36.ヒドラを食べよう
崖を降りて藪をかき分け、みんなの前に出ると、全員が拍手してくれました。
「いやーすげえ、楽勝だったな!」
「助かったよシン。お前すげえよ」
「正直一人だけ楽しやがってとか思ったけどよ、こんなんだったら何度でも頼みたいわ」
「賛成です」
ありがとうございます。
直接対峙しなくてよくて、本当にありがたいです。
だって目の前のヒドラ、迫力がすごいです……。
「こんなのと闘ってたんですねみんな。そっちのほうが断然凄いですよ。僕だったら怖くて全然ダメですね」
「はっはっは、シンはホントハンターに向いてねえな」
みんなで皮剥ぎですね。ロープ掛けて引っ張ったり、ナイフでざくざくお腹に切れ目入れたり。川の浅瀬でやってますから血も流れていってきれいに作業できます。
みんなプロです上手です。
僕は散弾銃持って周りを警戒しています。オオカミとか寄って来そうですからね。
サランも僕のナイフ使って一緒に作業中。
「肉もったいねえな……」
「持って帰りたいよね」
そうかあー。高く売れるのか。
こっそり、マジックバッグでビニールの大型ごみ袋を購入します。
「あのー、みなさん、これに肉入れてください」
「……なんだこりゃ。こんなペラペラの袋初めて見るぞ」
「透けてる……」
「それに入れて、口を縛って、こんなふうに」
サランが持ってる一抱えはある肉をビニール袋に入れて口を縛ります。
「すげえ、この袋血が浸み込まねえよ。こんな薄いのに丈夫だな……」
「でもこうしたって、持って帰る間に腐っちまうぞ。一人一袋がやっとだろうし」
「僕の魔法のかばんにいくらでも入ります。街まで腐らせずに持って帰れますよ」
僕が持つ黄色いかばんにサランがかばんより長いビニール袋を入れる。
入っちゃいました。
はい、このかばんは底なしです。
「異次元袋……。本当にあるんだ」
こっちではそう呼ぶんですか。みんなびっくりです。
要領を覚えてもらって、みんなでどんどん肉を放り込んでいきます。
「おネエさんもうちょっと小さく切らないと入りませんよ」
「あらゴメンなさいーっおっほっほ」
鞄の口よりは細くしてもらわないと、入りませんね。
解体中、オオカミの群れが集まってきたりしましたけど、散弾銃とサランとラントさんの矢で何匹か倒せば危なげなく追い払えました。
剥ぎ取った皮を川の水にさらして裏に残ってる肉をナイフでこそぎ取ってきれいに清掃し、夕方までかかって、ベースキャンプに戻りました。
いやあ大物、大物。
みんなでヒドラの肉を焼いて盛大にお祝いです。
美味しいです。
こんなうまい肉食ったことありません。
なるほど、これなら高く売れるでしょうね。
「ヒドラだって!!」
もうサープラストのギルドが大騒ぎです。
サランとバーティールさんが二人でうんしょうんしょと馬車からぐるぐるに巻いた皮を持ってきます。長ーいじゅうたんのロールみたいです。
「倉庫! 倉庫に運んで!」
ギルドマスターのバルさんとか職員さんとかみんな来て大騒ぎ。
「ハンターはダメだハンターは! 立ち入り禁止!」
他のやじ馬ハンターたちを追い出して査定です。
巻いた皮を開いて広げますと、全長20m以上あります。
こんなにでっかかったのかと今更ながら思います。
「……首も切られていない四つ頭の一枚皮だ。とんでもない値が付くぞ」
「脱皮したばかりでピカピカですしね……」
うん、何か所か穴が開いてますけど。
商人ギルドからも人が集められて、全員であーだこーだ。
「金貨三千枚! それ以上はちょっと無理だ」
……。
全員で口あんぐりです。
「……いや、文句ない」
「それで」
「はい」
みんなそう言うのがやっとですね。
メンバーはバリステスが五人、僕らで二人ですので、一人四百枚ずつ分けることになりました。
ギルドの手数料を引いてこの値段です。大したもんです。
「あと、肉はどうしましょう」
「肉だって!!」
「人払いをお願いします」
バルさんと商人ギルドのマスターを除いて、関係者に倉庫から出て行ってもらい、マジックバッグからどさっどさっと肉を取り出していきます。
「異次元袋……。お前そんなの持ってたのか」
「それにこの袋……なんで出来てるんだ? ペラペラなのに血もにじまない……。こんなの見たこと無いぞ」
マスターさんたちビニール袋のほうがびっくりなようです。
「他言無用に願います」
「ああ、こんなのがバレたら大変な騒ぎになる。魔道具もそうだが、貴族のおかかえで済みゃあまだマシだ。国が飛んでくるぜ……」
どさっ。どさっ。
「もういい! もういいって! そんなに買い取れねえよ!!」
マスターさんたちから悲鳴が上がります。
