28.旅の商人さん ※
「やあ、お二人さん、こんなところでなにしてるの」
宿で声をかけられてびっくりしましたね!
見ると、あの、サープラストの門前で僕らから塩を買ってくれた若い商人さんじゃないですか!
「ああ、あの時はお世話になりました!」
せっかくですので、一緒に夕食を取ることになりました。
「あの塩は良品だったよ。新しい取引相手が喜んでくれてね。また仕入れたいんだけどまだあるかい」
「申し訳ありません。あなたに売ったのでもうないですね」
「そりゃあそうか……。残念だよ」
「僕たちあの時一文無しでしたので本当に助かりました」
「そりゃあよかった」
「けっこう高価な値段で買い取ってくれましたよね。儲かりました?」
「あははは。実はあれは儲けは度外視だったんだ」
笑いながら、手をひらひらさせる。
「一流の商人は儲けがない仕事はしない。みんな金貨十枚であきらめてくれただろう? でも僕はまだ駆け出しでね、顔を売って新しい顧客を掴むのも仕事のうちさ。塩を売ってほしいと言う客はいっぱいいる。あの塩を全部じゃなくて、少しずつ分けて売り、たくさんの新しいお客さんとつながりができた。買った値段以上の価値はちゃんとあったよ。ありがとう」
それでか。
塩があの値段は今考えるとかなり高かった。
たくましいですね。商人さん。
「今はなにやってるの?」
「ハンターですね。おかげさまでなんとかやっていけてます」
「そりゃすごい。カード見せて」
二人のカードを見せてあげると、驚いていましたね。
「あれからたった一か月でもう3級……。凄いね君たち」
「おかげさまで」
「明日の予定は?」
「サープラストに帰ろうと思っています」
「僕もサープラストに行くんだ」
そう言って、いい考えが浮かんだという顔をする。
「ついでだったら、僕の馬車の護衛をお願いできないかな。個人で頼むと高いし、商隊に加わるのも高くつく。僕みたいなひよっこの旅商人はやりにくいこともいっぱいあってね。お金はあんまり出せないけれど、僕の馬車に乗せてあげるから二人で金貨一枚で……って、安すぎるか」
「そうですね。僕らも塩を買ってもらったご恩がありますし、馬車が無くて歩いて帰ろうと思ってたぐらいですから僕はいいと思うけど」
「私もいいよ」
「じゃ、決まりだ! いやー助かった!」
三人で乾杯して、たくさん食べました。
「僕はファゴット」
「僕はシンです」
「私はサラン」
「よろしくね、お二人さん!」
翌朝。
「その葉っぱが張り付けてあるみたいな模様の服、凄いよ。確かに狩人には最高だろうね。どこで買えるの?」
「ちょっと色々ありまして、教えられなくてすいません」
「そうかあ」
ファゴットさんが僕らの迷彩服を見て興味津々です。
「その帽子もいいなあ……。売ってもらえないかな。きっと流行るよ」
「これ僕らのトレードマークなんで、売ると名前を憶えてもらえません」
「なんて名前でやってるの?」
「『ラクーンヘッド』です」
「それじゃタヌキ頭みたいだよ」
あっはっはってファゴットさんが笑います。
ダメか、違うのにしようかな。
「どこで買えるの?」
「エルフの村で作ってもらいました。アライグマの毛皮なんです」
「ああそうか、初めて会った時、サランさん見て、あっエルフだ珍しいなって思ったよ。二人はエルフ村の出身なんだね」
「そうですね」
「シン君は人間だよね。よくエルフ村に受け入れてもらえたね」
サランは「さん」付けで、僕は「君」なのはなんでですか……。
「迷子になっているところを拾ってもらえまして」
「それだけで?」
「うまいこと気に入られまして、サランをお嫁さんにもらうことができました」
「夫婦なの! 二人夫婦なの!!」
なぜ驚く。
「……いやあビックリ。君ら見てると大人と子供って……いやなんでもない」
口は災いの元ですぞファゴットさん。
今まで、ずーっと、あえて触れないようにしてきましたがね。
おねショタですか。お姉さまとショタっ子ですか。
僕らってそう見えますか。
ほっといてください。
ほらあサランが後ろから抱き着いてスリスリしてくるじゃないですか。
新婚アピールですか。
気持ちいいけど。
「なんてうらやま……いやなんでもないです。さあ出発しましょうか。日が暮れてしまいます」
二頭引き四輪馬車の御者はファゴットさん。僕は18インチスラッグ銃身にバックショットを装填したM870を抱えて御者台の助手席に座ってます。
馬車の護衛と言えばやっぱり散弾銃ですね。
コーチガンって知ってます? コーチってのは今僕が乗っている四輪馬車のことですが、昔アメリカの駅馬車業者が護衛に持たせた水平二連ショットガンのことをそう呼んでました。
揺れる馬車からの射撃で強盗に当てるのは至難の業。でもそれができるのはやっぱり散弾銃に限るってことですな。
もちろんファゴットさんは興味津々ですが、売り物じゃないからね?
