57.現場検証と試射
これだけの距離があるのです。
犯人は絶対に試射をしています。
試射をした跡が残っているはずです。それを探してみましょう。
屋敷の屋根を眺めます。
風見鶏が斜めに傾いています。
「アレですね」
「なんと……」
「誰か人をやって、風見鶏を降ろしてもらえますか」
「わかった」
庭師さんがはしごをかけて、風見鶏を外して持ってきてくれました。
「見てください」
両手で抱える大きな銅板の風見鶏に穴が二つ開いています。12.7mmです。
「犯人はこれでまず試し撃ちをしています」
「……父上が殺される前に、何度か撃ち込まれていたと」
「そうですね」
メモ帳ですこし計算してみます。
12.7mmの軍用弾の初速がいくつかは知りません。
通常のライフルが秒速800mぐらいですから、1000mぐらいかな?
793mの距離を撃つとして、着弾まで0.8秒。
落差は9.8×0.8の二乗割る2で3.13m。
空気抵抗があるからこれに1.3ぐらい係数かけると4m。
風見鶏に穴を空けるまでに何発か試射をしたとして……。
あった。
風見鶏の斜め下の屋根瓦が割れています。その高低差は1mぐらい?
2mほど下の大理石の柱にも弾痕があります。
つまり、犯人は500mぐらいで照準していた対物ライフルをいきなり793mでまず試射して、2m下に当たったので、スコープを修正し、さらに1m下に当たったので、もう一度修正し、風見鶏に当てたということになります。目標は風見鶏です。二発弾痕があったことからもわかります。
当たると確信するまで4発も試射したことになります。そうしてスコープの修正を終えてから、子爵を撃ったんですね。けっこうヘボいです。
プロのスナイパーじゃありませんね。何発も撃って適当に着弾を修正しながら当てるタイプです。最初に距離も測らない、つまり弾道計算ができない、スコープのターレットを回して1クリックで何センチ移動するかも計算できずに、「だいたいこれぐらい」で適当にやってしまうド素人。
……まあ、それ普通ですけどね。
猟協会でも射撃大会で、メジャーを持って着弾計って、電卓片手に調整量を計算してるのなんて僕だけです。大先輩と言えども、てきとーに回しては「もうちょっと」とか「行き過ぎた」とか言って何発も試射してます。今はみんな「中島君これいくつ動かしたらいいの?」とか聞いてくれるようになりましたが。あっはっは……。
たぶんお昼の十一時から十二時あたりの鐘の音にあわせて試射をして子爵が昼食を終えて昼寝を済ませて席に着いたのが三時ということになりますか。白昼堂々、いや、昼間でないと着弾は確認できませんものね。
さらに屋敷の裏に回ります。
教会の尖塔が見えて、風見鶏があった場所が重なって見える場所を探します。
ありました。塀に食い込んでいます。二発。
「ここに立ってみてください。風見鶏のあった場所と教会の尖塔が重なって見えます」
「確かに」
ご子息が頷きます。
「つまり、父上はあの教会の鐘突き堂からあの礫を撃ち込まれたと」
「間違いなく」
「そんなの防ぎようがないじゃねえか」
バルさんが呻きます。
「証拠も無い。これが証拠と言うにはあまりにも荒唐無稽だ。訴えても鼻で笑われるレベルだな……」
「お信じになりますか?」
「信じる。僕は。しかし他の者に信じさせることは無理だ」
「ですよねー……」
これだけ証拠を残している。日本だったらたちまち逮捕されるレベルです。
でもそれは無理だとタカをくくっていることになります。
『この世界の連中はそもそも銃と言う概念さえ無い。』
そう思っているに違いありません。
「今更だが」
そう言って、今は領主代行となった御子息が僕に向き直ります。
「僕は、君のことも信じるよ。シン君」
「ありがとうございます」
屋敷で昼食をいただくことになりました。
人払いして、僕とサラン、バルさんとご子息。
執事さんさえいない四人だけの昼食です。
「かたくるしい挨拶もマナーも無しで頼む。無礼講だ、率直な意見を伺いたい」
「そりゃあいい。そうしてくれると俺も助かる」
バルさんくだけすぎです。
サランがポットを持ってみんなにお茶を注ぎます。
「ありがとう。彼女はシン殿の妻と聞いたが?」
「はい」
「驚きだな……。エルフを妻にと」
「まあ珍しいとは思います」
「めずらしいどころの騒ぎではない。いや、それはいい。失礼した」
プライベートには踏み込まず、と。
なかなかの人物かと。
「シン君はどうするのがいいと思う?」
「まず一つ、キリフ様が無難を望む場合です」
「ふむ」
「ことを穏便に済ませ、父上は不明の事故または病気と発表し、早々に葬儀を行い、今後は領内経営に専念され教会とは距離を取り、どのような調査も告発も行わない。これまでの教会への敵対行為は全て取り下げ、無関係になる」
「おいシン!」
バルさんが気色ばんで声をあげますが、別に普通のお役所仕事の一つです。
