39.エルフの村で流行るもの ※
ビシュッ。ビィイイイン。
鋭い矢の発射音と共に木からアライグマがどさっと落ちてくる。
夜、アライグマは木の上にいることが多いです。それをサランが気配を探って、僕が懐中電灯で照らし、サランが射るわけです。懐中電灯で適当に木の上を照らすだけでも、目がピカッと反射して位置がわかることもあります。10m近い高さにもいるんだよ。木登り得意だよねアライグマ。悪く思うな。成仏せよ、アライグマ。
サランが使っているのはいつもよりちょっと短い弓。
アライグマ程度ならこれでいいんだとか。
サランに最新のコンパウンド・ボウを勧めてみたんだけど、いらないってさ。
コンパクトでも長弓と同じぐらい性能あって、命中率も高いからといろいろ説明してはみたんだけど、道具が変わると弓がヘタになるって頑固でした。
化合弓、最新のやつはアルミの筐体にカーボンのバネ、滑車にテコがついて引きやすく軽く威力があるのにさ。
それで、試しに狩猟用の矢、一本だけマジックバッグで買ってみたんだけど、鼻で笑われました。
うん、こんなカーボンシャフトで軽くて短い矢、普段サランが使ってる矢の半分以下の威力しかなさそうだよね。サランの矢って、僕が両手広げたぐらいの長さがあって、ぶっとくて、クマも殺せる矢だもんね……。コンパウンドボウみたいなあんなオモチャ、いりませんかそうですか……。
でもね、弓の弦だけはコンパウンドボウ用のカーボン繊維の弦をプレゼントしてあげましたよ。
すっごく丈夫でぜんぜん切れないんで、これは喜んでくれました。
今まで麻糸をかなり太く編んでましたからね。使わないときはいちいちはずしてました。
よく考えてみたらこちらではショップがありませんから、コンパウンドボウ、弦の交換とかメンテナンスとか、できませんね。僕も全く知識無いですから、ヘタにサランに使わせたら、事故になるかもしれませんし。
そもそもサランにこれだけの腕とパワーがあれば、いりませんね。
僕らは週に一度ぐらい、夜に村の周りを見回ってアライグマを探します。
畑に出るアライグマは罠に任せて、自分たちでも獲りに行ってるんです。
アライグマは夜行性なので、夜こんなふうに活動しています。のそのそと餌をさがして、木に登って一休み。昼間は全く見ないので、どこか穴にでも入って寝てるんでしょうかね……。
矢が刺さってもがいているアライグマに駆け寄って、脳天に一発、空気銃のダイアナ・M52の4.5mm空気銃弾を撃ち込んでおとなしくさせます。
……すごいですね。矢が見事に首に刺さってます。
毛皮に穴を空けたくありませんからね、狙える場所は限られています。ちゃーんといいところを外して当てるサランの腕前に脱帽ですわ。
「三匹目――!」
アライグマを袋に入れて、担ぐのは僕の役目ですよ。
「そろそろ帰ろうか。重いし」
大きい奴は10kg近くありそうです。
「うん……眠い――っ」
「あっはっは」
さすがのサランも夜の狩りは経験がありません。
現代の利器、LED懐中電灯のおかげですね!
僕らが人間の街、サープラストでの出稼ぎを終えてエルフの村に帰ってきてから三か月が経ちました。
サランの小さな家を、二人で住める丸太小屋に建て替えましてね、サランが身をかがめなくても家の中を歩き回れるサイズにしました。
いやあ大変だったねえ! 村のみんなもたくさん手伝ってもらえました。
お礼は何がいいか考えたんだけど、また人間の街で何か買い出しに行くのが一番いいだろうと思って、現金収入を稼いでいるところです。
エルフ村で獲れるものでお金になると言うとやっぱり毛皮。
キツネとか、アライグマとか獲ってます。目標毛皮五十枚!