絶対に売りませんからねこれだけは。
幌でおおわれた荷台では弓を横に置いたサランが後ろを眺めてます。
時々、交代する予定です。
ファゴットさんはさすが商人、口がうまいと言うか、いろんな話をしてくれて楽しいですね。
旅は道連れ世は情けですね……。
実は聞きたいことも少しあるんだ。
「商人の情報は有料だよ?」
「あーそうですかー……」
「情報を早く掴んで儲けたり、ウソの情報で損したり。情報だけが、商人の武器だからね。あっはっは。でもまあ、商売に関係ないことだったら、どうぞ」
「実はですね、こっちに来る前にエルフの村で誘拐未遂事件がありまして」
「……人買いか」
「たぶん」
「どうなった??」
「未遂です。エルフの女の子は無事。犯人は知りません」
「……まあ聞かないよ。それで?」
「エルフを売り買いしている闇の奴隷商人とか、買っている貴族とか、誘拐をしている野盗とか、そういうのに心当たりは?」
「うーん……」
ファゴットさんが考え込む。
「当たり前だが、僕たち商人はそんなことには手を出さない。僕たち商人にとって信用はお金より大事なことだ。お金が無くても信用があれば商売できるのに、お金のために信用を失うような仕事なんか引き受けるわけがない」
「ですよねえ」
「だから、そういうことに手を出すのは表向きはもうすでに信用がある商人ってことになる」
「なるほど!」
「お互い悪いことをするんだ。奴隷を売る商人と、奴隷を買う貴族との間には強い信頼関係がある。つまり両方ともすでに大物」
……時代劇の定番ストーリーです。
なるほど、悪役がいつも悪代官と悪い商人ってのは理由があるんですな。
話を聞いていたサランが後ろから声をかけます。
「ハンターがかかわってる可能性もあるんだよ」
「ハンターが……。なるほどね。エルフの村に侵入して少女をさらう。素人に簡単にできる仕事じゃない」
「心当たりはありますか?」
ふーむ、ファゴットさんが頭をひねる。
「酒場で、エルフの村出入りの商人さんにしつこく村の様子を聞いていたハンター風の男がいたね」
「ほんとですか! どんなやつです!」
「はげ頭で、大きくてごつくて、剣を下げてた。ほほに傷跡……」
サランが頷く。
うん、確かにトコルの村で倒した野盗の中にそんなやつがいたはずだ。
ハンターカードの持ち主、アランと言ったか。
「その時話をしていた商人さんは?」
「ムラクさんですね。ベテランで僕の大先輩でもあります。まっとうな商売をする方で信用できる人ですよ。ムラクさんは『大事な客のことをあれこれ教えるわけがないだろう!』と言って相手にしてませんでしたが、あの様子だと他にもいろんな商人に声をかけて情報を集めていたと思います、その男」
ムラクさんのことになると自然に敬語になるんですね。
ファゴットさんに信用されているということがわかります。
「ムラクさんだったら私も知ってる。コポリ村出入りの商人さんで、私の剣もムラクさんから買ったものだから」
「サランが言うなら信用できる人でしょうね」
「そうだよ。これからエルフを誘拐しようって人が、エルフに剣を売ってくれるはずがないよね。エルフみたいな気難しい種族とやっと取引できるようになったのに、それを台無しにするわけがないし」
「そっか。じゃあ関係ないかもね」
ムラクさんは聞かれただけで答えてない。聞いていたハンターはもう死んじゃってる。この件は突っ込んでもしかたないな。
「サープラストにたまにいますが、僕と同じで旅の商人さんですからね。うまいこと出会えるかどうかは、わかりませんね」
「でも誘拐団がいるってことだけは、はっきりしました。ありがとうございます」
「サービスだよ。また何かあったら護衛してくださいね」
「はい、もちろん!」
夕暮れには、無事にサープラストに到着です。
先日強盗団討伐したばかりですからね、なにも起きませんでした。
「ありがとうね! ラクーンヘッド!」
やっとチーム名で呼んでもらえましたね。
報酬は金貨一枚、でもそれ以上の手がかりがあったかな。
「やっと戻って来たか、お前ら。長居しすぎだ」
実習で往復するだけなはずなのに、結局十日間もいましたからね。
サープラストのギルドマスター、バルさんに文句を言われてしまいました。
僕ら、サープラスト所属のハンターってわけじゃないんですけどね。
「領主様よりお言葉がある」
うわ――っ 聞きたくねぇ――――!
