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北海道の現役ハンターが異世界に放り込まれてみた  作者: ジュピタースタジオ
第三章 あんまり役に立たない現代知識
50/108

50.楽しいエルフたち


 その日、中州でまたキャンプして、魚を解体しました。

 僕の服も乾かさなくっちゃ。


 焚き木に照らされて軟骨を取り出します。

 ぐにょぐにょのゴムみたい……。

「それを干すとびよーんって伸びるようになるよ」

 サランが晩御飯を作りながら教えてくれます。

 ビタルフィッシュって、普通の魚みたいにうねって泳ぐんじゃないんだって。

 伸びたり縮んだりして泳ぐんだって。なにその効率悪い泳ぎ方。


 軟骨ってことはサメやエイみたいな古代魚なんですかね。

 異世界の魚おかしいです。

 君、陸に上がらなくてよかったよ。

 君が陸に上がってたらこの世界の動物、みんな伸びたり縮んだりしながら歩いてたよ。危なかったね。



 さあ、川沿いのエルフの村、トコルに到着です。

 ドウルさんがバールから剣を叩き出して、待っていてくれるはずです。

 さっそくドウルさんの鍛冶場に行きます。

「おうっ来たか! できてるぜ!」

 そう言ってまだ打ちっぱなしの剣を見せてくれます。


 おおーすごい。ちゃんと片刃の剣の形になってます。エルフの剣らしく直刀の両手剣。

 日本刀みたいに反りが入ってるといいなーと思いますが、まあサランが使い慣れてる形が一番です。

「あとは研ぐだけだ。そこまでちゃんとやってやるぜ。(こしらえ)もこっちでやる。任せろ」

 拵えってのは要するに(つか)とか(つば)とか(さや)とかの剣を納める一式のことです。


「人間の剣持って来たか」

「はい。これです」

「刃がついてねえな……。なんだこりゃ」

「訓練用の剣なんです。訓練で何度も打ち合わせるので本物の剣より丈夫で折れません」

「なるほど、試し斬りにはピッタリだぜ。考えて見りゃ一番いい剣なんてお前らには高くて買えねえもんな。とにかくコイツを叩き折れれば俺の剣のほうが人間より上って証明できる」

 そういって、その練習用の剣を天井から二本のロープで水平にぶら下げます。


「コイツもまだ研いでねえし刃は付けてねえ。いくら丈夫でも研ぎあげた刃同士をぶつければ刃こぼれはするからな。さ、サランやってくれ」


 そういってできたばかりの研いでない剣に白柄の握りを付けてサランに渡してくれます。


「俺の力じゃ折ることも曲げることもできねえのは試し済みだ。全力で行け。」

 ふーっ。ふーっ。息を整え、サランがロープでぶら下げられた練習用剣に……。


 ビュンッ!

 カッキ――――ンッ!


 鋭い打撃音と共に練習用剣が真っ二つになって吹き飛びました!

 成功です!


「やったぜ!」


 ドウルさん両手をあげて万歳! そして拍手!

 僕も拍手します。やり遂げた職人さんの腕前に敬意を惜しみません。

 新しいサランの剣を見ます。刃が当たったところがすこし潰れてますがびくともしてません。バールの心金にかぶせたドウルさんのハガネもなかなかのものだとわかります。

 現代技術の粋を集めて作られた合金工具鋼の剣。これはすごい剣になりそうです。



 僕はなにもサランに今よりいっぱい戦ってもらいたくて剣作ってもらったわけじゃありません。むしろサランの出番が無いようにすることが夫である僕の務めです。こんな剣は出番が無いのが一番です。

 剣ってのは護身用なんですよね。いざって時もこれがあれば大丈夫。そう安心するための道具です。それがいつ折れるかわからない安物じゃ安心できないじゃないですか。

 だからまず最初にサランに思い切り振り回してもらってその強度を実感させたわけです。

 気持ちの問題なんです。


 アメリカが銃社会で市民が銃で武装しているのは、そうしていないと不安だからでしょうね。

 護身用の拳銃が売れるんです。あれもっていれば安心なんですよ。

 自分の家に泥棒が入る、実際に自分が乱射事件に遭遇するとか、銃持ってたらきっとそれで対処できるなんてそんな確率の低いことの話じゃなくて、アメリカ人にとってのお守りなんです。日本人が車に神社のお守りぶら下げてるのと同じです。僕はそう思いますね。

