51.プロのハンター
ハンターとして生計を立てていくことは可能なのか?
ということを日本で考えると、相当恵まれた地域においてもまず無理だろうと思われます。
まず山にこもって自給自足、ということができません。
山も荒野も全て私有地か国有林であり、勝手に住むのはもちろん、勝手に鉄砲を撃っていい場所など一つも無いということです。野生動物たちの楽園の山を一つ持っているというならともかく、この点だけでもう無理です。
次にお金の問題。
狩猟と言うのは大変お金がかかります。
免許、許可取得、銃と関連品、登録料に保険料、何より弾代、自分所有の山を歩いて移動するのでなければ車にガス代。初期投資五十万円、維持に毎年数万円と考えればいいでしょう。
それでいて収入は毛皮と肉だけ。こんなものは需要が全くないのでタダ同然です。
あとは役場から支払われる補助費。
これも特定期間の参加ボランティアへの謝礼程度。出費に見合う収入はまったく期待できません。
狩猟は儲け度外視の趣味の世界です。プロのハンターなど日本にいません。
断言できますね。
その点、この異世界は非常に恵まれていると言えますね。
僕がプロのハンターとしてやっていけてるんですから。
毛皮は売れる、肉も野菜や日常品と交換してもらえる。骨や角も実用品です。
なによりエルフの村人たちが僕を必要な存在として認めてくれているところが嬉しいです。
日本ですとね、野生動物による畑の被害があってから通報が来て「来るのが遅い!」「呼んだらすぐ来い!」ですし、獲れなかったら「いなかったはずがない!」と怒られ、「わざと全滅させないで残してやがる」等の誤解も絶えません。
何言ってんすか。
目についたものは全部獲ってるに決まってるじゃないっすか。
ベテランハンターさんに一度でも同行してみてください。
実に執念深く獲物を追い続けるので驚くはずです。
雪の山の中を足跡を追ってスキーやかんじきで歩いていくんですよ?
やれますか?
道路から目についた奴だけをパコンと撃ってると思ったら大間違いです。
ハンターの半分は農家の人です。
自分の畑がやられるから銃買って撃ってるんです。
僕から見て銃の知識がお粗末なベテランハンターさんは数多いです。
腕も大したことない人は大勢います。
それでも頑張ってるんです。
クマを殺さないでとか言わないで。
普段鹿ばかり獲っているプロでもない猟協会がなんでヒグマが出た時だけヒグマを生け捕りできると思うんですか。あんなの数百メートルの距離から撃つ以外のどんな対処があるんです。すぐそばまで近づいて麻酔銃を撃ち込むなんてどうして僕らがやらないといけないんです。命がいくつあっても足りないですよ。
「地元の猟協会によって射殺されました」なんて定型文書の報道もやめてほしいです。猟協会がそんなこと勝手にしゃしゃり出てやっていいわけ無いじゃないですか。クマを殺す決定をしてるのは市町村です。「市町村により殺処分されました」って報道してくれないと僕ら誤解されるばかりです。
そんなわけで、クマより怖い「魔物」というやつがこの世界にはいるわけで……。
「魔物」というのは、この世界では「人間」を見れば襲ってくる生物の総称であるわけで……。
ひゅるるるるる――――。
鏑矢が音を立てて撃ち上げられます。
「シン! あっち!」
今日は馬を借りてます。農耕馬ですけど。
僕も馬、特訓しましてね、乗れるようになりました。
前を走るサランの馬に必死についていきます。
見えた!
うぎゃあ――――!
でっかいクモです!
なんであんなでっかいクモがいるんですかこの世界は!
ラノアさんの牧場じゃないですか!
ヤギですかっ? 今日の狙いはヤギですか?!
距離100m!
馬を降りてサランに手綱を渡し、背負っていたレミントンM700を片膝ついて構えボルトを操作して弾倉から薬室に375H&Hマグナム弾を装填します。
息を落ち着けて……。
ドッガァ――――ン!
ぼひゅん!
クモの大きなお尻が裂けました。
そのまま走って距離を詰めます。
動きが鈍ってはいますが、虫類は体のどこかを撃ったぐらいで死にません。
手足がちぎれても全然平気な連中です。
50mまで接近して、胴体に撃ち込みます。
ドッガァ――――ン!
体の上がはじけ飛びます。
虫のような外骨格の生物は銃弾を撃ち込むと内部に衝撃波が広がって爆発するように弾けますね。
歩けなくなりました。
死んだわけではありません。虫ですから。
正面に回って、10mの距離から顔面狙ってもう一発撃ち込みます。
ドッガァ――――ン!
