4.初めての異世界ハンティング ※
僕の散弾銃、レミントンM870は弾倉に二発、薬室に一発で計三発の連射ができます。これは日本の銃刀法で散弾銃の弾倉は二発までと決められているからです。
しかし、実際にはこの銃の弾倉には四発のキャパシティがあるんです。
銃身下のチューブ弾倉にスペーサーが入っていて、二発以上入らないようになってます。なので、マガジンキャップを外してプラグを抜き、中のプラスチックパーツのスペーサーを取り外しました。(※1)
日本でやるとこの状態で持ち歩くだけで銃刀法違反です。
でもここは異世界だから関係ないか……。
そうして、僕の散弾銃は4+1連発になりました。
暴発すると危ないので薬室に弾は入れません。現在はチューブ弾倉に四発が入っています。
撃つときはフォアエンドをガッシャンとやれば発射可能です。
ポンプアクション散弾銃は古臭いと馬鹿にされることも少なくないですが、その操作のシンプルさ、信頼性の高さは自動式や二連式を上回るものがありますね。
ベテランのおじいちゃんが愛用していただけのことはあると思う。一年使って故障も作動不良も一度もないです。(※2)
ついでにマジックバッグでガンオイルを購入して、手入れをしておきましょう。
最後の記憶だと、クマに向かって三発発射したからね。放っておくと錆びてしまう。オイルを浸した布でふき取る。ナイフで細く削った木の枝にぼろきれを巻き付けて銃身内部も通して磨く。散弾銃は銃身が太いから手入れが楽です。
ガンオイルはいろいろあるけど僕は全部、汎用潤滑剤のWD-40を使います。これ一本で十分です。トラブルになんかなったこと無いよ。銃器メーカーだって工場ではこれ使ってるんだからさ。
怖いのは、僕がこれからどこに向かって歩いていけばいいのか全く分からないってことです。
誰か人にでも会えればいいんだけど、こんな山奥で、しかも異世界で、それも怖いなあ。最初に会った人が僕を見れば怪しいと思うだろうし、危険だとも思うだろうし、友好的に接してくれるかどうかもわからない。
いや、そもそも言葉が通じないでしょ?
このまま山奥で自給自足で一人で暮らすのか……。
それも怖いですよね。
そんなわけで僕は小高い丘まで登って、周りを見渡しました。
遠くに湖があります。湖畔に集落もある。
何が住んでいるのかはわからない。でも木組みされた建物があるぐらいだから人間かそれに近い種族なんでしょうね。とりあえずあそこを目指してみようか。
遠くから観察するだけでなにかわかると思いますし。
もう一つ、確かめておかないといけないことがあります。
この世界で銃がちゃんと通用するか?
これはやっておかないと。
最初に撃つなら鳥かウサギみたいな小動物にしたいところだけど、今はハーフライフル銃身とスコープ、それにサボットスラグ弾しかないんだよね。
そうすると鹿か……。イノシシもか。
僕は北海道でハンターやってたから、イノシシって見たこと無いんだよね。いないから。
オレンジ色のジャケットを脱いでマジックバッグに収納します。
これを脱げば僕は全身、森林迷彩だ。帽子だけはオレンジだけど。
猟友会でおなじみのオレンジ色のジャケットは仲間同士での誤射を防ぐ意味がある。仲間がいない僕にはもう不要なものです。
シカなどの動物の多くは色盲なので色がわからない。だからオレンジでも問題はない。鳥は色がわかるらしいですが。
丘を下ると、鹿がいた……。一頭だけ。
エゾシカのようなカモシカのような、明らかに日本にいた鹿とは違う。
角が枝状じゃない……。牛の角をぶっとくでかくしたみたいだ。
ここは異世界だって、初めて実感したかもしれません。
距離は80mぐらいか。まだ気付かれてはいないです。
気付かれて走られたら僕の腕では当てられません。いや相当なベテランさんでも走っている鹿にはまず当たらない。初弾を当てられるかどうかが勝負です。
僕のスコープは50mでゼロイン(※3)してあります。弾丸は重力に引かれて放物線を描いて飛ぶので、80mを撃つときは少し上に狙う必要があります。使っているスコープはニコンのスラッグハンターです。日本製のライフルスコープは海外でも評判が高く多くのハンターに信頼されています。使う装弾によって異なりますがズームレンズの6倍の倍率のときクロスヘアの一つ下のドット(※4)で狙えばちょうど100mで着弾する、はず。だから十字線とドットの中間ぐらいで狙ってみます。
音がしないようにそっとフォアエンドを引いて、これも音を立てないように注意して戻します。
ぺたんと地面に座り、木によりかかって委託をし、膝の上に肘を載せて銃を支えます。フォアハンド(左の持ち手)は広げた手のひらに乗せ、握らない。
右手小指で肩に銃床を軽く押し付け、スコープで狙います。
銃を構えるのに力はいらない。手の上に乗せるだけのイメージです。
ここで力を入れてぐっと構えるようなことをやると、それだけで着弾は毎回変わってしまいます。人間は緊張状態で毎回同じ力で銃を保持する、ということができません。いつも同じにしたかったら、力を抜くほうがまだよく当たるわけです。反動は銃の重量で受けるつもりで。もちろん押さえつけていないのだから発射と同時に銃は反動で動いてしまいますが、動いた結果、的に当たるようにスコープで調整しておくということです。
狙うのは首の付け根当たり。ネックショット。
頭を狙うのは難しい。腹や胸、心臓でさえシカは即死しない場合があります。
首なら撃つと頭にまで衝撃が加わり一撃でシカは倒れます。
ドゥン!
