64.オオカミ男と銀の弾
「よく無事だった。さすがだ。領兵がやられたあいつを相手にして……」
厳しい顔で、今はお父様の跡を継いで伯爵になりましたトープルス領主、ファウル・ラス・ハクスバル様が出迎えてくれました。
「連絡が取れず心配していた。どうだ? あの後の様子は?」
「街道を閉鎖して南門を閉じてるよ。とにかくファアルに連絡を取りたくて僕がムリヤリ頼んで馬を走らせて来たんだけど、こっちに来るときに遭遇した」
「どんなやつだった?」
「馬を一頭やられた……」
苦い顔で久々に会いました幼なじみ、キリフさんとファアルさんが話しています。
ファアルさんは二十歳を過ぎたばかり、キリフさんはまだ十代です。
兄弟みたいな感じでしょうか。
「ラクーンヘッド、来てくれてたんだな。ありがとう。よく引き受けてくれたね」
ファアルさんが久々に見た僕とサランに笑ってくれます。
「お二人が困っていると聞いて」
「調子いいなシン、あんなに嫌がっていたくせに」
キリフさんも笑います。
カラ元気です。
「僕も初めて見たんだけど、シンのガンが全然通用しなかった。いや、追い払うことはできたんだけど、ピンピンしててあとで馬を襲ってた。不死身なのかあいつは」
「シンのガンはハトを殺すのがせいぜいだったんじゃ?」
あ、そうか。ファアルさんはテラスで僕がハトを撃ち落とすところしか見てませんよね。
「いやあシンのガンは馬ぐらいなら一発で殺せるぐらい強力だったよ」
見てましたかキリフさん。
あのままオオカミ男に生きたまま食べられるのはあまりにも不憫です。
早く楽にしてやりたかった。
「そうか。でもそれでも全然ダメというのは……何か倒す方法が必要だな」
「そうだね、こちらでなにか方法が無いか調べられないかと思ったんだけど」
子爵家のキリフさんより、伯爵家のファアルさんのほうがいろいろ情報持ってそうです。
「今教会に調べさせてる。行ってみよう。諸君ら、ご苦労だった。歓迎する。屋敷で休んでくれ」
チーム・バリステスのみんなは屋敷で一室をもらい、食事を取らせてもらうことになりました。みんな大喜びですよ。
「働きづめで申し訳ない。シン君、サランさん、一緒に来てくれ」
ファアルさん、キリフさん、僕とサランで馬車に乗って教会に向かいます。
「それはオオカミ男じゃないな。ワーウルフ?」
「うん、そう思う」
二人の話はなんかおかしい。
「ワーウルフってオオカミ男のことなんじゃないんですか?」
「違うよ」サランが言う。
「人間がオオカミになったのがオオカミ男、オオカミが人間型になったのがワーウルフ」
そんな違いがあるんですね。
「そうだ。人間が変わったオオカミ男は人間より少し強い程度だが、オオカミから変化したワーウルフは人間より何倍も強い。伝説級の魔物さ」
ファアルさんが頷きます。
……そういえばカナダやアラスカのオオカミとか人間よりデカくなりますもんね。
あれが魔物化したらそりゃあ怖いですよね。
教会に到着して司祭さんの話を聞きます。
こちらの教会は勇者教会。前回暗殺事件起こして中央はいろいろと腐っているダメダメな教会だとわかりましたが、それでも地方ではまだまだ信仰も集めてはいますからね。前に教会の鐘つき堂を召喚勇者に利用されて御領主の暗殺に協力する形になってしまい地に落ちた信頼を取り戻そうと教会も必死です。
「古の記録には、勇者様が銀の武器を使ってワーウルフを倒されたと聖書にあります」
聖書ですか。
こちらで聖書と言うと神様や預言者が教えを説くようなものではなく、魔王を倒した歴代の勇者様の冒険物語で、その勇者の清く正しい生き方を手本にしようという内容ですね。僕の知ってるナノテス様は影も形も出てきません。不憫です。
銀の武器か。
それウソですよ。オオカミ男が銀の弾丸で殺せるって、それ昔の白黒のホラー映画のネタですから。本当の古来の伝承じゃありません。僕の世界では。
あてになんないな――!
