5.エルフのコポリ村
湖畔の村が見えてきました。
まわりは農地で、集落は柵に囲まれてます。
農作業をしている人が僕たちを見て驚きますね。
「サラン……そいつは?」
「人間」
「いや人間て……、めずらしいねえ」
最初サランさんに会った時は、巨人族みたいなもんかと思ったけど、デカいのはサランさんだけでした。でもみんな僕よりは背が高いけどね。うん、普通に海外旅行先で「外人さんはデカいなあ」と思う程度、だと思う。海外旅行したこと無いし。
その中でもサランさんは頭一つ大きいんだけど……。
「おうサラン、鹿か。……ってそいつは?」
「人間」
「見りゃわかるよ……」
「サラン、獲れたか?……って誰そいつ」
「人間」
「いやそれはわかるけどさ」
村人集まってきてしまいました。
大変です。
正直怖いです。
「シンって言うんだ。私と鹿同時に当ててね、しょうがないから山分けしようかと」
どさっと広場でシカを降ろして、うーんとサランが伸びをする。
……見惚れるような見事なプロポーション。おっぱいもいっぱいです。
弓を射るときの邪魔になるからでしょうか。右のおっぱいだけプロテクターで押さえつけてありますね。女性は大変ですね……。
こうしてみると間違いなく女性ですね。
ごきっごきっ。首を鳴らす。
前言撤回。実に漢らしいお方です。
「おい人間」
子供が不躾に声をかけてくる。
「シンって言うんだ、こいつ」サランさんが注意します。
「なんでこんなとこにいるんだ人間が」
なんて答えよう。
どういったら納得してもらえるものか。
「……迷いました」
「迷った? 迷っただけでこんなところまで来るか?」
「いや、本当です! 僕はここがどこかもわかんないんです」
「ここはエルフの村、コポリさ。人間の街はずーっと遠くだよ」
「俺人間って初めて見た」
「小せえな人間」
日本人ですから。でも君も子供で小さいでしょ。
「はいはいはい。私のお客さんだよ。そういうことにしといてくれ」
「この鹿、最近畑を荒らしてたやつか?」
「たぶんそう。まだ数はいるだろうけどね」
「一頭捕えただけでもだいぶ違うか」
こんな村でも鹿の農作物被害は日本と同じか……。
「さ、吊るして解体しよう」
「あ、手伝いますよ」
「そうかい。じゃ、一緒にやるか。山分けの約束だもんね」
「いえ、村で分けてください。僕は夕食分ぐらいもらえばいいですから」
「いいのかい?」
「はい」
そういうと子供たちから歓声が上がります。
「肉だー! 今夜は焼肉だー!」
うん、これで僕の印象が少しでも良くなればですが。
二人で鹿をロープで逆さ吊りにして、頸動脈を切り、血抜きをしてから解体を始めます。
っていうか、僕が一人でやってます。
みんな僕を見てる。
僕の手つき、僕の道具、めずらしいですか?
皮に切れ目を入れて、ウンチが肉に付かないようにまず肛門の周りを切り、膀胱をやぶかないように腹を裂き、内臓を下に……。
「なにか受けるものはありますか?」
一人桶を持ってきてくれました。
あばら骨と骨盤をアーミーナイフのノコギリ(※1)で切断して左右に開き、手を突っ込んでハンティングナイフで横隔膜を切り、内臓と大量の血を全部どばどばと桶に落とします。
手足に切れ目を入れ、ナイフで皮を剥いでいきます。
「シン、あんた上手だね……」
「丁寧だな」
「うん、本物の狩人じゃ。人間の野盗だの密偵だのではなさそうじゃな」
そんな危ない奴この村に来るんですか。
剥ぎ終わった皮を引っ張って脱がすように外します。
「皮いる人――!」
「あ、欲しい欲しい――っ」
「前足」
「いいかい?」
「もう一本」
「俺もらっていいかなあ」
「後ろ足……は、後にしないと……」
足にロープ縛って逆さ吊りにしてますからね。
「今夜はステーキだな!」
調子に乗ってどんどん配ってて急に思い出した。
「あっ、サランさんと山分けだったっけ」
サランさんがゲラゲラ笑います。
「いいよもう。こんなに集まってるのに今更ダメだって言えないって」
「じゃ、背ロースでも」
「そこ二本、あんたと私で分け合うか」
「あっずりーずりー! そこ一番うまいとこなのに!」
サランさんがガキ……お子様の頭をぶん殴ります。
「私とシンで獲ってきたんだから、当然だよ! 少しは遠慮しな!」
ほとんど骨だけになった残念な鹿さんですが、子供たちがあばら骨をボキボキ切って持って行っちゃいます。
「これ焼いてしゃぶるのがまたうまいんだ」
うまいですよねスペアリブ。
「さっ、おいで。家に案内するよ」
「いいんですか?」
「どうせ泊まるところもないだろ」
「そうですが……」
女性の家にですか。大丈夫なんですか?
