68.嫌な予感
「シン、コレを見てくれ」
イヤなんですけど、サープラストの定期の買い出しはしないわけにはいきません。それぐらい僕らは村のみんなにアテにされているわけでして……。
ギルドマスターのバッファロー・バルさんも、こうして僕らが来るのを首を長くして待っていたわけでして……。
「腐ったハト」
「そう」
「これがどうしました?」
「これ昨日獲ったやつなんだ」
いやいやおかしいし。
腐って羽根もだいぶ抜けてるんですけど。
もう死んで一週間ぐらい経ってるようにしか見えないんですけど。
「倉庫にいた例のハトだな。俺がお前にもらったガンで駆除してると、当てても当ててもすぐ逃げる奴がいてよ」
4.5mmの空気銃ですね。ダイアナM34。
毎回ハト駆除やらされるのでもうバルさんに一丁譲りました。
「6発当ててやっと落としたんだ。そしたらこんな様子でな」
「……バルさんはゾンビって知ってます?」
「当然」
「お世話になりました。今日はもう帰ります」
「待てよ――――!!」
イヤな予感しかしないです。
「で、バルさんとしては?」
「ほうっておいたら街中の人間がゾンビになっちまうかもしれねえな」
「どうするんです?」
「領主に相談して、俺とお前で街中のハトを全部駆除」
「何羽いると思ってるんですか」
「三千羽ぐらい?」
「僕らだけじゃどうしようもないですよ。ハンター総出でやるべきでしょう」
「普通のハンターはそういう恥ずかしい仕事はやらねえんだよな」
僕ら恥ずかしい仕事してたんですか。
「……悪い。そうにらむな。俺には弾くれ」
はいはい。追加で弾を四千発渡します。
「金貨二枚」
「こんな細かい細工の鉛がこの値段は安いかもしれねえな」
「あとこれサービスです」
「なんだこれは」
「油と掃除用具です」
スプリングのエアライフルでもちゃんと手入れが必要です。
まずシリンダー油。RWSの純正油ですよ。これを扱ってくれているのは日本では一店だけですね。通販で買えます。
僕はマジックバッグで購入できましたが。
「千発撃ったらこの白い瓶から二滴だけ、この穴から差してください」
「おっ……。おう。変わった瓶に入ってるな……」
ポリエチレンのパックなんてこの世界に無いですからね。目薬みたいなパッケージですが。
「あと、この緑の瓶は、バネ用です。ドライバーで、ここのネジを外して……」
ストックを外すとバネが見えます。これに、スプリング油をちょんちょんちょんと6滴、垂らします。あとテコになってるアームのリンク部分にも。
トリガーとシアには注油の必要はありません。
トリガーメカは繊細なので注油するなというのと注油しろというのが銃によって違います。これは説明書を見るしかないですね。
「なるほどねえ。油を差すか。どの機械もおんなじだな」
「使っててわかったでしょ? これただの機械ですから」
「おう、鍛冶屋が面白がって見せろって言ったけどよ、こんなもんはとても作れねえって匙投げてたぜ」
でしょうねえ。
「あとこの銃身も汚れますから、百発撃ったらフェルト(羊毛)か布か詰めて細い棒で押し込んで掃除してください。やってますよね?」
「いけねえ、忘れてた」
しょうがないなあ。
やって見せてあげるとしますか。
クリーニングロッドもフェルトも、バルさんの方で何か用意できるでしょう。
そうやってクリーニングすると、フェルトが鉛カスで真黒になりましたね。これが汚れなくなるまで繰り返します。スプリングのエアライフルは空打ちすると壊れやすいので、このようにロッドを通します。ポンプやプリチャージのエアライフルみたいにフェルトを撃ち飛ばしてクリーニングする方法は使いません。
「じゃ、領主様のところまでいこうぜい」
馬車は使わず馬三頭で屋敷まで行きます。今はもう僕も馬に乗れますから。
キリフさんはゾンビ化したハト見てしかめっ面です。
