41.ゾウも倒せるはず
全財産もってくりゃあ良かった。
今更ながらそう思います。
ちょっとした買い出しだと思ってそんなに現金を持ってきてないんですよね。
毛皮の儲け内で納めなければなりませんのでね、失敗でした。
「はあー……はあー……、税関からムリヤリ借りてきたぜ。コレでいいか?」
屋上まで駆け上がってきたバルさんが現金、金貨百枚の革袋を突き出します。
「ここに入れて」
黄色いマジックバッグの、口を開けます。
「またそのかばんかよ……。いったいなんなんだそのカバン」
「説明しません」
「どうせ見るな、聞くなって話だろ?」
「そうです」
「わかったよ。頼んだからな」
ザラザラとマジックバッグにバルさんが金貨を入れます。
「375 ホーランド&ホーランド・マグナム弾!」
中からめちゃめちゃ大きい紙箱に入って出てきたのは……。
375H&Hマグナム! 20発入り!
アフリカで象撃ちにも使える狩猟用最強の弾薬の一つ。
今はトド撃ち用(※1)とかティラノサウルス撃ち用(※2)とかもっとデカいやつあるらしいんだけど、百年以上前からハンターはみんなこれでゾウやサイを撃ち倒してきた圧倒的な実績と歴史がある!!
「375H&Hマグナムで、アイアンサイトのレミントンM700!」
どごん!
またバッグが重くなる。
なんかでっかいライフル出て来た――――!
銃身ぶっとい! クルミ材のストックにピカピカに磨かれた黒染めの銃身と機関部。アフリカモデルらしくアイアンサイトだ!
アイアンサイトってのはフロントサイトとリアサイトがある、いわゆるオープンサイトです。スコープ付けてる暇も調整する暇もないから咄嗟にこれにしました。
英国紳士はこんな銃で近距離からゾウや猛獣にぶっ放すのが粋だったらしい。
理解できません。遠くから撃てるのがライフルのいい所でしょうに。
H&Hマグナムでアイアンサイトなら英国貴族が植民地で探検して撃つような水平二連、ダブルバレルで唐草模様なんて掘り込んである古臭い銃使わないとダメかと思ったけどそんなことなくて助かった。さすがはレミントンM700、ちゃんとこの口径も製品化されています。使い慣れたM700シリーズでないと僕が当てられる気がしません。
ボルトを引いて、排莢口からでっかい弾を1、2、3……3発しか入らん……。
三連発か。弾がぶっといから仕方ないね。特長のアクションのボルトを押して閉じ、狙います。
……大丈夫だ。アイアンサイトの射撃なら空気銃でもやってます。
僕の空気銃のダイアナM52はスコープ付けてるけど、アイアンサイトもついてます。もちろんそれを使っての射撃経験もあるわけで……。
立膝の姿勢で狙う。
「サラン着弾見て!」
50m先の今まさに壁を乗り越えようとしてるスライムの核狙って……。
ドッガア――――ン!!
僕は銃を構えたまま、後ろにひっくり返った。
すげえ反動!
なにこれ!
なにこれ!!
「はずれ! 上に3ミル!」
サランに渡した双眼鏡にはミルドット(※3)が入ってます。距離測定用の目盛りです。
50mで1ミルは……えーとえーと。
1000mで1ミルは1mだから、100mだと1ミルは10センチ?
今50mだとえーとえーと、1ミル5センチ? ってことは15センチ上に当たった?
もちろんリアサイトは調整できますけど、買ったばかりで未調整ですからね!
いきなり当たるわけないし! 調整してるヒマも無いし!
起き上がってボルトを操作。バカでかい薬莢が飛んでいく。
もう一発!
もう一度膝撃ちで構えると、サランが僕の後ろに回ってぴたっと胸を当てて抱きしめてくれる。胸の弾力が背中に……。
最高のクッションです。
ありがとうございます。なんという良妻でしょう。
オープンサイトの照星でスライムの透けて見える核15cm下を狙う!