「おお!」
「それならあるいは!」
なーんて、ファアルさんとキリフさんは目を輝かせています。
「ただの銀ではダメです。教会の祝福を受けたロザリオを溶かして武器にしたものでなければ」
「すぐに用意できますか?」
「街の危機です。ご提供させていただきましょう」
「ありがたい!」
それもウソですよきっと。
吸血鬼が十字架を恐れるとかありますよね。あれ、吸血鬼が恐れているのは十字ではなく神なんです。神への信仰心があるから自らの罪を恐れるんです。
つまり、キリスト教が自分たちの権威付けにでっち上げたホラ話でね、本物の吸血鬼は十字架なんか屁とも思いませんて。というマンガを読んだことがあります。
まあこちらのロザリオって十字架じゃなくて、なんか丸に線入ったヘンな形ですけど。
みんなは銀の矢を作って、それをサランに持たせる、という話を熱心に進めています。これはダメそうだな……。
銀なんて柔らかい金属ですからね。刃物にもなりません。それを矢にしたってバックショットが効かなかった相手に刺さるとは思えません。
毛皮が異常に丈夫でライオンの歯も立たないという動物がいましたっけ。ラーテルとかいいましたか。あんな感じなんでしょうかねワーウルフは。
僕はちょっと席を外して、失礼します。
「デジタル無線機!」
マジックバッグを出して、ひっさびさに……。
「こちら中島。こちら中島。ナノテスさんナノテスさん応答願います」
”はーい、こちらナノテスでーす!”
……あいかわらずテンション高いですねナノテスさん。
「お久しぶりです。長いこと連絡せず申し訳ありません」
”いいえー。いつも中島さんのご活躍見せてもらっていますよ。今日も大活躍だったじゃないですか”
「あれが活躍ねえ……。あのオオカミ男って、何なんですか?」
”魔物ですね。魔人と言ってもいいです。オオカミの中には大きく成長しまして巨大化するものがあるのはご承知ですね?”
「カナダとかで人間よりデカいオオカミ捕まったりしてますからね。北方の動物は大きくなるという『ベルクマンの法則』でしたっけ。ツキノワグマよりヒグマのほうが大きいしキツネよりキタキツネのほうが大きいし、シカよりエゾシカのほうがでかいですからね」
”さすがは北海道人ですね。お詳しい”
みなさんがシカというとあの奈良公園で煎餅食ってる奴のことでしょうがね、僕ら北海道人が思い浮かぶのは軽自動車とぶつかると死亡者が出るような大きさのエゾジカですからね。全然違う生物ですよアレは。
”その巨大オオカミが年を取って狡猾になりまして、魔法も覚えて防御力も上がり魔物化して人間みたいな姿になったやつですね”
「それをですねえ、今倒す相談してるんですが」
”どんな方法で?”
「教会の祝福を受けた銀のロザリオを溶かして作った武器で撃退するそうで。そんなのでOKなんですか?」
”ぷっ”
……いや笑わないでくださいよ。みんな真剣なんですから。
”そんな、いもしない神の力でなんとかなるわけないじゃないですか”
「ですよねー。でも信心深い人たちは本気なんです」
”中島さんは神様信じていないんですか?”
「いいえそんなことありませんよ僕は熱心なナノテス教信者ですよ」
”調子いいこと言って日本人ってそれだから……”
「いけませんか?」
”日本人って無宗教じゃないですか”
「そんなことありませんよお正月には神社にお参りしますしクリスマスにはお祝いしますし、死んだらお寺でお葬式をあげますし結婚式はホテルに備え付けの教会であげたりしますよ」
”そんなことを全部やっちゃうことがそもそも無宗教だからじゃないですかぁあ!!”
