりそうです」
「……一年に一度これに合わせてハンターギルドの総会もやるんだ。それに出なきゃいけないんだよ。ついでだからお前ら馬車に乗ってけよ」
「護衛代をタダで済ませようとしてません?」
「バレたか。明日出発。用事があったら今日中に済ませとけ」
「僕らで大丈夫なんですかね」
「バリステスも同乗する」
「タダで?」
「あいつら喜んでご一緒しますと言ったがな」
はいはい。
「そうイヤな顔するな。お前ら闘技場のチケット持ってるのか?」
「当日券を買おうと思ってますが」
「そんなもん手に入るわけないだろう。年に一度のお祭りだぞ? 俺が用意しといたものがあるからそれ使え。それが今回のお前らのギャラだ」
「あ、ありがとうございます」
断れなくなりました。
残念です。
バリステスのメンバーには明日会えるでしょうから、今日中にサープラスト領主、キリフさんにも会っておきます。
来たら必ず顔を出すように言われてますのでね。友達ですから。
行けば駆除を頼まれるんですが、僕らは仕事ができ、農民の間で領主様の株も上がるのでいい関係です。キリフさんもファアルさんもギルドを通して依頼してくれますからギルドから正当な評価も受けられますし、ありがたいですよ。
とにかく安心して鉄砲が使えるのがなによりいいです。
「いいなあ……僕も見に行きたいよ」
キリフさんが羨ましそうです。
「忙しくてそれどころじゃないし、僕が顔を出すのも面倒だしね」
「なにか面倒なことが?」
「そりゃあ国中から貴族連中が見に行くからね。お抱えの領兵や騎士を出す貴族がいっぱいいる。自分のお抱えから勇者が出れば貴族にとっても自慢さ。僕はそんな連中抱えていないし、毎日パーティーに顔を出しては自慢されるなんてウンザリさ」
なるほど。田舎の弱小貴族には肩身が狭いと。
「僕はね、今更勇者でもないだろうって思ってるよ。そんなものを抱えて鍛えさせたりするぐらいだったら領内の整備に努めるべきだろう。無駄さ無駄さ。僕は興味ないね」
「さっき見たいって言ってたような」
いやサランそのツッコミはちょっとかわいそうだよ。
「催し物としては面白い。でも利害関係者になりたくない。一市民として楽しめるなら見たいってだけさ。君らは楽しんでおいで」
「はい」
「そうだ、シン君僕のお抱えで出場しないかい? いいとこ行きそうだけど」
「絶対にお断りいたします」
「そんなの私が絶対に許さないよ――――!!」
「あっはっは」
銃が通用しない相手が出た時点で僕死んじゃいますって。
安宿に泊まって、翌朝ギルドに行くと馬車の準備ができてました。
「おうーっ久しぶり!」
「久しぶりです!」
チーム・バリステスのバーティールさんたちとハイタッチ。
「ようこそ勇者トーナメントへ、だ!」
「へ? 誰か出るんですか?」
「んなわきゃあるか。俺らとはレベルが違うわ」
「準備できたかー! じゃ、行くぞ!」
気がはやってますねバルさん。
まずは隣領のトープルスへ。
ゴツい男たちばかり乗り合わせた二頭立て馬車が二台、こんなの襲う野盗なんているわけないです。僕が一番弱そうなんですけどね。
夜にトープルス到着。
ここでも安宿に泊まり、朝出発しようとすると門にトープルス領主、ファアル・ラス・ハクスバル伯爵が……。
「シン、なんで顔を出さん!」
「いや僕ら勇者トーナメント観に行こうとしてるだけで……」
「なんで俺を誘わん!」
「誘えるわけないでしょ! 貴族ですよ! 伯爵様ですよ! 少しは自分の立場ってやつを考えてくださいよ!」
「どうせ俺も顔を出す行事なんだ。一緒に行くぞ」
「はいはい……」
なんでこう面白いことが好きなんでしょうねえファアルさんは。
