42.大事件は後始末のほうが面倒です
「で、お前たちとしては、今回も手柄は秘密にしてほしいんだな?」
街も落ち着きを取り戻し、スライムたちが逃げて行ったということになって騒ぎも収まってきてる。僕らも静かになってからこっそり税関の建物を降りて、とりあえずハンターギルドに来ているわけです。
「そうですね」
「うーん……。まあわかる。ライルスライムをあんな方法で討伐できるとなれば領主が飛んでくるし、ヘタしたら国に召喚されちまう。お前らの人生はメチャメチャだな」
「面倒なことや危険なことを押し付けられるならまだいいです。こんなことなにか悪いことに利用されるに決まってるでしょう。僕らはエルフの村で静かに暮らしたい」
「だよなあ……」
ギルドマスターのバルさんがため息つきます。
「ものすげえ音してたけど、街の中だしな。あちこちに反響してどっちから音したか領兵のやつらもよくわかってねえ。お前らがスライム攻撃してるのも屋上からだから見られてねえし、あんな距離から攻撃できると思う奴もいるわけねえ。みんなスライムに雷が落ちたと思ってるよ」
雲一つない青空でしたが。
「領主もお偉いさんがたも逃げ出す準備に大忙しで正門なんかに来ちゃあいねえ。まあ、神様がスライムに天罰与えたか、そんなところだ。ギルドからはいきなり雷が落ちてスライムに当たったって言っとくよ。さぞかし教会が喜ぶだろうさ。領兵のやつらが追い返すのに成功したでもいい。お前らが手柄を要求しないならごまかし方はいくらでもまああるな」
神様って言っても、この世界の神様はあのいつもテンション高いナノテスさんですけどね。
「あの、借りた金貨百枚のことなんですけど」
「ああ、そりゃあもういい。受け取っておけ。ギルドで処理しとくよ。お前の魔法は金がかかるんだろ。あれが金貨百枚で討伐できるなら安いもんだ」
そう言ってバルさんが手をヒラヒラさせます。
あとで数えてみたら八十枚ぐらい残ってました。
H&HマグナムのレミントンM700、レミントン製としては高かったけど、ホーランド・アンド・ホーランド社製よりずっと安かったわけです。儲けになるなら遠慮なくいただいておきます。
「いちいち金がかかる魔法かあ。意外と厄介だなお前ら。エルフの村には金が無い。だからこうやってたまに出稼ぎに来てるわけだな? そうだろ?」
鋭いですね。さすがはギルドマスターです。
「……実はその通りです」
「やっぱりか。いや、そのおかげでたまにはこっちに顔を出してくれるわけだ。ありがたいよ。本音を言えばこっちに住んでほしいが、そりゃお断りだろうな。なんにせよお前ら最高のタイミングで来てくれた。礼を言うぜ」
「あの、あれを呼び寄せちゃったハンターのパーティーって、どこですか?」
「そりゃあヒミツだ。下手したら全員縛り首になりかねん。ハンターはクビ、罰金、金貨百枚をギルドから言い渡す。今回のことも、ハンターのヘマだってことをごまかすのに苦労してる」
「それだったら、あの……」
僕がバッグから金貨を出そうとすると、バルさんが首を振る。
「ダメだシン。お前は甘えな。またなんかやってやろうって考えてんだろ。ダメだダメだ。過ちには罰が必要だ。そうでないとこんなことが何回も起こる。お前たちもう少し考えて利用されないようにしていかないとこの先、生き残れねえぜ。この件でもうお前らは動くな。わかったな」
……。
そうですよね……。
「とにかく今日は一日仕事にならねえ。また明日来てくれ。明日から業務再開。買い取ってもらいたいものがあるんだろ? 俺のところに顔を出せよ」
「はい」
「あー、その前に」
