61.冬のご褒美
事の顛末はあとで会議に同席していたファアルさんとキリフさんから聞くことができました。
大司教、到着するなり、「このような下賤な場所に余を呼び出して、教会をなんと心得る! 天罰が下りますぞ!」と怒鳴りました。
それに対して王室、貴族一同、平謝りです。
「申し訳ございません、大司教様。これも全て国民の疑惑を払拭し、大司教様の御安泰を祈るための形ばかりのもの、どうかお許しください」
そう言って盛大に歓迎したそうです。
豪華な昼食会を執り行いまして、大司教、終始上機嫌だったそうです。
午後お休みをいただいて、二時から諮問委員会開始。
みんなでわざわざおいでいただいた大司教への謝辞、ここまで足を運んでいただいたことへの謝罪を申し上げ、いよいよ大司教は上機嫌。
「さて、一連の暗殺事件ですが……」
ここで検察官の説明が始まります。
聖書に登場する神器、ガンの説明。
被害にあった犠牲者たちのようす。射線の解説、そして掘り出された弾丸。
次々に証拠が並び立てられます。
大司教の顔が青くなります。
「このように犯人は単独犯と思われ、一連の暗殺事件は教会とはなんの関係も無く、教会の関与はまったく見られませんでした。不確かな疑いをかけ、大変申し訳ありませんでした。教会の疑惑は完全に晴らされました。大司教様にはご足労、大変もうしわけなく、王宮関係者一同、心よりお詫びを申し上げます」
「そ、そうじゃろうそうじゃろう。まったく、無粋なことをするものよ」
大司教、汗をダラダラ垂らして、それはもう面白い顔だったといいます。
「つきましては、此度の不始末の責任をとり、また、教会のさらなる権威向上のため、余は退位をここに宣言いたします!」
国王の突然の辞任宣言に、ええええええ――――――!
かなり棒読みな驚きの声が会議室に!
「余は国王の資格なし。王位を、大司教様にお譲りいたします」
「なっなっ、なんと!」
「今日からあなた様がこの国の王です。どうぞ、お受け下さい」
「ぬ、ぬ、ぬ、お主がそこまで申すなら、わしもやぶさかではないが……」
「お立ち下さい。王位継承の儀式です」
大司教、立ち上がりました。
国王、マントを脱いで、大司教の肩にかぶせます。
そして、王位の象徴である、笏を与え、跪いて、恭しく自らの王冠を差し出します。
大司教、ここに来てなにかに気付いたようです。
ぶるぶる震え、汗が止まりません。
国王、じれったげに大司教の帽子をむしり取り、王冠をムリヤリすぽんとかぶせてしまいました。
「さ、玉座へ」
「こ……断る」
「なぜです。もうあなたは国王陛下です」
「断ると言っておる」
「なぜ断るのです。先ほどお受けしていただけましたよね」
「ダメだ! これはダメだ!」
「なぜです。一連の暗殺事件、もうすでに教会の者は無関係とわかっております。さ、どうぞ」
「わしは帰る。これはワナだ!」
大司教、暴れ出します。
「国王陛下を玉座にご案内しろ!」
近衛兵が暴れる大司教を取り押さえて、ムリヤリ玉座に座らせます。
立ち上がろうとする大司教を押さえつけます。
「こ、こ、このようなことをしてタダで済むと思っているのか?!」
「はて、王位を譲り、玉座にお座りいただいて、これほどの名誉、これほどの忠誠、なにを困ることがございましょう? 我らはみんな大司教様の国王御即位、お祝い申し上げます」
「なっなっな!」
全員の拍手!
全員の歓声!
おめでとうございます――!
おめでとう――――!
大司教様、お祝い申し上げます!
「おや、そういえばそろそろ三時ですな。お茶にしましょうか」
「な!」
「お茶の準備だ」
「はっ放せ! 放せ放せ放せ――――ー!!!」
「この部屋は暗いな。おい、カーテンを開けてさしあげろ」
「無礼者! 放せと言っておる!」
「なぜですか」
「うっ……撃たれる!」
「はい?」
「撃たれる! 撃たれるのだ!」
「誰がですか?」
「ええい放せ!」
大司教、笏を振り回して暴れます。
ゴーン……。
教会の鐘が鳴ります。
「撃たれる! 撃たれる――――!!」
大司教、玉座から転がり落ちて、這いつくばります。
ゴーン……。
「撃た……」
大司教が笏を投げ出し、マントをむしり取って、王冠を放り投げます。
ゴーン……。
四つん這いになってぜいぜいと、息をする大司教。
「司教殿」
国王陛下が、大司教の前にしゃがんで、四つん這いの大司教を見下ろします。
「教会の時計塔に忍ばせた狙撃犯、すでに確保済みだ。生かしたまま捕えておる。なによりあなたの今の醜態、どう説明付ける気かな?」
大司教が青くなって国王を見上げます。
「国王暗殺未遂、並びにこれまでの貴族暗殺事件、首謀者容疑で逮捕する。連れて行け」
大司教、うーんとうなって倒れてしまいましたそうな。
そーんな話をね、ファアルさんとキリフさんが、面白おかしく説明してくれましたよ。あっはっは!