 だからアメリカでは銃規制が難しいんだと思います。


 ドウルさん、涙目になって僕と、サランとブンブンと握手します。


「人間にまけねえ剣が作れた。俺の夢がかなったぜ。ありがとう。本当にありがとう」


 あとは全部やってくれるそうです。ひと月したら取りに来いって言ってました。

 お礼に街で買ってきたお酒を何種類も出して受け取ってもらいました。

 鍛冶場の片隅でそのお酒をちびりちびりと飲むドウルさん。

「……うめえ。こんなうめえ酒を造れるとは、人間にはかなわねえな……」

 うん、そっと失礼することにしましょう。



 翌日、コポリ村到着。

 みんなわーって駆け寄ってきて、お土産に集まります。

 子供たちにはお菓子。

 大人たちには買い出しリストの商品。

 塩とか調味料とか食器とか刃物類の鉄器とか。


 今回の子供たちへのプレゼントは紙の束とペンとインク。

 今は板に書いてますし、紙で読み書きする習慣もつけてもらって、ついでに読み書きも大人たちから教えてもらってくださいね。


 売れた帽子分は、ミルノくんとカノちゃん夫婦に、農作物やナッツ類を預けてくれた人たちにもいくらで売れたかっていう伝票と一緒に金貨を渡します。

「これがお金ねえ……」

「また欲しい物ができたら僕らに預けてくれてもいいですし、商人のムラクさんが来たらそれで払って買い物してもいいんです。便利ですよ。街に買い物に行くのにも使いますから無くさないようにして下さいね」

「わかったー」


 エルフの村で貨幣が流通するのはいいことなのか悪いことなのか、まだわかりません。みんな共同体、みんな家族。そんな村で将来的に財産の格差みたいなものができてしまうかもしれません。それが貨幣制度の弊害となります。

 でも、商業的には、やっぱり貨幣は無いと困ります。

 お金に慣れてもらうためにも、少しは流通させたほうがいいかもしれませんね。


 

「ラノアさーん!」

 顔を出してくれたラノアさんに声をかけます。

「羊って知ってます?」

「ああ、あのヤギのむくむくしたやつな」

「この辺にいるんですか?」

「いないよ。あれは家畜だからな。街にいるんじゃないのか?」

「実はですね、商人さんに頼んで子羊をつがいで届けてもらうように言ったんです」

「そりゃすごい」

「年に一回、毛を刈ることができて、羊毛が取れるんです。さしあげますから、飼ってみません?」

 ふーむ、とラノアさんが首をかしげる。


「そりゃありがたいんだが、ヤギと一緒にしてケンカにならなきゃいいが」

「うーん、それはわかんないですね……。でもどっちもおとなしい家畜ですし。ケンカするなら柵で分ければいいと思いますし」

「わかった。楽しみにしてるよ。うちでも羊毛布団ができるな!」

「他にも毛織物とか、村で作れるようになればいいんですが」

「ま、やってみなけりゃわかんねえ。どうしようもなかったら食えばいいし」

「……その時は呼んでください」


「羊毛か!」

 なんか紙とペンに夢中になってた村長が首を突っ込んできます。

 子供たちに返してやってくださいよう。あなたの分もあげますから。


「ふかふかベッドか!?」

「そうですね」

「村中でそれで寝られるのか?」

「そうなるのはずーっと先ですってば」

「うーむ……惜しい。いや、楽しみだ」



「おう! 待ってたぞシン! 例のモノできてるからな!」

 弓職人のアルドラさんがやってきました。

「ありがとうございますアルドラさん。これ、お土産です」

「酒だな!」

「酒か!!」

 いや村長落ち着いてください。


「なんで私には買ってこん!」

「頼まれてないですし。貸し借りも無いですし」

「サランを嫁にやったであろう!」

「わたしゃアンタの娘じゃないよ!」

 サランぷんすかです。あっはっはっは。


「はいはい。これどうぞ」

「おおお――――! 気が利くなシン!」

 素早く懐に瓶を隠してダッシュで行っちゃいました村長。

 なんかどんどん村長としての威厳が無くなっていくような気がします。



 アルドラさんが改造したクロスボウ、見た目はあんまり変わりません。

 でも照準器っぽい凹凸が付いてます。誰でも考えることは一緒ですね。

 僕が力いっぱい(つる)を引っ張って、逆鉤(シア)に引っ掛けて、渡された矢を置いて構えます。


 バシュッ!

