74.うっとうしい1級ハンター
翌日、乗合馬車の乗り場に行きます。
「なんだよタヌキ頭。今日はお客かよ」
護衛のハンターたちにからかわれます。
僕らそれなりに有名ですからね、サープラストでは。
「今日は仕事は休みなんです」
「そうか。ま、俺たちに任せとけや。でもなにかあったらサランさん助けてね」
「なんで私をあてにするの」
「だって俺たちより強いし」
そう言ってみんな笑います。
なんかいろんな武勇伝が間違って伝わってるような気がします。
考えてみれば客車でちゃんと椅子に座ってって、こんな旅初めてです。
僕らいつも、御者台か、荷台かのどっちかでしたもんね。
十二両の馬車隊で、何事もなく客車で寝てるうちに夕方には無事にトープルスに到着。みんなにお礼を言って手を振って、現トープルス領主、ファアル・ラス・ハクスバル伯爵邸に向かいます。
こちらも久々ですから、大歓迎してくれました。
「羊毛はトープルスの大切な産業の一つさ。一戸の農家と言えども放っておくわけにはいかない」
みんなで夕食にしながら、ファアルさんが熱弁します。
「それでギルドに依頼票貼り付けておいたんだけど、1級ハンターのチームがやってきてさ、金貨千枚出せって。そしたらやってやるって乗り込んできやがってさあ」
「べらぼうですね」
いい金取るなあ1級ハンター……。
「そうさ。だからそんな高い金は出せないって言ってやったら勝手にしろって。で、君らなら何とかしてくれるんじゃないかって思ってキリフに手紙を書いたんだ。思ったより早く来てくれてびっくりだよ」
「たまたまです。ハンターカードの更新と、それと結婚一年目なので温泉に旅行でもと思いまして」
「温泉と言うと、サクツ温泉街?」
「はい」
「いいなあ……。俺も行きたい」
「行けばいいじゃないですか」
「羊牧場で二日に一度は羊が食べられてるのに、そんなわけにいかないよ」
苦労されていますね。若い領主さん。
「それでどうしましょう。明日からすぐにでも始めますよね」
「頼む!」
「うまく行くかどうかわからないので成功報酬で」
「ああ。ギルドには報酬金貨五十枚で依頼してある。うまくいったら討伐証明、書いてあげるからギルドから受け取ってほしい」
「わかりました」
その晩は客人待遇で泊めてもらいました。
お風呂です!
貴族屋敷の大きなお風呂!
うーんゆったり。
「よお! 楽しんでるかい!」
……なんでファアルさんが乱入してくるんですか。
「はい。ありがとうございます。こんな大きなお風呂初めてですね」
こっちの世界ではね。北海道にはばかでかい温泉がいくらでもありました。
「そうだろそうだろ。我が家自慢の風呂だからな!」
……あの、腰に手を当てて全裸で仁王立ちで高笑いってどうなんです。
「裸の付き合いというやつだ。いいだろ」
そう言ってざぶーんと風呂に入って来ます。
「もう、こんないい風呂があるなら温泉いかなくてもいいじゃないですか」
「俺はけっこう風呂が好きで毎日入るんだが、三日に一度にしてくれと執事が面倒でな。こっちの大風呂を沸かすのは客が来た時だけなんだ。俺でも普段はバスタブさ。ケチな話だろ」
僕らのいた地球でもヨーロッパの人は週に数度シャワーを浴びる程度なんだとか。
クサいのを隠すために香水が発達したとかなんとか。げふんげふん。
「エルフは風呂ってどうしてるんだ?」
「コポリ村は湖のほとりにあります。みんな水浴ですね」
「みんなで?」
「はい」
「男も女も?」
「はい。子供も年寄りも」
「なんてパラダイス……。でも冬の間はどうすんだ?」
「桶に座ってお湯をかけてもらいます」
「サランさんに?」
「はい」
「なんてうらやま……。って、じゃあサランさんも?」
「はい。僕がサランにお湯をかけます」
「なんという天国……。くっそおおおおおおおお!」
「シン――。来たよ――――っ」
「さっさっサラン! ファアルさんもいるから! 今男湯だから!」
ギンギンギン。
あの、ファアルさんそのガン見は……。
「あっごめん。じゃあ後で」
そう言って全裸のサランが戻っていきました。
「……すげえなサランさん」
「スゴいでしょ」
僕ら毎日みんなで湖で水浴してますので、奥さんの裸見られたぐらいじゃ僕も動じなくなりました。
「くそっこのやろおおおおおお――――――!!」
がぼっがぼぼぼぼぼ。
溺れる! 溺れるううう――――っ手放してええええ――――!
翌日。
六頭引き大型荷馬車に乗って、僕、サラン、甲冑姿でフル装備のファアルさん、領兵さん三人で出発します。
「……なんでファアルさんがいるんです?」
「見届ける必要があるだろ。スポンサーだぞ?」
「面白がっていませんか?」
「こんなの面白いに決まってるだろ」
そりゃそうですね。
ドーン!