ごもっともです。
ただのイベント好きな国民性ってだけでクリスマスはサンタクロースの日です。もはやキリストは全然関係ないですよねえあれは。
”私ねえ日本人があちこちの世界でチート使って無双しまくるのってそのせいだと思うんですよね。その世界その世界の神の存在を屁とも思わないから現地の人だったらやらないようなことでも平気でやる。その世界のルールとか信仰とか文化とか尊重する気なんてまるでない。倫理観がゼロなんです。困りますよねえ”
いやそんな事情くどくど言われましてもねえ。世界が変われば倫理も変わりますからね。
「僕はエルフの村で質素に目立たず小さな幸せ守って暮らしていますけどね」
”はい、ありがとうございます。良い方に恵まれたと思っております”
「それでですね、ワーウルフ相手に僕の銃がまったく効きませんで、どうしたらいいんでしょうか」
”お任せください”
「……悪い予感しかしないです」
”そちらでですね、銀で弾丸作って、で、マジックバッグに入れてください。私が特別に祝福かけてあげます”
「銀でないとダメなんですか?」
”銀が祝福かかりやすいのは事実ですから”
「それって銀貨を溶かしたやつでも大丈夫?」
”はい”
「……お金次第ですか。なんかありがたみが無いような」
”教会だの勇者だのそんなニセモノじゃなくて本物の女神の私が祝福するんですよ! 効果はばつぐんですよ! 信じてくださいよ!”
「はいはい。あてにしてますから。それってショットガンの弾でいいんですね?」
”はい、当たればOKです”
「まあそういうことなら。失敗したら今度こそ僕死にますからね、頼みますよ」
”……中島さんて私の信者なんですよね?”
「はーい。じゃ、弾出来たら連絡します。通信終わり」
”あっちょっ”ぶつっ。
さて、やるかー……。
みんなで教会から屋敷に戻って、話を聞きます。
サランの矢を何本か教会に渡して、それの矢じりを作ってもらうことになったそうです。
「ファアルさん」
「ん?」
「屋敷に鍛冶場はありますか?」
「馬の蹄鉄打ちのがあるけど……なにか作るの?」
「少し借りてもいいですか。炭と、ふいごと、るつぼと、樽に水、それに高い所」
「高い所なら屋敷の火の見やぐらがある」
領主の屋敷って、ただの大きな家じゃなく、行政機関でもありますからね。
そういうのもちゃんとあるか……。
火の見櫓の下に借りてきた樽を置きまして、水をたっぷり満たします。
マジックバッグに金貨を十枚入れまして、「全部銀貨に両替!」と言いますと両替されて銀貨が出てきました。金貨一枚につき銀貨十二枚です。金貨が一万円相当だから、銀貨は一枚八百三十円といったところですか。これを百二十枚……。高い!