スコープがオレンジ色の火炎で眩み、銃口が跳ね上がる。
映画やドラマと違い、実銃では反動と火炎があるので着弾の瞬間はスコープでは見られません。素早くスコープを戻し、撃った鹿を確認します。
倒れた!
立ち上がってシカに接近します。
ガサガサと藪をかき分け木立の枝を払い、斜面を降りてゆくと、途中、人とバッタリ会った。
むこうはビックリしてこっちを見る。
僕もビックリして彼女を見る。
そう、女の人だ……。
第一印象は、でっかいな!
うん、僕より大きい。バレーボール選手かバスケ選手かっていうぐらいでかい。
長い髪、凹凸のある肢体、間違いなく女性。
緑色の簡素な服を着て……大きな弓と、矢を背負ってる。
長い金髪を三つ編みにして後ろに垂らしてる。色白で目が青い外人さん……。
「えっ……えくすきゅーず……みー」
「はあ?」
英語が通じるわけないか。
「あの、失礼しました。その、横取りしちゃいました?」
ハンターとして失礼が無かったか、この世界のルールはなんなのか、この人は敵なのか味方なのか、なにもわからない状態でとりあえずやることは、笑顔だ。
いやーすいません、邪魔しちゃいました? これだけでトラブルのほとんどは解決できるはず。日本では。
「いや、私も放ったところだったんだけど、同時っぽいね」
鹿を見ると矢が突き刺さってる、眉間に。
すげえ……。
いい腕してるわ。
喋ってるのは日本語じゃない。
日本語じゃないんだけど、意味わかる。
そして、なぜか相手も僕の言葉がわかる。
なぜか、僕の喋っているのは日本語じゃない……。
僕ってバイリンガルだったの? 異世界補正?
「さっきの物凄い音は、もしかしてアンタかい?」
「はい」
銃声か。散弾銃でも撃てば3キロ四方に音が轟くもんね。
「いったい何使って仕留めたのさ……。あんな音聞いたこと無いよ」
「ああ、これです」
「なにそれ」
「鉄砲」
「てっぽうってなに?」
鉄砲知らないのか。異世界だからか。弓矢装備だもんなこの人。
「ここから銅の粒を目に見えないぐらいの速いスピードで撃ち出すんです」
銃って普通鉛弾です。鉛に銅の被覆をしたのをメタルジャケットといいます。
でも近年北海道では鉛弾使用禁止になった。天然記念物の動物が鉛の弾を食べて鉛中毒で死ぬ例が多くてね。それで、今は全部銅でできた弾を使うんだよね。だから撃ち出すのは銅だったりします。今はもう鉛玉じゃないんですよ。
「……すごいねえ。魔具? 魔道具ってやつ? そんなもの見たことも聞いたことも無いよ。あんたは魔法使いなのかい?」
「いいえ」
「人間だよね」
「はい」
「どこから放ったの?」
鉄砲は撃つと言いますが、それに対して弓矢は放つと言います。
この人は弓矢専門の狩人ですね。
「あそこからです」
さっきまで寄りかかっていた木を指さします。
「……あんなところから……。すごいねえ!」
ニカッと笑う。かわいいじゃないですか。
「うーん……そうすると、山分けするしかないか。これ、あんたが当てた場所だよね」
首の根元の出血部分を指さす。
ちゃんと狙ったところに当たったか。よかった。
サボットスラグの命中精度は僕の腕前だと50mで5cmぐらい、100mだと10センチばらけるといったところ。元が散弾銃なのでライフルほどの命中精度も射程距離も無い。今回は運も良かったかな。
「あの……じゃあ、この場で解体してしまいましょうか?」
「ダメだよ! オオカミが集まってくるじゃないか!」
うえっ、オオカミいるのか! それは怖いな!
