31.ソウドオフ・ショットガン
「3、2、1、GO!」
ドゴンッチャッ!
ドゴンッチャッ!
ドゴンッチャッ!
荒野、ショットガンの銃声が響き渡ります。
今日から僕らは接近戦闘の特訓をすることにしました。
木を周りに六本立てましてね、サランと背中合わせになって、合図と同時にサランが抜刀、三本の細い木を切り伏せ、僕が三本の丸太をバックショットで撃ち抜く練習です。
僕はマントを羽織りまして、その下にはソウドオフされたM870。
金鋸で銃身とストックを切り詰めて短くしました。前にも言ったことがありましたが、銃身の材質ってのは金鋸で切り落とせるような柔らかい鉄でできています。焼き入れした鋼鉄じゃないんですよ。暴発した時膨らんで裂ける程度の硬さなんです。
大事なおじいちゃんのM870じゃないですよ。
このために新しくマジックバッグから買いました。
レミントンM870 ディアー・スラッグ。木製ストックです。
350ドル……。金貨三枚半です。
サボットスラグが登場してから普通のスラッグは全く人気が無いとは聞いてましたがね。日本の銃砲店でも新品が八万円ぐらいの銃です。
なんでこうM870は、というかレミントンは安いんでしょうか……。
わが愛銃ながらちょっと情けなくなります。
ディアー・スラッグというのはですね、ライフリングも絞りもない平筒にフロントサイト・リアサイトが付いたスラッグ専用銃身が付いたモデルです。
ライフル銃身を使うサボットスラグが売り出される前はみんなこれでシカを獲ってました。
これの銃身をチューブマガジンギリギリまで切り詰め、ストックも少し短く切り落とし、皮ひもをつけて肩から吊れるようにしました。
これ、1920年代に大暴れしたバロウギャングで有名なボニーとクライドがやってました。こうやって銃を隠し持って警察から逃げてたそうです。
映画は観たこと無いので史実でしか知りませんが、当時の写真を見ると実際に使ってた銃器はセミオートショットガンのブローニング・オート5(※1)とか軽機関銃のBARだったようですね。
そんなもの盗んで持ってたギャングも怖いですが、1920年代にもうそんなものを作っていた発明家のジョン・ブローニングさんがすごすぎます。
ブローニングさんと言えば軍用銃のイメージが強いですが、ターミネーター2でシュワちゃんが使ってたレバーアクション散弾銃、僕も使ってるポンプアクション散弾銃、世界初のセミオート散弾銃、そして、鳥撃ちやクレー射撃で大活躍の上下二連散弾銃、これが全部ブローニングさんの発明ですからね。
僕ら猟師の間でも巨匠も巨匠。足を向けて眠れません。
百年以上前に設計された銃がいまだに軍隊でもハンターでも、最前線で使われ続けてるって、凄いですね。
僕なんですけど、せっかく新しく銃を買うのになんでまたM870をと思いますか? オートとか、タクティカルモデルとか、カッコいいのがいくらでもあるだろうと。
命預けるんですからね、やっぱり信頼してて使い勝手がいつもと同じものがいいに決まってます。それに、M870は空打ちでカシャカシャやるより、反動を利用できる実弾を発射するほうが早く操作できます。慣れればですが……。
ドンッていう反動を利用して銃が後ろに引っ張られたところでフォアエンドをガッシャンと後ろに引いて、構えなおし前に戻す。
ベテランさんの技です。僕は今これを腰だめで練習しています。
僕の発砲音が、ドウンッ、ガシャッじゃなくて、ドコンッチャ! ってなってるのはそのせいです。
引き金引きっぱなしでこれで連発できる「ラピッドファイア(またはスラムファイア)」というのができるショットガンもあると思いますが、M870にはそんな機能ありませんので引き金はいちいち引いて戻しています。
オートの散弾銃ならもっと速射できるんですけど、オート散弾銃はリコイルスプリングが銃床の中にありますのでストックを切り落とすことができませんし、ガス圧の通路とかありますので僕がソウドオフすると壊しそうだし、ちょっと命預けるのは怖いですね。やっぱりM870が最高ですよ。うん。そういうことにしといてください。どうせ使うのは僕ですから。
「一発はずしちゃった」
三本のうちの一本の丸太がまだ立ったままです。
5mぐらいの近距離ですからね。切り詰めた銃身でもバックショットはまだ5cmも広がりません。
「もっとゆっくりやったほうがいいよ。慌てないで。少しずつ早くすればいいんだからさ」
「うん。もう一回」
サランはすごいですよ。抜き打ちのままズバッバッバッて、長い剣で確実に三本の細い木を切り落としてます。
さすがエルフの戦士。
っていうか練習いらないじゃん。
丸太を立てて、もう一度、マントの下にM870を隠しまして……。
腰だめで撃つのは、あんまりガッチリ押さえたらダメですね。
ショットガンだと、一発ごとにちゃんと反動をうまく逃がしてやらないと僕がケガしちゃいます。
「3、2、1、GO!」
ドゴンッチャッ!