まだこの倍は入っているんですが……。
「いい肉だ。今日獲ったばっかりと言っていいぐらいだ。ヒドラの肉が持ち込まれたのはこれが初めてだぜ……。現役ハンターにしか食えない幻の珍味だ。さっさと売りさばいてしまえる量がまあこの程度だろうしな……。ざっとだが一袋金貨五十枚でどうだ」
「僕はそれでいいですが」
バリステスのメンバーもうんうんうんと頷きます。
肉代、金貨千枚もらって、これもみんなで分けました。
「ご苦労だった。さすがはバリステスとたぬ……ラクーンヘッドだ。ラクーンヘッドは今日から2級にしてやる。事務所に来い」
みんなで事務所に行って、スタンプを押してもらいます。
「おめでと――!」
「おめでと――!」
「ランクアップおめでと――!」
みんながお祝いしてくれるのが嬉しいですね。
「悪いですけど私たちで買い取れるのがここまでですね。現金の手持ちにも限界があります。もちろんこの後大儲けさせてもらいますが、残念です」
商人ギルドのマスターがそういって詫びてくれます。
いやあ、僕らには分不相応な儲けですよ。
バリステスメンバーも納得です。
「肉が腐らないならトープルスにも行けばいい。そこで買い取ってもらえ」
なるほど。バルさんの言うとおりにさせてもらいますか。
そのあと、バリステスのホームに戻り、大騒ぎしましたよ。
エルファンとか他のハンターのチームも集まって来まして、みんなでヒドラの肉焼きまくって、おなか一杯になるまで食べました。
うーん凄い。
そのステーキ一枚で金貨一枚分ぐらいですよ。
ま、いっぱいありますから、せっかくのお祝い、ケチケチしちゃあだめですよね。
翌日、屋根裏部屋から二人で降りていくとみんなだらけ切ってのびてます。
……これからこれを掃除するのかと思うとうんざりです。
「さあ帰った帰った!」
干しレンガ街のハンターたちを追い出して、朝ごはんはどうするか聞いてみます。
「いらないーっ」
「いらんわ……」
「もう入らん」
「今日はお休み」
「賛成です」
でしょうねえ。
僕とサランでごみを片付け、皿を洗い、ポットにお茶を沸かしてみんなに配ります。
「ふー……お茶うめえ」
「ありがたいよ」
さて、みんなに相談です。
「残りの肉どうしましょう」
そう言うと、バーティールさんが、「いらない。お前らにやるわ」と言います。
ちょっとびっくりです。
「まだ半分以上ありますよ」
うんうん、みんなが頷きます。
「昨日お前らが寝てからみんなで相談したんだ。もう十分儲けさせてもらった。今までで最高の稼ぎになったよ。肉なんて腐らせるだけで俺らには最初から持って帰れない。だからそれはお前らの分でいい」
「それにさ、あんたたち、エルフの村に帰るんでしょう?」
おネエさんが言います。
これもびっくりです。絶対メンバーになれって言われると思って、どう断ろうかとずっと考えていたんですから。
「村のために出稼ぎで現金収入目的で出て来たんだろ。わかってるよ。こっちで売り払うなり、持って帰ってお土産にするなりするといい」
そういって、バーティールさんが笑います。
「俺たちも、なんか一つ、踏ん切りがついた感じなんだ」
弓のラントさんがため息します。
「……実は、バリステスは六人パーティーだった。2級に上がったときのヒドラ倒したときに、一人、やられてね……」
……。
「いい奴だった。つらかったよ。ヒドラ滅多切りにして、あんまり金にもならず、いろいろ失敗した。俺たちにとって苦い思い出だ。お前たちに助けてもらって、全員無傷でヒドラ退治して、ああー、終わったなって。なんかそう思った」
ぐびっ。
バーティールさんがお茶を飲み干します。
「もうヒドラを狩ることもないだろう。ハンターはやめないが、もうこれ以上、上を目指す必要も無い。お前たち見ててうらやましくなっちまった。分相応、ハト殺し上等。身の丈に合わせて生きるのが幸せだろうって、今なら思える」
「なんか、いろいろ、ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだ。助けてもらったし、金も稼がせてもらった。言うこと無い。もちろん、メンバーに入ってもらえりゃ最高だが、俺たちゃそんなこと言い出せないわ。あっはっは」
言っちゃってますけどね。
「お前ら最高だ。もしこの街にまた来ることがあったら声をかけてくれ。また一緒になにかやろう」
「はい、ぜひ」
何度もお礼を言って、バリステスのホームを失礼しました。
「話があるから、明日また顔を出せ」とギルドマスターのバルさんに言われてましたので、朝、ハンターギルドに向かいます。
「お前らが狩りに出かけてる間に、ファルースが押しかけてきやがった」
