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北海道の現役ハンターが異世界に放り込まれてみた  作者: ジュピタースタジオ
第一章 本物のハンター、異世界に行く
22/108

22.仲間が死ぬということ


 ライフルを収納して、銃身を短くしたショットガンのレミントンM870に持ち替えて山を下ります。


 薬室にショットシェルを入れて安全装置をかけたりはしません。

 薬室は空のまま、弾倉だけシェルを一杯にしておきます。僕は安全装置は使ったことがありません。

 警察でも「安全装置は信用せず、弾を常に薬室から抜いておくこと」と指導されますし、狩猟免許実技試験でも「安全装置をかける」「安全装置を外す」という動作や確認はなくて、脱包した上で『残弾無し』と言わないと不合格になります。

 安全装置がかかっていると勘違いして暴発させる事故は大変多いんですよ。狩猟の現場でも、薬室に弾を入れっぱなしで安全装置をかけておく、なんて怠けたことをやっている人はハンター仲間にすぐ注意されますし嫌われます。気を付けましょうね。


 それにレミントンM870は設計が古いのでね、コケたり落としたりするとそれだけで暴発するんですよ。安全装置がかかっていてもですよ。怖いですよ?

 なのでね、僕は絶対にシェルを薬室に入れたまま移動はしませんね。

 撃ちたくなったらフォアエンドをがっちゃんとやれば(※1)いいだけの話ですし。

 これはおじいちゃんに徹底的に仕込まれました。

 暴発させちゃったことがあるのかもしれませんね、おじいちゃんは。


 バルさん、サラン、僕の順です。


 洞窟前に来たら、いやあ、凄惨なことになってますね……。

 血だらけです。

 オオカミとか集まって来そうです。


 足を撃ったゴブリン……。足の肉が無くなって白い骨が見えてますね。

 シカだったらこれぐらいのケガでは逃げてしまいます。追跡するのが大変ですよ。


 ゴブリンも人間同様、野生動物に比べればなんと脆弱な、と、ちょっと思います。



「……」

 中央の火で焼かれていたのは、犠牲になったハンターの一人でしょうか……。

 残念です。もう焼きすぎて黒焦げになってます。

 回収できそうなものはありませんね。


「討伐証明」

 そう言って、バルさんがゴブリンの赤い耳をすぱっすぱっとナイフで切り落として袋に入れていきます。ちょっと目をそむけたくなりますね。

「よし、洞窟の中を見てみよう。慎重にな」


 弓を剣に持ち替えたサランと、剣を抜いたバルさんがゆっくり洞窟に入っていきます。臭いです。

 野生動物ってのは一生風呂に入りませんからたいてい猛烈に臭いです。

 鼻がいい動物も多いので不思議ですが、人間と違って動物は匂いをかぎ分けることができるらしいです。自分の匂いは別の匂いとして認識できるようですね。


 後ろからM870の銃口を上に(※2)向けた僕が片手で、マグライトで照らします。

「すごいなそのランプ」

 ま、道具の一種です。


 けっこう奥までありましてね、腐りかけた肉とか動物の死体とか作りかけの石槍とか寝床の干し草とかがある程度で、めぼしい物もないし残党もいませんね。


 石槍は……多分投げ槍として使うのでしょう。そうでなきゃ人間のハンターがこんなチビな魔物に取り囲まれたからと言ってそうそう負けたりはしないはずです。

 古代、人類がマンモスを捕らえた武器が投げ槍です。ちょっと前までアフリカの原住民は投げ槍でサイやゾウまで仕留めていました。投げ槍は恐ろしく殺傷能力の高い強力な武器ですよ。舐めてはいけません。



