70.やっぱりアンタか!
シャキ、シャキ、シャキ、シャキッ、シャキッ。
今使った分のショットシェルをチューブ弾倉に補充。
床に転がったゾンビを見ます。
……僕も見覚えあります。勇者です。
あの祠の前にやってきた、勇者。魔女と、僧侶さんといっしょに、この街にやってきたあの勇者。
ピカピカだった鎧は錆だらけでくすんでいます。
二つほどスラッグをぶち込まれた穴が胸に開いてます。
勇者が使うような高級鎧でもスラッグで撃ち抜けますか。
僕ちょっとズルいかもしれません。
これも錆だらけの古い剣を持って。
首には太い縄が巻き付いています。
「……コイツ、異端審問で縛り首になったはずだぜ」
「ゾンビとして復活させられたってことでしょうね」
「墓を掘り起こした奴がいるってことか?」
「そんなことができるのは……」
「なんだい、うるさいね!」
カツ、カツ、カツ、カツ。
ヒールの音がして、誰かが西側から玄関ホールに入ってきます。
「魔女……」
バルさんが驚きます。
そう。
魔女裁判で火あぶりになったはずの、あの時の魔女ですね!
見間違えるわけがありません。
三角帽子、黒一色のマント、長手袋、ハイヒールのブーツ、それに、あの三角形のサイズがおかしいヒモビキニ!
勇者がいた時点で、僕はもうコイツじゃないかと思ってましたが!
バルさんが中央。
僕とサランは横にそろりと展開します。
僕はザコっぽく手下っぽく目立たぬように。
ショットガンは腰だめで。
「やられたのかい勇者。情けないねえ。こんなガキどもに」
「なぜお前が生きている?」
うん、ここはバルさんに譲りましょう。
僕は目立たぬように、目立たぬように。
メチャメチャ目立つサランと、今は主人公のバルさんに隠れるように。
「変わり身の術さ。教会の裁判の時に魔法かけてあの僧侶の女を一人身代わりに差し出してね、アタシは逃げ出したってわけ」
新調した杖でしょうかね。それをだらりと下げて凄みのある顔でにやり、笑います。
火あぶりになったのはあの破門された僧侶さんだったんですか……。なんてやつです。
「それでこんなところで教会とハンターギルドに復讐するためにゾンビの研究かい」
「ハンターギルド? ハンターに恨みなんてありゃしないね」
「じゃあなんでギルドにゾンビのハトを放った?」
「あんたがいつもハトを撃ち殺しててあそこのゴミ場に新鮮なハトの死体がいっぱいあったからさ。ギルドのハトだからギルドに戻ったんだろ。実験台にちょうどよかったね。あんたがそう言うなら実験は成功だよ」
よかった、僕別に関係ないみたいですね。
あの時魔女さんの杖の魔石を撃ち砕いたのは僕ですからね。
それでハンターギルドが狙われたのかとちょっと思ってました。
そのことには全然気づいてないみたいです。
「狙いは教会だけだったと」
「そうさ。勇者様、魔法使い様ってさんざんちやほやしておいて、正体がババアだってわかったぐらいで手のひら返しで魔女扱い。冗談じゃないね。私は別になんにも悪いことなんかしてないさね」
言われてみればそうですね。
「……魔王の封印の祠を解こうとしてたと聞いたが?」
「コイツの頼みさ」
そう言って魔女が勇者の死体に杖を向ける。
「魔王復活させて魔王を倒し、歴史に残る勇者になるんだと。今思えばくだらない。最悪さね」
「だろうな」
「さて、アタシは教会への復讐が残ってる。こいつは後で復活させるとして、ここで死んでもらうよ。あんたたちもゾンビにして……」
すっと杖を上に上げる魔女!
ピカッ!
ショットガンを腰だめのまま魔女の顔にフラッシュライトを当てて!
一瞬動きが止まった魔女の顔面に!
ドウン! ジャキッ!
後ろにぶっ倒れた魔女に駆け寄って!
心臓に!
ドウン! ジャキッ!
腹に!
ドウン! ジャキッ!
首に!
ドウン! ジャキッ!
ドウン! ジャキッ!
ドウン! ジャキッ!
……。
杖が転がってる。
その杖の魔石をよーく狙って。
ドウン! ジャキッ!
魔石が砕けて火を吹いて破裂しました。
「シン……」
「容赦ねえな……」
サランもバルさんもドン引きしてます。
「すいません。なんかすごく危険な感じがしたので」
シャキ、シャキ、シャキ、シャキ……。
今ぶち込んだ7発分のショットシェルをすぐに補充します。
もう手癖ですね。考えなくても体が勝手にそうします。
撃つときに手加減したらダメなんです。
相手に何もさせずに火力で押し切る。
それがベストです。
バイオなゲームでイヤというほど学びましたよ。ゲーム経験、生きてます。
「バルさん、首、斬り落として」
「お、おう……。まったくお前は使える者はギルドマスターも使うんだから……」
バルさんが剣をするっと走らせて、ちぎれかかっている魔女の首を完全に切断します。遺体はしゅるしゅると干からびて、今はまるで鶏ガラのようなおばあさんの死体です。魔力であのグラマーなムチムチ姿になっていたということなんでしょうかね……。
勇者の方は頭の上が吹っ飛んでいますから、これでいいでしょう。
「死体、並べてください。燃やします」
バルさんが勇者の死体引きずって魔女の死体の上にかぶせます。
「サラン、これかけて」
僕は引き続きM870で周囲を警戒しながら、灯油の缶をマジックバッグから出してサランに渡します。
じゃぶ、じゃぶ、じゃぶ、じゃぶ。
「離れて」
サランが灯油をかけ終わったところで、まだ燃えている魔石のかけらを蹴り飛ばして死体に点火します。
ぼっ!