「撃つよ!」
「どうぞ!」
ドッガア――――ン!!!
……スライムがべしゃって潰れて……城壁を落ちてゆく。
「効いた!」
一匹が撃ち落とされたことで、スライムたちの動きが遅くなる。
「サラン、く、くるし、ちょ、ちょ放して」
ギューッと抱き着かれていて痛い痛い痛い苦しい!
「あ、ゴメン」
「はーはーぜーぜー……もう大丈夫。ありがと。着弾見てて」
何発か撃ってどれぐらい反動があるかがわかれば、対応はできる。
前のめり気味に重心をかけて、足腰を踏ん張って、グリップした右手小指で銃をぎゅっと肩に押し付ける。通常もっと緩く持って、力を入れるというのはやらないんだけど、これだけ反動が強いと話が別です。
「バルさん、警備兵離れるように言ってください。邪魔です」
「おう!」
バルさんが駆け下りていきます。
「サラン」
「はい!」
「これ着けて」
耳栓です。
僕も着けます。もうなんていうかずっと耳がキーンとしています。
物凄い発射音です。耳栓なしで撃ち続けると頭がおかしくなりそうです。
正門の上を狙い続けて……。
うにょーって赤い体を持ち上げたスライムを、警備兵が槍でつつきます。
邪魔ですね。撃てません。
バルさんが駆け上がってきて、警備兵さんたちを怒鳴りながら追い散らします。
ドッガア――――ン!!!
反動で跳ね上がった銃身を下げて見ると、膨れ上がったスライムが正門の後ろに落ちる。
「なんとかなりそう」
ボルトを引いて薬室を開き、実包を三発再装填します。
数分後、またスライムが正門の上から体を出し……。
ドッガア――――ン!!!
しゅうしゅうしゅう……。
今度は正門の中央部が煙を吹き、穴が開いて赤いものがにゅーっと出てきました。
ドッガア――――ン!!!
びしゅっと赤いスライムが飛び散った。
警備兵たちが城壁の上に並んで壁の向こうの下を見下ろしています。
バルさんがこっちに向かって両手を振っていますね。
正門の向こうに、引き返してゆくスライムたちが遠目に見えました。
青くなってます。
大海嘯ですか。どこの風の谷ですか。
ふうー……。
何とかなりましたかね。
改めてH&Hマグナム弾を見ると、とんでもなくデカい弾薬です。
僕が手に握っても隠せないぐらい長くて、太いです。
弾丸の先が丸いんですよね。ラウンド・ノーズというやつです。(※4)
狩猟弾なのにホローポイントじゃないんですね。
こうでないとゾウやサイの急所を突き抜けられないということなんですか。
パッケージを見ると4,660ft-lbsだって……。
ft-lbsというのは英米のヤードポンド法で表したエネルギーの単位で、1ft-lbsが1.356ジュールです。覚えときましょう。
僕が愛用している308ウィンチェスターが2,600ぐらいですから1.8倍のパワーですか……。
銃を見る……。
すごい。何もかもが頑丈そう。
でもM700ですからね。いつも使ってるライフルと同じです。
マジックバッグの中身を見ると、けっこう金貨が余ってました。
あれ? 案外安い?