 洞窟を出ようとすると、オオカミが集まってきていてゴブリンの死体に夢中になっていました。サランの弓と僕のショットガンで追い払います。

 四匹ほど倒したところでいなくなりましたね。


「……すげえなお前ら……。剣振り回してる俺がバカみてえだ」

 倒したオオカミは放っておいて、帰還します。


 振り向くとまたオオカミがゴブリンの死体に集まっておりますな。

 もうこっちに来ることも無いでしょう。



 ハンターが一人犠牲になったのは残念でした。

 みんな、無言です。


「さあ帰るか。帰ったら、お前ら、3級だ」

 馬にまたがって、バルさんがカラ元気出して笑います。


「本当の実力は見せてもらった。お前らの手の内、隠しておいたほうがいいということも十分わかった。わかりすぎるほどな」

 200m以上遠くから簡単に人を殺せる奴が国内をウロウロしている。

 これは権力者や悪人たちから見れば怖いでしょう。

 それ以上に、その力を利用しようとするやつらが山ほどまとわりついてくるに決まってる。


「これからもよろしく頼む」

 そう言って、バルさんは振り向いて僕の肩を叩きました。






 仲間の死亡を知らされて泣き崩れる若手パーティー。


 つらいね。


 ハンターの現実を見せられた感じがします。

 これまで以上に慎重に、安全第一で、やっていかないと。

 僕が死ぬのはいいですが、もしサランが死んだら、僕は大切な妻を失い、帰る場所も無くし、この世界でたった一人になります。耐えられません。

 そっとサランの手を握ります。

 大きな手で、握り返してくれます。


「……エルファーは残念だった。ゴブリンは全部始末してきた。復讐は考えるな。チーム『エルファン』は三か月資格停止。ゆっくり傷を治せ。それ以上言うことは無い。以上だ」


 厳しいねバルさん。

 猟協会のメンバーも優しかったけど、現場では厳しかった。間違ったことをすれば容赦なく注意された。みんな銃刀法やルールやマナーをよく理解していて、ちょっとしたことでも違反になる、わずかなことでも事故になる、そういうことにほんとうに気を付けていた。

 お互い命を預けている仲間なんです。ヘマやズルを許していたら必ずいつか事故になる。そういう世界なんです。


「来てくれ」

 事務所に行く。

「カードを」

 ハンターカードを出すと、バルさんがスタンプを押してくれる。

「さあこれで3級だ」


 ……どうなんでしょうねえ。いいことなのか悪いことなのか。

 お金がさらに稼げるのか、面倒事が増えるのか。

 何とも言えませんね。



「明日もう一度来てくれ。3級について講習する。今日の報酬もその時渡す。領内の魔物の討伐はギルドじゃなくて領主が払うことになってるからな。報告しないと」

 あの領主じゃ大した金額は望めませんね……。

「わかりました」


 外に出ると、ハンターたちに取り囲まれましたね。

 仲間の最後はどうだったか。

 どうやってゴブリンを倒したのか。


「みんなバルさんが倒したんですよ。仲間の方は……申し訳ありません。死体が見つけられませんでした」

 なんとか言い訳して、その場を去りました。


 なんだかどっと疲れたので、その日は早めに宿を取って眠りました。

 サランがふんわりと抱きしめてくれましたね……。





 昨日サボってしまった銃の掃除をしてから、宿の朝食を取り、ギルドに向かいます。


 レミントンM700のライフルはステンレスモデルだけど、銃身内にカーボンがたまるからね、やっぱり掃除(※3)はしないとね。

 ショットガンの方もきっちり掃除。

 今のショットガンはプラスチックのカップに包まれたショットを撃ち出します。カップは空気抵抗で落ちますので(ペレット)だけが飛んでいきますから、銃身に鉛がこびりつく、なんてことはないんですが、バックショットぐらい粒が大きいとカップがありませんので鉛玉のカスがつきます。真鍮ブラシで鉛落としをしないといけないようです。

 ライフルは銅が直接ライフリングに食い込むので長く使うと銅メッキされたみたいにこびりつく、らしい。これは一シーズンに一度ぐらいは薬品を使って落とさないと……。まだ買ったばかりの新品だから、今は気にしないでもいいけどね。


 ライフルは、「新品は当たらんけど数百発撃って慣らしが済んだら当たるようになるよ」という先輩もいれば、「それは銃に慣れてないだけ、ライフリングは消耗品。撃てば減るし新しいほうがよく当たるさ」という先輩もいる。

 うーん……ま、どっちも本当なんだろう。

 ライフルの命中精度が落ちてくるのは千五百発ぐらいというデーターがあるからです。これはネットの海外メーカーサイトで見ました。


 猟協会は年寄りばかり。パソコンでインターネットを見て回る、と言う人は凄い少数派! なので、僕が最新知識を披露すると驚かれたり信じなかったりする人は多い。

 みんな大先輩ですからね。「正しいのはこれこれこうですネットで観ました」なんて話はしませんよ僕は。いろんな話を聞いて、どれが正しいのか後で調べたりするだけです。たまに「こういう話も聞いたことがあります」なんてことは、ほんとに、たまーに、言いますけど。



 千五百発って、意外と少ないよね!