「まあサランなら心配ないだろ」
「っていうかサランをなんとかできたらそっちがすげえよ」
「期待してるぞ兄ちゃん」
何人かのチャラい男どもがサランさんに殴られております。
怖いです。
「とりあえず、なんか食わせてやるからさ」
サランさんの家は村のはずれの小さい一軒家。
丸太を組んだワンルーム。身をかがめて住んでおります。
「えーとえーと、とりあえず焼くだけでいいかい?」
「ありがとうございます。お任せします」
「今日獲った肉はまだ硬くて食えないから(※2)、三日前に獲ったやつでご馳走してやるよ」
「ああ、そういうことでしたら僕の分もあげますよ。持っていてもしょうがないし」
「うーん、じゃ、預かるってことで」
そう言って、なんか床の蓋開いて入れてましたね。室ってやつですかね。保管庫。ひゅうう――って、なんか魔法出してます。冷気が伝わってきます。
「それ魔法ですか!?」
「そうだよ」
「冷やす魔法?」
「そう」
「そんなのできるんですか!?」
「エルフはみんな魔法ができるよ。人間は苦手らしいね」
「僕もまったくできませんね」
「そうかそうか」と言って楽しそうにふんぞり返る。
なんと単純な人なんでしょうか。
部屋の真ん中の囲炉裏で炭をおこして点火します。
「火の魔法も使えるんですか……」
「基本基本。誰でもできるよ。エルフならね」
「はー……」
めっちゃ自慢げです。
「塩があればいいんだけどね」
「塩ですか……」
マジックバッグで買えるかな?
塩だけってのも味気ないし、ちょっといいもの、買えないかな?
「しょうゆ」
がさがさ。
「焼肉のたれ」
がさがさ。ダメかー。
「ソルトペッパー」
出た!
味塩コショウの小瓶!
バーベキュー用品かな。これならアウトドアショップにも売ってるか。
バーベキューソースでもよかったか。まあいいや。
ちなみに料金は先に収納しておいた現金から自動引き落としです。
「……なにやってんのさ。そんな鞄もってたっけ?」
「お気になさらず。味付け塩です」
「えええ――――!!」
「もしかして塩は貴重品ですか?」
「めっちゃ貴重」
「それはよかった。じゃ、これ振りかけて焼きましょう」
パッケージを切って蓋をあけ、サランさんがフライパンで焼いてる肉にふりかける。
「珍しい入れ物に入ってる……。それにすごく細かい塩だね」
「胡椒も入ってますよ」
「コショウ?」
「南方で取れる調味料です」
「へえー……」
皿に盛っていただきました。
「では、山の恵みに、一日の終わりに感謝を。いただきます」
それがエルフ流のいただきますですか。
「山の恵みに、一日の終わりに感謝を。いただきます」
フォークだのはありません。ナイフで直接いただきます。
「うまい!」
「うまいですね」
「いやこの味付けめちゃめちゃうまい! すごいよシン!」
「よかったです」
「人間はいいもの食ってるねえー……」
サランさん大喜び。
「ちょっと出てくる。食ってて」
「はい」
「それ貸して」
「どうぞ」
その後サランさんは各家に回って焼いてる肉に塩を振りかけまくって来たそうな。
あまりにもおいしいのでみんなびっくりしたそうな。
なんだかなあ……。
大サービスで、マジックバッグから味塩コショウを二十本、出しました。
「各ご家庭に一本ずつ配ってあげてください」
「いいの?」
「今日お世話になったお礼です」
「ありがと!」
大喜びでまた出て行っちゃいましたね。
よかったですね。
「シンはさあ……これからどうするの?」
「……実はまったくあてが無くて……」
「家族はいないの?」
「いないです」
……この世界には。
「じゃあ、私とおんなじか……」
サランさんは草を編んだマットレスの上に毛皮を敷いてごろ寝してます。
僕も毛皮だけもらって床の上。
愛銃M870の分解掃除中。
「人間の街に行けば、なんとか暮らせるんじゃないのかね?」
「そうかもしれませんね」
「でも人間の街は遠いしなあ……」
「人間がこの街に来るのは珍しいんですか?」
「時々商人が来るけどね。あと野盗や人さらいがたまに。それだけだね」
サランはそういって、あくびする。
「シンは前はなにやってたの?」
「狩人、あと、街の雑用みたいな仕事してました」
役場職員兼、ハンターですから。
「それだったらこの村にいてもいいような……」
「いられたらいいんですけど、エルフの村だし、僕は人間ですし、仕事があるでしょうか?」
「狩人やればいいだろ。腕はいいんだし、すごい魔道具も持ってるし」
愛用のM870を組み立て終わり、カバーかけて、僕の横に寝かせます。
「実はこれ、お金を稼がないと続けられないんです」
「エルフの村にお金なんてないよ? お金をやり取りするのは人間だけだね」
「じゃあ、いつまでもいられませんね……」
「そっか……」
「ここでできる仕事かあ……」
害獣駆除かな。
明日からさっそく始めてみようかな。
「シンさあ」
「はい」
「行くとこ無いんだったら、いたいだけいていいよ」
「……ありがとうございます」
……。
ぐすっ。
「泣くなよ」
「なんでそんなに信用してくれるんですか?」
「腕のいい狩人に悪い奴はいないよ」
「そうでしょうか」
「悪い奴は、その腕で悪いことするんだ。狩人になんかならないね」
「……かもしれませんね」
「明日は二人で狩りに行こう。まだまだ鹿いるし」
「はい。ぜひ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
静かな寝息が聞こえてきました。
豪快ないびきとか、覚悟してましたが、よかったです。
――――作者注釈――――
※1.解体する時には内臓を取り出すためあばら骨と骨盤を切って割らないといけないが、スイス・アーミーナイフ付属のノコギリが便利だったりする。
「ハンティングナイフ」は皮をはいだり肉を切ったりするための小型なナイフであり、いわゆる大型のコンバットナイフやサバイバルナイフや剣鉈などのグリップより刃のほうが長いナイフは解体には使われない。
なお北海道は鹿もクマもでかくて狂暴であり罠の止め差しも銃でやるため、槍にもできるナイフ(フクロナガサなど)も使われない。
※2.獲ったばかりの肉というのは煮ても焼いても固くなって噛み切れないのが普通。通常数日冷蔵放置して熟成させてからでないと食べられたものではない。熟成肉は表面は食べられないので表面をそぎ落とす掃除をしてから食用とする。
次回「お仕事開始」