29.チーム・エルファンと謎の男
食材を市場でいろいろ買い込んでから、バルさんにもらった地図をたどってチーム・エルファンのホームに向かいます。
ハンターのパーティーのホームと言うと格好がいいですけどね、借家ですね。
一軒家なところはまだマシか。街はずれの古い干しレンガ街の一つです。
なんにもないんでね。とりあえず入り口をノックしましょうかね。
どんどんどんと扉をたたくと、包帯に腕を吊って顔を出してくれたのはあのとき泣き崩れてたメンバーの方ですね。
「ああ! タヌキ頭!」
ラクーンヘッドです。
「こんにちは。お久しぶりです。ちょっとお話を聞きたくて」
「どうぞどうぞ。こちらも聞きたいことがいっぱいあります」
……。
ベッドで一人が寝ています。
動けるのは腕を吊ってる人、軽傷の二人、全部で四人ですね。
「マスターから聞いてる。仇を討ってくれたのは君たちだそうだね」
「……そうなりますか」
「俺はベルタス。副リーダーだ。寝ているのはタイト、そこにいるのはアンダルとジニア」
「僕はシン、彼女はサランです」
「こんな綺麗で頼りになりそうなエルフのお嬢さんと一緒にハンターなんて羨ましいよ。俺らはほら、男ばっかりでさ」
みんな力なく笑う。
「台所、借りるよ」
食材を抱えたサランが、台所に向かいます。
うわあ汚ねえ。男ばっかりってほんとダメだな。
「で……、本当の所、エルファーの最期はどうだったんだ……」
「薪が組まれて遺体が焼かれていました」
「……火葬してくれてたとも思えん。食われるところだったんだね」
「そうなる前になんとかゴブリンを全員討伐することができまして、でも洞窟に逃げたゴブリンが顔を出してくるのを待っていたうちに、遺体は灰になってしまいました」
……。
「ありがとう。ちゃんと火葬してもらえたも同然だ。ゴブリン共の腹に入ったなんて話より断然いい。僕らもなんか、その話聞けて嬉しいよ」
何人かが涙ぐむ。
「いいリーダーだった。森の中でゴブリンを見つけてね。ここは村に近い。放っておくわけにはいかないって言って、どこが巣なのか突き止めようとこっそり追跡してたんだけどね、いつの間にか取り囲まれて、投げ槍をどんどん投げられて」
ああ、やっぱり投げ槍でしたか。
「ゴブリンなんてってバカにしてたけど数がいるとやはり怖いね。リーダーが倒されて、逃げろ、みんなに知らせろって言って息絶えて。僕らは命からがらに逃げるしかできなかった。くやしいよ」
わかります。僕らだってそんな状況だったら生き残れるかわかりません。
たとえ銃を持っていたとしたって。
「どうやってゴブリンを倒したんだい?」
「まあ、遠距離からコッソリ」
「さすがエルフだね、サランさんは弓の達人なんですね」
「いやあ、旦那様のほうがずっと腕前は上だね」
サランが台所から声をかけます。
うわっ。もう台所がピカピカになってるぞ!
食器も洗われてきれいに拭きあげられて。驚くべき女子力です!