 このへんは軍用ライフルに負けているかもしれない。戦争してたらきっと千五百発なんてあっという間に使っちゃうよね!

 いや、そこまで撃つ前に戦死しちゃうか、戦闘が決着するかな?

 うーん、僕はミリオタじゃないからその辺はよくわからない。

 普通猟銃は大口径で高速弾だから寿命が短い。

 軍用銃は世界中で小口径化が進んでいるから、猟銃よりは寿命が長いか。


 ただ、銃身ってのはそんなに硬い鋼鉄は使ってないのは間違いないです。

 銃身って暴発すると膨らんで裂けるでしょ。割れて飛び散ったりしない。

 あれはかなり柔らかい鋼材を使ってるからああなるんです。

 想定以上の圧力がかかったら膨らむ。裂けて発射ガスを逃がす。銃身ってそのていどの強度しかありません。そうでないと暴発したとき危ない。

 銃身が丈夫だったら、弾詰まりして火薬が全部燃え切ってめちゃめちゃガス圧が高い状態で破裂するから撃った人が死んじゃいます。

 ソウドオフってあるでしょ。金鋸で切り落とすって意味。銃身短くして隠し持つやつ。

 金鋸で切れるんですよね銃身って。これが焼き入れした鋼鉄だったら金鋸では切れませんて。


 どうでもいいね。

 ミリオタさんもすごい知識持ってる人は沢山いますけど、猟銃についてはなんにも知らなかったりしますから、マメ知識です。はい。



 なんにも知らないと言えば僕たちです。

 この世界のことも、この世界のハンターのルールのことも、法律も、なんにも知りません。それはずっとエルフの村にいたサランも同じです。

 なので、3級に上がった僕たちに講習してくれるギルドマスターのバルさんのお話をちゃんと聞きます。


「路上強盗、野盗の(たぐい)は殺していい。いや、むしろ必ず殺すように」


 ……。


 日本だと警察が発砲するだけで叩かれますよね……。

 世界が変わるとこうも違う物ですかね。


「あの、捕えた場合はどうしましょう」

「あのなあ、捕えてどうすんだ? 仕事は商人の護衛だろ? 野盗の分まで水や食料があんのか? 座席もないだろ。ロープでつないで歩かせるのか? 馬の脚が落ちるだろ?」

 ……確かに。


「やつらずっと逃げ出そうとするぞ? チャンスがあればお前殺して逆襲しようとするぞ? 残党がいればずっと街まで付け狙われるぞ? 夜はどうするんだ。寝ないで見張るのか? お前ら交代で一人ずつでしか見張れねえじゃねえか。どうすんだそんなので」

 ……そうですよね。


「捕まえて衛兵に突き出したところでどうせ縛り首だ。死ぬことはかわらねえよ。万一逃げられたりしたらどうする? お前ら始終付け狙われて復讐されるぞ? その場にいた商人とか旅人とかに逆恨みしてそっちが殺されるぞ? それでもいいのか? 全部お前らのせいだぞ?」

 ……うわあ。


「野盗強盗は殺す。一人も逃すな。それが野盗強盗を減らすただ一つの方法だ。割のいい仕事じゃねえってことを教えてやれ。駆除と同じだ。相手を人間だと思うな。わかったな」

「はい。あの、相手が降伏した場合は?」

「そんなのその場はとりあえず助かりたくてそうしてるだけに決まってるじゃねえか。面倒だったら降伏する前に殺せ。俺たちはそうしてる。絶対にあとでトラブルの元になる。情けをかけるな」


