37.トープルス再び
「お久しぶりです」
「ヒドラを討伐したんだって!!」
さすが商人さん、情報が早いですね。
「その部材、まだ持ってる!?」
鼻息荒いですファゴットさん。
どうどうどう。
「肉と皮が少し」
「見せて!」
ファゴットさんの荷馬車の幌の中に入りまして、ビニール袋をマジックバッグから取り出します。
バッグにもビニール袋にもびっくりですが、それより肉です。
「すごい……。まるで今日獲ってきたみたいに……。あとどれぐらいあるの?」
うーん、エルフ村へのお土産をぬいて、あと十袋ぐらいは余裕があるかな。
「この袋で十」
「そりゃすごい!どこに売りに行くの?」
「サープラストではこれ以上買い取れないって言われまして、トープルスで売ろうかと」
「トープルスのギルドでかい?」
「はい」
「サープラストではいくらで売れた?」
「一袋金貨五十枚」
「そりゃあ安い! いや、量が量だから妥当と言えば妥当ではあるけど、僕にまかせてくれたら倍の値段で売るよ! ね、君たち、トープルスに一緒にいこう! 僕が交渉する。これでも商人なんだ。絶対に損はさせないよ。金貨五十枚は君らの分、それ以上で売れた分を僕と君たちで二等分、どう!!」
ふんがーっふんがーっふんがーっ。
そこまで一気にしゃべってファゴットさんの鼻息が荒いです。
「はい、じゃあお願いします」
あはははは。
なんかおかしいな!
そんなわけで、また、ファゴットさんと荷馬車に乗って、三人で楽しく旅していきました。
「うーん、この辺でいいかな。ファゴットさん、あっちの岩山で止めて」
途中でちょっと一休みします。
「いいけど、何か?」
「ちょっとお花摘み」
ファゴットさんと馬には休んでてもらい、馬車の護衛にサランについててもらいます。
僕は突き出した岩にスプレーで十字線を書いて、一人で岩山に上りました。
見下ろしですね。距離150m。
レミントンM700を取り出し、バッグの上に委託し、慎重に狙いを定めます。
弾は射撃競技用のフルメタルジャケットで命中精度が高いタイプ。僕がいつも使ってるバーンズ弾頭はかなり高価な弾なんですが、それと同じぐらいの値段がするマッチスペシャルです。
308ウィンチェスターと、それをそのまま軍用弾として採用した7.62×51mmNATO弾は同じものです。互換性があります。
でも、米市場ではこれは別々の物として売られているようですね。
308ウィンチェスターとして買うと、弾頭はホローポイントやシルバーチップといった狩猟用弾頭がついてます。ところが、これを7.62mmNATO弾として買うとフルメタルジャケットのスポーツ射撃弾なんです。安物の弾も全部コレです。面白いですね。
ドォ――――ン!
少し外れましたね。下に……。
競技用の弾は命中精度優先なんで弾速が少し遅めです。
いつも使ってる銅弾より重いですし。
スコープを調整し、5分ほど待って銃身を冷やしてからもう一発。
ドォ――――ン!
だいぶいい。微調整……。
ドォ――――ン!
銃身は連射すると熱を持ち、着弾が変わります。
一発撃っては、冷やします。五分は間を置かないとね。
初弾をヒットさせるために必要な、スナイパーのお約束です。
ドォ――――ン!
うん、ド真ん中に着弾。
ドォ――――ン!
うん、これならOK。
ハンターじゃない人から、よく「一番当たるライフルってなに?」と聞かれます。
普通に答えちゃうと、一番よく当たるライフルはサコー(※1)です。
でも僕が思うにライフルだったらなんでもいいんです。300mが当たらないライフルなんて日本の銃砲店は置いてませんから。
僕が使ってる308ウィンチェスター・ライフル弾は最大射程が800mとか言いますけど、猟銃として人間よりずっと大きな獲物を確実に獲れる最大射程距離はもっと短いと思います。
海外動画では普通の猟銃での1000yd(910m)狙撃はもう珍しくありません。
もちろん動画ですから、当たったやつしかアップロードしてないわけで、その十倍は外した動画があるはずだし、あたったら動画サイトに投稿したくなるほど自慢なことだと思ってもらっていいですが。
それぐらい遠くなると6m以上も上を狙わなければいけないのでかなり運にも左右されると思いますが、何発も撃って着弾を修正していけば当てられるということになります。
おじいちゃんはレミントンM700を使い続けていた理由を、「300mが当たれば用は足りるから」って言ってましたね。倍の値段する銃買ってベンチレストでの300m先でのグルーピング10cmが5センチになったからってそれがどうした。どっちでもシカは獲れるって話です。