コンロでは薪が焚かれてもう鍋が沸いています。
なにができるか楽しみですね。
「旦那様……って、君ら夫婦なの?」
「はい」
「えええええ――――――――!」
毎回思うんですけどなんでみんないちいちびっくりするんですか。
もうヤダこの展開……。
「……残念ながら俺たちからはなにも礼ができない」
「いいんです。そんなことは。これ、お見舞いです。受け取ってください」
「これは?」
「ゴブリン討伐の報酬として領主様から受け取りました。あなたたちの物です」
「どうして……。それは君らの報酬だろう」
「あなたたちが命懸けで知らせてくれたから討伐ができたんです。チーム・エルファンの手柄です。どうぞお納めください」
「……ありがとう、ありがとう」
金貨十五枚を受け取って全員グズグズする。
「さあさあ、元気出せって言っても無理だろうけどね、ちゃんと食事はしないとダメだよ。みんな食べて」
すごいな。
スープ、ステーキ、サラダ。それに買ってきたパン。手早くさっさと作ったのにちゃんと料理になってます。ありがとサラン。
男所帯のチーム・エルファン、大喜びですね。
みんなガツガツ食ってますわ。
サランがベッドに腰かけて、寝ているタイトさんに食べさせてあげてます。
はいはいみんな羨ましそうな目で見ない見ない。
「聞きたい話がありまして」
「なんでも聞いてくれ!」
「エルフ狩りの一味に誘われたとか」
「ああ、それなら俺だ」
ジニアさんが手を上げましたね。
「酒場で飲んでいたら……」
「てめえ! なに酒場なんか行ってんだよ!」
はいはいそこでケンカしない。
「どこの酒場です?」
「繁華街裏の、『のみくい天国』」
どういう店名ですか。
「飲んでいたら、『あなた、エルファンのチームメイトではないですか?』と黒づくめで帽子を深くかぶった男に聞かれてね。そうだって言ったら、『今お仕事が無い?』と言うんだ。そうだって言ったら、『いい仕事があるんですけど、お話していいですかね』って言うから、聞くだけ聞いてみようと思って」
「ふむ」
「『ここではちょっと……』って言うんで、酒場の代金を払ってくれて、表に出て、歩きながら話したんだ」
「慎重な相手ですね」
「うん、ヤバい話、非合法な話なんだろうなと思ってさ、『狩りのお手伝いをしていただきたい』と。で、獲物は何だと聞いたんだ」
「あやしいねえ」
サランが顔をしかめる。
「『まあ行けば分かります。報酬は弾みます』とね。いくらだって聞いたら、『一人につき金貨五十枚』ってさ」
「一人って……一人って……、もうそれ完全に人さらいだよね」
僕が言うとジニアさんはうんうんうんと頷きます。
「人さらいかよ! って言ったら、『いえいえ、人ではありません』と言って帽子の下でニヤッと笑うのさ。人でないって、じゃあなんだよって言ったら、『森の人ですよ』って言うのさ。森の人って言えばこちらじゃエルフのことだ。俺がそんなのお断りだね。俺はエルフに恩がある! って言ったらさ……」
……ごくり。
「『いえいえ。冗談ですよ。冗談』って言って、笑いながら立ち去った」
……。
「アンタが恩に感じてくれてて助かったよ」
そう言ってサランがジニアさんのカップにスープを注ぐ。
「ああ、俺はサランさんたちがリーダーの仇を討ってくれたのを知ってたからな。だいたい人さらいなんてやったらハンターを永久追放だぜ? ワリに合わないだろ。そんなの引き受けるハンターなんてよっぽど困っている奴か……」
「まあ、俺らみたいのだよな」
うん、みんなガックリしないでよ。
「そいつ、どんな感じでした?」
「背中を丸めて、黒いコート、黒い帽子、白いカッターシャツが下に見えた。上等な服で金がかかってる。年のころはたぶん五十代……」
「背丈は?」
「背中を丸めていたからなあ。俺よりは小さいが、ちゃんと立ったら俺と同じぐらいじゃないかな」
「ちょっと立てジニア」
「ああ」
僕とサランで背中を丸めたジニアさんの横に並んでみる。
僕より大きくて、サランよりは小さい。ちょうどサランの肩ぐらいか。
うん、日本人の僕は、普通に外人さんの中だと少年のように小さいです。
