54.魔女の最後
「(来たっ来た来た!)」(小声)
祠の前を眺めていたサランが僕を揺り動かします。
僕も確認できました。184mですからね、目視で見えますよ。
勇者……。それに付き従う魔女。僧侶。
……昼間みるとさらにひどいカッコ。
勇者さんピカピカの物凄い目立つ白銀の鎧。抜き身の剣を持って歩いています。
迷彩でガッチリ隠れてる僕らとは大違いです。
魔女さん。
三角帽子に長い金髪、マントをヒラヒラさせてますが、その下はどこからどうみても黒いビキニです。
ただのビキニじゃありませんよ。ヒモビキニです。
三角形のサイズがおかしいです。横乳下乳胸の谷間が解放されています。
ロングブーツにロング手袋。意味あるんですかそれ。
僧侶さん。
見た目は修道女っぽいですけど、スコープで見ると胸元の谷間すごいです。
美人さんです。はいてないとしか思えない腰まであるスリットがありえないです。
嬉しそうに祠の前に駆け寄って、祈りを捧げています。
16倍の最大望遠だと視直径(※1)は184mで3.8mほどです。
人間一人の身長がスコープの1/2より小さく見えています。
これが最大倍率です。うわっ思ったより小さい。
大きな鹿とか見慣れてますので縦に長い人間だと小さく見えます。
魔女さん……。
前に進み出て、杖を構えて、なにか始めようとしています。
杖の上にふわりと浮いているあの赤い石が魔石です。
直径8cmぐらい……。さながらプレイリードッグのヘッドショットです。
”その魔女が持っている杖の先の魔石を、撃ち砕いてくれませんか?”
簡単に言ってくれましたけどね、けっこう厳しいですよナノテスさん。
もうやるしかないですけど。
祠の前で祈り始めました。
長い呪文のようです。
上に杖を捧げてぴたりと動きが止まりました。
ピカっと魔石が光ります。
あまり明るくなるとスコープが眩みそうですね。早く撃たないと。
引き金をそっと引き絞り……。
ドォ――――ン!
ぱぁんっ!
すぐに銃と顔を引っ込めます。
ぱぁんっ ぱぁんっ ぱぁんっ… … …。
銃声と、魔石が割れて爆発する音が谷間に木霊します。
ライフルの弾丸は音速を超えています。
着弾してから銃声が聞こえるはずです。
手元で魔石が爆発したなら、こちらの銃声には気づかないかもしれません。
そんな可能性はものすごく低いですけど。
弾丸がこっちに向かって飛んでくる音は「キュィンッ」っていうカン高い金属音(※2)です。
実際は聞こえた時にはもう通過しているわけですが。
鉄砲を撃つシーンで古いマンガによくある「バキューン!」「ズギューン!」っていう擬音のキューンは弾丸がこっちに向かって飛んでくる音なんです。
けっこう異質で、大きな音ですよ。知ってる人にはそれが弾の音だとわかります。
この世界の人は知らないでしょうけど。
なんで僕がそんな音知ってるかですって?
そりゃ聞かないでおいてくださいよ。
「(当たった!)」
サランの声に、身を引きます。
「(撤退!)」
あらかた片付け済みだった装備を次々にマジックバッグに突っ込んですばやく後退します。
顔を出して様子を見たいけど我慢です。相手は勇者に魔法使い、どんな能力でこっちのことを探ってくるかわかりません。幸い銃は魔法じゃないので、魔力感知はできないはず。
音を立てないように気を付けながら崖の裏を下り、その下の小川にたどり着いて川をパシャパシャと川下に向かって小走りに進みます。
とにかく今は一刻も早く勇者と距離を取るべきです。
川の流れが深くなりました。
流木を引っ張り出して、それに二人でつかまって、迷彩シートをかぶって流れてゆきます。
もう2kmは離れましたか……。
「どう?」
「気配なし」
どうにか逃げられたようです。
勇者はこの世界の人間ですからね。僕と違って、「銃で撃たれた」という発想が完全にゼロだと思います。魔女さんが魔法を出そうとして失敗した、と、思ってくれたらいいんですが。
「シンってホントに慎重だね。なにごとも」
「それが長生きのコツだから」
「アハハハッ!」
うまくいったみたいです。そう思いたい。
川が合流して、大きな川に流れつきました。僕らがいつもエルフ村との往復に使っているあの川です。
川岸に上がって、濡れた迷彩服をしまい、二人で普通の平民の服に着替えます。
そのまま、街道を歩き、東門から帰ってきました。
正門に近い場所に宿を取り、三階のベランダから街を通る人を眺めます。
おなかすいた。
高い宿ですのでね、ルームサービスも受けられますよ。
二人でちょっといい食事取りながら交代で正門を見張ります。
「来たっ!」
夕方近くなって、サランが声をあげました。
僕もベランダに出て、眺めます。
……。
びっくりです。
勇者がおばあさんを背負って歩いています。
三角帽子の、マントを羽織った、あの魔女さんでしょうか。
手も、顔も、しわがれて、鶏ガラみたいに痩せたおばあさん……。
あれが本当の姿なんでしょうか。
その後ろを歩く白い僧侶さん。
なんですかその嬉しそうな顔は。ニヤニヤ笑いが止められないようです。
おばあさん、先が黒焦げになった杖を放しません。
勇者がいまいましそうな顔をして邪魔そうにおんぶしてます……。
勇者の周りに人が集まって来ました。
勇者、うるさそうです。
あれこれ聞いてくる街の人たちに顔をしかめて怒鳴ってますね。
大変ですね、勇者というのも。
三階から眺めている僕らにはまったく気づかないようです。
だってどの窓からもベランダからも、大勢の人が顔を出してこの騒ぎを眺めてますから。