アメリカでなぜレミントンM700が評判良いのかと言うと、安いわりには良く当たるの一言に尽きるでしょう。これより良く当たるライフルはM700より高性能なので高くても売れ、これより当たらないライフルは安くてもダメなライフルとして市場から消えていきます。アメリカ人の基準は、最低でも「M700ぐらい当たること」なんですね。
猟銃のライフルはそれぐらいよく当たりますが、実際には300mを超えるような距離は撃ちません。
なんで撃たないかって? そりゃー、北海道で一番距離がある射撃場が300mだからです。日本では射撃場以外での試射は銃刀法違反ですので、300m以上の距離を試射する環境がありません。撃ったことのない距離は撃ちません。そこは自重しなければ事故になります。ハンターの良識です。
猟協会に入って驚いたのは、レミントンとかウィンチェスターとかの誰でも知っているようなメーカー製のライフルを持っている人は少数派ってことです。
レミントンM700を使っていたのはおじいちゃんだけでした。
安物なんですよレミントンは……。新品でも中古でも。
じゃあ実際の猟協会の人はどこのライフルを使っているかと言うと、圧倒的にサコーでした。フィンランド製のライフルです。
残りの半分は、ブローニングのBAR(※2)やAボルト(※3)とかホーワ(※4)とかミロク(※5)とか、ヨーロッパか日本製のライフルばかりです。意外なことにアメリカ製は全く人気が無くて誰も使いません。びっくりですよね。
……高いんですよねサコーは。日本だと三十万円以上。
レミントンM700が二丁買えますわ……。
スナイパーライフルのほうが当たるだろとかいうのは誤解ですね。
ヨーロッパの軍や警察ではサコーが使われていましたからね。
猟銃でいちばんよく当たるという実績があるから、スナイパーライフルとしても採用されているんです。順番が逆です。
だからと言ってハンターが射撃が上手だということもありません。
それは日々訓練をしているスナイパーのほうが上手に決まっています。
猟銃のライフルはどれもアクセルを踏めば300キロ出るスポーツカーみたいなものですが、でもそれでサーキットでタイムを出そうとしたらやっぱりプロのレーサーが運転しないとダメですよって意味です。難しい話じゃありません。
長くなりました。すいません。
調整の済んだレミントンM700を慎重にマジックバッグにしまって、二人の元に戻ります。
「なんだったの今の音」
「ちょっと、魔法の練習」
「へえー……きっと凄い魔法なんだろうね」
「聞かないでくださいね」
「わかってるよ」
トープルスの商人ギルドでは、交渉を全部ファゴットさんに任せて、ヒドラの肉を、一袋金貨九十枚で十袋分、九百枚で売ることができました!
ビニール袋とか僕のマジックバッグとかマズいんで、全部油紙で包んで運びましたけど。
サランの冷気魔法で冷たくしておいたんで、不自然じゃないとは思います。
いやあ、後ろでこっそり見てたけどファゴットさん口がうまいうまい!
ヒドラの皮のきれっぱしひらひらさせて本物に間違いないって試食もさせて、その場にいる商人や肉屋さんで競売状態になってましたね!
貴族さんたちでも一生に一度食べられるかどうかのレア素材ですから!
本来一袋金貨五十枚だったから、十袋売れて五百枚はとりあえず僕らの分。
残りのファゴットさんの口車で儲けになった四百枚を山分けしまして、ファゴットさんは二百枚のもうけ。
僕らは合計七百枚。
もうすごい大儲けですよ!
「いやあありがとうございます。こんなに高く売ってもらえて」
「こちらこそ。二百枚なんて僕の半年分の稼ぎ以上だよ! 感謝したいのはこっちのほうさ。これで僕も名を売れたし、もう駆け出し商人は卒業だね!」
また明日、一緒にサープラストに戻ることを約束し、僕らは別れました。
その夕刻、僕らは早めに取った宿屋をこっそり抜け出して、教会に向かいます。
教会の裏、鐘突き堂。そこに侵入してぐるぐる回る石造りのらせん階段を登ります。ロープが垂れ下がっていて、これを下で引っ張れば鐘が鳴るんですね。
大きな鐘のある塔のてっぺんまで来て、見下ろすと、150m先にハクスバル家の白亜の豪邸。
ライフルのレミントンM700を取り出して待機……。
完全な無風状態。
僕は屋敷の窓に照準を合わせ、タイミングを見ます。
サランが双眼鏡で、観察中……。
二時間ほど待っていると、サランが「来た……」と声をかけます。
スコープはずらせません。狙い続けます。僕からは見えません。
「歩いてくる。3……2……1……GO!」
ドオ――――ン!
ぱりん!
白亜の豪邸のガラスが割れ、窓から見えてた巻き上げチェーンのラッチが吹き飛びます。
ジャラララララララララ――――ッ ガッシャ――――ン!!
中央ホールの豪華シャンデリアが落下!!