部屋を出ようとした僕らにバルさんが声をかけました。
「ハト獲ってくれ。また倉庫に住み着いた奴が多くてね。商人ギルドの方も。明日から」
「……はいはい」
ほんとハトはどうしようもありませんね。
「なんだかめんどくさいことになっちゃいましたね」
「私はエルフの村に早く帰りたいー。結婚式が延期されちゃう」
「そうだよね。そうなったらかわいそうだもんね。今日は先に買い物済ませちゃおうか。金貨百枚バルさんからもらったし、」
「賛成!」
そうして、二人で市場を回って、その日は一日中買い物しました。
金物、食器はいいんですけど、布団をどうしましょうか。
完成品が売ってるんですけど、マジックバッグの口にさすがに入らないんですよね。
これは農家さんから羊毛だけ買ってきましょうか。
大変です。
「これだけどさあ……」
「うん、これは買ってあげようよ……」
カノちゃんが思い切りバッテンを付けたミルノくんのリクエスト。
僕たちからのプレゼントってことにしてあげましょう。
その晩、目立たないように安宿を取って桶で体を洗いました。
肩に痣が残ってました。腕が上がりません。
肩を何度も馬に蹴られたような気がします。
サランがずっと、手のひらを当ててヒーリングをしてくれてます。
サランはすごい魔術師ってわけでもなく、エルフだったら誰でもできるレベルの魔法なんだそうだけど、でもひんやりして気持ちいい……。
「あれを撃退しちゃうんだから、シンはやっぱりすごいね」
「道具頼りだけどね……」
「でも、ライルスライムって、エルフでも見つけたら逃げろって言われてるんだよ。この国にも倒せる人はいなかったし、これでもしコポリ村でライルスライムが出ても大丈夫だと思うと安心だよ。ありがとね、シン」
「どういたしまして。でも、スライムって強いんだね。僕一番弱いモンスターだとばっかり思ってたから」
「スライムにも色々いるから。ヘビとヒドラみたいなもの」
「それもそうか」
マンガだと敵がどんどん強くなる。
映画でも2とか3とか敵役はどんどん強くなる。
僕は普通の人間だから主人公みたいに強くなれない。
今日のスライムもギリギリ倒せた……。
もっと強い猟銃の出番が来たらどうしよう。
あっても、僕に撃てるんだろうか。
H&Hマグナム、ちゃんと撃てるように練習してみようかな。
スコープもつけなくっちゃ……。
……。
朝、起きてみたら腕が上がるようになってた。
痣もすっかり消えてる。よかった……。
サランがベッドの横に座って頭だけ載せて居眠りしてる。
一晩中看ててくれたのか……。ありがとう。
「サラン……。サラン……」
そっと揺り動かす。
「ん……。あ、おはよ、シン」
「おはよ。看病ありがとね。もうすっかり治ったよ」
「ほんと? よかった」
「あんまり寝てないでしょ。寝てていいよ」
僕はベッドから起き上がって降り、サランに勧める。
普通だったらお姫様ダッコしてサランを起こさないように寝かしてやれれば一番いいんだけど、サラン僕よりずっと大きいしね。無理だね。
かっこわる。僕。
サランがベッドにもぐりこんで二度寝するのを見て、僕は昨日手入れをしなかったレミントンM700を取り出してみる。
すごいなあ……これ。
マガジンのフロアプレート(※1)にMODEL 700 1962-2012 FIFTY YEARSって書いてある。
五十周年記念モデルだよ。
もう五十年も前から現役かあ。ストックの木目も綺麗。明らかにいい材使ってます。M700としては最高級品だね。プレミアムモデル。金貨二十枚……。お店で売れずに残ってたのかな?