北海道ではとっくに絶滅していなくなってるからね。
「しょうがない。村まで行くよ。ついてきな。そこで分けようよ」
「いいんですか?」
「いいさ。えっとあんたこれ持てる?」
「……無理です」
「だろうねえ」
そう言って、その人は倒れてる鹿の後ろ脚、前足を掴んでぐいと持ち上げ、両肩に担ぐように首の後ろに背負った。
すげええええええ――――!!
なんという怪力女!
のしのしのしのし。
歩き出す。
「なにやってんの。おいでよ」
「はい」
「これ持って」
「はい!」
レミントンM870の装填口からシェルラッチを押してすぽんすぽんすぽんと弾を抜き出し弾倉を空にして、スリングに頭を通してたすきに背負い、彼女から大きな弓と矢筒を受け取ります。
のしのしのし。
てくてくてく。
大丈夫なのかなあ僕。このままこの人についていって……。
「私、サラン。あんたは?」
「え、名前ですか?」
「そう」
……えーとえーと。
「進です」
「シンね」
のしのしのし。
「エルフの村だけど、あんたエルフ嫌いじゃないよね」
「はあ」
「よかった」
エルフだったんですかサランさん。
そういえば耳、尖ってますね。横に。
いつもの習慣で銃から弾を抜いてしまいました。
抜かなかったほうが良かったのかな。
僕、このあと食べられたりしないよね。
――――作者注釈――――
※1.スペーサー(またはマガジンプラグ)
これはなにも日本向けに特別にレミントンがパーツを作ってくれているわけではない。
米国の連邦法で渡り鳥の保護のため狩猟用散弾銃は弾倉二発までと決められているため、どの散弾銃にも必ずこの交換可能なスペーサーが付いており、鳥撃ちに使う場合はこれを装着していないと米国でも違法である。そのことはちゃんと英文マニュアルに書いてあるので銃メーカーのサイトからダウンロードしてみよう。ヨーロッパのほとんどの国では英国も含め弾倉は二発と規制している国は多い。
なおホームデフェンス用やショットガンのコンバットシューティング競技では規制がないため様々な延長弾倉がカスタムパーツとして特に許可の必要もなく売られているのが米国である。ガバガバである。
※2.作動不良(2020/1/17追記)
信頼性が高いと言われているレミントンM870だが、コストダウン、品質低下などの影響を受けてジャム(排莢不良)する個体が少なからずあるようだ。撃った後フォアエンドが動かなくなる、ショットシェルが排莢されずにボルトに挟まるなどである。これはチャンバーの、シェルのリムがかかる部分に残るほんのわずかに残っている切削加工の段差が原因であることを米国のユーチューバーが突き止めてくれた(remington 870 jamで検索)。この幅2~3mmのところに残るわずか高さ0.1~0.2mmの段差をリューターで磨いて滑らかにしてやることでトラブルはなくなるそうだ。もし自分のM870にこのようなトラブルがあるのならぜひお試しいただきたい。
※3.ゼロイン(Zeroing)
スコープの調整をすること。放物線で落ちる弾丸とスコープなどの照準線がクロスする距離、つまり十字線の真ん中で合わせれば当たる距離は調整次第。何メートルに合わせるかは射手による。これを基準に距離に合わせてやや上を狙ったり下を狙ったりする。ゼロインされた距離は「ゼロレンジ」か、「ゼロディスタンス」と言う。ゼロセット、ゼロセッティングと言う人も。
※4.ドット
ニコン独特のBDC照準システム。正確にはドットではなくサークル(〇)が描かれている。ミルドットのような等間隔の目盛りと異なり、放物線を描く弾道に合わせて不等間隔で目盛られているのが特徴。ニコンのスコープはメードイン・フィリピンで国産ではないが、安心のニコンクオリティである。
映画などで距離に合わせてカチカチとスコープを調整しているシーンがあるが、実際にあんなことやるハンターは皆無で、一度射撃場でゼロインしたスコープは後は絶対に触らず十字線の目盛りを見て着弾修正するのが普通である。そのため、ハンティング用スコープの調整ダイヤルはカバーが付いていて触れても回らないようになっている。
次回「エルフのコポリ村」