「ファルースって?」
「ハクスバルのドラ息子。なんかお付きの者を四人ぐらい引き連れて」
ああー、アレですか。
「どんなやつでしたか?」
「俺と背はかわらんな。齢の通り三十ぐらい。貴族だからハンサムだ。まあ女たらしの顔だな。青いチャラチャラした服着て貴族丸出しだよ。一目見ればわかるのはご自慢の銀髪だな。母方の遺伝でこの国ではたいそう珍しい。肩まで長くしてオールバックにしてやがる。残念なイケメンさね」
「そのファルースがギルドに何の用です?」
「ハンターを全員集めろ! 誘拐事件にかかわったやつ全員だ! ってな」
「誘拐事件をやってたのはそっちの手の者でしょう」
「そうだ。だから言ってやったよ。こっちは誘拐事件を未然に防いだだけだってな。事の始末なら領主に聞いてくれって」
「それで?」
「犯人たちはどうした? って言うから、墓地に埋まってると思いますけどって言って、案内しろって言うもんだから、そりゃあ教会に聞いてください。こっちはあずかり知らぬことでねってとぼけてやった。ぶった斬った犯罪者なんて毎日埋葬されてますから俺らにもわかりませんよってさ」
「はあ」
「とにかく関わったハンターを集めろってうるさかったな。そんなこと部外者に言うわけないでしょ。誘拐団の一味に知られて仕返しされたりしたらどうするんですか、絶対に教えられませんよって言ってやった」
「あっはっは!」
「俺を誰だと思ってる! ってキレやがってな、誰なんです? って聞いたらまわりのお付きが必死になだめてたな。言えるもんなら言ってみろってんだ」
「そりゃあそうですね」
「わざわざこんなところまで来て、一市民を刃物抜いて取り囲みさらおうとしていた誘拐犯の男どもを退治したハンターたちの行方を必死に探ろうとしているアンタはいったいどこのどなたなんです? 誘拐団の親玉ってわけじゃないんでしょ? って俺は言ったんだよ」
「うわあ……」
「青黒い顔してさ、娘に会わせろって言うんだよ。どの娘ですかって言ったら、誘拐されそうになってた娘だ! ってさ」
「白状したも同じじゃないですか……」
「その通りだ。あんたなんで誘拐されそうになってたのが娘だって知ってるんですか? 誘拐されそうになったのは子供かもしれない。金持ちのジジイや奥様かもしれない。でもあんたは今娘って言いましたね。なんでそれを知ってるんです? 俺は一市民としか言ってませんよ? って」
いやあバルさん悪い顔です。
「それこそ絶対会わせられませんね。犯人の遺体を引き取りたいアンタ、犯人を斬ったハンターたちを知りたいアンタ、誘拐されそうになった娘を探しているアンタ、あんた何モンなんですか。どう考えても誘拐団の首領じゃないですか。アホですかあんたって言ったらもう暴れたねえ。ほら、ここのカウンター蹴られたぜ」
……それで穴空いてんですか。
「それでその場にいたハンター全員で取り囲んでな、これ以上騒ぐならこの場で取り押さえて誘拐団の容疑者として突き出すがそれでもいいかって言ったらお付きの者に引きずられて出ていったな」
「最悪ですね」
「さいあくー……」
「馬鹿だな」
うーん……なんてやつ。
「てなわけでな、俺らに手出そうとすれば名前を言わんきゃならん。言えない以上手は出せない。家名ってのは厄介だがこっちもそれを逆に利用もできる。この件はそれで終わりだ」
「救いようのないアホですね……。僕だったら、誘拐団を追って捜査している当局の者だー、とかぐらいは言いますけどね」
「お前頭いいな。後でそう言ってくるかもしれないな」
「犯人だったらもう全員墓の下ですけど、で終わりかと」
「それもそうか」
うんうんとバルさんが頷く。
「とにかく、対応と情報、ありがとうございます」
「礼はヒドラの肉でいいぞ。俺の女房と子供四人分だ。うん、あー、いやそれで、それぐらいで。いいってそれぐらいで!」
カウンターで肉出して切り分けました。あっはっは。
「面倒だと思うならお前たち、もうエルフの村に帰っていいぞ。残念だけどな」
「そうですね。そうします」
うんうん……バルさんが頷きます。
名残惜しそうです。
「……マジで世話になった。あの皮もギルドのいい儲けになるし、農家のたまってた仕事もあらかた片付けてくれたし、なによりハトが一番助かった」
「あっはっは。あんなことでよければ」
「お前たちがいると退屈しないぜ。また来いよ。待ってるぞ」
「はい。ぜひ」
こちらもいっぱいお礼を言って、退散しました。
こうやって街を見回すと、感慨深いですね。
「おーい! ラクーンヘッド!」
声をかけられまして、振り向きますと、若商人のファゴットさんですね!
次回「トープルス再び」