43.強制イベントって、あるんですねえ
お昼になってから宿を出て、遅い朝食を食べても「まだお腹空いてるー」というサランに屋台で好きなものをたくさん食べてもらってですね、ハンターギルドに行きました。
シカの毛皮、アライグマやキツネの毛皮、それに帽子。
ふさふさの帽子の後ろにどれもしっぽがふりふり付いてます。僕らがいつも被ってるやつと同じですね。僕らが「タヌキ頭」って言われるゆえんです。
「マスターが今日は高めに買い取ってやれって言ってましたね。それが昨日の報酬だって。昨日ライルスライムを追い払ったのはもしかしたらアンタたちかね?」
いつもの買い取りじいさんがニコニコして対応してくれます。
「違いますよ」
「隠すな隠すな。まあ事情もあるんだろからもう聞かないよ。さて……。全部で金貨百八十二枚でいいかな?」
「ありがとうございます! それでお願いします!」
「どうだい?」
じいさん、ニコニコしてアライグマの帽子かぶって見せます。
僕らもこんなふうに見えてるんでしょうか。尻尾がフリフリしてるところがやっぱり子供っぽいや。
「これは流行るよ! これからもどんどん売りに来てくれ!」
「流行ったら私たちが目立たなくなっちゃうよ」
いや、サラン、僕はそのほうがいい。
とにかくお金になるんなら文句はありません。作ってくれたカノちゃんが喜ぶでしょうね。
「ありがとうございました」
「待てえええええええ――――!」
買い取り爺さんに呼び止められます。
「何か?」
「ハト」
「あー……。やっぱり……」
その日の午後は、ずーっとハト撃ちですよ。
空気銃のダイアナ・M52で。
375H&Hマグナムと比べてなんというギャップでしょう。
アレと比べたらほんとオモチャですねえ、空気銃って。
でもね、僕は空気銃でハト落とす仕事が一番好きですね。
なんと言ってもこれが一番成果出ますからね。
三か月前に一度全滅させていますので、まあ商人ギルドの倉庫と合わせて三十羽落としてだいたい片が付いたかな。
全滅作戦はやっぱり効果ありますね。
ハトはね、「ここが自分の巣」って覚えられた時点で負けですわ。
辛抱強く駆除していくのが、やっぱり最良ですねえ。
「お前ら、頼みがあるんだけどな」
「これ終わったらエルフの村に帰ります」
「まあそう言うな」
バルさんがやってきましてねえ、申し訳なさそうに言うんですよ。
もう関わりたくないんですけど……。
「領主から依頼が来た」
「ますますやりたくないんですけど」
「気持ちはわかる」
バルさんが掲示板を指さします。
「赤札緊急だな。ライルスライムの巣、駆除することになった。街に近いから放っておけねえってことで、ここ覚えられちまったし、また来るかもしれねえって領主がビビってな。前金で金貨五十枚もらったさ。安い報酬だぜまったく……。報酬については安心していい。まるまるお前らにやるよ」
「僕らに指名依頼なんですか?」
「いや、そうじゃねえ。ギルドでできるならギルドでやってくれ。領兵は使いたくねえってことさ。普通の依頼だ。誰でもいい」
じゃあ僕らでなくてもいいじゃないですかバルさん……。
「だったら僕ら帰ってもいいですよね」
「なんでそう帰りたいんだよ! 久々に来たんだからゆっくりしてけよ!」
「討伐依頼のどこがゆっくりなのよ! 私たち村で友達の結婚式があるからその準備の買い出しに来ただけだよ! 私たちが戻るのが遅くなれば結婚式も延期になっちゃうんだよ!」
うぉ! サランキレた!