「うるせえ! こんなババアだとは俺も思わなかったよ!!」
いやそれは……。
言い過ぎでは? 勇者さん……。
そのまま、街の真ん中の方に歩いていきました。
街の中央には勇者教会がありますからね。
まあ、いろいろあるんでしょう。
僕らも顔を引っ込めて、二人で夕食に、チキンを一羽、追加しました。
「シン、サラン、聞いたか?」
「なにをですか?」
翌日、二人でカヌーを留めた桟橋に歩いていくと、ハンターギルドから出てきたバリステスのリーダー、バーティールさんに呼び止められました。
「勇者、なんか昨日トラブルがあって、祠から戻って来たんだってよ」
「へー」
「なんでもよ、連れてた魔法使いが、実は魔女だったってことがわかってよ、教会で魔女裁判やるんだってよ」
「それは怖いですね」
「ああ、勇者だまくらかして、魔王の復活をたくらんでいたらしいや」
「それは大ごとですね」
「まったくだ。勇者もタダじゃ済まないだろうな。いい気味だ」
「地元ハンターの同行を断るからそんなことになるんですよ」
「その通りだぜ」
わっはっはっ!とバーティールさんが笑います。
「お前ら、もう帰るのか?」
「はい。買い出しも終わりましたし、特に用事もありませんし」
「なんだ。勇者のこと興味あったんじゃないのかよ」
「これで勉強します」
そう言って、教会から買ってきた聖書を見せました。
「勉強熱心なことで……」
およそ勉強とか信心とかと無関係そうなバーティールさんがあきれます。
「また来たらホームに来てくれ。またなんか一緒にやろうぜい!」
「はい、ぜひ」
帰りのカヌーでね、ずっと僕が聖書を読んでますと、サランが「シンも勇者教会の信徒になるの?」と言います。
「いや、僕はナノテス教ですから」
「……そんなの聞いたことも無いよ」
あっはっは。
「エルフはどんな神様信じてるの?」
「ん? フツーに勇者教会ってことにはなってるけど。村には祠もあるし」
「そうなんだ」
「アレを守るのもエルフの役目の一つ」
「ホントは違うんだ」
「うん、神様はね、全てに宿るの。山にも、木にも、川にも、湖にも」
原始的な自然崇拝ですね。日本の神道に通じるものがあります。
「一番偉いのは太陽さんだね」
「うん、それが一番だよね」
天照大神ですね。
日本と同じです。
世界中どこでも、古代信仰の最高神は太陽だってのは多いですよね、きっと。
「太陽さんに恥ずかしくないように生きること。それがエルフの信条!」
きゅーきゅーっ!
今日も川イルカくんは元気いっぱいです。
こんな日が、いつまでも続くといいですね。
――――――――――第四章 END――――――――――
――――作者注釈――――
※1.視直径
スコープで見える範囲のこと。
スコープは同倍率で同じ大きさに見えてもスコープごとに見渡せる直径は異なる。視界が狭い安物スコープから視界が広い高級スコープまでいろいろある。
通常Field of View at 100yd 25.2-8.4ftなどのように100ヤードでの最小倍率から最大倍率までどれぐらいの直径に見えるかがマニュアルに記載してある。
映画の狙撃シーンで一番いいかげんだと思われるのがこのスコープからの視点である。カットごとに違っている倍率、索敵が不可能だろという顔がいっぱいに映った極端なアップ、どんな距離でも十字線の真ん中で狙う射手、発射したのに火炎で眩まないスコープ、ブレない映像、銃口の跳ね上がりが無くなぜか見える標的に着弾する瞬間。着弾の瞬間と同時に聞こえるびしっという着弾音などウソが多い。しかしこれがないとアクション映画としてはまったく盛り上がらないのも事実である。
実射でのスコープ映像を見て標的がとても小さくしか見えないことに驚く人もいるかもしれないが、スコープは望遠鏡なので体感で下図ぐらいの大きさに見えている。そのためそこまでどアップにしなくても十分狙うことができる。
※2.カン高い金属音
ライフルのツイストレート(ライフリングのねじり角)は12インチ、約30cmで一回転である。秒速800mで撃ちだされた弾丸は一秒間に2625回転していることになり、自動車のエンジンのように毎分(rpm)で表記すると15万回転を超える超高速回転となる。
この弾丸が飛んでくる「キュインッ」という音は撃たれた側が聞く音であり、銃を撃った人間には「バキューン」の「キューン」は通常聞こえないため、マンガの射撃シーンで「バキューン」という擬音が入るのは間違いと言える。
なお「ライフル弾は当たらなくてもかすっただけでもケガをする」「衝撃波で気絶する」ということは実際にはない。弾丸は音速を超えているが、音速を超えて圧縮される空気量は弾丸の直径のわずか数ミリ分だけであり、ジェット戦闘機のような大きな衝撃波にはならない。これは的に張り付けたコピー用紙程度の薄い的紙でも、破けたり吹き飛んだりせずに丸い穴がポツポツ空くだけということからわかる。
かすっただけでケガをしたり気絶したのなら、それは当たっていたのである。残念ながら。
※2024/07/14追記 大統領候補のドナルド・トランプ氏が銃撃され耳を撃たれるという事件があったが、トランプ氏は気絶もせず元気であった。使用ライフルはAR15系5.56mmNATOで距離は130m……。8発発砲しても当たらず、犯人は反撃したシークレットサービスの狙撃手にたった一発で制圧された。プロと素人の差がうかがえる。
次回第五章 「ミリオタVSハンター」スタート!