71.最後はやっぱりハトですか
「なにか隠してないだろうねえ?」
「別に何も」
「特に」
「いや、言った通りだぜ」
依頼人であるサープラスト現領主、キリフ・ラ・アルタース様が不審顔です。
バルさんが、ゾンビハトを見つけたので足に目印縛り付けて放したらジニアル男爵の古屋敷に入っていった。中を見るとゾンビ化した動物がウロウロしてたので屋敷に火をつけて全部燃やした。館から逃げ出そうとしたやつは全員斬った。ハトはシンが撃ち落とした。屋敷から逃げ出した奴はいねえ。これで一件落着。そんな話をしてくれました。
「ジニアル男爵は僕の叔父だ。あの村の小さい領地を一人で面倒見てた……。例の土砂崩れで不幸にも亡くなってね。僕も子供のころにあの屋敷で遊んだことがあるんだよ。いろいろ思い出もあったので取り壊しもしないで放っておいたが……。魔物に住み着かれてしまったんじゃ、しょうがないか」
ちょっと辛そうに目を伏せます。
「とにかくよかった。街がゾンビだらけになるような事態はこれでなんとか防げたということだね」
「そうですね」
「……これも全部シンのおかげだ。以前はハトの駆除なんてやってくれる人がそもそもいなかった。根気よくハト駆除を続けてくれたおかげで今回のことも未然に防ぐことができたんだ。感謝するよ。バルもご苦労だった」
「ありがとうございます」
「報酬だ。三人で分けてくれ」
金貨百枚ですよ!
三人で、三十三枚ずつです!
いやーありがとうございます!
「取り残しがあるかもしれない。一応市内のハトは全部駆除してくれ」
「えーえーえー……」
「……屋敷を燃やしただけで金貨百枚は多いと思わなかったか?」
「……そりゃそうですね」
「じゃ、さっそくこの屋敷から頼む」
はい、それから丸々二週間使って、僕とサランとバルさんで街じゅうのハトを撃ち落として回りましたよ。
人目を気にしてる場合じゃないですね。
中央公園のハトを片っ端から撃ち落としてたときなんて子供泣いてました。
ハトたちにパンくずなどをあげるのを日課にしてる市民もいまして、もうみんなの見る目が白い白い。
領兵さんが二人ついてくれていますし、「ハトに伝染病が蔓延していて人間にも感染する」と布告してもらい市民にもハトに触らないように、ハトがいたら報告するようにと連絡してありますので市民に袋叩きにされたりはしませんけど、僕もうこの街で外を歩けないかもしれません。
ハトは一羽撃ち落とすとみんな逃げますが、頭が悪いのか別の屋根に止まるだけでいなくなることはあまりありません。それでも二十羽も撃ち落とすと別の地域まで飛んで行ってしまいます。そうなったらこちらも移動です。
大きなお屋敷、商会とかでも馬の厩舎を持っていますので、そこでまた撃ち落とし、全滅作戦です。
荷馬車にもうハトが満載です。後で全部焼却処分です。
次の日もハト駆除。
次の日も、次の日も。
バルさんは途中で、「俺はギルドマスターなんだよ!」って言って仕事が忙しいって帰っちゃいまして、後半一週間はほとんど僕らだけでやってました。
それでもがんばって二週間で三千羽以上落としましたよ。
毎日キリフさんのお屋敷の客室で寝泊まりして、メイドさんにお弁当も持たせてもらって、そこだけはよかったかな。
結局、ゾンビハトはもういませんでした。
一応、キリフさんと街を見回って、OKをもらい、やっと帰れることになりましてね。
「ご苦労様」
いや今回はホント疲れました。
握手して、見送ってくれるキリフさんの笑顔がまぶしいです。
もうこりごりですけどね。
「なにか隠してないでしょうねえ?」
”いえ、別に、何も”
サランが宿のお風呂の間にナノテスさんと通信します。
「そんなこと言って、あの魔女さんが身代わりの術だかなんだか使ってちゃっかり生き延びてたのに気が付いていなかったじゃないですかナノテスさん」
”……てへぺろ”
……実際にやられると殴りたくなるものですねてへぺろ。
「とにかくゾンビ騒動はこれで一件落着で本当にいいんですね?」
”はい、私も市内にサーチかけてみましたけどもうゾンビ生物いないですね”
「それならいいんですけど」
あてになんねー!
「あの魔女、また僕らの敵として現れたりしないでしょうね?」
”そりゃ大丈夫ですよ。殺したとき、ババア……おばあさんに戻ったんですよね?”
「はい」
”だったら本物です。燃やしちゃったんですよね?”
「はい」
”賢明な処置です。汚物は消毒に限ります”
なんかこう言うことがいちいち俗っぽいんだよなあこの女神様……。
”私の祝福はどうでした?”