……頭が無くなりました。
これでやっと安心です。
足がまだもぞもぞ動いていますけどね。でもさすがにもう大丈夫でしょう。
ふう――――……。
「はー……怖かった。シン、助かったよ!」
干し草用のフォークを構えたラノアさんと、鏑矢を撃ち上げたラノアさんの息子さんがやってきました。
いやあ良かったです。誰も食べられなくて。
ヤギの三倍ぐらいあるクモですね。
一週間前に山で目撃されてた奴でしょうか? もうこんなところまで来るなんて、
警戒していてよかったです。
H&Hマグナム弾を三発ですか……。タフすぎます。
クモは柔らかい印象がありますが、これだけ大きな体を支えるとなるとカチカチです。すごい外骨格。
こんな敵も現れるから異世界は怖いです。
五年ぶりだそうですよ。ムラサキデカイクモが村に現れるのは。
「エルフの村は平和だけど、たまーにこういう奴が出るからなあ……」
「怖いですね。今までどうしてたんですか?」
「そりゃあ、みんなで槍投げてなんとかしてたさ」
矢じゃあどうしようもないですもんね。この世界の最大武器はやっぱり投げ槍ですか。なんだかんだ言ってあれが一番殺傷能力ありますもんね。
エルフ村では魔物にやられて死ぬ人ってのが毎年一人や二人はいます。
僕がこの世界に来てからはまだありませんが。
「どうします? 燃やします?」
「いや、せっかくだから畑の肥やしにしてやるわ!」
「あっはっは」
「シン、サランちゃんも、今日はありがとな」
「いいえ。また何かありましたら遠慮なく呼んでください」
今回は危なかったなと思います。
もう少し遅れていたらラノアさんか、ヤギさんのどっちかが食べられてましたから。
375H&Hマグナムというやつはなかなか使いどころが難しい。
ラウンドノーズのH&Hマグナムは200m飛ぶと弾丸のパワーは70%にまで落ちてしまいます。
大型獣相手に効果的に打撃を与えるにはこの弾丸形状がいいので丸くなっているのでしょうが、空気抵抗が大きいためあっという間に威力が落ちてしまう、だから100mまで接近するのです。
H&Hマグナムでゾウやサイに立ち向かったアフリカハンターさんたちの気持ちが、こうして実際に使ってみて初めてわかるような気がします。こうでもしないと倒せなかったんですね。
これらの弾道とかのデーターは弾薬のパッケージにちゃんと書いてあります。
全部英語ですけどね、ま、見ればわかります。
こういうのも、本物の銃を持たないとわからないことの一つでしょうね。
「……もう一回、山を見て回ろうか。巣や卵でもあったらやっかいだし」
「そうしようか……」
「その捜索、いらんと思うぞ」
サランと二人で話していると、村長さんが来ました。
村人も集まって来ましてね、まだぴくぴくしているクモのお尻から糸を引っ張り出してどんどん巻き取ってます。
糸を縒って弓の弦に使うんだそうですよ。丈夫なんですって。
「えーと、ムラサキデカイクモでしたっけ。どんなふうに巣を作るのです?」
「大きいからな、土蜘蛛だな。メスだけで土を掘って巣を作る。産卵前に栄養を取るためにいつもより大量の獲物を獲る。ほら、腹を見ろ」
先ほど僕がマグナムを撃ち込んで裂けているおなかがどろっとしています。
卵になりかけのなんか丸い物がブツブツしてますね。グロいです。
「卵を産む前でよかったな」
ほんと良かったです。こんなクモが大量に生まれたところなんて想像もしたくありません。
「でも産卵準備に入っていたということはオスがいるのでは?」
「ムラサキデカイクモのオスは小さい。大人一人で十分倒せる。放っておいてかまわないさ」
オスのほうが小さいんですか。僕とサランみたいです。
「……まあ一応見てまわりますよ」
「ああ、まあそのほうが安心は安心か。やってくれるとありがたい」
「了解です」
そんなわけでその日の午後はクモの歩いてきた獣道を逆にたどり、ショットガンのバックショットでムラサキデカイクモのオスを二匹ほど潰しました。
メスは3m以上ありましたけどね、オスも70cmはあるじゃないですか。グロいです。
「これ……なに?」
苔むした石が積み重ねられている遺跡みたいなものが山の中にありました。
クモの巣だらけです。どうやらこの辺を根城にしていたいみたいですね。
「ああ、これは祠、魔王を封印してるっていう」
「魔王なんているの! この世界!」
「いるよー。数百年に一度ぐらい出るの」
こともなげにサランが言うけど僕にはびっくりだよ。
女神のナノテスさんに聞いてはいましたけど、こうして目の当たりにすると現実なのかと驚きます。
「こんな祠があちこちにあってね、その力で魔王を抑え込んでいるんだって」
「へえ……。怖いね」
「この祠の力は弱くてね、少しずつ力を取り戻した魔王がこの祠より強くなると現れるんだ。で、魔物を従えて人間を襲うの」
「どうやってやっつけてたの?」
「魔王が復活するとかならず勇者が現れるんだ。その勇者が倒すの」
「へえー……。勇者ってどうやって選ばれるの?」
「教会とか、王国で。まーどーやって選んでるかなんて知らないけど」
「ふうん……。エルフが選ばれることもあるのかな?」
「ないね。魔王を倒す勇者はいつも人間。だからこの世界では人間が一番偉くて威張ってるの」
「そうかあ」
僕らには関係ないみたいですね。
「魔王が今復活するとどうなるのかな?」
「村の言い伝えでは山の魔物たちがいっせいに村を襲う。いつもはなんとか倒せてる魔物も数で襲ってこられると大変だから、私たちは湖に逃げて少しずつ対抗する」
「ああ、だから湖の中島にいろいろ準備してあるんだね」
僕らが住んでいる湖の中央には島があって、そこにいろいろ武器や食料とかが備蓄してある。いざとなったら全員でこの島に避難するんだってさ。
あ、エルフの皆さんは全員泳げます。
そのためだったのか。
「ま、私たちが生きてる間に魔王が出るなんてことはまあ無いと思うよ」
「魔王ってどんなんだろうね」
「うーん、魔物のデカい奴。ドラゴンだったり、熊だったり、オオカミだったり、時代時代で違う。その辺は人間の勇者教会が詳しいと思う」
へえー。
「今度街に行ったら調べてみようか」
「シンは勉強熱心だね。私はそんなのどうでもいいな」
「あっはっは。なんでも調べてみたくってさ」
役場の職員でしたから。町の危機管理、災害対策も役場の職員の大切な仕事です。
村の脅威になりそうなものは、あらかじめ対策練っておきたいですね。
次回「ひさびさの女神通信」