ドゴンッチャッ!
ドゴンッチャッ!
サランはもう僕の後ろで一緒に回ってくれるだけでいいや。
百発ぐらい練習して、なんとか三本の丸太を3秒で倒せるようになりました。
そんなのすぐにうまくできるようになるのかと思いますよね。
クレー射撃のほうが断然難しいです。それに比べりゃ5m先の棒立ちの丸太なんか簡単ですね。
猟協会の射撃大会なんかでは、一秒間隔で撃ち出される二枚のクレーを先輩たちがドンッドンッて二連射でかるーく撃ち落としてしまいますから。
僕なんかまだまだですよ。
でもこれで拳銃が無くても、なんとか身を守ることができそうです。
これを始めたのは、エルフ誘拐団がいるってことがはっきりしたから。
つまりサランも誘拐される可能性があるってことです。エルフの村に出向かなくても、街にエルフがいるならそっちのほうが手っ取り早いですからね。
サランを誘拐できる奴がいたらお目にかかりたいですが、そこは多勢に無勢もありえますし、僕が人質に取られる可能性だってあります。
用心に越したことはありません。サランの足手まといはゴメンです。
それにもう一つ。
どうせだったら誘拐団をおびき出してやろうという考えもあります。
これはサランのアイデアです。僕は反対したんですけど、本人がやるって聞かなくて……。
相当、頭に来てるのかもしれませんね。
「ホントにやるの? サラン?」
「やるよー」
「……もうエルフの村に帰ろうよ……」
「いや、やらせて。旦那様のことはちゃんと私が守るからさ」
嫁さんがここまでやる気になってるんだから、僕も覚悟を決めないといけませんね。
今夜決行。
二人で夕暮れから、酒場「のみくい天国」に行きまして、水とおつまみで粘ります。二人とも平民風の服。サランもです。せっかくだから夕食も取ろうよ。ほら魚とかおいしそうだよ。川魚だけど……。
二時間ほど、テーブルで二人で飲み食いしておりますと、あの真っ黒い、深く帽子をかぶった杖を持った男が入ってきました。
店の薄暗い照明の中、ゆっくり見回しておりますな……。
べたり。
サランがテーブルに突っ伏します。
酔っぱらったフリですね。
帽子がずり落ちて、長いエルフ耳がぴこぴこと動いてます。
「うにゃあああ――んん……」
どういう酔ったフリですか。
横目でチラリ。
お、こっち見てますな。
「もうのめないぃいぃいい――ん……」
なんという棒読みです。
演技が全くできておりませんぞ。
男、チラチラこっちを見て、麦酒を一杯だけ注文して三つ離れたテーブルに着きました。口を付ける様子はありません。
見るからに怪しい杖。
手で握るぐらいのところに切れ目があります。目釘も打ってありますし、まず仕込み杖で間違いありませんね。
「かえるぅうううーぅん」
「飲みすぎだよ。もうちょっと、酔いを醒ましたら帰ろうね」
「はいいいぃーん」
そのまましばらく僕一人だけで水を飲んでおりますと、男が席を立ち、金を払って店を出て行きました。
店の外で待ち伏せすることにしましたかね。
「サラン、出て行ったよ」
サランが顔を上げ、ちょっと店を見回します。
「よしっ、いよいよだね」
急に真顔にならないでください。
「その前にちょっとトイレ」
「あ、私も」
いい頃になったところで、お勘定を済ませ、店を出ます。
もうすっかり夜ですね。
サランがちょっとふらっふらしながら歩いていき、僕は横を歩きます。
「ついてきてるうーん……」
「ん、何人ぐらい?」
「ごにーん!」
……よくわかるなあ。
「さっ、かえろ」
「はーいっ……」
ふらっふら。てくてくてく。
ふらっふら。てくてくてく。
宿屋街には向かわず、ハンターの借家が多い日干しレンガ街に向かいます。
ここに住んでるハンターは多いですからね。不自然じゃありませんね。
かしゃっ……。
マントの下で静かにフォアエンドを前後させ薬室にショットシェルを装填します。ついでにもう一発弾倉に追加して、4+1のフルチャージ。
その街はずれまで行くと……。
ささっ。さささささっ。
遠巻きに黒服たちが街路を走り抜けていきましたね。
来るかな?
――――作者注釈――――
※1.写真ではブローニング・オート5に見えるが、実際はウィンチェスターM1911だったと言われている。
次回「大きすぎる黒幕」