「本当にいいのかい?」
ファアルさんのハクスバル家の馬車。
キリフさんのアルタース家の馬車。それを護衛する領兵たちの馬車。
並んで歩いております。それぞれの領地に帰るため。
なぜか僕らのいる馬車にみんな乗り込んできておりますが。
「僕が出ると面倒になります。全部みなさんの手柄にして下さい」
「しかし……」
「僕らはエルフの村で静かに穏やかに暮らしたい。僕らを利用しようとする人たちにわんさか寄り集まられるなんてまっぴらごめんです」
王宮の近衛隊長にも同じことを言いました。隊長はさすがにそういうわけにはいかないという顔でしたが、「僕らの名が出るとこの先ずっと、僕ら大司教逮捕の功績者として教会に敵視され狙われ続けることになるんですよ」と言うと納得してくれました。
「平民のハンターにそんな役目を押し付けたら近衛隊の恥さらしだ。確かにその役目、俺らにこそふさわしいな」
そう言って笑ってくれましたね、タンラさん。
ファアルさんとキリフさんもまさにそれ、という顔をしてがっかりします。
「惜しいな。ぜひ私に仕えてもらいたいところだが」
「僕もだ。この恩返したくても返しきれない」
「でもそれって、結局この国で働かなくちゃいけなくなりますよね」
「その通りだ、ぜひ我が領を守ってもらうために働いてもらいたいところだが……」
ファアルさんもキリフさんも頷きます。
「僕らは、地位も、名誉もいらないんです」
「欲のない人間ってのは、使いにくいな! 諦めるか!」
そう言って、二人、笑います。
「ただ、これだけは頼みたい。私たち、いや、俺ら二人は、君の友だ。これからもずーっと友人であってほしい。もうなんの遠慮もしないでくれ」
「ありがとうございます。なにより嬉しい言葉です」
面倒な貴族の付き合いより、何倍いいかわかりません。
「それじゃあさ、ファアルさんに一つ頼みたいことがあるんだけど、いいですか?」
サランが声をあげます。
「どんなことでも!」
「ええっ? 僕にはないのかいサランさん?」
「キリフさんは約束した報酬、払ってくれれば」
「そうだ、そうだったな! あっはっは!」
国王暗殺を未然に防いだ若い二人の領主。
父上の仇もとれたようなものですし、教会の傲慢も鳴りを潜めるでしょう。
これから、国王の覚えめでたく、さらなる発展を祈りますよ。
「結局、あの狙撃犯、なんだったんです」
エルフのコポリ村で、デジタル簡易無線で女神ナノテスさんと通信します。
”教会が召喚した召喚勇者ですねー”
「いやそれは知ってます」
”前にほら魔王復活させようとした勇者、縛り首になっちゃったでしょう”
「ええ――! そんなことになってたんですかあ!!」
”魔女は火あぶり、魔女と交わっていた勇者も死刑、僧侶さんも教会を破門”
「……うわあ……。僧侶さんは関係ないんじゃないですか?」
”魔女と勇者と僧侶、淫らな関係でしたからね。聖職者なのに魔女と竿姉妹なんて最悪です。処女じゃなかったのが決定的です”
「ハーレム怖えぇ……」
”中島さんもハーレムにはお気を付けください。何かあったら全員同罪ですよ”
「……サラン一人でハーレム数人分のボリュームありますよ。そんなもんいらんです僕」
僕はサラン以外の女性なんて、もう全然興味ないですけどね。
夫婦ですから。
でも僕に何かあったらサランもとばっちりを食います。今後の行動はいっそう気をつけていかないと……。
”あれ教会騎士の勇者でこっちの世界の人でしたが、不祥事で勇者不在になったでしょう。これじゃマズいとばかりに教会があわてて自前で勇者召喚したら出てきたのが日本のミリオタでして、これが持ってたチートスキルってのが、どんな銃器でも召喚できるってミリオタ垂涎の能力でしてね”
「なにそれちょっとうらやましいです」
それでか。
今ハリウッド映画で大人気の対物ライフル、それにベレッタM92、超長距離からのアウトレンジ狙撃。いかにもミリオタ心をくすぐりそうなラインナップですわ。
狙撃の方はまるっきり素人っぽかったですけどね。
Gun雑誌見てるだけじゃあ、わかんないことっていっぱいありますよね。
”教会がうまいこと勇者言いくるめましてね、女もあてがって、権力を独占し非道を尽くす封建主義の貴族たちを倒すことは正義みたいなこと吹き込まれちゃいまして、女神が人間同士の争いに手を出すのはいろいろマズいもんですから私、中島さんに連絡して、なんとかしてもらおうと思ってたんですが”
「はあ」
”でも見てたらなんか中島さん勝手に面白いことになってて、これは任せちゃっていいかなーって”
「あのねえ、そう言うことは事前に教えておいてくれると助かるんですけどね」
”まあいいじゃないですか。あんまりなんでも知ってたら、逆に中島さんが疑われちゃいましたよ。あれはあれでうまくいったんですってば。結局ミリオタ勇者も大司教も縛り首になりますし、ヘタしたら中島さんがそうなってたかもしれませんよ”
……それもそうか。
”しかし、ミリオタVSハンター、おもしろかったです!”