トープルスも、僕らが安心して鉄砲使える領地の一つです。いろいろ駆除の仕事を引き受けてますよ。
領兵の護衛馬車二台を前後に中央の貴族の馬車にいるはずのファアルさん。
なぜか僕らの馬車に勝手に乗り込んできて上機嫌です。
「うまいなあ!」とか言いながらサランのお弁当一緒に食べてます。
「大きな貴族はお抱えの騎士を勇者トーナメントに出場させたりするんでしょう?」
「そうだな。ま、俺はそんな無駄なことには全く興味ないし、うちでそんな腕の立つやつがいるわきゃないし」
「戦争とか魔物と闘うために領兵を抱えておくのは貴族の義務では?」
「平和が続いてるからな。正直無駄な出費だと思う。つまり貴族の見栄と俗物根性の集大成がこの勇者トーナメントというわけだ。今回は大盛り上がりだぞ。五年連続で勇者だったあのクロス・レンチが不祥事で縛り首になっただろ? 今年は新しい勇者を決めなきゃならん。国内の有力貴族がみんな自慢の戦士を出場させてくるからな」
「へえー」
「実は国王もウンザリしてる。教会もあの通りだし教会騎士も今年は優勝候補がいない。できればこんなものはもう廃止にしたいんだが、国民の多くが楽しみにしてるお祭り騒ぎだからやめるにやめられない。面倒な事さ」
うーん、国を治めるには必要なことの一つなんでしょうねえ。
僕がいた役場でも予算がかかるからやめたいことなんていっぱいあるんですが、地元の人が楽しみにしている行事だったりするとなかなかやめられません。
同じですね。
「勇者の地位ってどんな感じですかね」
「優勝すれば勇者になる。王宮付きさ。世話をするのはパトロンの貴族がやるが、王宮は勇者の活動を全面的にバックアップする義務がある。やってもらうのは魔王の復活阻止と、復活してしまった時はその魔王を倒すこと。各地での魔物討伐も仕事のうちかな」
「倒せなかったら?」
「それが不思議なことに魔王が現れると同時に現れる勇者は魔王並みに強くてたいてい魔王に勝つんだよ。歴史がそうなってる」
「魔王がいないときの勇者は?」
「まあ国でいちばん強い戦士って程度」
不思議な話ですね。
まあ、そのへんはナノテスさんがうまくやってるんでしょうけどね。
「残念ながら魔王ってのは定期的に復活してしまう。勇者制度を廃止するわけにはいかないな」
抑止力として必要なんでしょうね。
「とにかく王国主催の一番のイベントだ。俺みたいな伯爵一年生でもパーティーに顔を出して他の貴族たちに挨拶して回って顔を売って交渉ごとを山のようにやるわけさ。ウンザリだけど、武闘会外交ってやつだ。気楽に観戦だけ楽しめる君たちが羨ましい」
「そりゃご愁傷さまです」
「俺は貴賓席から国王と一緒に観ることになる。面倒さ」
「名誉なことでは?」
「後ろの方さね。国王と口を利く機会なんて俺みたいな若造には無いね。あっはっは」
そんなこんなでのんびり旅して王都到着です。
「俺パーティーでも女連れじゃないからカッコ付かないんだよなあ。サランさん貸してほしい。すんごい自慢できそう」
「お断りです」
「一番いいドレスを用意してあげるからさ」
「ヤダよ」
サランもバッサリ。
「だよな。人の嫁さんじゃなあ」
あっはっはってファアルさんが笑います。
「伯爵様ともなればもう婚約者とかいるんじゃあ」
「……それを言うな。俺そういうメンドくさいこと苦手でさあ」
悲しいですねえ。でも今は伯爵様で婚約者も決まっていない独身で、しかも美男子ですからね。性格も飾り気のないいい人ですし、これから良縁があるでしょう。
「じゃあな!」
終始上機嫌のファアルさんが自分の馬車に乗って離れていきます。
これからある意味外交という戦場に向かうファアルさん、武運を祈ります。
「ふうー……」
