47.新しい武器を作ろう
エルフの村の人は、自分の弓は自分で作ります。
「もういらないしね、これをあげるよ」
「ありがとうございます!」
僕はいろんな人から、古い弓をもらって研究中です。
弓の作り方も、人によって個性がありますね……。
でも基本はやっぱり竹ですね。複数の素材を組み合わせて作られてもいます。
「ねえサラン、竹って近くで取れるの?」
「うん、山とかに普通に生えてる」
僕も自分で作ってみよう! 最初はそんなこと考えてたんですけど……。
無理だ。
どれもこれも凄い手がかかってる。
どうやって作ったのかまったくわからん……。
特にあの微妙なカーブ。
サランの弓なんかは大型で、和弓にそっくりなんだけど、竹や謎の木を張り合わせて超強力。僕なんかじゃ半分も引けないよ。
どないなっとんねん――――な感じ。
村には弓作り名人のアルドラさんっていう人がいて、みんなこの人に教えを請いながら一緒に自分の弓を作ります。
だけどこの人弓づくり百年のベテランさんで……。
つまり僕が自分で作ろうとするのはあまりにも無謀という話。
ご近所さんが子供のころ使ってたっていう短くて古い弓。
これを改造するか……。
「おうやっとるな! ……ってなんだそれは」
僕が家の前で木をナイフで削ってると、アルドラさんが来ました。中年男性に見えますが、百二十歳越えの村の重鎮です。
「こんにちわ。弓を改造して武器を作ろうかと思いまして」
「お主自分の弓を作るのかと楽しみにしておったがのう」
「すいません。みんなの古い弓を集めて研究してみたんですが、全然作り方がわからなくて」
「つまらんのう。最近は弓を作るやつも少なくなってな、俺ヒマなんだよな。おぬし諦めるのが早すぎるぞ」
「アルドラさんが一緒に作ってくれるんですよね」
「そうだ。弓は一人ひとり体や癖に合わせて作るからな」
「サランの弓は傑作だと思います。凄い逸品です」
「わかるか。いやー、お主なかなかだのう!」
はっはっはと笑う。
アルドラさんは職人気質とはいえ気難しいところは無くていい人ですね。
怒ったりしてるのは見たこと無いです。
「作ろうと思ってるのはクロスボウなんです」
「クロスボウとな?」
「はい、修行がいらなくて当てるのが簡単な弓。威力とか速射性は弓に全然かなわないし、かさばるんですけど、そのかわり取り扱いは簡単です」
「ふーん……。ま、完成したら持ってこい。見てやるから」
「はい、ぜひ」
そんなわけで一週間ほどかかりましてね、試作第一号が完成です。
引き金とラッチの部分が面倒でしたよ。
弦を直接シアに引っ掛けるような奴だと弦がすぐに痛みますのでね、丸棒にひっかけて、その丸棒がハンマーみたいにトリガーに引っかかっていて、トリガーを引くと丸棒がぱたんと倒れて弦が放たれるようにしてみました。
これは街で買ってきた金具をヤスリでごしごし削ってなんとか作りました。
とりあえず矢は溝の上に置くだけです。短い特製の矢です。
これも使わない古い矢をもらってきて、矢じりを短く付け直した感じです。
弓は村の人が子供のころ使ってた子供用弓を使います。
マジックバッグには頼らないで、この世界の物だけで作るのは大変でした。
構えるとサランが笑います。
「かっこわるっ」
「みてろー!」
ぎゅーって弦の真ん中にひっかけた輪を引っ張って丸棒にひっかけ、矢を載せて……。
バシュッ。
飛んだ!
感動!
できた――――!