悪かったね。そのせいでいつもおねショタ扱いですよ。
「他は?」
「杖を持ってた」
「太くて重そうな、真っすぐで握り手が無い?」
「そうだ。なんでわかるのシンさん」
「仕込み杖かと思いまして」
「……そうかもしれん。杖なのに地面に突かずに、持っていた。そういえば、地面に当たったとき音がしてたな。かちゃっとか」
「……それ危なかったぞジニア。下手したらお前斬られてたかも」
「げええ……」
ちょっとやっかいな相手なようですね。
みんなで食事して、カップを洗いなおして今度はお茶を出してしばらく話しましたが、それ以上の情報は得られませんでした。
よくお礼を言われまして、ホームを失礼しました。
「……ピストルがいるかもね」
「ぴすとるって?」
「ちっちゃい銃。片手で撃てる大きさの」
安宿に二人で泊ってます。
ピストルかあ。
僕は日本人だから、もちろん撃ったことなんて無いよ。っていうか見たこともない。日本じゃ絶対に所持禁止だからね。所持できるのはオリンピック選手候補ぐらいです。
でもアクション映画ではいつもバンバン撃ってるからねえー。日本人にもなじみ深いです。モデルガンもエアソフトガンも売ってますから、男の子だったら撃ち方知らないなんてことはもちろんありませんな。
護身用ってとこかな。剣を隠し持ってるようなやつを相手にすることになるかもしれないもんね。
自分で買うとしたら……そうだなあ。やっぱりリボルバーかな。
僕はオートって、あんまりタイプじゃないんだよね。
いや、使ってる人は猟友会にいっぱいいるよ。
キツネの駆除にみんな散弾銃使うけどね、クレー射撃の上下二連、そのまんま持ってくる人と、自動式散弾銃持ってくる人、半々ですね。
ポンプアクションなんて使ってるのは僕だけです。おじいちゃんの遺品ですから。
実猟ではやっぱり自動式が圧倒的に有利ってことですね。作動不良もまずないです。メンバーが使っていて回転不良なんて見たこと無いです。今の自動式散弾銃の信頼性はすごく高いですよ。その点は文句のつけようがないですね。
ただ、代表的な自動銃、レミントンM1100は弾を変えるとなんかリングの交換をしないといけないそうですね。射撃場のクレー射撃でジャムして、「軽装弾の時はガスシールを……」とか先輩に教えてもらってる人がいました。
よくわかりません。
僕はね、操作がシンプルでわかりやすい、そういうのが好きなんですね。
でも、ダイハードでバンバン撃ってたベレッタ、あれもオートだけどカッコいいよね!
友達がさあそう言うの好きでさ、エアソフトガンいっぱい持ってる奴なんだけど、それが僕が銃砲所持許可取ったって話を聞いて遊びに来て、『見せてくれ!』ってしつこかったね。
ホントは銃刀法違反なんだけど、高校の時の同級生だしさ、しょうがないからガンロッカーから出して見せてあげたよM870。見せてあげるだけなら違法じゃないですから。
『本物だ――! ポンプアクションの決定版!』って凄く感激してた。
がっしゃん、カチッ、がっしゃん、カチッってやって見せてあげました。
もちろん空撃ちだけどね。銃は空打ちすると撃針が折れる(※1)ものが多いのでダミーカートを使います。
しゃこんしゃこんってダミーカート入れてガッチャンガッチャン。
いやあ喜んでたね。
「なんで二発しか入らないんだよ! これ4+1だろ!」
「日本の銃刀法で二発までって決まってるんだってば!」
なんという無駄知識でしょう。
でも、見せてくれたお礼だって言ってエアソフトガンを一丁くれましたね。
そういやあれ、けっこうよかったな。
――――作者注釈――――
※1.猟銃に限らず銃は空撃ち(弾薬を入れずにハンマーを落とす)するとトラブルになりやすい。多くの場合撃針が折れる。
本来雷管に当たるはずの撃針が当たらず飛び出すことになるので、押しつぶされる方向に強度設計されている撃針が、空打ちすると設計に無い引き延ばされる方向に力が加わるためである。
練習でも空打ちする時は、ダミーカートという撃針を受け止めるバネが入った模擬弾を装填して行うこと。
次回「初めてのピストルと衝撃の事実」