魔石の火から魔女さんのマントが燃え出して、煤を巻き上げ、中央ホールで遺体が火に包まれました。
ホールの正面玄関を開けて外に出ます。
煙がもうもうと出てきます。
「サラン、これ投げ込んで」
さらに灯油缶を五缶。
外から火の中にどんどんサランに投げ込んでもらいます。
暫くしてボウンッ! ボウンッ!っと火にあぶられた灯油缶が破裂してさらに燃え広がり、炎は館全体を包みそうです。
愛用のM870の銃身を26インチフルチョーク銃身に交換。
バードショットを詰め込みます。
もう一丁のあのソウドオフしたM870も用意し、こちらはスラッグ。
うあ――あ――・・・。
二階の窓を突き破ってゾンビが一体落ちてきます。
すかさず駆け寄って頭をソウドオフショットガンのスラッグで撃ち抜きます。
バサバサッ。
飛んで逃げそうになったハトを、これはカモ撃ち用バードショットで撃ち落とします。
一羽。
二羽。
……。
これで最後かな。
ハトの死体を正面玄関から燃え盛る館の中に投げ込みます。
「……これでいいとは思うけどよ。シン」
「はい」
「これ、どう報告すりゃあいいんだか」
バルさんが首を振ります。
「報告しないでおきましょう」
「しかしよう……」
「こんな話、信じてもらえると思いますか?」
「思わないけどよ、館には魔女がいろいろ研究してたモンがいろいろ残ってるだろ。それ持って帰ればよ」
「そんなもの残ってないほうがいいと思いませんか?」
……。
「そうだね。どう悪用されるかわかったもんじゃないからね」
サランが頷きます。
「惜しいなあ……」
バルさんがぶつぶつ。
「なんかものすげえ金の匂いがするんだが、ま、諦めるか」
そうですよバルさん。
そういう奴が、良からぬことを考えるから、こういうことが起きるんですから。
「教会で火あぶりにしたはずの魔女が生きていた。勇者がゾンビになった。死体をゾンビにする黒魔術が貴族の古い屋敷で行われていた。ゾンビを作るのは魔法でできる。こんな話、公になって誰が得をするんです?」
バルさんが頷きます。
「そりゃそうだ。ヘタすりゃ俺たちが消されちまう……」
「教会の権威はどん底に落ち、領主の関与まで疑われ、こんな技術を悪用する人間が後を絶たなくなるでしょう。こんなもの全部無かったことにするのが一番いいんです。領主さんにも教会にも知らせる必要なんてありません」
「シンの言うとおりだ。並みのハンターなら大げさに手柄にして金をせびるところだが、やっぱりお前は一味違うわ」
ガラガラガラッ
屋根が崩れました。
壁が倒れて、窓から落ちたゾンビの体に覆いかぶさります。
火はいっそう強くなって、炎が天高く燃え上がります。
山火事になっちゃったら大変ですから、燃え尽きるまで、見張りましょう。
「しかし、さっきのシンは凄かった」
「なにがですか?」
バルさんが燃える館を見てしみじみ言います。
「俺だったら、あそこで躊躇しちまう。相手は女だし、杖しか持ってねえ魔法使いだし、咄嗟に剣で斬りつけるなんてできねえ。どうしても相手が何をしてくるのかを見極めてから反撃しちまう」
「そりゃあバルさんが自分の腕に自信があるからですよ」
「あそこで一瞬で殺すって判断ができるお前がすげえよ……」
……。
「僕は臆病なんですよ。先手でしか勝てません。先に撃てなかったら僕は簡単に殺されてしまうほど弱いんです。強いのは僕じゃなくて鉄砲なのはよく知ってます」
「そんなもんかねえ……」
銃撃戦に卑怯無し。
正々堂々での対等な戦いなんてやる意味がありません。
現代生まれのハンターの僕はそのことをちゃんと知っています。
近隣の農家の人とかも集まって来ました。
「なんでもねえ、なんでもねえんだ。魔物が住み着いてたから退治しただけだ。すまねえが燃え尽きるまで、このまんまにしといてくれ。俺はハンターギルドのギルドマスター、バッファロー・バルだ」
そう言うとみんな、火の延焼を見守ってくれてます。
屋敷の後ろは土砂崩れになってますから、山への延焼はないでしょう。
そうして、朝まで、僕らはずっと村人と、館が燃え尽きるのを眺めていました。
次回第七章最終回「最後はやっぱりハトですか」