公職にあるものとしてまずトラブルを避けようとするのは当然の対応の一つですね。
この世界領主さんはいわば市長であり町長ですから。
「……バル。別に悪い手ではない。良くある話だ。現に諸君らがこうして訪れてくれなかったら、そうなっていた。今もそうしようと思っている」
「下手に動けば今度はキリフ様が狙われます」
「その通り」
「だよなあ……」
「食事が冷める。食べながらで良い。やってくれ」
そうしてキリフ様ご自身から、さっさと食事に手を付けます。
父上があのようになっても、もりもりと肉を食う。なかなか肝の据わったお方とお見受けします。
「もう一つは、犯人を探し出してとっ捕まえる。これは教会にいろいろ言い逃れられてしまう可能性が高いです。さらなる敵対ともなりましょう。捕まえるのも難しい」
「殺してしまっては単なる口封じだしな。生きて捕まえても知らぬ存ぜぬではそれ以上どうしようもない」
「もう一つ、教会よりも上の権力を持つものに動いてもらう」
「それができればとっくにやっている。同等なのは国王陛下ぐらいのものだ。それぐらい教会の、大教皇の権力は強い」
「公正な裁判、法による裁きは期待できますか?」
「全く。形ばかりの裁判はやるが、そこは権力者の自由自在だ。……領主の僕が言うのもなんだが」
「この領内で犯人を捕らえたら、その処分はキリフ様の好きにできると」
「当然」
「それには教会も口を出せない?」
「野盗強盗辻斬りの類と同様だ。直ちに縛り首。そうしてしまえば教会も何も言えまい。実はハンター諸君に期待しているのはそのことだ」
内々に犯人を処分。ちょっといい手には思えますが……。
「犯人は一人と限りませんが」
「そうか……。それもそうだな」
「つまり、犯人に手を出せばそれを捕らえても、報復にさらなる暗殺が行われるということか?」
「それ言っちゃいますかねバルさん……」
「悪い……」
「いや、私はバカだから言ってくれたほうがいいわ。わかりやすかったよバルさん」
サランはそっちのほうがよかったですか。
「一つ質問があります」
「なにか」
「教会は独自に勇者を召喚するようなことはあるのでしょうか?」
「ある」
キリフ様が頷く。
「聖書を読みました」
「アレを読むとは。なかなかの辛抱ができるお人だな」
キリフ様苦笑い。
「歴代の魔王を倒した勇者たちの大冒険物語。実に退屈でした」
「この国の上流階級は教養として誰もがあれを読んでいる」
「その中に、魔王を倒した勇者とは別に、教会が召喚して別の世界から呼び出した勇者が何名か」
「教会が権威付けのためにでっち上げた作り話さ」
「そうとも言えません」
聖書を取り出して付箋を付けたページを広げる。
「数百年前にも、火と鉄をもって魔物を撃ち倒した勇者の例があります。教会から召喚された勇者はなんらかの特殊な能力を持っている場合が多いです」
「失礼」
テーブル越しにキリフ様が手を伸ばし、聖書を受け取る。
「神器、ガンによって百ナールを隔て村民を襲う魔物を撃ち倒し……か」
「過去にもあったことかと」
「……なるほど」
この世界と僕のいた地球。時間の流れが一致してるのか、ランダムなのかはわかりませんが、銃そのものは数百年前からあります。それこそ戦国時代の頭にはもう完成していました。火縄銃だけでなく大筒も大砲もあったのです。空気銃もナポレオン戦争や江戸時代にもありました。
今僕らが相手にしているのは、対物ライフルという化け物ですが。
「他言無用に願いたいが、正直に話そう。僕には父の仇を討ちたいという気持ちはない。父の領経営には僕も反対すべき点が多かった。これを機会に統治をやり直すつもりでいる。僕も多分に漏れず、貴族として腐っていくだろう。そうなる前に、できるだけ手を打ちたい。良い機会だと思っている」
いい領主さんになりそうです。
「その一方で、なにもかも教会の言いなりではそれはやりにくくなる。今後教会の脅しに怯え、さらなる暗殺が繰り返されるのも本意ではない。なんとか解決したいと切に願う。どのような協力も惜しまない。この件、引き受けてはくれまいか」
「……引き受けるとは、何を」
「任せる」
……。
実に、貴族らしい。
要するに満足いく結果を出せ、というオーダーですな。
「報酬は金貨百枚。うち前金は五十枚でどうか」
「お約束できません。前金は不要です」
「謙虚なことだ」
「そりゃそうでしょ。僕はすぐにでもエルフの村に帰りたいですよ」
「おいシン!」
バルさんうるさい。
「次に狙われそうな貴族の方は?」
「正直見当つかん」
「他にも暗殺された貴族のお話を聞かなければなりません」
「紹介状を書こう」
「お願いします」
早々に食事を済ませたキリフ様が、退席されます。
僕らが食事の続きをしているうちに、戻られて封書を渡してくれました。
驚きます。
隣領、トープルスの領主、ハクスバル家の名があったからです。
次回「ハクスバル家、再び」