「『ゴブリンの討伐、大儀であった』と、これが報酬」
どさっ。
うわっ、お金くれるの? 報酬? どういう風の吹き回し?
「……いったいどういうことでしょう?」
「怪しすぎて受け取りたくないんだけど?」
二人でドン引きます。
「気持ちはわかる」
うんうんと頷くバルさん。
「お前ら、トープルスでやらかしただろ」
「覚えがありません」
「あるはずだ。トープルスの領主様、ファンデル・ラ・ハクスバル伯爵から厳重注意の使者がこっちの領主様のところに来てな、『ハンターへの報酬を未払いにしている容疑がある』と」
「……いえ、覚えがありません」
「向こうの領主様のほうが何倍も偉いからな。伯爵様だからな。子爵様はあわててあちこちに今まで踏み倒してた分を払ってくれてるよ」
「思い当たる節がぜんっぜん……」
「はっはっは。お前らだってことはバレてねえよ。他のみんなも喜んでんだ。さ、受け取っておけ」
渡された革袋の封を切って、中身を見ます。金貨二十枚。
うーん多いんだか少ないんだか。
「金貨五枚よこせ。ギルドの手数料」
「えーえーえー……」
サランが抗議するも、「しょうがねえだろ、そういうもんだ。ゴブリンの巣案内してやったのは誰だ。俺だろ」とバルさんが自分を指さします。
仕方ありませんね……。はい、おとなしく払います。
「使者のやつ名前は出さなかったが、ハトの駆除をしてくれたハンターって言ってたからな。そんな仕事を引き受けるのはお前ぐらいしかいねえよ。どこ行ってもやってることは同じだなシン。ま、これでこっちの領主様も懲りただろう。ハンターギルドなめんじゃねえぞってな!」
そういうことはですね他の領主さんの手を借りずにやってから威張ってほしいですね。
「まあそれはいい。エルフの姉ちゃんに情報だ」
「はい」
「うちのハンターの一人が、エルフ狩りやらないかって話を持ち掛けられたって話がある」
……。
「そう睨むな。持ち掛けられただけだ。もちろん断ったさ」
「誰?」
「ゴブリンにやられて療養中のチーム・エルファンの連中だ。リーダーを失って、ハンターの資格も停止中だ。無事だったメンバーは今仕事が無い。それで目を付けられたんだろうな。俺のところに言いに来た」
「そうですか……」
「ヤバそうなことがあったらギルドに報告するってルールは教えただろう。今ハンターたちに絶対に話に乗るなって注意喚起してる。手を出したら永久追放だ。お前たちもなにか情報は無いか?」
「商人に聞いたんですけど、エルフ村の様子を出入りの商人から聞きまわってたハンターがいたそうです。はげ頭でごつくて剣を下げてほほに傷のある男」
「……アランだな。姉ちゃんが持って来たカードの持ち主」
腹立たし気にバルさんが腕を組んで頭を振る。
「アランたちが行方不明になって、新たな誘拐チームを作ろうってやつらがいるってことですね」
「たぶん」
「この街に」
「そうだ。エルフ村に一番近いのがこのサープラストだからな」
「スポンサーは誰でしょう」
「元を絶つか……。うん、さっぱりわからん」
ですよねー……。
「エルファンのメンバーに話を聞きたいですね」
「そうだな。やつらこの街の借家で共同生活してる。地図を描いてやる」
「エルフの村に帰る前に、一仕事やらないといけないかもしれませんね」
「ほどほどにな」
うん、ここは素直に頷いておきますか。
次回「チーム・エルファンと謎の男」