「ギルドの救済でもある。今回の不祥事、ハンターのバカどものせいだってのはバレかかってる。ギルドで始末をつけるなら不問にしてやるって意味でもあるんだ。ほうっておくとヘマしたハンターたちの責任問題になるぜ」
「もう関わるなって言ったのはバルさんですよね」
「ヘマしたハンター、縛り首になるかもな」
「うっ……」
「死人こそ出なかったが、正門は作り直し、ヘタしたら大惨事になってたしな」
「うう……」
「やってくれるよな?」
顔が近い近い近いバルさん。
「……今回だけですよ」
「わかってるよ」
もうイヤです。
「たぬ……ラクーンヘッド! ひさしぶりだな!」
会議室に案内されるとチーム・エルファンの連中がいましたね。
「お久しぶりですみなさん」
そう挨拶すると全員がバツが悪そうに顔をそむけます。
「実はライルスライムから逃げてきたってのはこいつらでな」
そういうことですかバルさん。前はゴブリンから逃げて来たんでしたっけ。
よくよく運のないパーティーですね。
「まあこいつらのツキのなさってのはもう壊滅的だな。スライムの巣を見つけて、普通に攻撃してみたらそれが全部ライルスライムだったってこった」
はあー……。
「ライルスライムだと思わなかったんだよ。普通の小さいスライムでさ、攻撃したらたちまち合体してデカくなって、赤く変わって攻撃が通らなくなって……。俺たち魔法使いなんてパーティーにいないし、どうしようもなくて逃げて来たんだ。そしたら追って来やがって……」
「スライムって合体するんですか?」
バルさんも首を振ります。
「そんな話聞いたことも無い。でもだからって別にこいつら疑っちゃいねえよ。ま、知られてない生態の一つってことかな」
「粘菌の一種なんですかね、スライムって」
「ねんきんってなんだ」
粘菌知らないのかこの世界の人たちは。
南方熊楠や昭和天皇が御専門でしたかね。
「目に見えないぐらいの大きさの微生物です。キノコみたいに胞子を撒いて育つんですが、それが動いて一つ一つが栄養取りながら成長し、ある程度育つと集まって植物みたいな形になります。動物なのか植物なのかよくわからない生き物ですね。それが巨大化したのがスライムってことになるんですかね」
「お前ヘンなこと知ってるな……。まあスライムの生態なんて研究したやつがいるわけないし、まだまだ分からないことだらけだけど、とりあえずその巣の場所を知ってるのがこいつらだけだからな。案内役として連れて行け」
「ええ――――!! 俺らも行くんっスかあ!!」
チーム・エルファン大ブーイングです。
トラウマにもなりますよね。
「お前たち、通報されて縛り首になるのがいいか? 罰金の金貨百枚どうすんだ?」
ガクブルですねエルファン諸君。
「でもどうやって倒すんです。俺らじゃどうしようもありませんよ」
「それはたぬ……ラクーンヘッドがやる。お前ら案内だけでいい」
ボーゼンですね、チームエルファン。
「うまくいったら罰金免除してやる」
「……報酬は?」
「全部ラクーンヘッドにやる。お前らはタダ働き。終わったらクビ。ハンター辞めてカタギになって真面目に働け。お前たちまったくハンターに向いてねえよ。それだけだ」
「……」
ハンターってカタギの商売じゃなかったんですか。心外です。
「正門に穴が開いたし、アレが破られたらスライムが街の人間を食いながらどんどん大きくなったぞ? 軽い処分だと思わんか?」
「わかった、わかりました。やります。やらせてください」
人を使うのがうまいですよねバルさんは。
この調子でずっとコキ使われ続けるんですかね僕たちも。
「いつやる?」
「僕らにも準備があるので。では明日」
「了解だ」
サランがものすごい不満顔です。ごめんねサラン、ミルノくん、カノちゃん……。
日暮れ前、サランと二人で岩場に行きまして、H&Hマグナムの試射しました。
アイアンサイトで100m、5cmの核撃ち抜くなんてのはやっぱり難しくてですね、10発ほど撃って反動に慣れたところで、スコープ付けることにしました。
慣れると撃てるようになりますね! 375H&Hマグナム!