「いやあ、今回もギリギリでした」
”銃の性能で一点突破のミリオタに対し、獲物の習性を知り尽くして罠を張り巡らせるハンター、アプローチの形がまるで違ってて、名勝負でした”
「ハンターの強さってのはね、仲間です。誰が獲物をしとめても、全員の手柄です。僕は今回も仲間に恵まれました。勝てたのはそのおかげです」
お?
桟橋の方で歓声が上がっております。
来たかな。
「じゃ、またね。通信終了」
”えー! 久しぶりなんですから、もっとおしゃべりしましょうよ!”
ぶつっ。
スイッチを切って、無線機をポケットにしまいます。
「シン――! 到着したよ――!」
サランが声をあげて走ってきました。
ハクスブル家の旗の立った貨物船。
エルフの村全員分の羊毛布団を満載して。
見上げると、白い空からひらひらと冷たいものが。
冬に間に合ってよかった。
――――――――――第五章 END――――――――――
――――作者注釈――――
●ここまでの登場銃
・レミントンM700ステンレスヘビーバレル 223レミントン
米国で小動物用ライフルと言われている22口径ライフルの一つ。
バーミントライフルというのは威力は必要ないが、小さい的を想定しているため競技銃並みのきわめて高い命中精度を持つ小型獣を想定した銃の総称。通常太くて重量のあるヘビーバレルを採用していることが特徴。弾薬はアサルトライフルで有名なM16と同口径の223レミントンや22ウィンチェスター・リムファイアマグナム、17ホーナディー・マグナム・リムファイアなどを使用。
小口径ながら通常の狩猟用大口径ライフルより高価である。
なお、22ウィンチェスター・リムファイアマグナムは22LRをさらに長くした弾薬だと思っている人が意外と多いが、22LRより薬莢の直径が大きくコレを使う銃で22LRや22ショートは使用できない。誤用は厳禁。
Sightmark社製デジタルナイトビジョンスコープを装着しているシンの対夜行性動物専用ライフル。
・バレットM99
謎の教会召喚勇者が使用していた、狙撃銃としては最大威力の対物ライフル。
ブローニングM2重機関銃用の12.7mm、50口径のBMG弾を使用する。軍用のM82が有名だが、M82は反動を利用して動く銃身後退式なので連射すればM2のように銃身が前後にどこどこと動く。ボルトアクションやガスオペレーテッドのように銃身がレシーバーに固定されていないわけで、構造上銃身にガタがあるのは避けられない。軍用セミオートのM82に対して、M99は市販用の単発・ボルトアクション式なため命中精度が向上していると言われている。
アメリカでは一部の州で売買が禁止されているが、スポーツシューティングとして通常のライフル同様銃砲店で購入できる。弾丸は一発3.5ドル。弾速は秒速2,910フィート。
エネルギーは12,413ft.lbsとシンの375H&Hマグナムのほぼ3倍だがマズルブレーキにより効果的に反動が抑えられていて、二脚で支持されたプローンの姿勢からなら女性でも発射は可能。
機関部がグリップの後ろにあるブルパップタイプで全長は意外と短く127cm。
バレットについてはハリウッドやWikiでもその高性能が大きく誇張されており誤解が多いが、実際の性能はその構造と作動原理を見ればわかる通り1kmを超える対人狙撃に使えるほどの命中精度は無く、購入者を落胆させ続けている罪な銃。あくまで車両や軽微な装甲をされている物を狙う「対物」ライフルであり、その用途は長距離狙撃ではなく高威力による破壊にあることを忘れずに。
対人用として過剰威力との批判も多く、狙撃銃としては超長距離狙撃を目的に開発され、1kmを超えてもちゃんと人間大の標的に当たる命中精度の高い338ラプア・マグナムにその役目を譲りつつある。
なお、見た目、威力ともに派手なのでハリウッドでの大活躍は今後も続く模様。
次回第六章「女神様の加護」