バルさんやバーティールさんが息を吐きだします。
「お前よく伯爵様とあんなふうに話ができるな。俺たち緊張しちまってなんにも喋れなかったよ」
サランとバーティールさんが並んで御者台に座ってまして、僕とファアルさんとバルさんで客室にいましたからね。
……。
あんまりいいことじゃないんでしょうね。僕らもちゃんと敬意をもって接したほうが本当はいいんでしょう。
でもファアルさんは友達が欲しいみたいでしたし、僕で友達になれるんなら、ちゃんと付き合ってあげたいですね。
「ファアル様はそういうの気にしないよ? 私のこともスケベな目で見てくるし、バカなことも言うし、おもしろい人だよ」
サランその感想は……。まあいいか。みんなサランのファンだしね。
お金持ちや身分の高い人たちの馬車が次々と王都に集結するわけで、野盗連中が大暴れかと思いますが、何の騒ぎも起きずに王都に到着しました。
ヘタしたら勇者クラスの武人が乗っている可能性が高いわけですから、襲ってくるやつもいませんか。
王都ハンターギルド前に到着です。ここで馬と馬車を預けます。
「よーしお前らここまでだ。お付きご苦労だった。チケット配るぞ」
バルさんに券をもらいます。
明日の予選、明後日の決勝、バラバラじゃないですか!
「……まあ用意できるのがそれだけだった。お前らでうまく調整してくれ」
そりゃあんまりというやつです。
「決勝が終わった次の日帰るからな。朝ここに集合。それまでは好きに見て回れ。宿は自分で探せ。それじゃあな」
そう言ってバルさん、王都ハンターギルドに入っていきました。
総会があるそうです。お忙しい身の上ですよね。
「俺はなんとしても決勝が見たいな」
「俺は両方見たい」
「アタシもね」
「賛成です」
「シンはどうする?」
「あ、僕らはいいです。ファアル様に券もらいました」
「なにいいいいいいい――――!!」
さっき別れ際にくれました。持つべきものは貴族の友ですか。
「くっそおおおお! なんでだよ!」
「なんでだって言われても、僕たちトープルスでも駆除の仕事いっぱいしてますからね」
「アイツ絶対サランに気があるからな。お前ら気を付けろよ!」
そうですかねえ。サランに気があるのはあなたたちも同じじゃないですか。
もう慣れましたよそんな反応。
そんなことより宿探しが大変でした。
もう街がほとんど宿が埋まってしまってて高い宿から安い宿までぎっしりです。
さすがの王都もこれだけのイベントの客収容しきれないというわけですか。
バーティールのメンバーも一緒に宿を取るのは諦めて、街の外の臨時キャンプ場でキャンプすることになりました。
夏フェスみたいなノリですかねえ。あちこちでバーベキューなど始まってお祭り騒ぎ前夜という感じがします。
僕らもテントの前で肉をじゃんじゃん焼いてバーベキューで大いに盛り上がりました。マジックバッグに入れたものは腐らないのでこんな時のためにある程度食料品とかも用意してますよ。何があるかわかりませんからね。
僕もサランも突然キャンプしなきゃならなくなっても大丈夫ですが、バーティールさんたちもいろいろ持ち込んではいたようで、毛布にくるまって眠ります。
僕らはちゃんとテントですよ。夫婦ですから。
僕らのテント目立ってます。四人用アルミフレームの現代テントですからね。
マジックバッグで買いました。これだけだと目立ってしょうがないので上に大きな布をかけます。まあこれでごまかせないことも無いかな……。
……バリステスのみなさん、なんで僕らのテントの周りをぐるっと取り囲んで寝るんですか。なんにもしませんよこんな夜に……。
明日は予選開始です。どんな人が出るんでしょうね。楽しみです。
次回「闘技場」