「獲れた――?」
朝になって遅い朝食を二人で食べていると、ミルノくんが訪ねてきました。
エルフ村の若者。農家の息子さんです。
僕らがよく畑の害獣駆除をやるのですっかり仲良くなりました。
いつも僕らの獲物を持って行って、毛皮にしてくれます。
いい副業になっているようです。
「うん、ほらっ三匹」
「あいかわらずいい腕してるなあ……。俺たちなかなか取れないのにさ」
ぼやかないぼやかない。
「果樹園の果物が食べられることが全くなくなって助かってるよシンさん」
「どういたしまして。毛皮どれぐらいたまった?」
「これでアライグマは五十枚達成だよ!」
「やったね!」
パーン!
二人でハイタッチします。
「カノちゃんは?」
カノちゃんは同じ村の女の子。毛皮の帽子づくりの名人です。
「二十個以上できたって」
「ふーん……、いよいよかな?」
「うん、それでさ」
ちと恥ずかしそうにミルノくんが言います。
「昨日、プロポーズしたんだ!」
「おおおお――!!」
ミルノくんとカノちゃん、幼なじみですからねえ。
仲良かったからねえ。時間の問題だとは思っていたんですけどね。
「それで返事は!?」
聞かなくてもわかるでしょうサラン……。
「もちろんOKさ!」
「おお! おめでとう!」
「おめでとう!」
「いやあ……、あっはっは」
照れるな照れるな若者よ。
エルフは寿命が長いです。
二百歳超えとか普通です。
そのせいか若い者同士でも恋愛とか結婚とかにみんな淡白でして、そういうのはあまり無いんです。でも、僕らが結婚して、毎日仲良く暮らしているのを村の人がみんな見てますので、村の若い人たちの間でもそういうことがちょっとブームになって来てるようです。村長さんも喜んでいました。
「村長さんには報告した?」
「今日する」
「そっか」
「俺の親も喜んでたし、カノの家も今頃騒ぎになってると思うよ」
「そっか、よかったね」
「それでなんだけど……」
うん、頼みかい? 何でも聞くよ。
「サランさんとこのベッド、ふかふかじゃない」
あれかーっ。羊毛で、羽根布団だもんね。
……っていうか、君も覗きに来てるんかいっ。
「あれを、俺らの新居にも用意して、カノを迎えてあげたいんだ」
僕とサランで顔を見合わせます。
「なんというスケベ」
「アンタそんなやらしー奴だったのかい」
「お二人がソレ言うんすか……」
……ゴメン。
いや、そういうことに気が回るようになっただけでも、性に淡白なエルフとしてはかなりの進展かもしれませんな。
「わかった。お祝いだし、いいやつを用意させてもらうよ」
「お願いしまっす! お代は、毛皮と、カノの帽子で!」
「いやいやそれぐらいプレゼントさせてもらうから!」
「ありがとうございます!」
「他にも色々必要になるでしょ? 僕らがサープラストに行って毛皮と帽子を売ってお金にするから、それで二人で必要なものをそろえるといい。欲しい物を書いておいて」
「はい! あの、毛皮ってどれぐらいのお金になるんですかね……」
「うーん、売ってみないとわからないけど、毛皮で金貨一枚、帽子で三枚ぐらいかな」
「そうすると、毛皮が五十枚、帽子が二十個だから……えーとえーと……」
「金貨百十枚」
「計算はや!」
……この村で学校でも始めようかな、僕。
「カノのフライパン、カノの鍋、カノの包丁、カノと俺の食器、布団と、えーとえーと……」
あっはっはっは。気が早いんじゃない?
ブツブツ言いながら、ミルノくん戻っていきました。
毛皮は僕とミルノくんで山分け。で、ミルノくんの毛皮はカノちゃんが帽子に加工して、その代金はミルノくんとカノちゃんで山分け、ということになってますがまあ面倒なんでこの際、売れたお金全部ミルノくんとカノちゃんのお祝いにしちゃっていいでしょう。うん。
エルフの皆さんはなんでも山分けです。何対何とかはまったく発想に無いようです。
そこが面白くもあり、おおらかなところですね。エルフのそういうとこ大好きですよ僕は。
「出発準備、だね」
「そうだね」
それから三日間、僕らは湖にカヌーを漕ぎ出して、空気銃、散弾銃を駆使して水鳥を五十羽以上獲りました。
村ではどこの家でも毎日鳥肉料理。僕らは家の中が羽根だらけです。
さ、次は買い出しですね!
次回「なんかまた大事件が起きてます」