 うん、10mで見事にド真ん中。

 すごいですねアルドラさん。いろいろ調整とか細工とかしてくれたんですね。


「作っては見た。それなりに使えるとも思う。でもダメだなこれは」

「でしょうねえ」

「速射性がダメ、連射できない。威力もむやみに上げられない。かさばるし、訓練すれば普通の弓のほうが何倍も攻撃力があるだろうな」

「その通りです」

「ん? シン、知ってたのか」

「はい。僕の母国ではまったく普及しませんでしたから。これ」

「面白かったが、悪いがエルフにゃまったく必要ないもんだ。残念だね」

「いえ、ありがとうございました」



 日本にだってクロスボウの発想が無かったはずないと思う。

 西洋では弓と互角に戦ってた武器だし、リンゴを撃ち落とすので有名なウィリアム・テルも弓ではなくクロスボウです。中国にも()というまんまクロスボウの武器があるし、日本に伝わらなかったわけがない。


 でもね、日本では見向きもされなかった。

 その理由は何においてもハンパだったからだと思う。

 威力が足りない。連射できない。矢も短い。威力を上げるとやたら大型になり故障しやすい。サランが弓使うとこ見てればわかる。クロスボウなんかより弓のほうが圧倒的に実戦で有利だね。

 日本の弓道は完成されていて海外でも高い評価を受けている。

 威力が大きく命中精度も高い。それは間違いなく世界でもトップクラスだ。

 あんなものがあったら、クロスボウなんかいらないよね。


 日本でもうひとつ、普及しなかったものにフリントロック銃がある。

 火打ち式の銃ね。火縄銃と比べて扱いが簡単で、西洋では火縄銃に取って代わったけど、日本では火縄銃が使われ続けた。

 フリントロックにはロックタイムが長いと言う欠点がある。

 引き金を引いてから実際に発火するまでコンマ何秒かの間がある。そのせいで命中精度は悪かった。

 日本人に嫌われたのはそのせいだろうと思う。

 日本は多少扱いが難しくても、引き金を引けば直ちに発砲する火縄式にこだわった。現在でも日本の火縄銃は、海外の先込め旧式銃の射撃大会で上位に食い込む性能を持っている。火縄銃は散弾銃のスラッグより当たりますよ。びっくりです。

 国民性の違いですかね。

 多少の不便があっても、器用さでカバーし、性能のほうを追求してしまうんですよ。僕は日本人のそういうところ、好きですけどね。




 数日後、パチンコ銃が完成しました。これは自分で全部作ってみたよ。

 ライフルみたいな形してて、先端の二か所にビタルフィッシュの軟骨が縛り付けてあって、やっぱりクロスボウみたいな逆鉤(シア)に軟骨をぐにょーって伸ばしてひっかけて、引き金を引くとぱたんと倒れて弾けるの。

 飛ばすのは矢じゃなくて、小石だけど。


 ばひゅん!


 びしっ。



 5mで狙ったところから5cmもずれています。


「アッハッハッハ!!!」


 ……サラン、そんなに笑わなくてもいいじゃない。




――――――――――――第三章 END――――――――――――





――――作者注釈――――

●ここまでのシンの装備


・バールの剣

 サラン専用、バールを心金に打ち直したエルフの剣。

 クロームモリブデンバナジウムの合金工具鋼でサランの怪力をもってしても折ることも曲げることもできないこの世界の最強剣と言えるかもしれない逸品。丈夫だとは言っても要するに炭素鋼でしかないこの世界の並の剣とは比較にならない強度を持つ。


・クロスボウ

 エルフの子供用の弓を改造してクロスボウにしたもの。

 ハト駆除にはこれを使ってるとごまかすためで、空気銃のカバー用。

 大きすぎてマジックバッグに入らない。

 いわゆる「ボウガン」という言葉は実は和製英語で、海外では通用しないらしい。英Wikiで「Bowgun」を検索すると問答無用で「Crossbow」のページに飛ばされ、そこには「Bowgun」という単語は一切登場しない。これを書くとき調べて知った驚愕の事実である。

 日本発のゲームではこの「Bowgun」がそのまま使われていることがあるので、海外サイトでBowgunを検索するとゲーム画面だらけになるのはちょっと恥ずかしい。

 なお銃刀法が改正され、2021年からボウガンの所持が禁止されることが決定している。


・パチンコ銃

 ビタルフィッシュの軟骨をゴムにして小石を飛ばすもの。クロスボウよりもコンパクト。

 これもハト駆除にはこれを使ってるとごまかすためで、空気銃のカバー用。

 どちらも全然ごまかせてないので、もういいやと思い始めている。

 


次回、第四章「女神様の依頼」、スタート!

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