こんなお金を出すぐらいならレミントンでなくてももっと高級ライフル買えますもんね。サコーとか。今時H&Hマグナムを欲しがる人間もいないってことですか。
まあ、悪い買い物したとは思いません。
だっておじいちゃんが持ってたM700とそっくりですから。
照星、照門が付いたクルミ材のストック。
歴戦を重ねて傷だらけになり、黒染めも剥げて銀色になっていくんでしょう。
いつまでもピカピカの鉄砲なんて、そっちのほうがカッコ悪いや。
弾は……3発しか入らない。
375H&Hマグナムだもんね。狩猟用ライフルとしては最大口径の一つだもんね。1インチが25.4mmだから、25.4×0.375で……。
これはさすがに暗算できないからメモ帳で筆算する。
9.5mmか。凄いや……。
ちなみに日本で所持できるライフルの口径は10.5mm以下です。
日本人でもなんとか所持できますな。
こんな大口径使ってる人見たこと無いけど。
ストックの後端、肩当て(リコイル・パッド)は分厚くて柔らかいゴムでできてる。
これが無かったら肩、痣じゃあ済まなかったかも。現代ライフル万歳。
ボルトリリースを押してボルトを引き抜く。H&Hマグナムを撃つのにロッキングラグは二つだけと相変わらずのレミントン流。(※2)
信用してますからね? 壊れたりしないでね。
「375口径ナイロンブラシ」
銀貨を入れてクリーニング用のブラシを買います。
機関部にぼろきれを当ててチャンバーにWD-40を吹き込み、クリーニングロッドの先にブラシを取り付けて前後させてと。細かい人は薬室から銃身に向かってこするだけで、往復させないって人もいますけど、僕はあんまり気にしない。でもこの時ロッドを握って往復させるんじゃなくて、押すだけにしてライフリングといっしょにブラシが回転するようにしなくっちゃ。
僕はいつもナイロンブラシだけ使ってるけど、命中精度が落ちてくるようなことがあったら真鍮ブラシも使ってみようかな。
散弾銃であるM870のサボットスラグ用ライフルの転度は90cm。
銃身の長さは90cm無いから、つまり銃身の最初から最後まで弾が通過しても一回転していない。
遅いよね。しかもハーフライフルだから半分ぐらい削ってあるし。
「ハーフライフルは削ってあるからフルライフルより命中精度が悪い」ってみんな思ってるけど、実はあんまり変わんないと思うよ。
海外動画で外人さんが散弾銃のライフル撃ってる動画いっぱい見るけど、僕のハーフライフルよりよく当たってるってわけじゃない。おんなじぐらい。
射撃場でベンチに乗せて撃つんだから条件同じ。それで僕と変わらないんだからハーフライフルだからって命中精度悪いわけじゃないよ。
ツイストレートの話だった。ライフルは普通どれも30cm少々。
24インチのライフル銃身で2回転ぐらい。だからブラシを押し込むと、銃身からブラシが飛び出すまでだいたいロッドが2回転しますね。
あとはクリーニングロッドの先にパッチをつけて押し込んで汚れと油分を除去すればOK。
薬室側から銃身を覗いてみる。
うん、ピカピカ。
スコープどうしようかな。
この銃はフロントサイトとリアサイトがついてるけど、もちろんスコープが取り付けられないわけじゃない。スコープを取り付けるネジ穴があります。
でも、これだけ反動が大きい銃だと体格が無い人は反動を支えきれなくてスコープを目にぶっつけてしまって大怪我するんだよね。
僕は体格に自信がありません。
H&Hマグナムのパワーは308ウィンチェスターの1.8倍。
口径が大きいから実際の反動は2倍ぐらいに感じました。
肩で直接反動を受ける伏せ撃ちは避けたほうがいいですね。昨日は膝撃ちで撃ったけど、あれでよかったんだ。上半身で反動を受け流せるから。
屋上からの狙撃で極端な見下ろし射撃だったんで、伏せ撃ちできなかったんだよね。運が良かった。
僕ももうこの数か月で308を数百発撃っているからだいぶ上手になってるけど、H&Hマグナムを使いこなせるようになるのはだいぶ先かな。
うん、反動をうまく流せるようになるまでスコープは無しにしよう。
しばらくアイアンサイトで使ってみるよ。
「ダットサイト付ければいいじゃん」とか思う人もいるかもね。
あれ使えないんだよ……。
ちょっと明るいとまったく見えない。真昼の北海道、雪原の上だとドットなんかどこにあるんだか全然見えないね。ドットがでかいのも問題です。直径2MOAなんて使い物になりません。100m先で5cm以上の円ですよ? 僕は全く信用していません。
将来的にダンジョンみたいな暗いところで使わなきゃならなくなったら考えます。
油で湿らせた布で機関部もよく拭いて、クリーニングが終わったM700を構えて空撃ちします。
