表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北海道の現役ハンターが異世界に放り込まれてみた  作者: ジュピタースタジオ
第一章 本物のハンター、異世界に行く
21/108

21.猟師が猟銃を使う理由


「……ライフルで長距離狙撃しましょう」

「どういうこった」

「僕がこれからやることは他言無用に。でなければ今後協力できません」

「……わかった」


 サランに双眼鏡を渡す。

「なんだそりゃ!」

遠眼鏡(とおめがね)です」

「そんな形のもの見たこと無いぞ!」

「最新式です」

 驚くバルさんがそろそろウザいです。


 後ろを向いてこっそりレミントンM700をマジックバッグから引っ張り出します。

「そりゃなんだ!」

「もっと強力な奴です」

「いくつ持ってんだよ!」

「聞かないでください」


 伏せの姿勢から、バックパックを前に置いて、左手を添えて先台を載せます。

 308バーンズ弾頭の箱を開いて四十発、布の上に並べます。

 このライフルは4連発です。ボルトハンドルを引いて4発を排莢口から詰め込んで、ボルトハンドルを前に押し、下に押し下げて発射準備完了。


 187m見下ろし射撃。

 銃は下に角度がある場合、上に角度がある場合、着弾点が少し上にずれます。

 上向きでも下向きでも、着弾はやや上にそれるのです。

 でも308口径の場合角度15度で500mで7センチぐらいですからね。今回は無視できますね。


「サラン」

 双眼鏡を覗いているサランに声をかける。

「最初に撃つならどれ?」

「デカい奴。多分リーダー」

「ですよねー……」

 スコープのサイドフォーカスリング(※1)を回してピントを合わせます。

 うわあキモイ……。


 忘れてた。耳栓耳栓。一つをサランに渡し、自分でも付ける。

「ものすごく大きな音がします。バルさんは耳をふさいで」


 ……どこを狙おう。

 頭は……小さいな。

 やっぱり胸か。


 ドォーン!! ……(ドーン!……ドーン!……ドーン!……。)

 山の中に銃声が木霊します。

「倒れたっ」

 サランの声を聴きながら次っ。カシャッ、ジャキッ!

 ボルトハンドルを操作して排莢、次弾装填。


 ドォーン!!

 二匹目!


 あわてていますな。周りをキョロキョロしています。

 まさかこんな遠くから攻撃を受けているとは思わないでしょうな。

 リーダーが倒れているのでまわりを右往左往しております。


 ドォーン!!

 三発目。


「ひいいい……」

 雷が落ちたかのような轟音にバルさんが顔を草むらに突っ込んで頭をかかえています。これはビビるよね。


 ドォーン!!


 野生動物だったら全員問答無用で全力で逃げていくところです。

 鳥でも動物でも群れに撃ち込んで、一匹しか獲れないのは普通です。

 でも妙に人間ぽいところがあるんですねゴブリンは。

 逃げずに、何が起こっているのかまず確認しようとします。

 倒れた仲間に駆け寄って揺さぶったり、起こそうとしたりします。

 いい(まと)です。


 異世界に来て特に思ったのですが、野生動物なんかより、人間のほうがずっと撃ち殺すのが簡単ですね。なにしろ立っていますから、横軸だけ合わせて撃てば必ず急所のどこかに当たります。頭、顔、喉、心臓、肺、腹、上下に縦一列、全部急所で、全部丸出しなんですから。

 シカでもなんでも動物は急所に当たらないと死にません。どんな大怪我させても急所を外すと必ず逃げてしまいます。何度血の跡を追う羽目になったかわかりません。


 今回は人間じゃなくてゴブリンですが、よく誤解されるように、ハンターは銃を持っているからって、人間を撃ち殺したくなる、なんてことは実際にはありません。

 猟協会の会長が銃の乱射事件のニュース見て言ってました。

「人間てカラスみたいに利口じゃないし、キツネみたいに用心深くも無いし、鹿みたいに逃げ足早いわけじゃないしクマみたいに怖くない。そんなもん撃って面白いわけないんだよ。あんな乱射事件起こす奴はハンターやったこともないんだろ」


 おっしゃる通りです。


 ドォーン!


 弾倉の4発を使い切ったら、今度は並べた弾を直接一発ずつ排莢口に放り込んで(※2)連射します。弾倉に詰め直すよりこちらのほうが早いです。


 ドォーン!


 一人一撃で確実に倒していきます。


 まだウロウロしてるのか。

 洞窟に逃げこみゃいいのに。


 ドォーン!


 かっこいいスナイパーライフルとかアサルトライフルとか、ああいうミリオタが大好きなやつを猟師が使わないのはですね。


 ドォーン!


 猟銃のほうがずっと強力で、殺傷能力が高いからです!


 ドォーン!


 残り三匹になりました。さすがに洞窟に逃げ込みます。


 猟銃で使う弾丸はホローポイントです。先端に穴が開いてて、プラスチックのキャップが付いてます。

 軍用で使う国際法で規制されたフルメタルジャケット(※3)なんてあんな生やさしい物じゃありません。あんなのはどんなに強力に撃ち出しても当たったら貫通しちゃいます。


 ホローポイントは弾丸が体内に入るとぱっくり開いてですね、直径がぐんとデカくなった形で体内に衝撃波をまき散らしながら突き進み、エネルギーを全部使い切って止まるんです。体内組織や大血管を引きちぎりながら体の中にでっかい空洞を空けるんです。どうやって大型獣を即死させるか、ただそれだけを考えて作られた専用弾なんです。当たったら絶対に助かりませんよ。


 そして、猟銃のライフルはどれも、事実上「スナイパーライフル」なんです!