屋敷の前になにか待ち構えてます。
「よう伯爵。決心はついたかい」
「なんの決心だ」
「そりゃあもちろん、俺ら『チーム・ジャスティス』に依頼する決心だ!」
ずらっ。
騎馬のまま馬から降りようともしない失礼な騎士風の一団が名乗ります。
どうやらこの十人が例の一級ハンターのようですね。
「……ああ、その件ならもういいんだ。それなら彼らに頼むことにしたから」
ウンザリしたようにファアルさんが僕らを見て肩をすくめます。
「こいつら? こいつらハンターなのか?」
「そうだ」
「お前らどこのチームだ」
「サープラストから来ました『ラクーンヘッド』です」
「聞いたことねえぜ。お前ら何級だ?」
「2級です」
「へ!」
髭面のリーダーさんなんでしょう。大男が吐き捨てます。
「そんなド素人にワイバーンが狩れるかよ!」
やってみなくちゃわかりませんけどね。
「やれるもんならやってみな。見ていてやるぜ」
やっかいですね。
……しょうがないか。
ぞろぞろと僕らの後を付いてきます。ウザいです。
「……ヤな感じ」
「まったくだ」
サランが文句を言うとファアルさんも頷きます。こんなふうに貴族に対しても大威張りってなんなんでしょう。ファウルさんの抱える領兵ぐらいじゃこいつら逮捕できないってタカをくくってるのかもしれませんね。
「できるんだったらさっさとやればいいんですよ。その上で堂々と報酬の上積みでもなんでも頼めばいい。人の足元を見てる時点で役立たずです」
「その通りだな」
一時間ほどでトープルスとサープラストの間にある、シラーツァーのナトラルさんの牧場に到着。
「いやあ助かった! タヌキ頭じゃないか! もう大丈夫だな!」
「シン、ナトラルと知り合いなのか?」
「はい、ここでコヨーテを何匹も獲りましたし、子羊を分けてもらったこともあります」
「そうだったか。世間は狭い。さてどうするね」
「今羊たちはどうしてます?」
「外に出せなくて厩舎に入れてあるよ。外に出して草を食わせたり運動させたりしてやりたいんだがそれもままならん。干し草ばかり無くなっていくよ」
「プテ……翼竜おびき寄せたいのです。一頭だけ草原に出して、杭でつないでくれますか」
「生贄の羊か」
「頼むナトラル。食われたら弁償するから」
「いえ、それぐらいはさせてもらいますよファアル様」
ナトラルさんが羊を一頭厩舎からひいてきて、サランがハンマーで杭を打ち込み、そこに縛ります。
「さ、離れて様子を見ましょう」
そんな僕たちを例の一級ハンターたちがへらへら笑いながら見ています。
ま、勝手にさせておきましょう。
僕らはおやつを出してお茶など沸かして、ピクニックですね。
一時間ほど待って、厩舎の方から見ておりますと……。
「来たっ来た来た来た!!」
サランが声をあげると、翼竜が大きく羽ばたきながら、接近してきました!
僕がマジックバッグから308ウィンチェスター弾とレミントンM700を取り出しますと……。
「かかれ――――!!」
「うおおおおお――――――――!!」
なんという大きなお世話でしょう!
あの「見ててやるぜ!」と言ってたはずの一級ハンターのパーティーが騎馬のまま突撃していきます!
うわぁ……やめてほしい……。
高度を下げてきたプテラノドン。
いやどう見てもプテラノドンなのでもうプテラノドンでいいです。
あんなもんが白亜紀に地球を飛び回っていたんだと思うと感激です。よく生き残ることができましたね。生きた化石です。
いやそれにしてもあんなふうに突撃していったら……。
プテラノドン急に高度を上げてぶわっさぶわっさと羽ばたいていきます。
「放て――――!!」
そう叫んでパーティーの一団から矢が立て続けに放たれ、ファイアボールだの光の矢の魔法が花火のように高度を上げて飛んでいきます。
ぜんっぜんダメじゃん!
まるで当たりません。射程距離が全然足りていません。
なんなんだこいつら。
プテラノドンに警戒させるだけじゃないか。
意味ね――――!!
プテラノドン、高度を上げてぐるぐる旋回しております。無傷です。
こうなったらもうダメでしょ。
なにしてくれてんすかチーム・ジャスティス……。
十五分ぐらいびゅんびゅん、どかんどかんと大騒ぎしてたジャスティスたちですが、戻ってきました。
矢も無くなって魔法も切れましたかね。
「ほら見ろ! 1級ハンターの俺たちにだって獲れないほど難しい相手なんだぞ! お前らみたいなド素人チームが獲れると思うな!」
……さんざん邪魔しておいて言うことはそれですか。
次回「真打登場」