カチッ。
うん、同じ。
銃が変わると引き金のフィーリングも変わります。(※3)
いろんなメーカーのライフルを試してみるのもいいでしょう。でもそのたびに引き金の切れ味が異なるのでは肝心の時に当たりません。やっぱり使い慣れたライフルが一番です。
だから単一機種としては世界一口径の種類が多いM700をわざわざ選んだわけですね僕は。
ライフルとしてはちょっと重めにセットしてあります。
使ってる弾がH&Hマグナムですから、しょうがないですね。
トリガーの重さは調整ができるようになってますけど、普通反動が大きい銃ほどトリガーは重いです。しっかり力を入れてグリップしますからね。ガッチリ握って人差し指だけ力を抜く、というのはどんなに訓練して習慣づけておいてもやっちゃうときはやっちゃいます。軽いトリガーは指をかけるだけで暴発させちゃうとかの事故になります。
このトリガーはモデルガンやエアソフトガンだけ撃ってる人には一生理解できないフィーリングでしょう。キレの良さが段違いです。「キレがいい」ってどんな感触だって言われても説明しようがありませんが、とにかく軽いトリガーなんかより、重くてもキレの良いトリガーのほうが断然当たります。
本物の銃はストライカーやシアが鋼鉄でできていますから、刃物のように鋭く研いであります。これが亜鉛合金とかの柔らかい金属だと鋭く研げません。だからスパッとキレないんです。電動ガンにいたっては単なるスイッチですから、機械的な感触はゼロでしょう。
銃はホンモノに限りますね……。
すぐに試し撃ちに行きたいし、サイト調整も弾道確認もしたいけど、我慢です。
宿屋さんの食堂に降りて行って、チップをはずんで二人分の朝食を持って上がります。サランがまだ寝てるんで、ひとりで先に食べるとしますか。
ゆっくりお休み。
――――作者注釈――――
※1.フロアプレート
着脱式箱型弾倉を持たない猟銃では、弾丸を取り出して弾倉をカラにするとき一発ずつボルトを操作して排莢しなければならない。それでは面倒なので、このタイプのライフルのマガジン底部はラッチを押すとヒンジでドアのように開くようになっている。つまりマガジンの底が抜け、一気に残弾をザラザラと取り出すことができる。マガジンフォロアーと板バネはフロアプレートにくっついたままなので紛失の恐れはない。
箱型弾倉のほうがすぐに交換できていいだろうと思うかもしれないが、猟では弾倉を交換しながら撃つほど大量に射撃することはあり得ないし、送弾不良の原因になりやすく、落として無くすと大騒ぎになるのでこれを嫌うベテランさんは少なくない。一人でも多くの敵を倒す軍用銃と、一頭獲ったらもって帰るという猟銃の違いである。
※2.ロッキングラグ
弾薬を薬室に入れボルトを回して閉鎖する時に噛み合う凹凸部分のこと。ボルト側の凸をロッキングラグ、チャンバー側の凹をロッキングリセスと呼んで区別する。
22口径で一つ、通常のライフルで二つか三つ、マグナムライフルだと三つ二列で六個などだんだん増える。口径に関係なくこれが二個しかないのがレミントン。
実際には二個でも三個でも噛み合っている面積は変わらないので強度に差はない。
これが180度二つだとボルトの操作角度は90度。120度三つだとボルトの操作角度は60度。回転角度が大きくできない自動銃だと6~10個。
「ラグは三つのほうがいいだろボルトの回転角度も小さくて速射性能にも優れている」
「あんな小さいやつがいくつついてたって信用できるか90度ガッチリ回さないと危ねえよ」
要するにどっちでもいいのである。これを読んだ人はこんな細かいことは気にしてはいけない。(だったら書くな)
※3 トリガーフィーリング
文章での説明はほぼ不可能なことなのでついでにもう一つ。
銃には多数のバネ(スプリング)が使用されているが、昔ながらの板バネの採用は減ってコイルスプリングが主流なのが現代銃。板バネは折れると使い物にならないが、コイルスプリングは折れてもバネとしての機能は維持されるので安全性が高いと考えられている。
車ではリーフスプリングのトラックやオフロード車よりコイルスプリングの乗用車サスペンションのほうが乗り心地がいいため板バネには悪いイメージがあると思うが、こと銃に関してはトリガーにしてもハンマーにしても板バネのほうがフィーリングが良いという話はある。事実多くのリボルバーは現代になっても板バネを使い続けているし、競技用上下二連散弾銃なども板バネが多用されている。
頑固に板バネを使い続けているメーカーがあっても決して古臭いのではなく、メーカーの譲れない設計思想があると思われる。
次回「強制イベントって、あるんですねえ」