「バルさん」

 ……。


「バルさん」

 草むらに顔を突っ込んでいたバルさんが顔をあげます。


「九匹倒しました。残り三匹は洞窟に逃げ込んでいます」

「……マジかよ……とんでもねえな……」


 静かになりました。

 風がそよいでいます。

「サラン、どう?」


「……こっちに向かってくるやつもいないね。あれで全部だったんだろうね」

 耳栓を抜いて周りの気配を探りながら、サランがあたりを見回します。


 スナイパーは射撃を行っている間は無防備です。スコープの狭い視野しか見ていません。

 実戦の場合は、必ずパートナーが必要です。スポッターとかポインターと呼ばれます。サランは自然に、それをやってくれていることになります。本当にいい嫁さんです……。


「ちょっと見せて」

 バルさんが双眼鏡をサランから借りていますね。

「うおっすげえなこれ! こんなくっきり見える遠眼鏡(とおめがね)はじめてだよ」

 日本の光学機器は最高ですよ。フジノンです。


「七、八、九……マジで九匹も倒したのか……。こんな距離から……」

「誰にも言わないでくださいよ」

「言ったって信じてもらえねえよ。こんなの魔法使いにだって無理だって」

 バルさん、双眼鏡に夢中ですね。

 気に入りましたかね。


「で、どうするんだ?」

「自分がゴブリンだったらどうしますか?」

「そりゃあお前……まあ、洞窟の前に仲間が倒れてるんだから、コッソリ様子見に出てくるんじゃねえか?」

「ですよね。だからここで監視を続け、残りが出てくるのを待って、射殺します」


「……じれってえな」


「狩猟は安全第一です。避けられるリスクは全て避けるべきです。絶対に無理や無謀はいけません。安全な方法があるならわざわざ危険な方法は取るべきではありません」

「……お前なんだか俺よりプロっぽいな。何モンなんだよ全く」

「バルさんはそのまま監視しててください。サランは周りの警戒を怠りなく」

「おうっ。任せろ」

「はい。だんな様」

 なんだか呼び方変わったねサラン。ちょ、照れるから。


 カチ、カチ、カチ、カチ……。

 ライフルに4発の弾を込めます。

 まだボルトは閉じません。安全第一ですから。



 30分ほどそのまま監視。

 スナイパーは集中力を切らせません。

「出てきた!」

 バルさんが注意します。

 スコープでも確認しました。

「放てっ」

「まだです」


 一匹……二匹……。

 三匹目も出てきました。

 恐る恐る仲間の死体を覗き込んでいますね。


「耳ふさいで」

 二人があわてて耳をふさぎます。


 ドォーン!


 足を撃たれたゴブリンが倒れて泣き叫びます。

 二匹が駆け寄って抱きかかえたところを……。



 ドォーン!

 ドォーン!


 倒します。


 転がり続ける足を撃たれたゴブリン。


 ドォーン!



 ……終了。


「……今の、わざとか」

「はい」

「やるなお前」

「また逃げられるとやっかいなので」


 不思議と冷静でいられたな……。

 僕はスコープを覗いている間は、感情みたいなものが沸くことがありませんね。

 スコープの中で、なにかが死んでる。そんな実感は完全にゼロです。

 そんなもんです。






――――作者注釈――――

※1.サイドフォーカス

 狩猟用スコープはカメラで言うパンフォーカス。広範囲でピントが合うようにできているが、大口径の高倍率ズームレンズだとそのピント範囲が狭いため、特に精密射撃用スコープはピント調整機構が付いている場合もある。昔はカメラと同じでスコープの先、対物レンズをグルグル回してネジで調整していたが、それだと銃を保持したまま手を伸ばさないといけないので、最近はターレットのある位置にピント調整ノブが付いているものが人気があり、特に「サイドフォーカス」と呼ばれて従来のピントリング式と区別している。


※2.排莢口に放り込む

 拳銃のオート、アサルトライフルでは最終弾を撃ち出すとスライドやボルトが後退したまま保持されるスライドストップやボルトストップが付いているが、オートではない猟銃にはそういう機構は無いのが普通。 猟銃では排莢口に直接弾を一発だけ放り込んでそのままボルトを戻して撃つ、というやりかたを多用するので、その時にボルトストップがあってはかえって邪魔ということ。


※3.フルメタルジャケット

 無煙火薬が発明され弾丸の速度が上がったため、鉛の弾では柔らかすぎて有効な回転が得られずライフリングに鉛カスがたまりやすい、という問題を解消するため鉛の弾丸を銅で被覆した弾丸の事をメタルジャケットと言うが、その中で特に弾丸先端部まで銅で覆われた弾をフルメタルジャケットと言う。狩猟用の弾丸は先端部が開くように被覆されていないソフトポイントとか、空洞になっているホローポイントが使われるが、軍用弾で同様の効果を持つ弾丸(ダムダム弾が有名)は殺傷能力が高すぎるということで条約で禁止されており、現在は全て銅で被覆されている。なので、「フルメタルジャケット」と言えば要するに「軍用弾」と同義である。民間では標的射撃、スポーツ射撃で使われる安い弾なので、軍用だから入手が困難ということはまったくないのだが、日本で銃は狩猟にしか使われないので、フルメタルジャケットは銃砲店では売っていない。


次回「仲間が死ぬということ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ハンターのゲーム(the Hunter:Call of Wild)をやっていて、見下ろし射撃で弾が当たらず「あれっ、そういえばこの小説に記述があったような?」と思って読み返してみました。  …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