頭を撃ち抜かれています。バルさんが6発撃って一発が頭に当たったのでしょう。
「ハトがゾンビ化したと」
「そうだ。じゃねえそうです」
「かしこまるなバル。僕なんて君から見れば子供みたいなもんさ」
こういうところがいいですねキリフさんは。気さくな領主さんです。
「市内のハトを全部駆除したいと」
「そう」
「うーむ……何羽ぐらいいると思う?」
「三千羽と見ているが」
「今は一羽いくらの報酬出してた?」
「シンには大銅貨二枚」
「安いな! シンよくそんな値段でやってたね!」
「ハンターってのはボランティアなんですよ」
僕は肩をすくめて見せます。
日本人はやりませんけど、僕もだいぶこの世界に慣れてきたってことですか。
「一羽銅貨二枚の報酬を出して、三千羽獲って金貨四十二枚か。そんな金でハンターが動くかねえ」
「というわけでハンターに日当を出してもらいてえんですが」
「ハトを駆除するハンターなど聞いたことが無い。使えるのか? 街を矢が飛びかって事故が起きそうだ」
「言われてみりゃあその通りで」
「うーん、シンがあと五人いてくれたらなあ」
そんな無茶な……。
「シン。滞在費は出す。この屋敷で寝泊まりしてくれ。報酬は金貨五十枚。依頼は市内のハト全部の駆除。できるかい?」
「それよりもゾンビハトを探し出して、どこから来たのか追跡してみませんか?」
「そんなことできるかい?」
「できるだけやってみます」
バルさんと二人で馬の厩舎のある商会とか、大きな屋敷とか回って見回ります。
「あれ! あれそうじゃないですかバルさん!」
勇者教会の屋根にいたハト!
羽がだいぶ抜けてます!
「あれだ!」
教会の敷地内に勝手に入り、バルさんに頼んで慎重に狙ってもらって……。
バシュッ!
バサバサと落ちてきました。それを素早くサランが長い柄のついた網をかぶせて捕えます。
スコープ無しのオープンサイトであっさり25mの距離を当てて見せるバルさん、相当やってますね? もう僕より上手いんじゃないですかね。
暴れています。
元気です。
ゾンビハトですから、頭を撃ち抜かないと死にません。
僕の空気銃と弾にはナノテスさんの祝福がかかってるはずですから、ゾンビが一撃で死ぬはずです。殺しちゃったら元も子もありません。なのでバルさんの空気銃と前渡した弾の残りで撃ってもらいました。
いやゾンビなんだからもう死んでるかもしれませんが。
勇者教会にいたってことがもう悪い予感しかしないです。
「勇者教会がコレを作り出したってことになんのかねえ」
そうだったら怖いですよバルさん。
墓地は市外にありますが、管理は教会の仕事です。ゾンビ作り放題じゃないですか。
教会が街を襲わせようとこんなものを作って企んでいる?
いやいやいやいや。メリット無いし。そんなことやって教会になんの得があるんです。
そこまで教会って悪じゃないでしょ。
「確かめる必要がありますね」
分厚い皮の手袋をして、赤いリボンを1mぐらい足に結び付け、鳥かごに突っ込みます。
東門に来ました。
バルさん、サラン、僕で三頭の馬に別々に跨り、準備OK。
「放しますよ――――!」
「よしっやれ!」
鳥かごを開けるとバサバサバサッとゾンビハトが飛び立ちます。
それを追いかけます!
ケガをさせましたからね、うまく行けば巣に戻ってくれると思うんですが。
足から赤いリボンをヒラヒラさせて飛んでいきます。
「街じゃねえ! 街の外だ!」
東門を抜けて更に追跡します!
パカラッパカラッパカラッパカラッ!
馬で全力疾走です!
バルさんが速い速い!
サランの馬が必死についていきます!
僕はもうダメっぽいです……。
サープラストを離れ
農家さんたちの畑のあぜ道を走り、
街道に入ったり出たり。
うわあすごく距離開いちゃった。僕迷子になりそう。
ダメだ見失った。
うわーん……。
なんでこう僕ダメなわけ?
次回「ゾンビ屋敷」