「はずれ! アハハハハハハ!」
……サラン笑いすぎ。
その後いっぱい撃ってみたけど、命中精度がいまいちです。
グルーピングは10mで15センチ。ハトも落とせません……。
なにがいけないんだろうなあ。いろんなところがいけないんだろうな。
照準器が無いせいでしょうか。
いやそれ決定的にダメだろ。なんか考えないといけません。
あとでアルドラさんに見てもらわないといけませんね。
「なんでシンはそんなもの作ろうと思ったの?」
「うーん、まあ僕の鉄砲のことが街で有名になってくるといろいろ面倒だと思ってね、お偉いさんに目を付けられたりしたら大変でしょう? だから、そんなときに、使ってるのはコレなんですって見せられたらいいなって。ちょっと変わった弓って程度かよって思われるような」
「ふーん……。シンもいろいろ考えてるんだね」
「でも難しいや。矢じゃなくてパチンコにしようかな」
「子供のオモチャだよ」
「オモチャでいいの!って……、やっぱりパチンコあるんだ?」
「あるよ」
「ゴムとかどうすんの?」
「ごむってなに?」
「引っ張るとびよーんって伸びて、弾力があって、手を放すとぱしっと縮むような」
「ああ、そう言うのだったら魚の軟骨とか」
「どんな魚?」
「この辺じゃ取れない。ビタルフィッシュとか」
「それ獲りに行ける?」
「街に行けば売ってるかも」
「よしっじゃあひさびさに街に行ってみますか。いろいろ買い出しも頼まれてるし」
「えーえーえー……」
アルドラさんに試作クロスボウを見せますとね、とっても面白がってくれましてね、改造してやるから預けろってことになりましたね。
「もう弓は三百年も大した改良も無く使われ続けている完成品だ。こういうまったく新しい物に挑戦するってのは職人冥利に尽きるってやつなんだ。とにかく面白い! ぜひやらせてくれ!」って乗り気なんです。
不思議ですねえ。エルフと言ってもけっこう伝統にとらわれない柔軟な所があるんですね。
新しいものをどんどん取り入れようという所は職人というより、エンジニア気質なのかもしれません。
そんなことを考えているとサランがやってきて、「剣折れた――――!」と涙目です。
「えっどうして!」
「薪割りしてたら……」
「……そりゃあそんな使い方したら折れるって」
薪割りはサランの仕事です。いつも斧で割ってます。
でもその日は剣の練習も兼ねようとかで、丸太を縦にして剣を振りかぶって打ち下ろして割ってたら折れたそうで。
そりゃあそうなるよ……。
折れた剣を見ると鍛造の炭素鋼ですね。鉄を熱してハンマーで打って作った片刃剣です。打った槌跡が残っていて、日本刀のように精緻なものではなくて、まあ荒っぽい作りです。
日本の農家で使う鎌とか野菜を収穫する包丁とかの刃物と同じです。安く大量に作れて使えさえすれば見た目はどうでもいいというそれなりの造り。
分厚くて重さもあって西洋風です。エルフ村出入りの商人、ムラクさんに売ってもらった物でしたっけ。貧乏なエルフでも出入りの商人から買える剣。別に名剣や業物な訳が無く極々普通の剣だったわけです。無理も無いです。
「折れない剣があったらなあ……」
そりゃあこの世界の技術じゃ無理でしょ。日本刀だって曲がったり折れたりします。
あれは砂鉄から作った玉鋼を昔ながらのやり方で鍛えてるから工業用の鋼鉄よりもずっと弱いです。
素人の芸能人が力任せに竹藁を切るのを失敗して日本刀をひん曲げちゃったのをテレビで見たことがあります。
ちょっと思いついたので、マジックバッグを出します。
「釘抜き。長さ1m以上。一番丈夫なやつ」
どんっ。
出てきました!
バールのようなもので有名なバールです! あらゆるシチュエーションで使える最強武器です!
金貨二枚!
こういうDIY用品も買えるんですねえ。ホームセンターみたいなものなのかな。
まあハンターには山の中に狩猟小屋を自分で作る人もいますからね。必要かも。
現代工業技術の結晶。クローム・モリブデン・ニッケル・バナジウムなどを含有させた最強の鋼鉄ですよ。平型バールですね。断面が薄いH型してます。
「鉄棒?」
「うん、釘を抜いたりこう、物を持ち上げたりするのに使う道具なんだけど」
「すごい丈夫そう」
「はい、ではサランはこれからコレを折ってきてください。曲げてもいいです。木に打ち付けるのでも岩に叩きつけるのでも上に乗るのでもなんでもいいです。全力出していいですからとにかく遠慮なく力いっぱいどんな方法使ってでもいいですから」
「いいの? こんな鉄棒すぐ折れるに決まってるよ」
「折れたら今日の夕食は僕が作る」
「わかったー!」
そういってサランがバール持って走っていきました。
ものすごく危険な光景です。
絶対に敵に回してはいけない感じがします。
僕が囲炉裏に火を起こして、鍋でカモの鶏ガラ出汁に野菜とソーセージのスープを作っていると、サランが汗ダラダラになって帰ってきました。
「シン! これ折れないよ! 曲がらないし! なにこれ!」
「いろいろやってみた?」
「やったよ! 木に叩きつけてみたし、岩に叩きつけてみたし、岩の下に差し込んでぐーって折り曲げてやろうともしたけどまったく曲がらないよ! 岩のほうが持ち上がっちゃったよ!」
あっはっは。バールってそういうものです。折れたり曲がったりしたらケガ人が出ます。作業中の事故が起きないように人間の力では絶対に折ったり曲げたりできないようにできてます。たとえサランのパワーをもってしてもね。
この世界にはこんなすごい鋼鉄無いでしょうね。
「それ心金にして剣作ってもらおうと思って。鍛冶ができる人ってエルフにいる?」
「……トコル村にいるはず」
「じゃあ、それ頼んでみようよ」
「うん!」
すごい剣ができそうです。
さ、夕食夕食。
折れたらって約束でしたけど、それは本気でやってもらうための口実ですから、たまには僕が作るのもいいでしょう。
村の人に買い物リストをいっぱいもらいましてね、毛皮とか木の実とか農産物とか売り物をいろいろ預けられまして、もうなんだか大変です……。
僕商人じゃないんですけどね。
いつものように川を下り、途中でエルフの川沿いの村、トコルに寄ります。
鍛冶職人の人がいましてね、ドウルさんというんです。村長さんに案内してもらいました。
「剣はもうやってねえよ……エルフで採れる鉄じゃ人間の剣に打ち負けちまう。人間から買ったほうがいいぜ」なんてことを言って不貞腐れております。
「これを見て」
そう言って、サランがバールを出し、鍛冶場にある金床に思いっきり打ち付けました!