 ……つくづく野生動物扱いなんですね。


「俺だってこんなこと言いたくて言ってるわけじゃねえぞ。人を殺すのがいい気分なわけがねえ」

 バルさんが机に手を置いて真剣に話してくれる。


「ハンターなんだ。自分が死ぬのはいい。それは勝手だ。だがな、仲間の命を考えろ。自分の仲間が死ぬことを考えろ。自分の仲間が殺されることを考えろ。お前のパートナーは女だ。犯されて殺されるぞ。エルフだからいい金になるかもしれん。奴隷として売られるぞ? さんざんオモチャにされて殺されるぞ」


 ……ごくり。

 ……サランの方を見ることができません。

 そんなことになったら僕はもう死んだほうがいい。


「お前エルファーの最期を見たか。ゴブリンたちが飯にして食おうと焼いてたじゃねえか。相手を殺すことを一瞬でもためらったらハンターはああなるんだ」


 ……。


「わかったな」

「……わかりました」


「じゃ、次。昔はな、名を売った悪人に賞金を懸けて指名手配とかしてたけど今はやってねえ。かえって悪人が名を競ったり仲間が増えて盗賊団の数が増えたりとか首を持って帰んなきゃなんねえとか、賞金首を捕まえても領主や国が賞金を未払いにして踏み倒すとかなんにもいいことありゃしねえ。だから今は片っ端から殺すほうが簡単で……」


 つくづく怖い世界ですねえ。

 銃は剣や槍と違って手加減ができません。

 僕にとっては、そのほうがいい世界なのかもしれませんね。


 あと料金の事、契約の事、ギルドへの手数料、受注の仕方、別のハンターと組むときのルール、分け前の取り分、ハンターギルドへの報告義務、ケガ、死亡の対処など、細かいことをいろいろと教えてもらいました。





――――作者注釈――――

※1.フォアエンドをガッシャン

 M870は内蔵ハンマーがコッキングされている時は薬室を閉鎖するためフォアエンドは前進したまま動かないようにできている。なので、この状態で空の薬室に弾倉からシェルを装填するためにフォアエンドを動かすにはトリガーガード前のアクションバーロックを押しながらでないと動かせない。

 そのためハンマーがコッキングされているときは薬室を空にしたままいつでもフォアエンドをガッシャンできるようにあらかじめロックを外して数センチフォアエンドを引いておく。

 猟銃のハンマーは一日中コッキングしたままでもバネが弱ったりはしないが、猟を終えて保管する時にはちゃんとハンマーダウンさせておくこと。

「銃のハンマーはコッキングさせたまま保管しても問題ない。車のサスペンションだっていつも縮んだままで、駐車のたびに持ち上げて置いたりしない」というのは間違い。車のサスペンションは最大荷重かけて目いっぱい縮んだ状態で駐車されてるわけではないからだ。


※2 銃口を上に

 猟師の銃の安全保持は「銃口を上に」である。例外は無い。特殊部隊風にカッコよく銃口を下に向けて保持すると銃猟狩猟免許実技試験は減点となる。同様に銃口が一瞬でも人に向くのも、引き金に指をかけるのも減点となる。いつ戦闘になるかわからない戦術(タクティカル)系と、十分に安全確認してからでなければ発砲が許されない猟師(ハンター)との違いである。


※2025/9/3追記

 2025年9月からの市街地での発砲を特定の条件下で許可する緊急銃猟法改正が施行されたが、施行を前にした警察、自治体、ハンターの合同訓練の報道を見ると警察からハンターに「銃口は下に」と指導されており、市街地では銃口を下にしたほうが安全だと誰かが思ったらしいことがうかがえる。

 あとで「銃口を下に向けていた」と所持許可が取り消されることの無いように願う。


※3.掃除

 「無煙火薬は燃えカスが残らない」というのは間違い。

 一発でも発射すれば銃身の中は覗けばススだらけ、掃除すれば布は真っ黒。

 もちろん黒色火薬とは違ってそのままの状態で何百発でも撃てるし弾が詰まったりはしないのだが、一日の射撃が終わったら掃除は必ず必要。サボらないこと。


次回「先輩ハンターの護衛実習」

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>>ミリオタさんも~マメ知識です。はい。 の部分は誰の心理描写なのでしょうか?異世界にハンターが行ったとして、そこにいもしないミリオタに対して>>ミリオタさんも~などと考えるものでしょうか? 主人公の…
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