何事も慣れですね。
考えてみれば人間が撃てないライフルなんて作っても誰が買ってくれるんだってことですからねえ。メーカーにしてみれば当然ですね。
いくら大パワーにしても、背負って歩いて立射や膝撃ちもしなきゃいけないのにそれも困難な大型で重い銃なんてハンティングに使えません。H&Hマグナムが百年も前から他の弾薬に取って代わられること無くずーっと使われ続けているのは、普通の人間でも撃てる上限みたいなものがこのへんにあるからなんだと思いますね。
実はマジックバッグで肩パッドと、三脚買いましたけど。
僕だと、座射で、肩にクッションになるパッドあてて、三脚に先台載せての射撃が前提になります。
弾薬は20発入り銀貨六枚もします。一発二百五十円ですね。
猟銃のライフルでは、メーカー製の専用のスコープマウントを直接ねじ止めするのが普通です。軍用ライフルみたいに規格されたマウントレールを付けて、その上にスコープマウントを乗っけるみたいなことはやりません。強力な反動ですぐにズレたりゆるんだりしますからね。
選んだスコープはやっぱりニコンの、スラッグハンター。
ショットガン・ハーフライフルのM870に取り付けていて、使い慣れたスコープです。
ライフルを購入したのでもうショットガンのハーフライフルは使いません。なのでそれにつけていたスコープをそのままつけてみました。このスコープで想定されている最大射程は200m。
H&Hマグナムは威力優先ですからね。あんまり長距離射撃はやらないということ前提で、これにしてみました。動きの遅いスライム相手ですから、200m撃てればいいでしょう。ライフルの性能としては500mでも当たるでしょうが、遠距離射撃用の弾じゃありません。使う弾は空気抵抗の大きい先が丸いラウンドノーズですからあんまり離れると肝心の威力が落ちちゃいますし、一度うまく仕留められた弾なんですから変に変えないほうがいいでしょうね。
この弾が命中精度を犠牲にしてでもあえてラウンドノーズになっているのには僕にはわかんないちゃんとした理由があるはずですから。
実は12ゲージのサボットスラグを撃ち出すショットガンのM870は反動が308ウィンチェスターを使うライフルのM700よりきついのです。
反動の大きさは体感でH&Hマグナム、12ゲージサボットスラグ、308ウィンチェスター、通常の散弾、の順になります。
つまり僕はずっと前から308ウィンチェスターより反動が強い銃を撃っていたことになります。
そのM870にずっと載せていて壊れなくてズレなくて、アイリリーフが5インチ(13cm)と特別長くてスコープに目をぶつけるなんてことが一度も無かったスコープですから、僕はこれがいいと思います。
いろんな銃を使い分けてますからね、スコープぐらいはできるだけ統一するほうがいいでしょうね。
でも一応アイプロテクターは付けますよ。
サバゲで使うようなポリカーボネートの透明なサングラスぽいやつね。
普段からもできるだけ着用したいですね。こんなもの付けてたら異世界では目立ってしょうがないですが、人が見ていないときぐらいはね。
100mでゼロセットすると、4-9倍の倍率のうちいつも使っている6倍で一つ目の目盛りがだいたい250mに合いました。スラッグ用スコープなので目盛りの間隔が広いのです。この銃の性格上、150mで10cm以内にまとまれば使用目的としては十分でしょう。
「よしっ準備OK」
「もういいの?」
双眼鏡で当たったところ教えてくれたり、ほんとスポッターがいてくれて助かります。
「僕一人だったら怖くてあんな大きなスライム立ち向かえないね。サランがいてくれなかったらとっくに逃げ出してるよ、こんな仕事……」
「私はだんだんできることが減ってるなあと思って申し訳ないと思うよ。ライルスライムなんか相手じゃ、手も足も出ないもん」
「サランも鉄砲撃ってみればいいのに」
サランの体格だったらH&Hマグナムなんて楽勝でしょうし、いい狙撃手になると思うんですけどね。
「絶対イヤ」
「なんで?」
「シンを守るのが私の役目。これだけは絶対に譲れません」
嬉しいですね。
今夜はちょっと、いい宿にしちゃいましょうかね。
次回「スライムの正体」