「さあ、ゾンビは全部頭を撃ちましたので、効果があったのかどうかはわかんないです」
”だって撃たれても立ち上がってきたりしなかったでしょ?”
「頭を撃ってもそうなりますよね」
”なんでそう疑うんです! 中島さんは私の祝福がどれだけありがたいかいまいちわかってないようですね!”
「いえそんなことないですよ。オオカミ男の時はちゃんと効きましたし」
いやいやいや。ありがたいですよホント。
怒らせてマジックバッグを取り上げられたりしたら大変です。
ここは従っておきましょう。
”魔女の防御ちゃんと突破できたじゃないですか”
「いやあんなヒモビキニで防御がどうのこうの言われても」
”なに言ってんですか。あんな格好してるってことは防御に絶対の自信があるからに決まってるじゃないですか。中島さんの鉄砲ぐらいなら跳ね返されてしまいますよあの防御魔法は”
そうだったんかい――――!
「じ、じゃあ祠の前でもし魔女を直接撃ってたら……」
”勇者パーティーに逆襲されて中島さん殺されてた可能性が高いです”
うわあ僕そんな危ない橋渡ってたの?!
怖いよ!
”しかし腰だめで魔女への不意打ちのヘッドショット一発、あれは見事でした”
「ああ、あれね」
”練習したんですか?”
「いえ、ショットガンにフラッシュライト(※1)つけて、光を絞っておいて、光の真ん中に弾が当たるようにしておいただけです」
”へー”
まあレーザーサイト(※2)みたいな使い方かもしれませんね。
「動物でも人間でもいきなり光をぴかっと当てられますとね、一瞬動きが止まるんですよ」
”ああー、ありますねー。夜車で運転していて猫とか犬とか道路にいると、ぴたっと止まってこっち見ますよね”
「……なんでそんなこと知ってるんですかナノテス様」
”いやなんでって言われても……”
女神様になる前は会社勤めでもしてたんじゃないですか?
なんかそんな気がします。
「特殊部隊とかでもみんな銃にフラッシュライトつけてますけど、それって暗い所を照らすためだけじゃなくて、敵の目をくらますためだと聞きました」
”なんでそんなこと知ってるんです中島さんは”
「ま、それはいいじゃないですか」
マンガでしたか映画でしたか。まあ気にしない気にしない。
「シンー、お風呂上がったよー!」
「じゃ、通信終わり!」
”あっちょ!”
ブツッ。
――――――――――第七章 END――――――――――
――――作者注釈――――
※1.フラッシュライト
フラッシュとは言ってもいわゆるカメラのストロボのように一瞬光るというわけではない。ただのLEDライトである。強力で明るいし、レンズを回して調整することで照らす範囲を変えられるものが多い。
もちろん暗い現場で有効だし、敵をひるませたり一瞬視界を奪うこともできる。
ただし敵から見て的にもなりやすいので使いどころは考えること。
※2.レーザーサイト
シンはライトの照射範囲を絞ってレーザーサイトのような使い方をしたが、映画やゲームではすごく有効そうに見えるレーザーサイトのほうがいいかと言うと「全く使えない」と言っていい。
実際に使ってみればわかるが、ゲーム画面と違って人間は動く敵とあの小さな点にしか見えないレーザーポイントを同時に目で追うことができず、照準はかえって大変となる。おまけに白昼、屋外だとまずレーザーポイントは見えない。そして暗い所ではライト以上にどこから狙っているのかが敵に丸わかりであり、撃つ前からもう狙っているのがバレるし、もちろん集中攻撃も受けやすい。
サバゲ―では使用を禁止されていると思うが、直接目に当たったら失明の恐れもあるのに敵チームに使われて嬉しい装備ではないだろう。それに自分のチームが全員レーザーサイトを使った場合を考えてほしい。誰がどこを狙っているのか全く分からなくなることうけあいである。
よくプロっぽい人は、(というかFPSゲームでも)銃を肩付けしたまま照準越しに敵を捜索していると思うが、結局あれが一番いいのである。
狩猟ではもちろん全く使われない。なぜなら長距離射撃なので直進するレーザー光線は放物線を描く弾道と全く一致しないし、どんな動物もレーザー光線を当てれば一匹残らず逃げてしまうからである。
ちなみにゴルフや射程距離の測長に使う市販のレーザーレンジファインダーは微弱な不可視レーザーで、光線が出ているかどうかは肉眼では見えない安全なもので、獲物に当てても逃げられることは無い。
とにかく使ってみなければ「使えない」ということがわからないという厄介で欠点の多いレーザーサイトだが、一番ダメなのは「素人臭くて恰好悪い」所だと個人的には思う。
次回第八章、「生きた化石」