ガキィイイイイインン!!
サランの全力パワーです!
金床がへこみましたよ!
「えええええええ――――!」
ドウルさんが目を丸くして驚きます!
「……手しびれた」
「なっ、なんだその鉄は!」
「ちょっとあるところから手に入れた道具でしてね」
「なんで折れない! いや、曲がってもいないじゃないか! そんな鉄見たことねえぞ! ありえねえ!」
サランからバールを受け取って、ドウルさんが驚愕します。
「それを心金にして、ハガネをかぶせて剣にしてもらえないかと思いまして、並の剣だとサランのパワーに耐えきれなくて……」
「いや俺もまったく同じことを今考えたよ! これを使ったらすげえ剣ができるよ!」
ドウルさん目がランランとしています。
「熱して叩き出して剣の形にして、ハガネを打ち合わせて焼き入れ、焼き戻し、研ぎまでやってもらいたいんですけど」
「……お前何故それを知っている? エルフの秘伝だぞ?」
ドウルさんの目が鋭くなります。なるほど、焼き入れ焼き戻しは門外不出の職人技でしたか。
「シンはねえ、物知りなの。いろんなこと知ってるのよ」
そういってサランがドヤ顔です。
「もしかして人間の技術なのか? もう人間はこんなもの作ってるってのか?」
「違います。これは大昔使われていた今はもう失われた魔法技術で作られたものです」
なんとか適当なことを言ってごまかします。
鉄砲でもさんざん使った言い訳ですので、僕も真顔でスラスラと嘘が付けるようになりました。
「……任せろ。いや、やらせてくれ。こんなもんで作った剣をエルフ一番の戦士のサランが使ってくれるなら職人冥利に尽きるってもんだ」
「お願いします。報酬はどうしましょう」
「人間の街に行くんだったな。街で一番いい剣買ってきてくれ。その剣を叩き折る剣を作ってやるからよ」
目がランランとして怖いです。
やってくれそうです。任せましょう。
ミルノくんとカノちゃんの結婚式から二週間ぶりぐらいでしょうか。
今回はそう間を開けずにサープラストにやってきました。
今はもう僕らも桟橋にカヌーを停めて、今度はちゃんと正式に商人ギルドさんのところに川イルカくんも預けてお金を払います。
「君ら、商人ギルドに加盟したらどうだい?」
「そんなのできるんですか?」
「ああ、試験に受からないとダメだけど」
「へえー……」
「やってみる気があるんなら商人ギルドの受付で聞いてごらん」
「はい、まあ、時間があったら」
船着き場のおじさんに料金を払って、エサ代のかわりにたっぷりシカ肉を置いていきましたよ。
「いいもの食べさせてもらってるな! コイツ!」
キューキュー。
シカ肉を切って投げるとぱくっと受け止めて飲み込みます。
あっはっは。かわいいですよね川イルカくん。
ハンターギルドに行きました。買い取りじいさんが嬉しそうに出迎えます。
「マスターがずっと待ってたよ。もっといっぱい来てくださいよ」
「往復だけで四日かかるんですけどねえ……」
川イルカくんのおかげでだいぶ短縮されていますけどね。最初は川を下るだけで三日はかかりましたから。
「さあ、今日は何を売ってくれるのかな」
「タミンとクコとキラスの実、鹿、熊の毛皮、アライグマとキツネの帽子。これは新製品のウサギの帽子……」あれから二週間ですのでね、そんなにないです。
「もう商人になったほうがいいんじゃない? 君ら」
「ダメだダメだ! お前らはハンターだ! 本業を忘れるな!」
あーあーあー……。バルさんに見つかっちゃいました。
どかどかと階段を降りてきます。
「今日は大事件は無いんですか」
「あったらお前ら疫病神になるだろが。そうそうしょっちゅうあってたまるか」
そう言いながら掲示板に依頼をぺたぺたピンで刺していきます。
「これ全部お前らの仕事」
「えーえーえー……」
「頼むぜ」
「僕ら買い出しに来ただけなんですけど」
「そう言わずに。ハンターギルドの評判も上がってる。な、やってくれよ」
「じゃあ三日だけ。三日だけということで」
「ありがたい。報酬と別に一日金貨一枚出す。じゃ、頼んだからな!」
それじゃあ二人で宿取ったら赤字です。
こっちでも農業被害のハンターってほんとボランティアですねえ。
「じゃ、さっさと済ませちゃおうか……」
「うん……」
サランと二人で脱力します。
仕事?
もちろんハンターギルド倉庫と商人ギルド倉庫のハトからですわ。
次回「農家さんたちの依頼」