金貨百枚は多すぎたようです。
ホーランド・アンド・ホーランド(※5)はイギリスの超高級銃器メーカーで、昔から貴族の銃とか作ってたところで、一丁百万円とか一千万円とか別にフツーのメーカー。だからどんな銃が出てくるかわからなかったけど、H&Hを使うライフルならきっと金貨百枚ぐらい必要だと思ったんですが、M700が安くて良かった。
「おいっ」
振り返ると、バルさんが立ってました。
階段の上り下りを何度もやって、全身汗びっしょりでぜーぜー息してます。
「お疲れ様です。どうなりました?」
「言うことはそれかよ……。奴ら逃げてったよ。助かった……」
そう言って、崩れて四つん這いになります。
「はーはーはー……。礼を言うぜ……。よくやってくれた」
――――作者注釈――――
※1.トド撃ち用
470ニトロ・エクスプレス。47口径(12.1mm)。エネルギーは5,140ft・lbsでシンの308の2倍の威力を誇る。
日本ではトドの駆除撃ち用に特別に所持許可が認められており、弾薬の価格は一発6500円。
※2.ティラノサウルス撃ち用
577T-REX。577口径(14.9mm)でティラノサウルスも倒せるとメーカーが主張するほとんどネタ用と言っていいマグナム弾。10,200ft・lbsとシンの308の4倍の威力を誇る。アラスカの人が捕鯨に使うそうな。捕鯨ダメなんじゃ……。撃った人が吹っ飛んだり転んだりする動画が人気。
※3.ミルドット
「ミル」というのは千分の一と言う意味がある。だったら「ミリ」でいいような……と思うのだが軍用では「ミル」と呼ぶのが習わしなのか。要するにスコープで1000m先を見て1mの大きさに見える幅で目盛りが切ってある。全長10mのトラックが10目盛りに見えたら距離は1000m、20目盛りに見えたら距離は500mということになる。逆に、500mで10目盛りに見えたらそのトラックの全長は5m、という使い方をする。
スコープの倍率を変えるとそれに合わせて目盛の間隔も変わるものをファースト・フォーカルプレーンと呼び、倍率を変えても目盛間隔は変わらないものをセカンド・フォーカルプレーンと呼ぶ。もちろん目盛間隔が変わるほうが高級で高価であるが、低倍率の時目盛りが細かすぎて読めなくなるという欠点もあるので自身の使うスタイルに合わせて選択すべき。スコープの倍率を変えてもドットの大きさが変わらないセカンドフォーカルプレーンのスコープでは最大倍率の時にミルが合う設定のスコープが多い。これはスコープの説明書を見ていただきたい。
※4.ラウンドノーズ
ゾウやサイ、カナダやアラスカでのヘラジカ、グリズリー狩りといった大型獣を目的とした大口径マグナム弾ではラウンドノーズという先が丸い弾丸が多用される。
先がとがっている一般的な弾丸だと厚い皮膚を通り抜けるとき角度が変わったり、体内の柔らかい部分に曲がって進んでしまう。ラウンドノーズのほうがゴリ押しで直進するため急所を確実に貫くことができる、と考えられている。当然ラウンドノーズは空気抵抗が大きく、パワーの減衰が早く命中精度も悪いため遠距離射撃は苦手となる。
100年以上に渡ってアフリカの最前線でゾウを相手に使われ続けた結果、最も効果的だったものが今の形となって残ったのでありその形やパワーには理由があるのだ。見た目だけで古臭いとか最新の弾丸のほうが威力があるとか言ってはいけない。
※5.ホーランド&ホーランド
製造は全て受注、特注、手作り、英国貴族御用達の超高級銃器メーカー。
一丁一丁に華麗な彫刻が施されその価格は一番安いものでダブルライフルが二千三百万円から。上下二連ショットガンは一千万円から購入できるし、ボルトアクションライフルも作られており、こちらは六百万円からとお得である。
H&Hで何と言っても有名なのは水平二連のダブルライフル大口径銃だろう。ゾウやサイ、ライオンをたった二発で仕留めるのが貴族の粋というもの。実際にはお付きの者に同じライフルを持たせていて、二発外すとすぐに持ち替えてもう二発と当たるまで弾込めをお付きの者にやってもらって連射するというやり方をする。もちろん、後で剥製を前にして「このライフルで仕留めたんだ」「うわーすごいですわお父様、たった二発で仕留めるなんて!」と自慢するためである。
次回「大事件は後始末のほうが面倒です」