これをるつぼに入れまして、鍛冶場の炉で木炭の火を起こしてふいごで吹いて銀をドロドロに(※1)溶かします。ちょっと温度が足りませんか……。
ロウ付けとかに使うガスバーナーをマジックバッグで買いまして、それでさらに加熱します。
サランが興味深げに見てますね。
溶けたところで急いで火の見やぐらに上りまして、ぽた、ぽたと垂らして水の入った樽に落とします。
ポチャ、ポチャ、じゅ――――……っと銀が冷える音がします。
こうするとですね、樽の底に真ん丸な銀の粒ができるんですよ。
自由落下中の無重力状態では溶けた金属は表面張力で真ん丸になります。そのまま落とすことで空冷し、着水させて固化させるんです。はんだ付けして落ちたはんだや溶接した鉄のしずくが真ん丸になって転がるのを見たことがあるでしょう。溶けた金属の表面張力は水の比じゃありませんね。
それを回収しまして、8mm前後にできたやつを選り分けまして、大きすぎるやつ、小さすぎるやつをもう一度溶かして、またぽたぽたと垂らします。
散弾の鉛弾って、装弾メーカーではこうやって作るんです。水槽と高い冷却塔があるんですよ。
鉛でも銀でもおんなじやり方で作れますな。さすがに多少歪んでますが、接近戦になると思うんでまあ上出来でしょう。
そうして約8mmちょいの径の銀の弾が二百個ぐらいできました。
マジックバッグでOOバック3インチマグナムショットシェル(※2)を25発入り一箱を買いまして、先端のクリンプ(※3)部をナイフで切り取ります。
これをひっくり返すと鉛弾がボロボロと落ちます。火薬はワッズで押さえられていますので落ちてきません。それから取り出した鉛弾の代わりに作った銀の弾を詰め込んでいきます。ショットシェル一個に十個近く入りますね。
あとは、丸く切った厚紙をかぶせて、クリンプ部分を折り返していきます。
「よしっ、銀弾のバックショット完成!」
「なるほど、銀の弾作ってたんだ」
後ろでサランが感心します。
「念のためね」
「はーい。頼りにしてますわ旦那様」
後ろから抱き着いてむにょむにょしてくれます。
「……サラン」
「ん?」
「サランは怖くない? ほら、矢、通用しなかったじゃない。僕の銃も」
「……うん。でも、追い払えたよね」
「追い払うだけね」
「それでも凄い」
……。
「頑張らなくっちゃ僕。でないとエルフの村に帰れない」
「うん」
あてにしてますからねナノテス様。
寝る前にベランダで一人、通信します。
「ナノテスさんナノテスさん」
”はーい、こちらナノテスでーす!”
「銀の弾ができました。マジックバッグに入れますので、祝福をお願いします」
”はーい、準備どうぞ”
25発の特製OOバックをマジックバッグに入れまして……。
”むにゃむにゃむにゃむにゃ”
そんなんでいいんですかナノテス様……。
”はい! できました!”
「大丈夫なんでしょうね。命預けますからね」
”任せてください! ちゃんと当ててくださいよ?”
「……がんばります」
頼むよ、僕の女神様。
――――作者注釈――――
※1.銀を溶かす
銀の溶融点は962℃。炭火の温度はふいごで吹いてなんとか1000℃。ガスは1700℃。
※2.マグナムショットシェル
散弾銃に使うショットシェルの口径の表記はちょっと変わっていて、453.6グラムを1ポンドの重さとし、12分の1ポンドの重さの散弾を撃ち出せるものを12ゲージ、20分の1ポンドの重さの散弾を撃ち出せるものを20ゲージと呼んでいる。つまりショットガンはゲージ数が大きいほど弱くなるので20ゲージより12ゲージのほうが太く大型で威力もある。これを読んだ方は自分の小説で「さすが20ゲージ、12ゲージより強力だぜ!」なんて恥ずかしいことを書かないように。20ゲージは女性ハンターやスラッグ専用精密射撃用として一定の人気がある。
「1ポンド砲」などのように弾丸の重さがそのまま口径を表していた時代の名残であろう。12ゲージのショットシェルの長さは普通2・3/4インチ(70mm)で、これを長くした3インチ(76mm)、3・1/2インチ(89mm)をマグナム装弾と言う。散弾銃の薬室はクリンプ(※3)が広がる分も含めた長さになっているので、2・3/4インチしか使えない薬室にも3インチ装弾は入ってしまい、撃てばトラブルになるので誤用は厳禁。3インチまで使える散弾銃で2・3/4インチのショットシェルを発射することは普通にできる。
※3.クリンプ
散弾のプラスティックケースの先端の折りたたまれて蓋をしている部分の事。発射すると広がって前に伸びる。*型に散弾がこぼれ落ちないように閉じられているのをスタークリンプ、先を丸めて折り込んであるのでスラッグの弾頭が見えているものをロールクリンプと呼んで区別している。散弾とスラッグを誤用しないようにわざわざ変えているものと思われる。
次回「ゼロ距離射撃」