この時代、電気はありません。
ランプか、ろうそくなんです。
なのでシャンデリアはろうそくが使われています。
シャンデリアはチェーンの巻き上げ式で、毎日キコキコとハンドルを回して降ろすんですよね。
チェーン一本で釣り下がっていて、ろうそくに火を付けたら、またハンドルをキコキコ回して上に持ち上げるんです。
その巻き上げ機の歯車を固定しているラッチを銃弾で吹き飛ばしたらどうなるか。
もちろん、ハクスバル家が誇る豪華な巨大シャンデリアはものすごい勢いで落ちてくるわけで……。
ホールのシャンデリア、前にハト駆除に入れてもらった時に、すごいなあって見上げました。
チェーンでぶら下げてあるのか。ああ、ろうそくだから毎晩点火したり消したりしないといけないもんね、なんて思いまして、あそこのハンドル回して持ち上げるのかって。
そういえば、有名なミュージカルで怪人がシャンデリア落とすってのがあったっけ……。
ちょうどシャンデリアの真下が、豪華なふかふか絨毯で、ハクスバル家の紋章がでかでかと縫い込んでありまして、その紋章、堂々と踏んで歩けるのはハクスバル家の当主、または、御子息ぐらいのものでして……。はい、入る時執事さんに踏まないように注意されました。ごめんなさい。
この世界まだ大きな板ガラスが作れませんので、窓は15cm枠ぐらいで障子のように細かく区切られています。その一つ一つが小さい窓ガラスの、枠の中全部吹き飛ばされていますから窓から撃たれたという弾痕も残っていません。落ちて砕けたシャンデリアのパーツが散乱してますから潰れて跳ね飛んだ弾丸が見つかってもメイドさんがお掃除してしまえば証拠は隠滅です。他にも数枚窓が割れましたし壊れたとき部品が飛んだってことでおしまいです。
「……シン、ありがとね」
「どういたしまして」
ハクスバル家だって、こうして毎晩夜遊びに向かうようなどうしようもない放蕩息子より、真面目で利発だっていう次男さんに次期当主になってもらうほうがいいよね。
一連のエルフ誘拐事件、これで解決かは、正直わかりません。
また誘拐団が来たらみんな殺さなきゃならない。ここまで何人死んだと思ってるんです。
そんな不幸な連鎖、ここで断ち切ったほうがたぶんマシです。
その晩は、ふかふかベッドの羽根布団で、サランが嬉しそうに抱いてくれました。
依頼者からのご褒美です……。
―――作者注釈―――
※1.サコー
フィンランドの銃器メーカー。米ではセイコーと発音されているらしい。映画などに登場したことが無く日本での知名度はまだまだ低いが米市場でも文句なしの最高性能ハンティングライフル。信頼性、堅牢性が高い上になにしろ命中精度が高く買ったばかりの何もカスタムしていない状態でのいわゆる「箱出し」ナンバーワンはコレで決まり。レミントンM700を買っていろいろカスタムするぐらいなら最初からコッチを買えということになっている。猟協会で「SAKOなんてメーカー初めて聞いた」などというとあきれられてしまうので注意が必要。
(最近の箱出しナンバーワンは米サベージ社という話もある。)
※2.BAR
ブローニング・オートマチック・ライフルとはいうが第一次大戦から使われているいわゆる軍用軽機関銃のBARとは全く別設計のハンティングライフルである。軍用のBARはフルオートが使え、「小銃」ではなく、「軽機関銃」に分類されているので注意。ガス圧作動式など軍用銃のBARテイストは健在。戦後売り出されたベルギー・FN社製のセミオートマチックの狩猟用ライフル。大口径に対応しているのが特徴で、マグナム弾を撃てる数少ないオートのハンティングライフル。
「もう三十年使ってるけど故障したことも弾が詰まった(排莢不良)ことも無いよ」とは先輩の弁で、その信頼性と堅牢性は現在においても他社のセミオートマチック・ハンティングライフルの追従を許さない。
※3.ブローニングAボルト
ブローニングの商標を所有している米ブローニング社が日本のミロクからOEM供給を受けている国産のボルトアクションライフル銃。
ジョン・ブローニング自身はボルトアクションライフルの設計を行ったことは無いが、ブローニングの名に恥じぬ高品質、高い命中精度と信頼性を誇る。
※4.ホーワ
日本の銃器メーカー、豊和のこと。
現在も自衛隊に89式小銃や迫撃砲を提供している国内唯一の軍用銃メーカー。
かつては民生品用のライフルも製造していた。持っていたらかなりのお宝かも。
※5.ミロク
国内唯一の銃器メーカー。自社散弾銃、ライフルだけでなくブローニングへのOEM供給でも知られる。日本製らしい高品質と高い命中精度と信頼性で人気があり、上下二連ショットガンはオリンピック選手にも使用されている。ブローニング社へのOEM供給は同社との共同開発。
古いお方は上下二連のショットガンはコレを愛用しているのがごく普通。銃砲店に並ぶ中古の散弾銃の定番である。
次回第一章最終回「さらばサープラスト また会おうみんな」